鉄の翼のメインローター、木の翼のテイルローター
ここまで、本書ではこの国の素敵な部分を扱ってきた。だがこの国を語る上で欠かせない2つの人種がある。
その人種というのは勘のいい読者ならすぐお気づきだろう。ドワーフとエルフだ。
ドワーフとエルフが、縄張り争いをするコーストワイバーンたちよりも険悪な仲であることは、この国に興味がある人の多くがご存知だろう。
歴史的にみても、ドワーフとエルフは何度も争いを重ねており、大きな戦いに発展した例も少なくない。
だが、そのドワーフとエルフが肩を並べて戦った例をご存知だろうか?
本コラムではその事例について記す。
* * *
宙に浮かぶ鉄の悪魔は、ドワーフの集落の頭上に突然現れた。
森と洞窟の境目の平原、エルフとドワーフの勢力争いのまっただ中にある集落の上空に突如現れた鉄の悪魔。
回転する羽根を上部に一つ、後部に一つ備えており、どうやらこの羽根を回すことで宙に浮かんでいるようだ。
その鉄の悪魔はまるで飛び方を覚えたばかりのグリフォンのようにあたりをぐるぐると回り始めた。
中にはどうやらその鉄の悪魔を操る人がいるようで、角度によってはちらちらと人影が見えた。
「なんだありゃあ、新手の魔物か?」
「いや、あの耳長のフヌケどもの仕業かもしれん」
異変に気づいたドワーフたちが集まって指を指し、口々になんだろうと言い合う。
そんな中血気盛んなドワーフの一人が、エルフの差し金に違いない、だのなんだの言いながら鉄の悪魔に向かって投斧を放り投げた。
狙いはそれほど悪くなかったものの、いかんせん鉄の悪魔の高度が高すぎた。
届いたのは惜しくも鉄の悪魔の手前までで、放物線を描いて投斧は地面に刺さり、それを見た回りのドワーフは大いに笑った。
だが、鉄の悪魔の乗り手はあまり笑わなかったようだ。
大いに笑ったドワーフ達に、"荒れ狂う鎖"が火を噴いた。
* * *
「なに? あのドワーフの奴らが不法に占拠していた平原の集落で煙があがっているだと?」
リー・エンフィールドは、この辺りの森林エルフの中で最も有力な氏族の一つであるエンフィールド家の出身の、若いエルフだ。
まだまだ若輩者ではあるが頭のキレや面倒見のよさを高く評価されており、家柄もあって次期首長は堅いと見られている。
そうした理由からすでにこうしていくつかの集落の取りまとめや、ドワーフとしばしば起きていた小衝突における対処の役割を担っていた。
「いいことじゃないか。おおかた愚鈍な奴らの唯一の取柄である火薬の扱いでさえも失敗した、といったところだろう。あるいはもっと間抜けな理由かもしれんが」
「それが、どうやら大型の龍のようなもの仕業のようだという噂が……」
「なに、龍?」
そいつはおかしい、とリーは言った。なぜなら、報告がないからだ。
「龍の襲来への対処は共通の課題であり、これに関しては全部族的に協力するということで話は決まっている。奴らドワーフがいくら愚かだとしても、周辺集落への緊急報告という義務を怠ることはあるまい」
「しかし、現に……あそこに見えているのです」
「なに?」
視力に優れているとされるエルフの視力であっても、目を凝らさねば見えないほどの遠く。確かになにか、いる。
「確かに……クソッ、あの錆生えどもめ! 血迷ったか! ……いや待て、煙が観測されたのは先ほど。あの集落は定期的に観測させていたから、それほど時間的には経過していないはず。だが、何かが浮かんでいるあちらは……まったくの逆方向ではないか!」
「それなのです」
部下のエルフは明らかに戸惑っていた。
「流石に、ここの頭上を飛んでいたとすれば誰かが気付くはずです。それがないということは、大きく迂回したということ。いや、たとえ直線距離であっても……龍がそんなスピードで飛行することは、不可能です」
リーは部下に、ともかく警戒し念のため龍への対応態勢を整えるよう、また周辺にも未確認ながら、という前置きをつけた上で報告するように命じた。
部下が走り去っていく。いったい何事だろうか、と怪訝に思いながらもその遠方の点を見つめていた。
が、次第に顔色が変わった。
