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国境の街といえども、最終関門よりは2日ほどの距離がある。
いわば関所と呼ばれる場所は早馬なら1日かからない程度らしいが、荷馬車ありの護衛ありの俺たちはそれなりの速度で進んでいた。
まあ、急ぎと言っても馬を酷使していくほど急いでいるわけではないからだ。
早く動くと盗賊などに正面からひっかかるかもしれないしね。
「ところでこの辺って盗賊って出るんです?」
「隣国は関所から1日程度のところにそれなりに大きい街があるからなぁ。逆に言えば、関所超えちまえば安全で、関所前が最大関門ってところじゃねーか? 街からそこまで遠くないって事で、逆に穴場ともいえるな」
「……」
普通関所周辺の方が厳重警備が必要な気がするのだが、謎だな。
と思っていたら、理由はすぐわかった。
「まあ、警戒するにもここは森だらけだからなぁ」
「ああ……なるほど」
隠れる処が多すぎてなかなか捕まらないって事らしい。
森はおおいけど、逆に言えばスペースは広いもんな。
山はあるけど切り立った崖とかないし。
冒険者の街ともいうべきティナが住んでいた街は、3方を山と魔物の森で囲まれている(俺がいた草原だけ平原)。
元々森を切り開いてできたという関所は、近くに魔物の巣が多くあるため定期的な討伐が繰り返されている。
反面、比較的弱い魔物が多い山などは入り組んでいて討伐隊を入れるのは難しく、結果盗賊の巣窟になることも多いのだという。
職務怠慢じゃないのー、とは思うけど魔物が多い処によくある弊害って言われたらそうなのかなあ、という感じだ。
ちらっと「それ上のお偉いさんが目こぼししてないー?」とか思ってないよ?
こっそり鑑定眼で山見たらこの山には盗賊がいっぱいいるようだとか出たとか気のせいだよ?
ひもつきってどこの紐ですか……。
すごく嫌な予感しかしないので俺は必至で周りを見るようにしていた。
設定は少し考えて、ティナと俺に害意があるか否かで。
これならどっちかに関して反応してくれるだろうと思って目を凝らすようにしていた。
いやほら俺の鑑定眼、ぶっちゃけ千里眼じゃん?
見つかるかなー、と思っていたらやっぱりあっさり見つかったよ。
はいこのメッセージ。
――5㎞先には貴方を狙っている人間が32人いるようだ。
多いよ!
しかもなんでピンポイントで俺指名だよ!!
「ゴレムさんー! ちょい止まってもらえますかー!」
賓客宜しく荷馬車で揺れていた俺は、進行方向から見えてきたメッセージに顔を引きつらせながらこの護衛隊のリーダーであるゴレムさんを止めることにした。
ユニークスキルをどこまで言うか迷うが、敵が見えてるのにそのまま突っ込むとか阿呆なことはさすがにしたくない。
そのためゴレムさんにまず話を通そうと思ったのだ。
「ん? どうした、お姫さんに何かあったか?」
「え? 私はなんともないのですよ?」
突然荷馬車を止めた俺に目を丸くしているのはティナも一緒である。
そこらを見回しながら警戒していた俺ではあるが、見えてきたメッセージに反射的に反応してしまったのだ。
ちょっと早すぎたかなとは思わないでもない。
ってか5kmとか結構な索敵範囲だな俺!
「えーと、詳細はわからないんですけど、なんかここから数km先のところ、盗賊いるっぽいです」
「はぁ?」
「しかもたぶん俺狙いの」
お前は何を言ってるんだ、という目が痛いが事実なんだから仕方ない。
しばらくじっとみつめられたが、隣のティナの目が明らかに真剣になったためか、ゴレムさんも居住まいをただして護衛を呼び寄せた。
周りには特に商隊の馬車もなく、見晴らしはいい状態だ。
「その話の信ぴょう性は?」
「現段階でいえば事実です。これから散開されたらわかりませんけど」
「……」
ティナも俺のスキルに関する話のため、慎重に話をするつもりで思案しているようだ。
ゴレムさんの目がティナへ移ると、ティナは一つ頷いて話し始めた。
「サレスの危機察知能力はほぼ予見レベルなのです。間違いはないのです」
「ふむ……。ちなみに何人ぐらいかというのはわかるか?」
「30人前後、かな」
「はぁ!? そんな人数の盗賊がここに潜んでるとか前代未聞だぞ!?」
でも事実なんだから仕方ない。
別方向で鑑定眼の方向を絞れば内容もわかるかもしれないが、これ内容わからない方がいい気がするのは俺の気のせいだろうか……。
国境近くで30人の盗賊に襲われるって、国の管理能力疑われるレベルの話だろ?
それがまかり通るって……ねぇ?
あかんヤツ。
明らかに、あかんヤツ。
限りなく黒だよ!!!
「……それにもしかすると、盗賊じゃないかも」
「え?」
よくよく考えてみると、表示が盗賊じゃなかったのが気にかかる。
狙っているってのをみて盗賊と言ったが、盗賊なら盗賊って表示出るよなぁ?
人間って表示だと、襲われる(物理)じゃなくて、なんか別のものの可能性もあるかも……?
