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異世界街生活11日目。昼下がり。
裏路地を抜けると、存外広い場所が開けてきた。
なんというか……貴族街? なんじゃないのここ?
門を通らなくてもいけるのか。
白ネコちゃんの足取りは重いままだが、道はわかっているのか迷いなく進んでいく。
あんまりつけていると気づかれると思ったが、よっぽど気がかりなことが有るのか後ろを振り返ることはない。
そうして彼女は、ある男の前に立った。
「遅かったじゃないか」
小太りの、いかにも貴族の息子と言った風体の男。
周りにいる男は3人いていずれも人相が微妙だが、護衛か仲間と言ったところか。
うーん、小悪党臭がぷんぷんするなぁ。
「……」
「養い親の具合はどうだ?」
……ふむ?
そんな小悪党であるが、その口から出てきたのは、何やら常識的な言葉だった。
声こそ何か微妙なものを感じさせるが、白ネコちゃんにかけた言葉は割と普通……というか、白ネコちゃんの親が病気か何かなのかな。それを労わるような言葉であり、そこに裏があるようには感じられない。
しかし白ネコちゃんはその台詞を聞いて、ピクリと肩をはねさせた。
「……」
「その顔では芳しくないようだな?」
「……はい」
男はやはり貴族なのか、白ネコちゃんの言葉遣いが若干目上の者に対するものだ。
まあ、どう見ても男の方が年上に見えるからよくわかんないけど、男の姿はいかにもな装いのため不自然はない。
しかし白ネコちゃんの様子はなんというか……友好的では、ないな。
「ふむ、しかしこれ以上の援助となるとな……」
思わせぶりに男が白ネコちゃんを見る。
援助。
援助、ねぇ? これって白ネコちゃんが男にお金借りてるとかそんなシーンっぽい?
「それなのですが……条件に変更は、ないのですか?」
「当り前だろう。これ以上は俺の手に余るからな。多少の見返りがなくては、な?」
にやり、と笑う口元が見えて俺は察した。
下劣な声が周りの男から上がり、白ネコちゃんのぷるりと震える尻尾が逆立つ。
あ、これあかんやつや!
視線がねちっこい。
すっげぇねちっこいというか、小悪党全開過ぎて遠目に見てる俺でも(千里眼全開だから)わかるわー。
すっげぇテンプレ展開である事がっ!
とりあえず様子見を続けながら聞き耳を立てる。
白ネコちゃんはしばらく黙っていたが、やがて首を振った。
「……もう結構なのです」
「は? なんだと?」
お? 白ネコちゃん先制パンチか?
男の言いなりになると思いきや、拒絶するように毅然と男を睨んだようだ。
って後ろ姿過ぎて実はわかんないけどね! 割と希望的観測!
「しかし俺の援助を切ってどうする気だ? まだ、治っていないのだろう」
「それでも、お断りするのです」
先ほど背を丸めていたのが嘘のような、毅然とした声音。
少し幼い感じがしていたが、決意を秘めたような声は凛として耳に響く。
っていうかいい声だなー。かわいい声だなー。
「……下手に出ていればいい気になりやがって」
「……」
「猫は猫らしく、大人しく啼けばいいものを!」
吐き捨てる男に白ネコちゃんは何も言わない。
だが、周りの男どもは散開するように、白ネコちゃんとの距離を詰めようとする。
そこに響いたのは、やはりというか白ネコちゃんの声。
「……無駄なのですよ」
「あ?」
「私は此処に来る前に、貴方に会うことを盛大に喋ってきたのです。もし、私が帰ってこなかったり何らかの言い訳出来ない状態になっていれば……困るのはあなたの方なのです」
「ハッ。そんなもの、なんになるというのだ」
うーん、俺もそう思うなー。
何か目の前の男は金持ってそうだし、白ネコちゃんは身分そんなに高くなさそうだし。
ここでうっふんあっはんなことになっても、助けが来るかどうか。
そして事後に白ネコちゃんの立場がどうなるか、って言ったら何か先が見えている気がする。
いやまあ、さすがにアレなことになったら声かけるけどさ。
「……何のために、ココで会うと決めたと思っていたのです?」
言うなり、白ネコちゃんの周りに光球が浮かぶ。
ってあれ、攻撃魔法っすか!?