もはや部下に伝達を任せる余裕もない、といった様子で走りだし、周りの人に緊急事態だ、龍への即応体制を取れと叫ぶ。
「あの点は……こちらに向かってきている! それも、龍などよりもはっきり速い速度で!」
* * *
「なんだこの惨状は」
『龍に類したものの出現』という、歯切れの悪い通報をエルフから受け、悪態をつきながら部下を連れて急行したフェデロフ・アブトマートは、エルフの森を襲う鉄の悪魔を見て、思わず呟いた。
それは明らかに龍ではない。龍よりも機敏、そして縦横無尽に動き、皮膚は頑丈で矢が突き刺さることもなく。そして下部についた"荒れ狂う鎖"が、必死の応戦をするエルフたちを無残に虐殺している。
「少しだけ話には聞いていたが、確かに悪魔と呼びたくもなる」
「ふん、ドワーフか。よくもまあそんな平然とした顔で来れたものだな」
最前線にいた一番位の高い男、という理由でなし崩し的に対応の指揮を執っているリーが、聞こえるように呟いた。
「はて、俺たちドワーフはお前たちエルフが泣きついてきたから、しぶしぶ来たはずなのだが」
「お前たちの呼び出しは協定に定められた義務だ」
「俺達が出たときはそんな話じゃあなかったけどな、だいたい、あれは龍じゃないだろう」
「対龍協定と同様の扱いをすることは、後追いであるが協会の認定を受けている」
「はっ、そんな細かいところだけはしっかりやってらっしゃるんですな。流石エルフ様は、器用でらっしゃる」
まあ、俺達はそんな名目よりも実を取るけどな、とフェデロフは部下が牽引する荷台にかけられた布をめくる。
見ろ、と誇らしげにフェデロフは胸を張りながら言った。
「対ワイバーン級牽引突槍だ。お前らの矢じゃどうも威力不足らしいと聞いて持ってきたが……こいつは違うぜ」
リーがもしこんな状況でなければ、そんな玩具をこの神聖な森に持ち込ませないのだが、と呟くと、もし義務なんかでなけりゃ、俺達の虎の子をお前らに見せなんかしないがね、とフェデロフが悪態で返す。
「まあ、好きにするといい。確かに我々の矢は威力不足かもしれんが……こちらにも考えはあるんでな」
* * *
「持ってきたか」
「ええ」
龍の鱗でさえも、エルフの弓は貫く。
エルフの弓矢が貫けないものはない。
「あの愚鈍なアホどもの、動けないほど重い鎧を除けばな」
遥か昔、エルフとドワーフが今と同様争っていた時。
ドワーフが優れた冶金技術を生かし、エルフの矢さえ通さない鎧を開発したことがあった。
それはあまりにも重く、動きは極めて鈍重になるという大きなデメリットを背負っていたものの、エルフの矢さえ通さないとうのは過大広告ではなく、ゆっくりと、しかし着実に迫るドワーフの重戦士隊は大いにエルフ側の主力である長弓隊の士気を削いだものだった。
特注である、大型コンポジット・ボウ。
ドワーフの重戦士への対策がこれだった。取り回しは難しく、また持つ側も目立つことから極めて運用が限られるという欠点はあるものの、威力は通常の弓矢とは段違い。
動きも鈍重であるドワーフの重戦士をやすやすと貫き、大いに戦果をあげたものだった。
以後、ドワーフはそこまで鈍重な重戦士隊を運用せず、ピンポイントの対策であるこのコンポジット・ボウも眠りについた。
「が、エンフィールド家では『念のため』保管しておき、使い方などをしっかりと次の世代に伝えてきていたわけだ」
「……リー様、差し出がましいようですが。あの鉄の悪魔に弓矢が効かないのは高度によって威力が大きく減じられているからです。そのコンポジット・ボウであれば多少の威力の向上は期待できますが、それでも刺さりさえしない現状を見ると……」
「確かに。緑色の装甲面であればな」
「と、言いますと?」
「見ろ。緑色の頑丈な面に対しては、全く戦果が上がっていない。だが、透明な面に対しては矢が突き刺さっているのが見えるだろう」
「確かにそうです。ですが、例えば龍であっても手足を貫くのでは勢いを止めることはできませぬ。かの鉄の悪魔は自らの急所――あの羽根と荒れ狂う鎖です――を厳重に守っており、そこを貫けないことには」
「もう一つ、急所がある」
