21
隣の部屋の親父は見なかったことにして、俺は俺の隣に腰かけたティナちゃんに向き直った。
初めての彼女。
しかもつきあったばっかりというか、口説いてまだ数日の彼女である。
というか彼女であるかも怪しいけどそこは目をつぶろう。
問題は、目の前にある。
すなわち、親に結婚決められちゃったー!
という大問題が!
「えーと……」
「どうしたのです? サレスさん」
いやいや、目の前にいる白猫は、俺の好みで言えばドンピシャである。
ちょっとはにかむ様子も、ちょっとへんてこな敬語もずっと聞いていればかわいいと思える。
というか何事もなかったかのようにデレられると俺も照れるんだけど!
一昨日の張りつめた様子は一体何だったのか、という感じで!
「あ」
「?」
「いや、呼びすてでいいよ? なんかまた戻ってるけど」
「!」
そういえばあの後から彼女は、俺を呼び捨てにしていたのだった。
今は驚いたのか何なのか戻っているけど、もしかして一昨日張りつめた様子でいたのはこの話のせいだったのだろうか。
生きづらい。
それは、獣人としてだけでなく、結婚まで決められてしまうことに対してだったのでは?
「サレス、でいいのです?」
「うん。敬語も俺にはいらない。だって結婚するんだろ?」
「……サレス……」
思えば気づく片りんはずっとあったのだ。
敬語にも聞こえる様な口調も、父に対しての態度も。
自分にはSランクの冒険者がついている。
それを誇示するように俺に接していたのは、そもそもこの国の体制が人至上主義だったからではないだろうか。
俺が気安く喋ったり、ナンパといいつつ人の女性に対する動きをしたのに戸惑って、でも父に対しても態度は変わらない。
そんな俺は彼女にとって異質で、でも――そう。
信用は出来る人間だったのではないだろうか。
人でありながら獣人を口説く俺は、それだけで彼女にとって価値のある人間だったのかもしれない。
「ティナちゃんは俺でいいの? 割と得体のしれない人間なんだけど」
「いいというか――サレスが初めてだったのです」
「?」
「ちゃんと、女の子扱いしてくれたのが」
女の子扱い、という言葉に首を傾げる。
食事に行って、デートに行って。
エスコートもどきなことはしたけれど、特別なことは何もしていない。
強いて言えば父親を助けたぐらいだが、それは治療師でも出来ることだっただろう。
そして人族である親父さんならば、いつかは手助けだって来たかもしれない。
俺が治してしまった今では、たらればの話でしかないが。
「うーん……俺にとってはそれが普通のことしかしてないんだけど」
「それが普通である事の方が大事なのです。――私は、ちゃんと私自身を見てくれる人に初めて会ったのです」
「と、言われてもな……隣国じゃあ、それが普通なんじゃ?」
「そうなのかもしれません。でも、私はこの国で拾われた獣人なのです」
そうして、ティナちゃんは自分の生い立ちを話してくれた。
たまたま立ち寄った戦場で、孤児になった自分を拾ってくれたこと。
すぐさま隣国に連れて行ってもらい小さなころはすくすく育ったが、この国で過ごした数年間で自分の中で獣人としての価値が決まってしまっていたこと。
普通になれたつもりだったけれど、またこの国に来たことで卑屈になっていた自分自身をティナちゃんは話してくれた。
「口説かれるのはよくあることなのです」
「ほう?」
「でも、それはあわよくば手を出したい程度の欲でしかなかったのです。冒険者はその日ぐらし、享楽的な人間が多いのは仕方ない、らしいのです」
「ほうほう?」
いやー、ギルドの驚嘆ぶりをみると全部が全部……ってわけではない気もするけれど、そもそも彼女のランクはAランク。
つまり釣り合う程度のランクの人間が相手……となると、まあ、そういうことだよなぁ。
うん。読めたわ。
人至上主義の国で、ランクAまで上り詰めた享楽的な人間。
それと根は素直な獣人女性とか絶対相性悪いに決まってるわ。
しかもSランクの親つきとか、彼女に声をかけるのは親父さんと懇意な人間か敵対してるかの2択に決まってる。
言われんでも大体事情が読めたわ!!!
「サレス、顔が怖いのです」
「ってか敬語。なおす」
「なおせといわれても……これ、元からなのです……」
「ああ……この国で過ごした幼少の数年からてきな?」
「? よくわかったのです。父にもよく言われるのですが、口調を崩す方が難しいのです」
「そっかー……、まぁ出来たらでいいよ。これから付き合いは長くなるんだろうしさ」
その辺の気安さは追々訂正していくしかないだろう。
こんな冒険の序盤で身を固めるのは俺もびっくりだが、かといって相手が嫌なわけでもない。
少なくともこれから先横にいて、楽しく過ごせるだろう事が想像できる相手であるならばそれでいい。
俺は一度決めたら過去は振り返らない男だ!
「それでいいのです?」
「無理に直す必要もないしね。俺はそのティナちゃんの……ティナのちょっとへんてこな敬語も、割とかわいいと思ってるし」
「へんてこ……酷いのです」
「そこはかわいいの方に反応してほしかったなあ」
口では文句を言っているが、ティナの顔は照れている。
なので俺も照れつつティナの頭をそっと撫でると、顔を上向かせた。
「?」
「なんか変な形になったけど、これはやっぱ言っときたい」
ぴこりぴこりと俺の手の中で動く耳を撫で、俺はそっと彼女に囁いた。
強制されるのは嫌いだ。
だからこれは俺の意思なんだ、という意味を込めて俺は口を開く。
「俺と、結婚してくれませんか?」
「! はいなのです!」
どん、と飛び込んでくる身体を受け止める。
ふわふわの身体を抱きしめながら、俺は心の底から思っていた。
隣から飛んでくる視線が辛い。
裏テーマ:強制でも相手に好意を持っていたら流されるか否か。
答え:親父さんの「サレスじゃなくても他相手に結婚させてもいいぞ」が本気だったので覚悟決めました。
賛否両論あるかもしれませんが予定通りです('-')
結婚とはタイミング。