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有川インワンダーランド(改)

 今の時代、国や世界っていのはそうそう簡単に滅びない。少なくとも建国されてから一晩とか何ヶ月、何数年で滅びるなんてことはもうない。昔は世界中どこもかしくも戦争が続いて、疫病が万延したり、街を燃やされたり、原発撃たれたりしてたが、今の時代は違う。

 いや、今はちょっと違うに訂正、紛争はまだ続いてるし、不幸な人はまだたくさんいるだろう。

 今の時代は、疫病や流行病にはワクチンが開発され、街が燃えるのは放火事件か紛争地帯のこと、原発は核拡散防止条約や部分的核実験禁止条約で世界的に禁止され、昔より世界は平和になった。

 少なくとも俺の周りでは。

 今の世界にはそういう助けあう、奪わない、争わない常識ができている。

 そんな世界に俺は生まれてきたのに。


 朝、学校に着き、教室に入り、一番廊下側の列の前から二番目の席に学生カバンを置く。そこが俺の席、その席に着くといつも言われることだった。

「おい有川、ノート貸せよ、ちゃんとやってきてるんだろ?」

 後ろの席の人にそう言われる。その平たい顔は嫌ににやついていてどこか嬉しそう。同じクラスにいるから名前は分かる。田中だったか中田だったか、そのどっちかだ。

「は、はい……」

 さらに、俺の席の周りをうろうろする男が一人、俺の席の隣の席に二人とは違い無口な男が座っていて、彼らは三人組。

 俺は周りをうろうろする男に自分の数学のノートを渡すと、そのノートはバトンのように隣の席の無口な男に渡る。このイベントは今日も昨日も一昨日も起きている。

 このあとは……

「じゃあ、俺たちが借りてる間、そうだな…ジュース買ってこい、俺は炭酸ならなんでもいいぞ」

「俺はコーヒーでーす」

「……いつもの」

『いつもの』……なんだっけ? 俺にはにやにや笑う彼らのボスであろう隣の席で携帯をいじる無口な男の『いつもの』が分からない。

「……あの……いつものって」

「あん? てめー……覚えとけっつたろうが……」

 無口な男に低い声で怒鳴られた。俺が聞いたから? たぶん、そうだ。

 俺は小さく「ごめん」と掠かすれた声を出す。

「メージのヨーグルト……LG二一と書かれている奴……わかったらささっといけ」細かいな……。

「う、うん……それで、あの……」

「なんだよ?」

「お、お金は…?」

 田中のにやにやが消え、睨まれた。俺はきっと殴られると思い、怖くなって彼らの答えも聞かずに教室を出て自動販売機がある購買に向かった。

 きっと、お金は後払いだ。後払い?

 そういえば、一昨日も後払いで彼らに飲み物ヨーグルトもを買った。それもまだ返してもらってない。

 あれ? お金が払われられた日はあっただろうか? 俺の記憶によれば彼らと初めて話して一ヶ月か二ヶ月目までの時までは払ってくれていた、気がする。


 高校に入学してもう三ヶ月、地元の高校を選んだからだろうか。それとも、俺が弱いだけなのだろうか。

 どうやら俺はいじめを受けているようだ。しかも、かなり悪質な。最近になって気づいた。いや昨日。

誰にだって分かるいじめのやり取りなのに教室のみんなは本を読んだり、勉強したりで知らないふりをしていた。誰も助けてくれなかった。中には同じ中学の出身者、友達だっている。なのに、これは一体どういうことだろう。

 彼らがなんで俺をいじめたかっていうと、それはたぶんおそらく絶対、俺が弱虫だから。

 じゃなくて、きっと俺の席のその隣の席が空いているから。病欠らしい。入学式から一週間程は居たんだが病気らしくてぱったり来なくなった。その空いた席を彼ら、三人組のうちの俺に命令してくる中田が無口な男にたまり場として提供したのだろう。

 さらに言えば、俺の苗字が有川だから。うちのクラスはまだ三ヶ月しか経ってないこともあって席替えをしていない。五十音順で席が決まっている。俺の苗字が有川で男子から二番目。隣の席は確か……赤川だったな。女子で二番目に苗字の頭文字が早い。

 それで、俺の隣の席が赤川さん、彼女が来てくれれば、あるいはただ座ってくれさえすれば俺はあの三人組と関わらないはずだった。

 彼女は今日も学校に来てないし来ないだろう。


 自動販売機の前、早足で来た。廊下は走ってはいけないからね。

「あ…」

 俺は彼ら、三人組の分を買うついでに自分の分も買おうとしたんだ。でも、財布の中を確認すると自分の分のお金が足りないということに気づいた。仕方なく、自分の分は諦めることにした。

 渋々。

 自動販売機で缶コーラ、黒い缶コーヒー、メージのヨーグルトを買って、急いで教室に戻った。ノートに書いていることを写すまでなので、慌てなくてもよかったかもしれないが、万が一彼らが終わらせていたらまた何か言われるかもしれない。

「おい、百六十デシリットルとかふざけんじゃんねーよ」え……ミリリットルだよね?。

「この缶コーヒー全然美味しくないんですけど味しないんですけど」えぇ……朝だから甘くないの買ったのに。

「……スプーン」あ…………

「ご、ごめん」

「ごめんじゃねーだろ? 有川?」

 もちろん俺は買い直しに行こうとしたさ、でも自分の分を買うお金が足りなかったんだってことを思い出した。

 それに周りをうろついている男がうろついてて席から教室を出るのに鬱陶しいんだ、なんでうろついてるの? それは彼しか知らない。

「ごめん……」

「このコーヒー飲んだから後よろしくですよ、にげーにげー」

 そう言って、周りをうろついている男が俺の机に黒い缶コーヒーを置き、次に缶コーラが、封を半分切って中身がないヨーグルトの器が置かれていく。え? どうやって食べたの?