「?」
「乗り手だ」
* * *
「外したか。まあ初弾じゃあ上手くいかんのも無理はない。焦るなよ」
にしても、あのエルフらめ、流石年がら年中弓を撃ってるだけある。当てるのだけは上手いな。もっとも、それは功を奏してないようだが、などとフェデロフは呟きながら、次弾装填を指示する。
1発目は全く見当外れのところに飛んでいった。続いて放った2発目は高度がまったく足りなかった。
ドワーフは器用ではないことを自覚している。ゆえに、ドワーフの作る道具の理想は「世界一不器用なドワーフが使っても、平均的なドワーフが使ってもほとんど変わらないもの」。
個人の能力に依らず、あらゆるドワーフが使いこなせる道具こそが、ドワーフの至上命題なのだ。
その理想を曲げたいわけではない。だが、四苦八苦するドワーフたちを尻目に威力不足とはいえ恐ろしい命中率で鉄の悪魔に矢を打ち込んでいるのを見ると、羨ましくもある。
「さて、3発目だ。いい加減当てるぞ」
フェデロフの号令の元放たれた3発目は――三度目の正直とばかりに命中。エルフの矢と違い、しっかり突き刺さった。
「けっ。龍と同じようにはいかんか」
しっかりと鉄の悪魔の側面に刺さった突槍だが、ダメージを与えたようには思えない。平然と飛び回り、荒れ狂う鎖をばら撒いてエルフの射手たちを仕留め続けている。
だが、刺さったことには気付いたらしい。鉄の悪魔は向きを変え、中の乗り手がこちらを向いた気がした。
その時。
リーのコンポジット・ボウが放たれた。
「命中!」
リーの放ったコンポジット・ボウが、初弾にも関わらず鉄の悪魔の比較的脆弱な透明部分を突き破り、中の乗り手の胴体を貫いたのが地上からでもわかった。
「致命傷だ。即死はしないまでも、直に死ぬ」
その言葉に間違いはないようだった。
事実、おびただしい数の死者を出し続けていた荒れ狂う鎖は止まり、機敏に動きまわり背後を狙っていた先ほどの飛行とうってかわり、まるで溺れまいともがくような飛び方に変わった。
中の乗り手が、必死で鉄の悪魔を操りながら、腹に刺さった巨大な矢を引き抜くのが見える。
目のいいものは勝利を確信し、そのざわめきは広がっていき喝采へと変わりかけていた。
次の瞬間、エルフの愛すべき神聖なる森は、炎に包まれた。
炎に包まれながらも、鉄の悪魔を凝視する気力があるものは気付けただろう。
中の乗り手の致命傷とも思われた傷が、再生していっているのを。
* * *
「地獄の炎……」
鉄の悪魔の側面部から発射されたそれは、地面に衝突すると同時に周囲を業火で焼きつくした。
悪魔が怒り狂ったかのごとく、それは何発も何発も放たれ――エルフの森を火の海に変えたところで、ふらふらと飛び去っていった。
「なんだあの再生力は……確かに、人体再生の術は存在する。だが、あれは……その系統を専門として数十年従事しなければ得られないような再生の早さだった……」
どんな強力な鎧も、厚く巨大な盾も。隙間を狙い、あるいは背後に回りそれそのものの硬さを相手にしない。
優れた冶金技術を持つドワーフに対抗して成長したのがエルフ射手の射撃精度。
だが、その矢による狙撃の芽が完全に潰えた今、リーはほとんど絶望していた。
「おい、バカ耳長! 何ボーっとしてやがるんだ、逃げるぞ!」
呆然とするリーを、フェデロフが半ば引きずるようにして引っ張る。
「クソッ、俺の連れてきた部下も全員やられちまった。おい、ボーッとしてるな! とっととお前の部下で動けるやつをかき集めろ、撤退するぞ」
「我々の森は燃えてしまった……数少ない残党を集めたとしても……あの再生の力を見たか? 我々の弓の技術は、もはや通用しない」
「ああ。かもしれん……だが、こんなところで突っ立ったままよりはマシだろう。……それに、希望がないわけでもない」
おい、お前らのリーダーだろう、俺なんかに運ばせるな! と、フェデロフは怒号を飛ばすと、無事なエルフが数人集まり、リーの肩を支えた。
「どこへ行く気だ」
「俺達の拠点の要塞だ。森も視界を遮る点を考えれば悪くない拠点だと思っていたが……あの地獄の炎があるんじゃ丸裸も同然だろう。もっとも、あの威力では俺らの要塞もそう長くは持つまいが、それでもまあマシには違いない」
