20
翌日。
何故かどんよりしたティナちゃんが俺を迎えてくれた。
「ティナちゃんどうしたの!? なんかあった!?」
昨日は昨日で落ち込み気味だったが、今日のこれは落ち込みというより何か不信感の塊と言った感じで別物だ。
昨日の出来事が脳裏をかすめて嫌な予感が再燃したが、とりあえずは目の前の彼女をどうにかすることが先決に思う。
なので俺はいつも通りティナちゃんと接することにした。
「……」
「ん?」
「いつものサレスなのです」
「昨日も会ったんだから昨日の今日で変わるわけないだろ??」
下を向いたまま上目づかいにこちらを見つめるティナちゃんに、何でもありませんという風に首を傾げる。
しばらくジト目で俺を見つめていたが、納得したのかティナちゃんは一つ頷く。
俺もそれを肯定すると、ようやくちゃんと顔を上げてくれた。
「いつものサレスなのです」
「えっと?」
「あの女に誑かされた感じはないのです」
「……」
やっぱり昨日の女のせいなようで、俺はため息をつきたくなった。
今やると何か誤解をさせそうなので必死にかみ殺すが、ティナちゃんは気にせずに居間へ通してくれる。
「私と別れた後、あのくそ女がサレスと楽しそうに話してたって話を訊いたのです」
「楽しそう……?」
「まあ、伝えに来た冒険者は父にすごい勢いで追い返されたので話半分には聞きましたが」
「ってなんでそんな伝達が来るん……」
さらに言えばあの数分を楽しそうと評価できちゃうってめっちゃおかしいだろうが。
なんの伝達だよ。
むしろなんの伝言ゲームだよ。
「サレスの行動もギルドに見られてるのですよ」
「あー……それはあの、昨日聞いた親父さんの話に関係するかんじで……?」
「父が何を話したかまでは聞いてないですけど、ギルドがいま厳戒態勢に入ってるのは事実なので、些細なことも父に伝わってくるのです。昨日のあれは父曰く、『ティナを好きだからサレスに評価厳しいんだろ』ってことでしたが」
「ああ、なるほど。そゆことか」
つまり?
俺がスパイでないかどうか冒険者ギルドは見張ってて?
昨日接触した女がある程度の疑惑があって?
結果悪意のある伝達が来たと。
ほうほうなるほど、伝達に来たギルドのヤツ殺っていいかな? それ私情挟んだだろ!?
「いつもと変わらないサレスなので昨日分かれた後のことを訊くのです。あのくそ女はサレスに何を吹き込んだのですか?」
「くそ女で通じちゃうところがすげーけど、なんかよくわからんままぐいぐい寄ってこられたんで逃げただけだよ」
「逃げた?」
「だって話通じなさそうなヒトだったし」
決して楽しそうに話していたなんていう事実は有りません。
むしろ気持ち悪かったよ!
「……でも」
「でも?」
「胸を押し付けられて鼻の下を伸ばしていたときいたのです」
「押し付けられる前に逃げたよ!?」
「押し付けられそうになったのは正しいのですね……」
「あ」
や、まぁ、俺も男なのでお胸様は嫌いじゃないけど。
あの女の場合それ以前の問題だったっつー話があるのだが。
その辺は……まあ、聞いていないよね。うん。
「……悔しいけどあの女のスタイルが良いのは私も認めるのです」
「はあ」
「でも、サレスは特に、触りたいとかそう思ったとかはないのですね?」
じとっと見られても、俺に疚しいことはないので頷くだけだ。
別に触りたいとか思った事実はない。
後、鼻の下を伸ばしたなんていう事実もないよ!