「俺の番だからこのノート借りてくわ、数学の時間までには返すわー」

 どうやら、椅子に座っていた無口な男が先に写し終え、今度は後ろの席の田中が写す番らしい。というか僕のノートなのに勝手すぎる、ていうか飲み物を買ってきたのにお礼も言わないとか無礼すぎる。

「ていうか……お金……」

 俺はそう呟いたが、周りをうろついた男と無口な男は教室を出た後だった。朝の鐘が鳴った。先生が教室に入ってくる時間だ、彼らはこの時間が来る前に去っていく。そこが賢い。

 俺は教室のゴミ箱に缶とかを捨てた。俺の飲んだやつじゃないのになんで俺が片付けるんだろう。

 そのタイミングで前の席に男子が座った。どうやら教室のどこかにいたらしい、こちらを向いた、その眼鏡のついた顔には心配の色。そして、俺の机にローテの板チョコレートが置かれた、しかも友情の半分こ。

「有川、元気出せよ、これやるからさ」

「……うん、ありがと、相河」

 そいつは俺の中学からの親友、相河。あいかわとは読まない。そうごと読む。よく勘違いされ、みんなが相河の事をあいかわと呼ぶので、俺だけは彼を苗字でそうごと呼んでやる。今の時間だともらったチョコレートを食べれそうにないのでカバンに入れておく。

 本当にありがと、相河。

 カツカツ、と先生の足音。廊下側だと先生の歩いてくる音が聞こえてくる。この教室の壁が薄いのだろう、夏は涼しいが冬は寒そうだ。足音は二つ聞こえた。

 そして、教室の扉が勢いよく開いて、さらに足で律儀に全開に開かれる。全開の扉から担任の女性先生が現れ教壇に降り立つ。先生の苗字は祐川、姓名は知らない。

 それから朝の日直の人が立ち上がった。

「起立、礼、おはようございます」

「「「おはようございます」」」

「おはよう、点呼とります、あいかわー」

「先生、あいかわは徳島県海部郡海陽町の地名です」

 しかし、先生たちは俺の親友の事をあいかわと呼ぶ、相河はそれにちゃんと毎日注意をするのだが治ったことは一度もない。彼もまた、俺と同じいじめの被害者なのかもしれない。まぁまだ三ヶ月だしこれから徐々に浸透するだろう。

「知っているわ」知ってるのかよ。

「「「あははははは」」」

 クラス中が笑う、俺は笑わない。なのに、相河は後ろ髪を掻きながら笑っている。もしかしたら、相河はいじめを受けているんじゃなくて笑いの的、お笑い芸人立ち位置なのかも知れない。いじめとは程遠い人気者。

「よし、みんないるな」え、俺は? 俺の点呼とみんなの点呼はいつもない。

「今日はみんなに早く紹介したくて、転校生登場! じゃじゃーん!」

 祐川先生は自分のセリフも端折って手をひらひらと全開の扉にはばたかせる。ああ、その為に開けたのね。それにしてもこんな時期に転校生する人はいるんだな。俺も真面目に転校をしようか悩んだ。

 全開の扉から現れたのは、黄金色の長い髪を右に垂らし左に垂らしツインテールと思ったら後ろにも垂れててまさかのトリプルテール、宝石のような碧眼に幼い顔立ちで美人というよりはかわいいというか幼すぎるかなと感じる輪郭、黒を基調としたフリル多めの白いレースと胸に大きなリボンが目立つゴスロリ……いやたぶんお葬儀とかに着る礼装を来た少女。その少女は小さな歩幅で先生の隣に並び立つ。

 どうやら転校生は見た目から判断する限り、どこか西洋の外国人のようでこの高校の制服もまだ出来ていないらしく仕方なく礼装を着ている、というのは分かった。しかし、分からないことがある。

「ありすです、もうすこしでないんです、すきはすしねたです」

 なんで少女の身長が百二十センチほどしかないんですか? これじゃ幼女だ。

 ありすです、と舌足らずで名乗る生き物に教室の人が沸いた。女子の高い声で、かわいいなんて三十回は聞こえた、なんで?うそ?きゃーんは合わせて五十回。だが男子、抱いて肩車、おんぶ、たっちおにしたいぜなんて言ったり、きゃわたんきゃわたん、小学生は以下略なんて言っているやつとか本当に通報しますた。

「この子は学園教頭校長レスリング部顧問先生のお孫さんよ、日本の高校を見てみたいそうなの、今日の午前だけでいいから一緒に仲良く勉強してくれないかしら?」

「「「わりょうかござりましせてたさい!!!」」」

 なんかすごい統率取れてないけどうちのクラス大丈夫か? ていうか、うちの高校て学園長がいたんだ、しかも教頭と校長を兼任してるんだ。知らなかった。あとレスリング部顧問も。

 そんで、祐川先生が俺の隣の空席を見てから俺を見た。俺は目が合うのは嫌なのでありすを見た。ありすは髪のもみあげに当たるのであろう、その髪の先端を指でこすっている。

 表情は無表情。

「席はそうね、ありあけの隣の席が空いてるわね」

「先生、有明は長野県南安曇市の地名です」

「知ってるわ、あいかわ」

「「「あはははははは」」」

 あれ? さっき俺の名前間違えなかった?いや気のせいかな。俺は先生の隣にいるありすを見ていたからさ、あの子俺の隣に座るんだ、という内容だけしか頭に入ってきていなかった。

「そんで、午後は学園長によるオリエンーテションがあるから以上!HR終了!さ、転校生いきんさい!」

祐川先生に背中を押されたありすが歩く。右真ん中の通路を通って俺の隣の席に座った。俺はそれを意識しないよう目線を壁に移した。よろしくねとか言えたら良いんだろうけど、ありすに話しかける第一人物が俺でいいのかと思ってしまいそうした。ほら、俺が話しかけなくても早速教室の生徒が話題の転校生、ありすに密集している。話しかけなくてホントよかった。

「ねーありすちゃんは何しに日本に来たの?」「ありすは今何年生? 八歳だから小学三年生?」「おすし好きなの?」「ありすたん、僕ありすたんのお願いなんでも聞くお、困ったら僕を頼るお」

 …………

「あなたたちーー! 転校生が困ってるでしょーー!」

 先生まだいたのか。俺は反対方向の壁に目を向けているのでありすがどんな顔をしているか分からないがきっと困った顔をしているだろう。先生はくさい演技を続ける。

「さー転校生ー、どのおねーちゃん、おにーちゃんの質問を聞いてあーげーるー?」

「ありあけ」

「………………………………………………」

 その時、教室が凍りついた、ような気がした。だって俺は話を聞いているだけで現場を見ていないのだから。でも気になる、なんでそんな黙ってるんですか? ありすはありあけさんの質問を受け付けているようですよ? ほら、ありあけ! さっさと質問しろや! ありやぁ…!。

「……おい、あの子有川の質問待ってるぞ……」

 壁を見ていた俺に相河がそう耳打ちした。俺? 俺の質問をまってるだって? なんでさ?