「……お前たちの拠点までどうやって行こうというのだ。あの危険な平野を鉄の悪魔の目をすり抜けて通り抜けろというのか?」
「鉄の悪魔の目よりも、エルフの目は厳しいんだぜ? お前さん、自分らのことなのに知らんのか?」
ほれ、そうだ。そこの岩をどけろ。
ドワーフの顎で指示され、不愉快そうな顔は隠さないものの状況が状況だ。エルフは言われたとおり岩を動かすと――そこには穴があり、坑道のようなものに繋がっていた。
「お前らの目さえも欺ける近道がこれよ。いいか、この騒動が終わったらこの道のことは忘れろよ」
* * *
ドワーフの要塞に案内され、会議室のようなところにリーと数人の部下は通された。
奇異の目で見るぐらいはまだいいほうで、多くのドワーフはエルフへの敵意を隠そうとしない。
「待たせたな」
フェデロフは何やら資料などを抱えて、会議室に現れた。
「エルフと協力などだのなんだの面倒なことを言う奴らはとりあえず黙らせた。ともかく、あの鉄の悪魔を黙らせなけりゃならん」
「……ああ、その点に関しては同意だ」
「まず俺達がお前らに期待しているのは2点だ。1つは、あの鉄の悪魔について、魔法面での考察だ。機械的な面での推測はある程度進めているが、魔法理論に関して俺たちドワーフは不得手だ」
「その線はある程度考えていた。一つ聞きたいが、荒れ狂う鎖のように高速で弾丸を飛ばす機構というのは、理論上可能か?」
「俺達の技術では無理だ。だが、不可能ではないだろう。俺達が使う突槍と仕組み自体は似たようなものだと推測している。……あそこまでそれを小型化し、かつ高威力で塊を持続的に飛ばしていることは信じられないが」
「わかった。となると魔法で考えればいいのはあの飛来する塊の連続的な生産のみを考えればいいわけか。これは結論から言えば可能だ。空間固着術は汎用術に位置付けされている。どのような魔術師であっても、魔力と数カ月程度の訓練さえあれば難しくはない。ただし、精度を大幅に上げようと思うと訓練の期間は年単位になるだろうが」
「可能だってことさえわかりゃいい。どうも、嫌な情報が入ってきててな。まあ、こちらは後で話そう。地獄の炎の再現は?」
「まだ人為的な生成が完全に成功した例はない。が、衝撃とともにあたりに火をまき散らす魔法結晶自体は高魔力を有する火山では比較的容易にみられる。お前たちでさえ再現できない機械的技術をあの鉄の悪魔が有している以上、魔術的技術においても上を言っているとみるのが妥当だろう」
ふむ、とフェデロフは頷く。
ドワーフは実用はともかく魔法の純粋な理論や文献には詳しくない。だから裏付けは取れない、が。
「お前たちがそう言うなら妥当なんだろう。さて、先ほど言った嫌な情報というのはだがな……勇者ジョン・ブローニングは知っているか?」
「名前ぐらいは」
「彼の武器はドワーフ製でな、俺達の持つ誇り高い伝説の一つで……話が逸れたな。そのため、彼の文献がいくつか残されていた。その中に『突如として現れ、違う世界から来たと説明した』記述と、『敵を打ち倒し、その魂を屠って急激な成長を遂げた』という記述があった。もしあの鉄の悪魔がブローニングと同じような場所から来たのであれば、同じ性質を有している可能性が高い」
「敵というと……まさか」
「そうだ。奴は俺たちやお前らの同胞の魂を屠りながら、魔力などの力を高め、再生の力を成長させていると考えるべきだろう」
「……勇者ブローニングはお前らの伝説の中の英雄だろう。鉄の悪魔なんかと一緒にしていいのか?」
「この世界にもエルフなんてクソヤロウがいるだろう」
「確かに、ドワーフなんかと我々は同じ世界で同居している」
悪態に悪態でリーが返す。
「はっ。ようやく調子が戻ってきたみたいじゃねえか」
「お前らが我々に求めるものはなんだ。その話が本当ならば、早い段階で仕留めたい」
「一つは奴の場所を継続的に把握する手段だ。俺達のほとんどは地下か山に篭っている。上空の観察は苦手だ」
