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「……でっか」
交易の街から馬車で揺られること5日間。
身軽になった俺たち3人は、獣人の街までたどり着いていた。
引っ越し用の荷物は全部ニックにお任せで、首都を抜けた後はそのまま家まで送ってもらうんだってさ。
それくらいはさせても問題ないというのでお任せしました。ということで身軽です。
まあ、携帯食料や武器防具、最低限の着替えは持ってるけどね。
「獣人は種類によっては大きい人もいるので、領主館も道も家もおっきいのですよー」
「へー……」
暮らしたのは小さな頃だというが、定期的に文通をしていたというだけあって、ティナは街並みにも詳しかった。
明るい表情でひとつづつ建物を説明してくれる。
その表情から見るに、この街で暮らした記憶は彼女にとって悪いものではないようだ。
なので俺も安心してティナの横を歩く。
「ティナ」
「はい?」
「手、繋ごう?」
放っておくと興奮して先にいってしまいそうなので、手を差し出してみる。
横で何かによによとした顔をしている親父がいるが無視だ無視。
ティナはギギギ、と固まりつつ何故か目線を手と俺の顔をいったりきたりさせていたが、しばらくするとするり、とその手を俺の腕に絡ませてきた。
「お?」
「こ、こいびと……いえ、夫婦ならこうなのです!」
「そっか」
腕を組むことに異存はないので、そのまま街並みを歩く。
楽しそうに輝いていた顔が今は赤く染まっているが、まぁかわいいのでいいよねー。
うん。
なかなか手を繋ぐっていう機会がなかったので、ここぞとデート気分で手を繋ごうと思ったんだけど組んでいる方が確かに恋人っぽい。
なので俺は赤く染まった頬を堪能しつつ、存分にイチャイチャを楽しむことにしたのであった。
数分後、お邪魔虫が来ることもつゆ知らず。
☆
「その手を離せー!!!」
「は?」
「え?」
街の中央、広場近く。
領主館は奥にあるということで、いったん昼休憩を取ろうかとしていた時だった。
前方が騒がしいな、と思ったら人ごみをかき分けてある男が俺たちの前に走り寄ってきたのだ。
「聞こえないのかよ! その手を離せよ!!」
おとこ、であってると思う。
目線が俺より下だけど。
って言うか多分、俺より3歳…下手すると5歳は下な気がするけど。
「その手って言われても…?」
「私に言ってるのです?」
ティナと俺は腕を組んでいるが、その手には何も持っていない。
強いて言えばティナの手が俺を掴んでいるが、この少年は俺を見て言ってるのだ。
だから何言ってるんだという話である。
困惑しつつおとこのこの様子を見守っていると、何を言っても離さないことがわかったのか、見る間に目に涙がたまり始めた。
「うわぁぁぁん!!!」
「……」
「えっと? どうしたの、ぼく?」
「ティナねーちゃんが、ティナねーちゃんが、にんげんのえじきになったぁぁぁぁ!」
「ふぁっ?」
知り合い? と首をかしげると、ティナが困惑したまま首を振る。
だが、しばらくすると気付いたように、あ、と声を上げた。
「もしかして、ミルちゃんの弟君です?」
「ひっく」
「ごめんなさいなのです。前会った時は、まだ、赤ちゃんだったから……気づかなかったのです」
するりと俺の腕を離し、ティナが泣いている男の子の頭を撫でる。
前会った時は赤ちゃん……というと、少なくとも年齢は一桁な気がする。
男に対して警戒はするが、こいつの場合どうみても癇癪起こしてるだけのお子ちゃまだしな……。
仕方ないのでティナが気がすむまで、そっと撫でるのを見守った。
やがて落ち着いたのか、男の子……少年が、俺をまた睨み付けてきた。
元気になったらしいので、元のようにティナの手を取ると、ティナは苦笑しながら俺と手を繋いだ。
そのまま譲るとかないよ?
少年でも言動と言い、行動と言い、どうみてもティナのこと狙ってるしな。
「……ティナねーちゃん」
「なぁに?」
「けっこん、したの?」
「ええ」
まだぐすぐすしているが、それでも喋る声は明瞭になった。
そして俺を見て、今度は周りを見回す。
「……?」
「なぁに?」
「ほかのひとは?」
「他?」
ダグさんは少年が来るちょっと前、先に行って領主に約束の確認をしてくると気を利かせていなくなっていた。
まぁ、イチャイチャして歩いてると時間かかるし、一応連絡は通しているものの先にダグさんが行くのはわかる。
なので俺とティナの傍には誰もいない。
「伯父様なら先にご領主様のところにいったのです」
「ダグおじちゃんは会ったよ。そうじゃなくてほかは?」
「いませんよ? 3人旅行なのです」
「え?」
目を真ん丸にして、少年が叫ぶ。
「ほかのお嫁さんは!?」
「「は?」」
「だってだって、ごりょーしゅさまの、おとーとさまが、言ってたんだもん! てぃなねーちゃんが、人間の夫人になったって!」
「なったのはあってるのですが」
少年はぎっと俺を睨みながら、さらに言葉を重ねる。
「てぃなねーちゃんの旦那さんはお嫁さんが100人もいる男だって!」
困ったような顔をするティナの横で、少年の台詞に反応した街の人間の敵意が突き刺さる。
俺はため息をつきながら、少年の頭を思い切り掴んだ。
「とりあえず黙ろうか少年」
「い、いちゃい」
100人ってどこの大富豪だよ!!
ってかそもそも結婚の単位として無理だろ!!!!
「いいか? 少年。その話は盛大なるほら話だから今すぐ訂正して忘れろ」
「ほらばなし?」
「大嘘って意味だ。俺は! ティナ以外と! 結婚した覚えはない!!!」
じっとりとした視線がまとわりついてくるので、訂正を込めて思い切り大声で宣言してやる。
つーか、なんでそんな噂になったのかは一応想像つくが、善悪をわかってない少年に話すとかどこの馬鹿だ?
「あのですね?」
「あうー」
「サレスは、私だけの旦那様なのですよ?」
「そうなの?」
あんまり頭を掴んでいるとかわいそうなので離してやると、今度はティナが軽くしゃがみ込んで少年の顔を覗き込む。
「他にお嫁さんはいないの?」
「いませんねぇ」
「ティナねーちゃんだけなの?」
「なのですよ」
これは俺が口を挟む方が悪化するな、と静観すれば、まとわりついていた視線もだんだん緩やかになっていく。
俺が下手にいうより、ティナが諭す方が説得力あるんだな、たぶん。
「……ティナねーちゃんは、しあわせ?」
少年が、また涙を浮かべながら訊く。
ティナはふわりと柔らかな笑顔を浮かべると、しっかりと頷いた。
「とっても。とっても、しあわせなのですよ」
「なら、いい」
納得してくれたようなので、ティナを促して先を急ぐ。
少年は少し困っていたようだったが、ティナが俺と繋いでいた手の逆の手を出すと、そのまま掴んでついてきたのだった。