 そう言われて、俺がありすの方を振り向くとみんなが俺を見ていて、祐川先生が怖い面で睨んでいて、後ろの席の田中が歯ぎしりをしていて、ありすが空虚な目でこちらを見ていた。

「えーと…」

 俺は先生が登場してから終始無言を貫いていた。発言したら恥ずかしいし、人を傷つけるかもしれないから。でも、今は何か言わないといけない。相河みたいに地名ネタでもいい、先生みたいにくさいセリフでもいい。なんかなんか。

「ありす…さん、は、なにしに日本へ?」

 結局、俺はオリジナルを思いつけず、女子生徒Aの質問をパク……参考にして口に出した。ありすを呼び捨てにもちゃん付もたん付も俺にはできないので、さん付けにしたが良かったのだろうか? もしかしたら、俺はありすの事をこれからずっとありすさんと、さん付しなければいけないのだろうか? 八歳児に? それはそれでなんか恥ずいぞ。

「ニホンエゾバフンウニをしょくしに」

 ニホンエゾバフンウニ!? ありすはニホンエゾバフンウニを、しかもしょくしに! 日本に来たのか! 寿司が好きって言ってたもんな、さては好物はウニかな? ていうかニホンエゾバフンウニって日本でしか食べれないからニホンエゾバフンウニなのか?

 相河が携帯でウィキを画面に出して見せてくれた。日本三大珍味だそうだ。あとニホンは名称に含まないんだそうです。ありすは日本でしか食べれないことを強調したかったのだろう。

「はい、じゃ次ー、早くしないと授業始まるわよー」

「はい、はーい! 次わたしー!」「ちょっとー! 次はあたしよ!」「僕を指名してくれおぉ~!」

「ありあけ」

「…………………………………………しねよ」

 おい、待て待てなんつったよ今。最後の言葉もだけど最初、ありすのことだよ? 君、ありあけって……ありあけって……。何なんだよありあけって……。ほら、みんながまた俺を見てくる。やっぱ俺だよな、えーと……そうだな……。ありすは自分の長い髪を手でマキマキしてる。そうやって俺を巻き込んでるんだろ! うまくない!

「ど、どこから来たの?」

 よし! いい質問ですね、これはいい質問、俺はありすが金髪の外国人でもうすぐ八歳になる女の子というタグが多い設定で良かったと、本当に良かったと思った。

「ディズニーランドチリ」

 ディ、ディズニーランド!? しかもチリとな!? 南アメリカ大陸にディズニーランドがあったなんて知らんかった! チリといえばイースター島のモアイ像が有名だからね、ディズニーランドくらいあったって不思議はないか! ん? 相河がディズニーランドをウィキって携帯の画面を押し付けてくる。えーと? ディズニーランドはアメリカに二つ、他は香港、日本、フランスに一つずつだけ?

「まちがえた、パリ」

 やっぱりパリか! さてはフランスだな! フランスのフランス・イル=ド=フランス地域圏のパリ近郊の都市マルヌ=ラ=ヴァレに住んでるな! そうだろ! ウィキったから知ってんぞ!

「次は……」

「ありあけ」ありあけです、モノレールじゃねんだよぉ……

「きえろしんでかすうつけしれものまじきちろりこん――」

 まるで呪詛のように聞こえるみんなの声と視線、ちゃんと俺の耳に届くように呪いの単語がはっきりと聞こえている。俺はもう耐えられる気がしません、走って飛んで帰っていいですか?

「えーと……その……」

 もう思いつきません、俺のHPはすでに赤ゾーンに入り数ドット。ありすは右のテールと左のテールを持って振っている。きっとみんなにはかわいく遊んでるように見えてるんだろうが、俺にはカ・エ・レ! カ・エ・レ! としか捉えられない。こんなことを考えるということはもう末期なんだろうか。

 あれ? 待って、待て、待ってよ。ありすはさっきも髪で遊んでなかったか? ありすはなんで髪なんかで遊んでるんだ?ありすには他にももっとすごい設定があったんじゃないか? もしかしてありすはそれを待ってる? その質問を俺が口に出すのを、待っている?

 俺は恐る恐るその質問、いや答えを口に出した。

「ありすってなんでトリプルテールなの?」

 その時のありすの顔、なんて表せばいいのかな?りんご?トマト?かわいくいちごかな?ありすはとにかく顔を赤くして、答えにくそうに答えたんだ。答えじゃなかったけど。

「……み、……みつあみ」

 その後、俺はどうなったかって?廊下に呼び出されたよ。先生にね。



「今度ありすに変なこと教えたら川流しになるわよ?」

 祐川先生は俺を廊下に呼び出すと、手に持つボードの面で頭をパカンと叩いてこんな事を言う。角じゃないのになんでだろう、心が痛む。

「そうなったらありね、ありくんかわいいじゃない、いい苗字だわ」

 え、川流しってそういうこと? 俺の苗字が有川からありになるってこと? なにそれ地味にやだ。

「ま、あんたのことだからあれは素で気になって口に出しただけだと思うけど、ああいう感じでいいのよ。私はあんたが悪いって言ってるんじゃないわよ? あんたは私が見ている限り入学してからあまり楽しくない、というかあまりクラスで目立っていない気がするのよ。たぶん、あんたがいつまでもそんなシャッキリしない性格だからかなと私は思うわけ……」

 え? なにこの先生、なんかすごい俺のこと気遣ってくれてる。さっきの川流しの話はなんだったの? 祐川先生のお優しい言葉はまだ続く。

「そんな時、学園長のお孫さんが高校見学に来るっていう話を聞いたわけ、それで見学はぜひウチにお願いしますて、あたしは頭を下げて、なんとかありすをウチのクラスに呼ぶことが出来たわけよ、いい? 私はありすという人気沸騰中の女の子をあんたの隣に座らせるの、あんたはその人気に乗って、今の内気な自分を負かしてクラスで目立つの、波に乗りなさいな、それが私の考えた計画第一号作戦アルファよ」

 長々と先生は喋り終わった。俺なんかのためになんかいろいろ頑張ってくれている先生の考えに少し目尻が潤んだ。最後の言葉を汲み取るとまだいろいろと考えてくれているようだ。計画名のくだりはどうでもいいけど。

「というわけでありすのこと頼んだわよ」

「先生……」

「なにかあったら私に相談くらいしなさいね、ありなが」

 川流しされた。

 そんな感じで俺と祐川先生が廊下で話してると、一時間目の歴史を担当する川柳先生がやってきた。それを合図に祐川先生が職員室へ去ってしまう。

「祐川となにを話してたんじゃ?」

 話しかけられた。川柳先生は白い薄毛のおじいちゃんなのでこうやって世間話の感覚で話しかけてくることがある。

「え? あ、ただの相談です……」

「そうか、わしも若い頃はそれはもう無茶をしていてな、よく娘と夜釣りに行ったもんじゃよ、川はいいぞぉ、嫌なことを綺麗に流してくれる、わしもそろそろ定年を迎えるじゃが川釣りだけは止められん……。む? なんじゃ? あの子は?」