「どういう意味だ?」
「んー……例えば、そうだなー……。国家レベルで隠ぺい工作で殺されちゃう的な?」
「……」
「俺にひっかかるの、俺への害意なんで……でも暗殺者30人とかそれまた変だな……」
ティナが危機察知能力、と評したのでそれに沿うように誤魔化しつつ喋るとゴレムさんが微妙な顔をする。
周りの護衛冒険者が何言ってんだ、という顔をしているが君たちは何かを忘れていないだろうか。
割と一触即発の状態だからティナを逃がす任務である、ということを。
さすがに冒険者の護衛アリの状態じゃ襲われないだろうと思っていたのだろうが(俺もそう思っていた)、想像以上に馬鹿な人間がいたとしても俺は驚かない。
特にティナに拘ってた貴族がさらにバカやってたとしても俺は本当に驚かないぞ。
「数km先……盗賊じゃない30人の人間……サレスへの害意……」
「……」
「……」
「嫌な予感しかしねぇなぁ?」
「奇遇ですね。俺もです」
ふと思いついて、ある人物を思い浮かべて鑑定眼を進行方向に使ってみた。
あ、はい。
いるわー。いたらダメな奴がマジいるわー。
「あのな、こっから5km先にあるのって宿場町なんだわ」
「……」
「盗賊が出る立地じゃないんだが、小さな村みたいなもんだから貴族とかがいるとな? こう、人数が溢れ出る位にはいることはある。それこそ30人くらい」
「あー……はい。読めた気がします」
つまり、狙うってあれか。
襲う(物理)じゃなくて、絡め手の可能性大ってことね。
そこまで考えたところで、脳筋らしきハーフェンが、俺への不信感丸出しでこちらを睨んできた。
「コイツのいう事なんて聞く必要あるんですか!? 素人っすよ!?」
「……」
「どうせティナさんにいい顔しておきたいだけで口出ししてるんですよ!!!」
「……」
お前は何を言っているんだ。
そう言いたいが、何故か護衛冒険者はハーフェンに同調するように俺を見ている。
それほど護衛任務には自信があるからかもしれないが、残念なことにこの場合は俺が正しいんだよなぁ。
まあ、確かに素人ですけどね?
スキルに関しては素人も何もないし、第一俺には文句も指示も出せる権威がある。
「なぁハーフェン?」
「呼び捨て……!」
「この護衛任務、雇用主俺なんだけど?」
「!?」
親父さんが集めてはいるが、守られる相手が雇用主になるのは当たり前のこと。
で、こいつは多分ティナが雇用主だと思っていたくさいのだが、残念なことに雇用主は俺だったりする。
曰く。
『サレスが指示した方が確実に抜けれんだろ』
とのことである。
まあ、ティナは確かに指示だしには向いてなさそうだよね。冒険者には慕われているかもしれないけど、リーダー任務をしたことなんてないだろうし、守ってる冒険者どもも他人の嫁になった女性を慕い続けられるかって言うと別な話なわけで。
その辺を見越して現場指示含めて雇用主は俺になっているのだ。
まあ、護衛冒険者にそれを伝えてなかったのかよ親父さん、という気はするが内容が先行して雇用主に関しては聞き逃したか後から変更になったかなんだろう。
そこまでは知らん。
「……」
「じゃ、指示続けるぞ?」
さすがに雇用主になっている俺にたてつく気はないのか、ぶすっとした顔をして黙り込むハーフェン。
まあ、冒険者にとって雇用主からの評価って死活問題になるらしいからね。
なぁなぁで済ましそうなティナと違い、俺が嫌がらせをしようと思えばとてもし放題だし、最初の態度からしてハーフェンは超マイナス評価である。
黙り込むのが正解だろう。
「とりあえず宿場町は出来れば寄らない方がいいだろうね」
「しかし、このあたりは一本道だぞ?」
「宿場町超えて野宿するか、超えずにこの辺で野宿すればいいんじゃない? 俺は下手に近寄って無礼うちとかごめんだよ?」
「……」
宿場町で行われそうな絡め手というと、ほぼ宿泊関係であることは想像に難くない。
先に宿場町入る→場所譲れと無理難題言われる→貴族と争う羽目に。
後から宿場町入る→泊まりに行こうとして先に陣取られてて難癖つけられる→貴族と争う羽目に。
どっちだとしても、宿場町に入るのは悪手だろう。
大体俺、この国の貴族の無礼うちがどのくらい許されてるかとかの知識ないもん。
近寄ること自体が怖すぎる。
「幸い最初から野宿前提で食料は積んでるし、その辺は問題ないでしょ?」
「だが、ここらの夜は結構冷え込む上ぎりぎり盗賊の襲撃範囲だぞ? 下手に野宿をする方が危ない気もするが」
「その辺は大丈夫だと思うなぁ。盗賊近づいてきたら俺わかるし」
「……そうか」
まあ、本来ならここは護衛に慣れているギルドの人間のいう事を聞いておいた方がいいのかなという気もするんだけどね。
俺、悪意が見えるわけじゃん?
で、この護衛冒険者ズに関しては『現段階で害意はない』のわかってるんだよね。
つまりどういう事かって言うと。
「接触を避ける方が無難だと思うんだよねー……」
「?」
「とりあえず街超えるのは難しいだろうから、ちょっと脇道それて馬車の修理してますみたいに見せよっかー」
いくら今仲間だとしてもさぁ、進行方向にはティナを平然と嵌めた貴族がいるんだぞ?
拘束されてるはずの貴族がいるってそれもう、黒通り越してダメな悪質パターンでしょ。
ぶっちゃけ俺はここにいる護衛冒険者の家族とかが人質に取られていたとしても驚かない。
だから、ここで取る手と言ったら一択だと思うんだ、俺。
『接触しない』
人質がいるかどうかとか、会わなければそもそも知りようがないわけで。
つまり避けるのは大原則!
つーことで今日は野宿、はい決定。
寄ってきたら話す前に撃破するしかないだろう。
俺だって、戦闘が避けられないかもしれないことに気づいてからずっと考えてた。
だからこの場合の対策自体も考えついてはいるんだけど……。
出来れば近寄ってきてほしくないな、と思いながら俺は森の方へ視線を向けるのだった。
前から思ってたんですけど、人質云々って相手に認識させないと意味がないですよね……。
知らぬが花。