「いいだろう。対ドワーフ偵察ネットワークはまだ大部分が残っているはずだ。それをそのまま活用する」
「おう、そんなものの存在を俺達に教えちゃっていいのか?」
「ちなみに、この要塞のすぐ外にも偵察の拠点はあるぞ」
「はっ。秘密の坑道といい、考えることは似たようなものだな」
「……それで、どうやって仕留める?」
「あんな化け物が現れたときのためにアブトマート家のご先祖様は考えたのさ。このすぐ上だ。ついてこい」
会議室のすぐ横にある階段を登って行くと、そのまま要塞の屋上に出た。
そこには、フェデロフが森に持ってきていた対ワイバーン級牽引突槍に似た形の兵器が鎮座していた。
違うとすれば、固定され牽引できないようになっていること。そして、大きさが倍ほども違うことだ。
「対アースドラゴン級突槍、"ガーゴイル"だ。これならば、あの鉄の悪魔でさえも仕留められるだろう」
「確かに、これならば……いや待て。だがこんな代物があるなら我々に頼る必要もあるまい」
「これは固定されている。その上、2発までしか一度に装填できん」
それに結構なお値打ち品でな、量産ってのもまあ無理だろう、と誇らしげに呟いた。
「地獄の炎が飛んできても逃がすわけにいかない。これだけの大掛かりな武装だ、鉄の悪魔からみても破壊の優先順位はかなり高い。つまり、再装填の暇はない」
「だから、我々に頼るというわけか」
「そうだ。口惜しいが、お前ら耳長は射撃の腕は俺達を遥かに上回る。1発目はこいつの癖を読むために外してもいい。2発目で勝負を決めてくれ。俺達は、このガーゴイルの射程範囲まであの鉄の悪魔を誘導してくる」
「馬鹿な、危険すぎるぞ」
「アホ抜かせ」
フェデロフは鼻で笑った。
あの荒れ狂う鎖の精度を見たか? いくら森の中で見づらいとはいえ、何十発も撃ってようやく1発か2発当てられるなんてめくらもいいとこだ。
「俺達の宿敵はな、同じ距離なら十発撃てば十発当ててくる。それに比べりゃあ、鼻歌交じりよ」
* * *
「200サージェン後退ッ! 隊列を崩すなよ、鉄の悪魔は容易に俺達の背後に回りこむ。サークルを崩すな!」
フェデロフの怒号が響く。
陣形は楕円形、全員が可能な限り頑丈な鎧と、大盾で身を守っている。
この円陣が複数。その中央に1つ牽引突槍があり、鉄の悪魔が高度を落としてきたとみるや突槍を叩き込む。無論、決定打にはならないが、牽制にはなる。
「フェデロフ隊長、本当にこのクソ重い大盾、役に立ってるんですかい!?」
「即死が致命傷ぐらいにはならあ」
「それじゃあ、意味無いでしょう!」
「加えて、視界を隠すことに意義がある。相手も撃った相手が生きてるか死んでるかもわからんというのは不気味だろう」
荒れ狂う鎖にせよ地獄の炎にせよ、魔力が必要であり、魔力は自然に回復するまでには相応の時間がかかる。
こういった常識は、鉄の悪魔にもしっかり適用されているようだ。
弾丸は確かに恐ろしい連射速度で死をばら撒くが、よく観察すると一定数発射した後、数十秒程度手が止まる。
とはいえ。
「地獄の炎の頻度が少しずつ短くなっている。どうやら同胞の魂をかっ食らってやがるのは間違いないようだな」
楕円形の防護を固めたサークルは荒れ狂う鎖相手にはそれなりに持つものの、地獄の炎が放たれると一発でその一隊が蒸発する。
幸いにしてその頻度はあまり高くないが、その間隔が狭まっていることはドワーフ全体に焦りをもたらしていた。
「頼むぜ、耳長。俺達が全滅する前に」
* * *
リーは目の前に惨状に怒号を飛ばした。
「クソ、あのうすのろども! なんて戦法を取りやがるんだ!」
「……責任重大ですね」
要塞の屋上。心ばかりの偽装を整えたガーゴイルのところで、リーとその部下達は鉄の悪魔を観察しながら待機していた。
「奴らの言っていた想定射程範囲からは程遠いが……この距離でも当てれるかもしれん」
「かもしれんで撃てないでしょう」
「このまま放っておけば、あのドワーフどもは全滅するぞ!」
「せめて、あと2ハロンも近づけば……」
ドワーフ達はよく粘っているが、目に見えて数を減らしていく。フェデロフの隊を入れても残り数隊まで削られていた。