 すごいどうでもいい話に持っていった川柳先生の目線の先にはたくさんの生徒に囲まれているありすがいた。

「えーと……見学者……」

「そんな馬鹿にゃ!」

 川柳先生がそう言って、入れ歯をふがふがしている。今にもこぼれ落ちそうだ。川柳先生は震える入れ歯を手で元の位置に戻し言葉を続ける。

「わしの娘にそっくりじゃ…!」

 そんな馬鹿な、だって川柳先生定年迎えるって言ってたじゃないですか。

 俺はその川柳先生が教室に入る前に教室に入った。

 教室ではありすを中心にクラスの生徒が集まっていた。質問をしたりされたりで楽しそうだ、ありすは相変わらず無表情だけど。空いた俺の席にも別の生徒が座っているため相河の机の前に俺は居座る。

「すごい人気だな」

「うん……」

 相河との自然な会話、やがて川柳先生が落ち着きを取り戻し、教室に入ってくると生徒は散らばって各々の席に着いていく。そうなってから俺も席に着く。ありすは川柳先生をじっと見ていた。

 川柳先生の授業は思い出しから始まる。今回も頭に生えているわずかな白い薄毛を指で伸ばしながら空を見る。

「さて、今日は石器時代の話じゃったかの……」

「はい、この前は打製石器と磨製石器の区別のところで終わりました」相河が補足する。

「ではそのおさらいでもしておこうかの、まず打製石器はこんな感じでな……」

 と川柳先生が黒板にチョークで魚と川、山に船を描いていく。

 え、石は。しかも無駄に上手い。

「教科書一二〇ページに書いてある写真の川はいいぞぉ、嫌なことを綺麗に流してくれる」

 川はもういいよ! どうやら川柳先生は川で釣りをするたびに嫌なことも現実のことも綺麗に流れていくようだ。

「これから夏が始まり、川釣りの本格的な季節が来るお前さんたちに言えることはゴミを捨てないことと川を汚さないことと山を綺麗にすることと……」

「おじちゃん」

 川柳先生が言葉を続けている途中に幼い舌足らずな声が一つ通った。それは隣のありすからだ。

「どうした? 妙子?」あんたの娘さんじゃない。

「きょうかしょ」

 俺はありすの机を見るとノートと筆記用具があって、確かに教科書がなかった。

「そうか、だれかわしの妙子に教科書を見せてやってくれんかの? こう見えて妙子は恥ずかしがり屋での、自分から貸してとは言えんのじゃあ……」

「はいはーい、オレオレー」

 と川柳が自分の娘のことを自慢していると、ありすの隣の俺じゃなくて左にいる方の男子が教科書の一二〇ページを開いてありすに見せてくる。確かに綺麗な川だった……。

「ありあけ」

 ありすが俺を見てくる。て俺? 俺ありあけじゃないし……。ただ、俺なんだということは分かった。いい加減ありあけ呼ばわりは直させないと。

 俺はありすが机を寄せる仕草を見せるので俺から机を寄せた。机をくっつけるとありすが俺に言う。

「よろしく」

「あ、よろしく……僕は有川だから、有川ね」

「よろしくありかわ」

「では、授業を始めるぞ? げっほん」

 こうしてありすを近くで見てみると日本人離れした髪や肌の色とかが宝石のように見える。みんなが惹かれてしまうのも頷ける。ただ、無表情なのでもうすこし笑えばいいのにと思った。

「かくして、弥生時代に使われていた弥生土器は貝塚から発見されて現代の私たちにその時代の有様を見せてくれる大事な証拠となるのじゃが、ここをテストに出すぞ?」

 川柳先生が普通に授業を始める。どうやら川釣りのなんたらはもういいらしい、聞いてなかってけど。俺は赤チョークで黒板に書いていくところをノートに書い移していく。

 ふと俺は思った。確かにありすに教科書を見せるのはいいがありすは授業の内容が分からないはず。俺はありすの方を見るとありすは必死に黄色のかわいい鉛筆を小さな手に持ちノートに文字を書いていた。

 いやまさか本当に普通に川柳先生の書いた黒板を書き写してるのか? とも思ったがありすは黒板を全然見ない。おそらくだが授業とは違う別のことを書いているのだろう。ありすが小首をかしげて消しゴムで一気に消してしまう。文章だろうか?

 いけないいけない、俺はありすに釘付けされていることに気づき授業に集中する。なんだかんだ言ってありすはかわいい。金髪の女の子とか日本ではあまり見かけないから珍しくて愛おしく思えるのだろう。

 俺はさきほど祐川先生に言われたことを思い出す。ありすが高校見学に来たのは学園長の決めたことだが、このクラスに来るよう仕向けたのは祐川先生で、しかも俺のためだという。俺が自己主張がない内気な奴だかららしい。

 確かに、ありすの人気に乗ればクラスの中で影が薄く、実際いじめも受けている俺はそれを乗り越えられるだろう。

 しかし、大変だ。俺は自分から何をすればいいのか分からないし、ありすがアクションを起こさないと俺はついていけない。ていうか、俺は人気者になりたいわけじゃなく普通に高校生活を送りたいだけなのだ。

 そう考えると、祐川先生ありすには申し訳ないが迷惑だな、と考えてしまう。


 授業が終わるとありすと机をくっつける用事がない俺の机は、他の生徒に引き離されて壁に追いやられた。ありすが人ごみに飲まれていく。

「みんな待たせたね! 楽しい数学の時間だよ!」

 俺が机の位置を決めていると中休みが一分も経たないうちに次の先生がやってきた。確か数学の川島先生だ。元気が取り柄の三十歳。

「うん!? なんだなんだ! エロ本か!?」

 川島先生は女子生徒も男子生徒も集まるアリスを中心にした人ごみに突進する。この人何言ってんの?

 人垣を分けて川島先生がその中心の人物を見ると一言、

「お前はあの時のプリン泥棒!」は?