問答無用……だと……!?
ひくり、と目の前の男の唇の端がひきつる。
「ふ、ふざけているのか!? 今までの支援も切るぞ……!?」
「それでいいと言ったのです」
ひゅんひゅんと、尻尾の動きに合わせて光球が躍る。
属性はなんだろうなー、風だろうか。
髪が光球が動くたびにたなびくのがいっそ神々しい。
銀色の髪がキラキラと太陽に輝いて、毅然と伸びた背中が相手の男に拒絶を訴えていた。
「……」
「私が貴方に援助を得ることも、父は反対していたのです。それでもわたしは、今の今まで、踏ん切りがつかなかったのです。けれど、どんなにあなたに尽くしても父は悪くなるばかりで一向に良くならない。その上要求するものが跳ねあがるのであれば……、もう私にできることはありません」
「……ち、ちちおやが死んでもいいっていうのか!」
「いいわけないのです!」
ガン、と光球の一つが男の足元を削った。
わーお、ワンダフル。
ひぃ、と顔色を変える男が滑稽すぎて笑える光景であるが、割と喧嘩を売っている状態だ。
護衛の男が出てくるのに合わせて俺もこっそりと構えるが、それより先に白ネコちゃんのすらりとした足が護衛の男の顎をとらえて、そして蹴り飛ばした。
「だけど、だけど!」
「よ、よせ!?」
「私はこの身を捧げるのは恋人だけだと決めてるのですよ……!」
声と同時に笑えるほどすっ飛ぶもう一人の男に、思わず笑いそうになる。
何この子近接戦闘も強いし!!
なにこれなにこれ、すげぇいいな!
不謹慎だけど、蹴り飛ばした瞬間に見えた横顔は思わず目を瞠るほどの綺麗さで、目を奪われるには十分だった。
一方的に攻めを繰り返す白猫に命の危機を感じたのか、小悪党な男が焦ったように踵を返して逃げていく。
白ネコちゃんはといえば、深く後追いはせずにその場に立ち尽くしていた。
護衛(?)の男も跳ね起きると後に続き、光球も時間のせいか立ち消えて、広場はもとの静けさを取り戻す。
嵐の後の、一瞬。
「……」
黙り込んだまま立ち尽くす彼女に、さてどう声をかけようかと思案する。
本来ならこんな出来事の後だし出直せって話なんだが、そもそも今後彼女に会えるかというと疑問が残るし。
何よりあの男が言っていた台詞と、暴力を一方的にかました後の彼女がどんな顔をしているかが気になって仕方がない。
どうしよっかなー。
どうしよっかなー。
出るタイミングを完全に失ってしまったため、ひっそりと彼女を観察する。
すると。
「……そこの人は、出てこないのですか?」
「!」
気配に気づかれていたようで、白ネコちゃんの静かな声が俺の鼓膜に届いた。
その声は静かで先ほどの毅然とした強さはない。
というかまあ、ずっとつけてたのも気づかれてたかなぁ。
あんだけ戦闘能力あるなら、気配ぐらい察してそう。
とりあえず敵認識されていないといいなぁ、と思いながら俺は路地裏から彼女へ近づくことにした。
ぺたぺたと足音を立てて近づくと、気配をまるで隠そうとしない俺に不思議そうに彼女が振り返る。
そうして俺を見つめ、きょとんと首を傾げた。
あ、かわいい。
「……あなた、だれ?」
俺の好みドストライクの少女とのそんなファーストコンタクトは。
何とも間抜けな言葉から始まったのだった。




