弐 昼がきて
「まき、とうとう大人の階段登っちゃったのね」
「……その言い方古いよ」
「言い方に古いもくそもないわよ、でもあんたが……ねぇ?」
朝礼には遅刻したものの、かろうじて一限の始業前に教室に飛び込んだまきは、昼休憩に突入すると力尽きたように机に突っ伏した。授業ごとに挟む小休憩の間に事象を聞いていた親友、金井妙子は、そんなまきの姿にふふふ、と微笑む。
「で、結局……」
彼女は手入れの完璧に施された細い指をまきの首筋に沿わせ、だから今日は髪をおろしているのね、と笑みを深めた。その細い指が触れているそこには、まきの背中まで伸びた髪で見えづらいとはいえ、不自然な絆創膏がある。それは“キスマーク”の対処法を知らないまきが、苦肉の策と考えた、あからさますぎる隠し方だった。
「そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。で、相手は誰なの、私の知ってる人? 初めてはどんな感じだったわけ?」
「それが、現実主義の妙子に言っても、信じてもらえる気がしないんだけど……」
「何? オカルト? 幽霊とでもシちゃったわけ」
「ち、違……」
まきは慌てて、一応人間だったと付け加えた。
「ただ、人間の姿はしていたんだけど……」
「けど?」
「実は……」
狐だったの。まきはこの時ばかりは上体をしっかりと起こし、そう告げた。
「は?私を何だと思ってるの、馬鹿?夢でも見てるの?」
「だから信じてもらえないって分かってたから。別にいいよ、信じてくれなくたって。どうせ、どうせ私の言葉なんてー……ふーん……」
頬を膨らませ、再び机の上に突っ伏したまきの脳裏に蘇るのは、あの男の一言だ。
『ニンゲン、キエロ』
「小森町はもともと小さな森が切り開かれた町でしょ? その中でも私の家はあの狐森地区にあるんだから、狐の伝説もたくさんあるんだってば」
「知ってるけどさぁ、それは。だったとしても狐の男があんたを襲ったわけ?」
「お、おそ……」
「あ、違ったあんたから誘ったんだったわねぇ」
「……」
頬から広がった熱が一瞬にして顔全体に広がり、再び茹でだこ状態になったまきを、面白そうにからかう妙子だが、ふと教室の入り口を見てため息をついた。
「でもいいなぁ、私も恋した~い」
「してるじゃない」
「あんなの、恋じゃないわよ……」
今まで弟妹の世話で恋愛している暇すらなかったまきとは対照的に、妙子は一人っ子で趣味は自分磨き。口は悪いが黙っていれば可憐な美少女に見える。
「私は努力しているのよ、自分のために! でもそれを何を勘違いするのか、妙に外見だけ気にする男ばっかり」
「それ聞いたら女子の一部を敵に回すとおもうよ、妙」
「敵でも味方でもどうでもいい!」
私は恋がしたいの!
周りもはばからずにはっきりと公言する親友の言葉に、また教室内でその言葉に勘違いをするかわいそうな男子生徒たちが増えるのではないかと不安に思うのだった。
「まぁ狐の男だかなんだかわからないけれど。また会う約束しているのよね?」
「へ?」
まきは妙子の問いかけに目を丸くした。目を丸くするまきに、まさか、と思いつつも妙子が問いかける。
「会う約束……まさか」
「してない、っていうか。私があの後寝ちゃって、朝起きたらいなかった」
「……こ、この子、男にいきなり逃げられちゃってるわけ!?」
Happy Valentine's Dayです。
海外ではむしろ男性から女性に贈り物を贈ることもある、恋人や夫婦のイベントですね。
愛のイベントでもありますから、家族間でも楽しく語り合うイベントです。
日本ではなぜ私たち(女性側)が、しかもチョコをあげねばならんのでしょうか、と疑問に思いつつ。
あげる人はいないので、気が向いたら今夜もう1話あげたいと思います。お読みいただきありがとうございます。