「それ以前にさ?」
「?」
「いきなり声かけてきて胸押し付けてくるような痴女は何を積まれてもお断りなんだが……」
「……痴女?」
「や、だってそうだろ!? ティナちゃんだってどんなイケメンでもいきなり触ってくるような奴は変態扱いだろ!?」
そんな輩がいたらその場でぶっ飛ばすが、分かりやすいように置き換えて行ってみるとティナちゃんはぽむっと手を打った。
ようやくわかってもらえたらしい。
「それは気持ち悪いですね!」
「おう!」
「つまりサレスにとってはそんな気持ち悪い女にしか見えなかったって事ですね!」
「お、おう……?」
何か言葉の端々から敵意を感じるのは一体何なんだろうか。
いや、うん、言動からなんか嫌な予感はしていたので触れないでおくが、なんか昔あったんじゃなかろうか。
あの女、なんか常習犯っぽい雰囲気あったし……。
「納得したのです」
「それは良かった」
「あの女、昔から私を目の敵にしてるのです。私が色目を使ったわけでもないのに、近寄ってきては『貴方を好きななんたらかんたらとデートした』だの『貴方より私を選ぶのは当然ね』だのと毎回うるさいのです。サレスが逃げたなら気にしないでおくのです」
「あ、はい」
訊くまでもなくティナちゃんが暴露してきたので俺は素直に頷いておいた。
うん。
これ、関わっちゃいけないヤツだ。
ついでにくそ女をちょっとでも庇ったら飛び火するヤツだ。
俺は間違えないぞ!
間違えた同級生なら何度も見てるからな! 俺自身は初めてだけど!
「それで今日は、何か用事あるです? ギルドの清算は昨日終わりましたけど?」
「あ、いや、親父さんに毎日顔を出せって言われてたから来ただけだよ」
「ほむ」
それも昨日の話であることは納得してもらえたのか、ティナちゃんが奥に声をかけるとほどなくして親父さんが居間の方に顔を出した。
忘れてたけどこのおっさん病み上がりなんだよな。
基本的に朝はゆっくり寝ているらしく、ラフな格好で出てきた。
「それにしても早くねーか?」
「それはちょっと相談したいことがあって」
「相談?」
まあ座れ、というので素直に腰を掛ける。
ティナちゃんがお茶を用意してくれるみたいなので、その間に俺は相談したいことを手短に話すことにした。
「いやまあ、昨日のこともあってちょっと危機感を覚えたんで」
「昨日? ああ、女の誘惑に引っかかりそうだとか言う話か?」
「ひっかかってねーよ!? じゃなくて、この国普通に身の危険を感じるんで隣国へ行く手段とか聴けたらと思って来たんです」
「あー……」
宙を仰ぐ親父に、俺は重ねて問いかけた。
そもそも隣国への移動はどのような扱いになるのか、冒険者にとって関所はどうなっているのか、である。
割と自分でも慎重にこの国で過ごしてきているつもりではあるが、ティナちゃんとくっついているだけで他の女が誘惑しに来るような国である。
獣人の地位が低いにしても、少し頭角を現しただけでなんか変な事になりかねないという事実は、この国に不信を覚えるには十分だ。
いざという時のために情報は仕入れておきたい、そう思っての問いかけだった。
「それって……サレスは1人でこの国を出て行ってしまうの、ですか?」
「え?」
気付くとティナちゃんが横でぷるぷるとこちらに拳を握っていた。
ってなんでだよ!
何か地雷を踏みぬいたような形になってる!?
「いや、今すぐにの話じゃないし、そういう情報は大切だよ?」
「で、でも、私はこの国にいるし、サレスはこの国所属なのに……」
「いや、そうだけど。一人で出ていくなんて一言も言ってないし!?」
「ほう?」
置いて行く気なのですか、というような問いかけに勢いで答えたら今度は正面から殺気が来た。
殺気が来た。
大事な事なので2回くらい言っておく。
「ちょ、なんで殺気!? 別にかっさらうわけじゃないですよ!?」
「かっさらわないのか?」
「何で犯罪前提!? ちゃんと許可は取りますよ!!!」
右に涙目の白猫。
正面に子供を守る親虎。
どうしろと!?
「そうか。まあ、仕方ないな」
「さ、サレスさんは大胆なのです……」
「へ?」
何故か肩を落とし苦笑する親父さんと、頬を染めるティナちゃんに俺は首を傾げる。
え、俺何か変な事言ったの?
大事な娘さん連れて隣国へ行くなら親の許可ぐらい取るよ?