「なんですかそれ?」

「あれは! 私が! コンビニから! 今日のお昼にデザートを食べようと! 生クリームが多めのプリン・ア! ・ラ! ・モードを買って! ちゃんと名前を書いて! 休憩室の冷蔵庫に入れて! 置いたことだった!!」

 もうオチが分かる、盗まれたていうか食われたんだな、ありすに。ていうかこの人声うるさい。マジで。

「それが職員会議が終わって食べようとしたら、ただのプリンになったんだよ! ア! ラ! モード! が盗まれたんだよ! そこの子猫ちゃんに!」

 子猫ちゃん……ありすのことかな、相河が携帯の画面を見せてくる。どうやら先生の言うプリンアラモードというのはプリンにフルーツや生クリームが添えられている物のことをいうらしい。それじゃあ、ありすはそのフルーツと生クリームを食べたんだ。

「ありすじゃない」ありすが反論した!

「まだ言うか! 俺のアラモードをとっとと吐け!」とっとと吐いてどうすんだよ!

「たしかにありすはあそこにいたけど、ありすのほかにもうひとりいたの」

「なんだと…!?」

 ここで川島先生のプリン事件に新展開。犯人だと疑われていたありすの他にもう一人犯行を実行できた人物がいたのだ。

 ありすは続ける。

「すけか……」

「すぅけぇかわぁあああああ!!!」

 川島先生は黒板にチョークで『自習! 宿題のノートを教卓に置いて置くこと!』と殴り書きして教室を出て行ってしまう。果たしてそれでいいのか教師よ……。クラスのみんなは大歓迎のようだった。みんなは教卓に宿題のノートを置いていく。

 俺は……。

 自習と書かれていたがクラスの生徒達は立って歩いてケータイや雑誌を広げてやりたい放題だ。ありすという外国からの訪問者がいるのに日本の汚いところを見せるのは少し胸が痛む。

 ありすはというとノートに何かを書いている。たぶん一時間目にもやっていた文章の続きだろう。

「ありすちゃん、なに書いてるの?」

「ひみつ」

「でも英語かけるってすごいな、フランス語?」

「えいご」

「ありすたん、僕にかわいいフランス語を教えてくれお、朝の目覚ましに使うからさあ」

「ラビッシュ」

 ラビッシュ? ラビッ…つまりうさぎかな? うさぎに関係することかもしれない。かわいいフランス語だな。

 俺は他の生徒とありすが話すのを盗み聞きしながら数学を自習していた。だって、前の席に座る相河も自習してるんだもん。大事だよ自習。

 そうやって俺が自習してると背中に鋭い痛み。なんだ? 俺は背中をさする。と手の甲にも同じ痛み、どうやらなにかが刺してきているようだ。気になり後ろを見ると後ろの席に座る平たい顔をした田中が俺をにやにやして見ていた。

「おい有川、いま終わったから宿題返すわ」

「あ……うん」

 今頃かよ、やっと宿題のノートを返してもらったところで教卓に行こうと思ったら先に中田が向かった。俺は中田が置き終わるのを待ってから行こうとしたんだ。そんな時に教室の扉が開いた。

「みんな待たせたね! 楽しい数学の時間だよ!」

 川島先生が教育番組のようないつものセリフを喋りながら入ってきたのだ。それはもう言っただろうに。

「お? どうやら宿題はちゃんとやってきたようだね、先生は嬉しいぞ! うん!?」

 チャイムが鳴った。そこで二時間目は終わる。

「それじゃあ今日はここまで! 来週は関数やるからね! 各自、自習を怠らないこと! いいね!」

 そう言って元気が取り柄の三十歳、川島はそのたくましい両腕に約四十冊はあるだろう数学のノートを持ち去っていこうとする。早く提出しなきゃ!俺は宿題のノートを手に先生に駆け寄る。

「先生……!」

「ん!? どうした有川マン!」

 なに有川マンって……いやそんなことじゃない、今は宿題だ。

「これ、出すの忘れてました……」

「有川マンお前……今ギリギリになってさっき宿題を終わらせたんだな! 宿題は授業が始まる前にやることだぞっ! しっかりしろ! 有川マン!」

「え……えと……」

 俺は川島先生に誤解され、それを正そうと言葉を探すが見つからない。なんて言えば先生に宿題をちゃんと家で終わらせてきたことを言えばいいのだろう。そう考えているうちに先生は廊下を歩き去ってしまった。


 俺は悪くないのに……心の中で俺はそう呟く。

 じゃあ誰が悪い?

 あの中田だか田中だかいう苗字の奴が悪いにきまってるだろ……。

 ならなぜそう言わない?

 言えるわけないよ……。

 俺にはお前が悪く見えるがな。

 え……?

 お前がそんな奴だから悪いんじゃないか? お前があの時、断っていればこんな事には、こんな気持ちにはならなかったんじゃないか?

 ……それは………。

 お前が言わないと何も始まらない、お前が行動しないと解決しない。お前自身が一番わかってることだろ?

 ………。

 お前がしっかりしないと俺は……。

 と不意に肩を叩かれた。俺はぎょっとして肩を叩かれた方を急いで振り返ると相河がいた。

「次は体育だぞ、大丈夫か有川? 顔色やばいぞ……」

「う、うん……俺は……平気だから」

 さっきの言葉はなんだったんだろう、まるで自分じゃない誰かが俺に話しかけてくる感じ。確か俺は川島先生を追って廊下に出たんだ。その廊下に俺は立ち尽くしていた。

「そうか、三時間目は体育だからな、みんなは先に更衣室に行ったんだからな」

「う、うん、相河は先に行ってていいよ、俺も先に行くから」

「そうか? それじゃあ先に行って待ってるぞ」

 俺は相河の背中を見送り体操着が入っているカバンを持ち体育館へ急いだ。


 体育館の大きな扉の前にアラモード泥棒の祐川先生がいた。挙動不審なところを見ると川島先生に追われているらしい。

「あ、ちょうどいいとこに来たわね、有吉ありよし、あんたちょっとお使いしてくんない?」

「え」有吉って苗字じゃなくて名前じゃんか。ちなみに俺の名前は有吉ではない。

「はい、これをありすに渡してきんさい、中にはありすの体操着が入ってるから」

 そう言われ、祐川先生から渡されたのはオシャレなナイロンバックだ、まるで女の子が使うようなかわいいピンクの花柄。ってありすに!?

「先生、これは女子にお願いしたほうが……」

「何言ってんのよ、女子はみんな体育館にいるの、そんで体育館には川島がうろついてるじゃない」

 ほんとだ、大きな扉から頭を出して覗くと川島先生が祐川先生を探しているのか体育館をうろついていた。この人暇なのか。

「だからお願い、じゃないとありすが大変なことになるわよ」

 た、大変なこと? ていうかあんたが川島のアラモード食べたからこうなったんだろ?

