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異世界街生活11日目、おやつ時。
あんなところで話すのもなんだろうということで、元のギルドがある下町に戻ってきた後は、ひっそりと飲食店に入った。
勿論俺のおごりで。
大事なことはもう一度。
おれのおごりで。
うん、デートです。
っていうかまあ、貴方誰? って言われて「ナンパです」って返した俺もどうかと思うけど。
ナンパと言われてぽかんとした彼女は、言葉に詰まったのか想定外で思考が明後日に飛んだのか、じゃあ何か食べさせてくださいなのですと言ってきた。
うん、返しとしてはなかなか強かだな。
でもそういうのは嫌いじゃない! 見返りが最初から提示されているなら喜んで乗りましょう!
ということで、女性に人気のスイーツがあるお店です。
ちょっとお高め。
まあ、昼飯一食分がおやつになるだけなのでそこまで財布に痛いわけじゃないし、結構美味しいので気分は良い。
「……美味しい」
むしろ、むぐむぐとケーキを食べているその表情がごちそうです。
うん、ケーキを幸せそうに食べる美少女、いいな。
これだけでも結構ナンパしたかいはあるといえよう。白い耳が幸せそうにピコピコ動いているのも良い。
「……で、どうして、あそこにいたのですか?」
ケーキを食べ始めてようやく一息ついたのか、少女がまた首を傾げながらこちらに問いかけてくる。
俺は素直に返そうと思いつつ、ケーキを一口飲み込んだ。
「なんとなく気になったから」
「なんとなく……でついてきてたのですか? あんなふうに気配断って?」
「うん」
気配を断った覚えはないんだが、多分体術のレベルが上がった分足音とかが出ないようになってるんだな、と思う。
ぶっちゃけ見失っても鑑定眼千里眼モードで足跡が見えてしまうとかで余裕で追跡していたし、敵意は出していなかったから不思議に思いながらも彼女も放置していた、って感じだったんだろう。
実際出てきた俺を見て、まさにこの人誰? って顔してたもんな。
うん。俺見るからに初級冒険者だし、なんで後ついてきたのかとかさっぱりわかんないよね!
まぁ理由なんてナンパ以外なかったんだけどね!
「へんなひと……」
「良く言われる」
もぐもぐ。むぐむぐ。ピコピコ。
2個目のおかわりをしつつ、彼女が俺を見る。
「変な人なんで、ついでにあんな風なバトルになった理由とか、教えてくんない?」
「聞きたいのですか?」
「うん」
内容の端々からテンプレ展開が少し見えていたのだが、それでも事情は正しく認識したい。
好奇心丸出しで聴いたからだろうか、逆に警戒がとけたらしく白ネコちゃんは苦笑しながら説明してくれた。
「私には、養い親がいるのです」
「うん」
「私がこの街に住むにあたって、引き取ってくれたいい人なのです。人間ですが、父として慕っています」
ほうほう。
なんか話っぷりからするに、養い親自体はいい人っぽい感じ。
「そんな私の父は、3か月前倒れたのです」
「……」
「担ぎこんでくれたのは、たまたま近くを通りかかったというあの男でした。貴族街の病院で手厚い保護を受けた反面、料金の請求がかなり来たのが事の始まりです」
「……あー」
なんかわかるわー。
それで金を借りたってパターンか?
「んで、返せなくなったとか?」
「……いいえ。これでもわたし、A級冒険者なのです。その時は一括で支払うことが出来ました」
「ほう」
あんな男に金借りるとか警戒心ないな―とか言おうと思ってすまん。
この分だと俺についてきたのも勝算があって、自分で考えてついてきたってところなのかな。
まあ、俺見た目からしてそんな強そうでもないし、下町であれば明らかにこの子の方が情報通だろう。
実際この店に入った時にも声をかけられていたし、多分俺には何もできないとちゃんとふんでここに来たんだろうな。
うむ。なかなか賢い。
「ただ。言われた病名が、聞いたことのない特殊すぎるもので……治療を続けることが出来なかったのです」
「ふむ……」
「放っておいたら死に至ると言われてしまい、父はもう十分生きたからイイと勝手に退院してきてしまいました。けれど病院からは、治せなくても延命できると、最新の対処療法を勧められたのです」
おう。
なんか話の雲行きが怪しくなってきた。
「何か企まれているかもしれないとは思っていたのです。そもそも人の手助けなどするはずがないと言われるほど、あの男は評判が最悪だったのです。でも実際、父にまた目の前で倒れられてしまったとき、私は彼に助けを求めることしか出来ませんでした。近くの病院では受け入れ自体を拒否されてしまったのです。結局どこかで話は通っていたのか、あっという間にあの男の息のかかっている病院に搬送されてしまってからは、なし崩しに支援されることになってしまいました」
「なるほどね……」
「そのあとは言うまでもないかもしれません。お金なら、父も冒険者ですから、十分払える余裕はあったのです。でも、あの男の言葉一つで薬がもらえなくなるかもしれない、そう思うと指名依頼や無理なクエストを断れませんでした。そして一週間前、私は、あの男にある要求をされたのです……」
「ある要求?」
「これ以上の支援を求めるなら……愛人になれ、と」
なんというテンプレ……。
「私は」
唇を噛みしめた仕草が痛々しい。
俺は大体その先の想像がついたので首を振ったが、彼女は自嘲するようにケーキの最後の一口を放り込んだ。
「……それで父が治るならと、悩まなかったとは言わないのです」
「うん」
「でも、嫌でした。絶対に、嫌だったのです」
うん、俺も嫌だわ。
そっかー、そこで引き返したのか。
ここで身も預けて、と言われたらどんびくところだったが線引きは存外きっちりしていたみたいで安心だ。
だってもう実は……とかだったら微妙過ぎるもんね。捨て台詞的に大丈夫だとは思ったけどね。
うん、でもいい女だなーこの子。
いくら父のためでも、自分を大切にする心は忘れなかった。
お父さんもそんなこと望んでなかっただろうし、その一線はちゃんと守り切ってるのが非常に良い。
俺もそんな風に女の子に助けられたいとかは絶対思わんしな!
「……恩知らずもいいところ、なのです」
だが、それすらも苦悩の原因なのか、白ネコちゃんは暗い表情だった。
その言葉が言いたかっただけなのか、彼女はそう呟くと立ち上がった。
「ケーキ、ありがとうございました」
「おう」
「じゃあ、ここで」
奢るといったせいかお金を払う仕草はしなかったが、必死でにっこりとほほ笑んで彼女は立ち去ろうとする。
引き際まで潔い、その姿は痛々しくても凛としていて見惚れるには十分だった。
そして同時に俺に沸いたのは、まだ引き留めたいという衝動。
「あ、ちょっと待った」
「? まだ何か?」
首を傾げる様子に、にやりと俺は笑う。
「ついでだからさ、そのお父さんとやら、診させてくれない?」
「え?」