恋人で国境越えって結構大変な話な気もするけど。
「まー、ティナをここに置いておくのも限界だって俺も思っていたからな。俺自身は契約があるから上の判断が無い限りうごけねーが、ティナを先にこの国から出す分には問題ないだろう」
「というと?」
「サレスが連れていくって言うならかまわんってことだ。あっちには俺とティナが住んでいた街もあるし、家もあるからな。そこまで二人で行けるなら問題はない。ティナ自身も一人旅だと不安は残るが、夫とふたりなら手出しも減るだろしなんとかなるだろ」
「……」
ん? あれ?
なんか聞き捨てならない台詞が親父さんから洩れたよ?
「……おっと?」
「国境越えだろ? サレスがこの国から出ていくには、冒険者登録した国で1年の経験を積むか、手っ取り早く隣国籍の人間と結婚して隣国へ引っ越すかの2択だぞ?」
「……」
そもそもこの国で登録した時点で詰んでた、だと……!?
それなんて地雷?
まさかの国移動の落とし穴に埴輪顔になるしかないんだけど!?
「ま、移動に関しちゃランクあげるって手もあるがこの国ではオススメはしないわな」
「ランク優遇はありですか……」
「その代り貴族か王族に目ぇつけられるのも目に見えてるけどな。ちなみにサレスに昨日絡んだ女は貴族籍だぞ。そのせいでギルドの連中もぴりっぴりしてたからな。悪意のある尾ひれは余計だって殴っといたが」
「……」
あー……あるほど。
ようやく納得がいった気がする。
あの女が助長してるのは、そのスタイルの上貴族であり、優遇を受けられるからちやほやする冒険者が後を絶たないってことなのね……。
ティナちゃんとものすごく相性が悪そうなのも納得だわ。
貴族って事は、そりゃあ人至上主義ですよね……。
そして許可に関しては、そもそもなりたて冒険者の俺が国境を抜けることに関しては結婚の一択しかないので、それを認識していたティナちゃんが盛大に勘違いした、と……。
って親父、わかってて殺気出しやがったな?
というかもしかしなくても嵌められた気がする。
「うん? まぁ俺はサレスじゃなくて他の奴にまかせても」
「や、いいです。俺が責任取ります」
「そうかー?」
「本人にいうのが事後承諾になってるのがちょっと許せませんけどね!」
嵌められたと分かっていても、付き合い始めの彼女を他の野郎に渡すわけにはいかんのだ。
だってこの親父、国境抜ける方法聞いた時目がマジになってたもん。
これってそういう事だろ?
昨日俺を散々煽ったのも、こうなるのを見越してたってことだ。
脳筋のくせにそういうところだけ外さないこの親父……出来る!
「えーと……サレスさん?」
「うん? 何?」
「親が娘の結婚を決めるのは結構普通の話なのですよ? 私も昨日、父に近々隣国へ帰ることになるかもしれない、というのを聞いて……覚悟は、してましたです」
「へ?」
「ちょっとだけ、サレスさんだったらいいなとは……思ってましたけど」
はにかむ様子がかわいい。
じゃ、なくてなんでそうなった?
「この国は人至上主義だって言っただろ?」
「まあ聞きましたけど」
「そういうことだ。女で獣人のティナは、一人での移動の許可はおりん。Aランクではあるが、俺の保護下だとみなされてのランクはこの国では通用せん。つまり俺と分断されたらティナはこの国を出れんのだ」
もう一回埴輪顔になりそうになった。
国籍は隣国にあるのに抜けるのには親か配偶者が必要ってマジどういうことだよ。
平民なめとんのか。
あとティナちゃんのAランクはどう考えても実力だろ!?
「なんつー胸糞悪い……」
「本当にな。この国の王族はいい加減、貴族の横行を諫めるべきだと俺も思ってる」
思ってるって事は、要は手がまわらないってことなんだろうなー。
うん。
政治的な部分に関わる気はないけど、ホントどうにかすべきだと思うわ。
俺は関わらずに隣国に逃げるけどね!
「まあ、後は二人で話し合え。護衛とかは優遇させるからな」
親父さんはそう言うと、静かに部屋に帰って行ったのだった。
え? 寝室隣の部屋っすよね?
聞こえると思うんだけどここで話し合うの?!
ようやく結婚まで来たよ(予定路線)