「あの格好で体育をするのよ! はい!」

 そうして、俺の手にはありすの体操着が入ったナイロンバック。俺はやりたいとも言ってないのに祐川先生に押し付けられた。それを断れないのが俺な訳で。

 ありすの今着ている服は礼服もとい可愛さ重視のゴスロリ衣装、あれを着て体育? 普通はしない。しかし、ありすは小学二年生。俺たち高校生が楽しく体を動かしてるところで小学生が黙っていられるか? 答えはNOだ。ありすは女子たちと一緒にバレーの練習をするだろう。ありすからして見れば、ただ楽しめれば良いのであって着ている服が汚れても破けても関係ない……のよ。と祐川が語って、「私は情報の授業あるからバーイ」と走り去っていった。

 体育館の扉から入って目指すのは女子のピンク星雲。本当は女子に話しかけるのでさえ緊張してしまう俺だが、祐川先生に頼まれ、仕方なくありすの為と思うとやぶさかではない。

「あおかわってさープルコギ知ってんの?」

「プププルコギ知ってるよ? おお肉でしょ?」

 あー俺も知ってる知ってる、プルコギ肉美味しいよな……お肉じゃなくて料理名だった気がするけど。

 俺は近くの……他の生徒と楽しく会話中の同じ中学校出身の女子、教室の席で俺の左上斜め隣に座る五十音順で一番早いとみんなから勘違いされている女子、碧川さんの名前を呼ぶ。

「あ、あの、……碧川さん」

「は、はははははい!?」

 なんかすごい声を震わせながら碧川さんが慌ててこちらを振り返る。

 ショートヘアーの髪は先端が内巻きになっていてふわふわしている、それがかわいいなと俺は頬が緩んでしまう。決して俺が、話題があるからといって可愛い女子に話しかけようと碧川さんに決めたのではない。決して。

 俺にとって碧川さんは小学校から見知っている人なので話しかけやすいだけ。ちなみに彼女の苗字の読み方はあおかわではなくみどりかわ、彼女もまた苗字の読み方を間違えられた一人なのだ。

「これをありすに渡して欲しんだ、俺じゃ難しくて……」

「こ、こここれですか? わわわざわざありがと…」

「うん頼むよ」

 渡すのは俺じゃんなくてもいいんだ、現にありすは男子と女子にいまだ囲まれているのだから。俺にはあの中に入っていく勇気はなく更衣室へ目を閉じながらただ向かった。

 耳を澄ますと碧川さんが他の女子とプルコギの真似をするという話をしている。やばい、超振り向きたい……。体育館に小さくその声が震えて響く。

「ププププルコギ~~」

 うわーーーー!俺は走って更衣室へ向かった。


 碧川さんに体操着を渡し終え一仕事終えた俺は、少しにやつきながら更衣室に入ると川柳先生がいた。

 ちょっと待って、なんでいんの? この先生?

「竿……わしの竿をみんかったか……」

 知らんがなぁー。そもそもここに竿を置く事が有り得るのか? 川も海もないのに!

 俺が川柳先生が更衣室にある生徒のカバンを勝手に漁っているのを気にしながら着替えた。どうやら、川柳先生は自分の使っている竿を生徒に盗まれたと思っているらしい。

「けしからんエロ本じゃ」

 なんて抜き打ちテストだ! 俺も自分のカバンに見られたらやばい物がないか確認していると、

「ありましたよ! 川柳先生!」

 更衣室の扉を開けて入ってきたのは川島先生、その手には釣り竿が握られている。なんで見つかるんだ!

「わしもようやく見つけたよ」

 そう言う川柳先生の手にはクリームあんみつ。ごめん! それ違う! しかもそれ他の男子がお昼にデザートで食べたいと思って買ったやつだろ! 絶対!

「では物物交換と行きましょうか……!」

「そうじゃの、これから一緒に川釣りでもいかがですかな」

「いいですねー! 俺にもバスとかマスが釣れますかね! あははは!」

 犯罪だ! ここで闇の取引が行われています! 俺は着替え終わるとすぐ更衣室を出た、目撃者として消されてしまったら身も蓋もない。財布とケータイをポケットに入れてダッシュ!

 どうやら川島先生は祐川先生を探しに来たのではなく川柳先生の竿を探しに来ていたらしい、さらにこれから川釣りに行くとか……やっぱり暇なんだな……。

 大人は汚い、ていうか明らかな悪の部分を見せつけられた俺が体育館に出ると他の生徒は整列をしていた。ありすもちゃんと着替えている。

 俺が整列に参加すると体育を担当する下川先生が大きく息を吸った。

「……それでは……これから……体育の授業を……そして……始めます」

 相変わらずの元気がない声、下川先生のテンションは不調らしい。まるで授業が始まって欲しくなさそうだ。

 授業内容は体育館を三週して準備体操、それから男子はバスケ、女子はバレーとなっている。

 ありすはといえば体育館三週を遅まきながら女子たちと走っていた。どうやら、体育の時間は女子が占有するらしく、走りながらも男子は女子に向かって抗議をしている。

「今日はおにごっこやだるまさんが転んだをやるんだ!」

「はぁ? バッカじゃないの? それってただ私たちに触りたいだけでしょ!」

「お前らじゃなくてありすちゃんだけどね! 俺は将来が見えきっているお前らと遊びたくないからね!」

「はー!? なに言ってんの!? あんたその発言マジキモ! ロリコンも大概にしろよ! だからモテないんだよ!」

「そう言うお前らだってどうなんだよ! 俺たちからありすのことさえ奪い! 虐げられている健全な男子にチャンスも与えない! お前らが一番汚いんじゃないか!」

「はぁー!? それって自分に魅力がないっていうことにカッコつけてるだけじゃん! そういう考え方とかがモテないって言ってんのよ! そんなことにも気づけないようじゃ――」

「君たち!!!! やめないか!!!!」

 ………………。

 体育館を包む静寂。それを作ったのは先程までテンションがだだ下がっていたあの体育の下川先生だった。みんなは走るのもやめて、ただ下川先生が続ける演説を聞いた。

「君たちは男女はそうやっていがみ合ってばかり! ちっとも前を見ようとしない! チャンスだって!? モテたいだって!? 君たちはまだまだ若いんだ! これからたくさん楽しいことも、辛いことさえ……悲しいことだってある! 僕はね! そんな可能性という未来を君たちにあげたいんだ!」