「あのドワーフどもの射程範囲などもう知らん、撃つぞ!」
地獄の炎が放たれ、ドワーフたちが焼き払われた。残りはフェデロフの隊のみだ。
「……リー隊長、当てれますか」
「今当てなければ、我々は森だけでなく最後の取り柄まで失ってしまう」
「わかりました」
「念のため、再装填の準備も頼む。私は蜂の巣になっているだろうが、地獄の炎が来るまでに間に合えば……お前が撃て」
「そんな希望的観測、するだけ無駄ですよ。逃げ道はないです」
「そうだな。今当てるしかない」
備え付けられたスコープを覗きこみ、リーは当てること以外の全てを忘れた。
狙いをつける最中、中の乗り手と、目があった気がした。
ここだ。
リーは今までの射手としての勘を働かせた。
リーが放った1発目は正確に鉄の悪魔のメインローターの付け根を破壊し、もう1発目はテイルローターを砕いた。
* * *
「乗り手は?」
「俺達は山を死霊兵なんかと長年取り合ってきたんだぜ。再生持ちの始末の仕方なんぞ赤子の頃から覚えてらあ。それより、奴の始末に参加しなくていいのか? 耳長どもだって随分やられただろうに」
「私は撃ち落とした分で十分だ。もっとも2発も不要だったがね。特に、あの有効射程範囲なんてのは欠陥だ。修正しておけ」
「馬鹿野郎、ありゃこれからもドワーフのために使うんだよ。お前らの変態みてえな射撃精度なんか知るか」
鉄の悪魔を撃ち落としたことでドワーフもエルフも大いに喝采し、長い歴史においてもありえなかった双方による宴会などが開かれている。
無論、小さい衝突は既に頻発しているが。
やや照れながら、フェデロフは手を差し出した。
「なんだその手は」
「ああん? 耳長どもだって握手ぐらい知ってるだろう」
「知るか」
リーは差し出してきた手を拒否し、そっぽを向いた。
「あってめえ、こういうときは素直に握っとくもんだろ」
「馬鹿を言え。我々エルフと貴様らうすのろは永遠に宿敵同士だ」
「おうおう、そういう態度を取るか。それならいいぜ、こっちにも考えはある」
「……だがもし。血を流すよりもマシな争い方があるなら、それでもいいかも知れんな」
「お、それならいいのがある。俺たちドワーフのスポーツでな、要塞と称したゴールを数人で守り、攻撃側が球を放り込むのを狙うんだが」
「ふむ。エルフにも似たようなのはある。ただし我々が使うのは球ではなく立方体だが」
「なるほど、じゃあ双方の特徴を取り入れて……」
* * *
鉄の悪魔に関しては、特にエルフ側が甚大な被害を受け資料が散逸したのに加え、彼らの多くが親しい者を亡くしたことからあまり証言がされることもなく、現在の"ユニオン"の国民の中でもあまり知られているとは言いがたい。
だが、この事件の後エルフとドワーフの間で大きな戦争は行われておらず、歴史的にみて大きな意義があったのでは、という学説が最近になって主張されるようになった。
これは俗説の類になってしまうが、この事件の後の交流において世界的スポーツである「トリティ・オブ・ブクレシュティ」が生まれたという話もある。資料の散逸からこの説の検証は難しいが、ブクレシュティによってドワーフとエルフが手を結んだというのは心の踊る話だ。
ドワーフとエルフでブクレシュティと言えば、ユニオンリーグにおけるブラウン・ベスとのモシンナガンの対戦は必ず盛り上がる好カードとして知られている。
双方のファンの気性の荒さも有名で衝突も絶えない、という風なイメージを持たれているこの対決であるが、実際のところそうした姿勢のほとんどがパフォーマンスであり、特に無関係な観光客に対して危害が及ぶようなことはしない、という掟は固く守られている。
事実、リーグ創設以来そうした事件が起きたことは一切ない。
最高に盛り上がり、またユニオンの文化を担う一つの柱でもあるから、もしユニオンに訪れた際に日程が許せばぜひ観戦していただきたいものだ。
もちろん、私が応援するのはモシンナガンだ。なにせ、スチェッキンは最高の選手で、なにより私はドワーフだからね!
"ユニオン"の歩き方ガイド コラム② (担当:カラシニコフ・アブトマート)