 先生………。

「人はその気になれば空だって飛べるはずだ! 今君たちの背中には翼が生えていて、そんなのないとか、見えないとかそういうことじゃなくて! まだ小さくて表に出てきてないだけって! 僕は信じてる! その翼を出すために男は汗を掻いて頑張る! 女は涙を流して堪える! 男女は傷を負い成長する! 男女の世界は不平等でも人の心は平等なんだろ!? だから、僕の授業で口喧嘩なんて……つまらない争いなんてしないでおくれよ! なぁ!?」

 ………………。

「ごめん、なんか俺カッとしすぎてた…」

「はー…そうね、私も大人気なかったかも…ごめん」

 そして、生まれる言葉。

 こうして、体育館に温かい平和が訪れたかのように思えた。俺の足をなにか柔らかいモノがつつくまでは。

「ありかわ、たいそうのタッグくむ……」

 いつの間に俺の足元に来たのだろう。みんなは下川先生の演説と謎の感動に心を囚われていたから気づけないかった。

 ここで綺麗に終わる……はずなのに……。

 その瞬間、みんなの敵意が俺を貫き、俺と俺以外のクラスの人、全員による鬼ごっこが始まった。俺を追ってくる後ろの人たちによると、捕まえたら授業中は体育館倉庫に監禁だぜ! ヒャッハー! ……らしい。ひどすぎる。


「すまんな……有川、助けてやれなくて……」

「ううん、相河が最後にはこうやって助けてくれるから俺は平気だよ」

 あれから俺は五分は逃げ切ってみせた。足は早いのだ、とはいえ逃げ足だけど。運動会のマラソンや百メートル走だとみんなが見ていて緊張、うまく本領が発揮できない。

 結局捕まって体育館倉庫で縄を縛られて置いてかれた。

 授業が始まってから三十分は経とうかという時に相河が駆けつけてくれた。今ならみんなの怒りも収まりなんとかバスケのスコア担当ぐらいはしてもらえるだろう。

 と体育館倉庫にもう一人現れる。

「だだ大丈夫? ああ有川くん?」

 この震えた声は碧川さんだ。碧川さんは俺が相河に助けられているのを見ると胸を撫でおろす。

「なんで碧川さんが?」

 俺は自然と質問を口に出していた。碧川は言いにくそうに悩んで思いついたように手をうつ。

「あ、あありすちゃんに頼まれたの、ああ有川くんを助けてって」

「なるほど、つまり碧川はありすの命令でここに来たのか……有川残念だったな」

 残念って……。最後の言葉を碧川に聞こえないよう俺の耳元で囁いている。俺は相河がなにか勘違いしているように見える。

 だって碧川さんが俺なんかのために来るはずない。

「そそそれに……ほほ本当は……」

 それに…? 碧川はまだ言葉を続けていた。

「ややややややっぱり、ななななななんでもない!」

 俺は彼女が喋るたびに電話の着信のようなリリリリリという音を思い出して、なんでか頬が緩んでしまう。碧川さんは昔からこうだ、驚いたりするとこんな喋り方。

 そして、その連続する言葉は碧川自身のテンションにも比例するらしく、さっきのはレベル五だった。もしかしたら俺は碧川さんの喋り方が好きなのかもしれない。

「ん? プールで先生達が釣りをしてるぞ?」

 釣りって……まさか……。相河がそう言うので俺と碧川が体育館倉庫の小窓から覗けるプールを見ると川原先生と川島先生が確かに釣りをしていた。

「ほ、ほ本当だ、ななんで釣りなんかしてるんだろ」

「あの先生達は……暇なんだよ」

 俺はそう言って、同時に馬鹿なんだよとも思っておく。ていうかよく見れば川島先生は釣りをしてるんじゃんくてクリームあんみつを食べながらエロ本を読み耽っているではないか。けしからん。

 俺は碧川さんに感づかれる前に彼女の背中を押し先に体育館倉庫を出てもらった。それから相河と一緒に体育館倉庫を出る。碧川さんと一緒だと誤解を受けるかも知れないからね。

 そういえばありすはどうなったのだろうと俺は探すとその姿を捉えた。

 ありすは他の女子たちと会話している。

「プププププルコギ~~~」

「ぷぷぷぷぷるこぎ………」

 それを聞くと碧川さんが顔を赤くしている。

 男子たちはその様子を時折見ながら虚しくバスケをしていた。

「俺たちが代わるよ」

 相河がバスケのスコア担当の二人にそう言い、俺はそのうちの一人に頭を下げる。

 その人は俺の意図を理解したのか無限プチプチを渡してきた。あのポリエチレンで出来た緩衝材をプチプチ潰す快感を無限に楽しめるオモチャだ。暇ならこれで遊びな、ということらしい。俺は彼にまた頭を下げて感謝し、プチプチした。なんで渡されたのかは分からない。

「俺さ、眼鏡代えようと思ってるんだ」相河がそんな事を言う。

「え、なんで?」

「この眼鏡の――」

「イィィエエーーイ!! 見た!? 今の今の!? 僕のミラクルシュッーーートっ!!」

 ボールが入った。入れたのは下川先生だ、始まりの挨拶の時とはまるで別人だ。やる気スイッチが入ったのだろう。プチプチ。

「それでな、プリズム眼鏡というものがあってな……」

 俺はプチプチしながら相河の話を聞いてスコアに点を入れる。

「うんうん」

 そんな話にただ相槌を打ってこの時間は終わった。みんなが整列すると、下川先生が大きく息を吸う。

「そして……それでは……授業を……これで……終わります」

 最後に先生が途切れ途切れの、か細い声を出してみんなは更衣室に入っていった。まるで授業が終わってほしくなさそうだ。

 男どもが更衣室に一気に集まるとすごく汗臭い。運動で体を動かし汗を掻いたあとだからね。

 俺は少し人が減るまで更衣室の扉の前で座っていることにした。

 と、男子更衣室の扉が開いた。中はなにやら騒がしい。

「おい有川、お前、俺のクリームあんみつ知らね?」

 そう聞いてきたやつはあの平たい顔の田中だった。ただ、その顔がにやついていないのが彼らしくない。

「え? それは……」

 俺は知っている。河原先生が盗んだクリームあんみつを川島先生の釣竿と物物交換したんだ。

「なんだよ、知ってんのか?」

「えーと……先生が……」

「先生? 何先生だ? そいつがどうした?」

 俺は言ってしまってもいいのか悩んだ。もしここで俺が言えば、生徒を導くはずの先生が生徒から盗みを働いことになりそれはそれでいろいろダメだろ。ていうか、なに盗んで交換材料にしてんだよあのじじぃ…!

「河原……先生だよ、あのおじいちゃんが盗ってった……」

「じじぃがぁ? なんでぇ?」

「いや……それは……たぶん、川島先生の持っている釣竿と交換するため……に?」

「なんで川島が釣竿持ってんだよ? なんでじじぃはそれを欲しがってんだよ?」

「それは……」

 知らねーーーーよ!! だって! 目の前で事実! それが行われてたんだもん!! 俺だって先生達が生徒から物を盗んでまで川釣りする動機が知りてぇーーよ!!

 心の中でブチギレる。

「なぁ、お前なんだろ? 有川?」

「へ?」

「いい加減吐いて楽になれよ? もうアリバイだってあがってるぜ?」

「へ?」

 そこで、男子更衣室の扉からさっき無限プチプチを貸してくれた彼が泣きながら出てきて制服の袖を噛んでいる。悔しいという表現なのだろう。

 どうしたのだろう? 彼は優しい心の持ち主なので俺は本当に心配だ。無限プチプチだってまだ返してない。

「これでみんな揃ったな……それじゃあ解答編だ」

 空気が変わる。男子達が俺を囲む。一体何が始まるんだろう? 中田が言葉を続けた。

「まだ三時間目の体育が始まる前の話、みんなが先に更衣室で着替えを済ませてる間、有川はどこにいた? 答えは更衣室の外だ。おそらくみんなが出てくるのを待ってたんだろ? そして、みんなが更衣室から出た後、誰もいない更衣室に忍び込み、そこでみんなのカバンを漁った。そこで見ちまったんだろ? 森川のカバンに入ったエロ本を?」

 見てない!! 見てない!!

「これがその証言だ、森川……」

 田中がそう言うと、俺の前に無限プチプチを貸してくれたあの人が出てくる。彼が森川だった。彼は泣き声で制服の襟を噛みながら答える。

「僕のぉ…僕のぉ…妙子たんおぉ…めちゃくちゃにしやがってぇ……」

 誰、妙子たんって……

 いや聞き覚えあるぞ。河原先生の娘さんじゃなかったか? ありすを自分の娘と見間違えてそう呼んでいた気がする。だからあのじじぃ反応したのか? いやそんなことじゃなくて……

「男子更衣室の床に森川の大切なグラビアアイドル妙子たんのエロ……写真集がびしょびしょになってたんだ……お前だろ! 有川!」

 俺!?

「そしてお前は森川のエロ……写真集をびしょびしょにした後、それだけでは飽き足らず俺のカバンからお昼のデザートに取っておいたクリームあんみつを食べて、食べ殻をカバンにねじ込み、クリームの匂いを俺の制服に染みこませたんだろ! 残忍な奴!!」

 誤解だ!! 全部あの先生達のせいだよ!!

 おそらく、エロ本がびしょびしょなのはプールでエロ本を広げていた川島先生がうっかり水に濡らしたか落としたのだろう、あとクリームあんみつを食べたのもねじこませたのも残忍なやつも全部川島の野郎だ。授業中、体育館倉庫の小窓から見えたあの光景が証拠だ。

「だから……それは先生」

「あん? まだ先生のせいにする気か?」

 中田に襟を掴まれる。怖い怖い怖い、相河! 相河がいれば証言をしてくれる、相河は三時間目が始まる前に廊下で声を掛けてくれたし、先生達がプールで釣りをしているのも見ていた。

「相河は? 相河……」

「誰だよ? そっいっつっはっ!」

 かはッ!

 田中に腹を一回殴られ俺は倒れた。さらに、俺が地に伏したところを三回蹴られる。

「妙子たんのぉ……恨みぃ……裁きを受けろぉ!」

 さらに無限プチプチをくれた優しい……森川くんだっけ? 彼にも蹴られる。それが、男子たちの着火点になり俺はいろんな人から、いろんな方向から蹴られ始めた。なんで、なんで俺ばっかり……。

「俺知ってんぞ! ありすの体操着持ってきたのお前なんだろ!」祐川先生が持たせたんだっけ。

「さらに言えばありすが隣の席なのもありすがお前に仲良くするのも、お前が仕組んでんだろ!」祐川先生が勝手に仕組んだんです。

「下川先生が元気ないのもお前のせいだろ!」それは知らないよ……

「プルコギ広めたのもな!」それは……碧川……さん。

「アルミ缶とペットボトルを分けるゴミ箱で、アルミ缶の方にヨーグルトの容器が捨ててあったのもな!」それは……俺かも……。


 また派手にボコられてるな、心も体もボロボロってか?

 ……。

 お前、いつ本気だすんだよ?

 ……。

 もうそろそろいんじゃないか?

 ……。

 俺は待ちくたびれてんだよ。

 ……。

 そうかい、でもいつか反撃しないと俺は本当に消えるぜ?

 ……消える?。

 俺はお前の俺の部分、お前が表には出さないから俺は……

 俺は?


 気が付くと俺の周りには誰もいなかった。時間にして三分くらいだろう。俺は蹴られ続けていた。

 頭上で中田の声がする、背中を向けてるようだ。

「あーもー制服がクリーム臭くてやんなるぜー」

 最悪だ。俺には真実を伝えて彼らを説得させることさえできない。

 中田が消えると、俺は立ち上がろうとしてその肩を掴まれた。それに体をビクつかせ怖いと感じた。また殴られる……。

「大丈夫か、有川」

 しかし、その肩を掴んだ人物は相河……、俺はその顔をみて安堵する。口が動かないのはその気力さえないからだ。相河はいい奴だ。唯一俺の心配をしてくれる、親友だ。

「次も移動教室だ、情報処理室だから一緒に行こう」

「うん……うん……うんうんうん」

 俺は何度もうなづく。相河は男子更衣室の濡れたエロ本のでせいでびちゃびちゃになった床をモップで拭き掃除していて、表で俺を蹴り続ける彼らを止められなかったという。

 俺は悔しがる相河に気にしないでと声を掛けた。

 三時間目が始まる前、廊下で相河に呼びかけられたあの時、相河と一緒に行っていればちゃんとアリバイがあってこんなことにはならなかったはずなのだ。

 今度は相河と一緒に教室に体操着の入ったカバンを置き、ついでに森川の机の上に無限プチプチを返しておく。

 俺たちは次の授業が待っている情報処理室へ急いだ。

四時間目何にしよう……

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