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あやかしあそび  作者: たま
あやかしあそび
22/23

或る写真と牡丹餅のはなし

 優次の家にはアルバムがない。

 小さな頃の写真は、すべて焼き捨てられてしまったのだから。




 ■或る写真と牡丹餅のはなし■





「牡丹餅とは至高の食べ物だ。そうは思わんか」


 いきなりこう問われて、優次はきょとんと瞬いた。


「へ?」


 優次の目の前にはひとりの幼女がきちんと正座をして座っている。

 そうしてその目の前には牡丹餅が山のように置かれていた。

 幼女はそのひとつを手にする。

 そうしてそれを目の前に掲げ、とつとつと語りだした。


「餅米だけでも充分に美味だというのに、そのまわりに甘いつぶの餡子までたっぷりつけているんじゃぞ」

「あ、は、はあ……」

「ふくいくとしたこの甘さ。品良くおさえられたこの香り…まさに人の創りし美を追求した産物じゃ」

「え、は、はい……」

「確かに食べるのは食べにくい。手がべたべたするからな。だがその食べにくさがこの食べ物のありがたみをさらに倍増しておる」


 優次は饒舌な幼女の姿を目を丸くしてみつめてた。

 幼女の黒目がちの瞳はうっとりと細められている。

 幼い頬はほんのりと赤く染まっており、それは外見から察せられる年齢どおりの実に愛らしいものだった。


 台詞の内容は別として。


(うわあ。桜井さんに見せてあげたいなあ)


 優次はこの幼女に恋をしている青年のことを思い浮かべた。

 きっと、誰よりもこの笑顔を見たいのは桜井であるはずなのだ。

 それなのにその青年はこの笑顔を見ることができない。

 なんとか見せてあげたいと思った優次が写真を撮ってみたりしたのだが、やはりその姿を映すことはできなかった。


(だけど……)


 優次は目の前の牡丹餅に目を移す。

 この牡丹餅は桜井が手土産に買ってきたものだった。

 その手土産を他でもない幼女自身が実においしそうに食べていたと伝えるだけでも青年は喜ぶに違いがない。


(あ!)


 優次はふいにひらめいたアイデアに心の中で手を打った。

 目の前で牡丹餅を嬉しそうに頬張っている幼女に瞳をむける。


「椿さん、その牡丹餅よりも美味しい牡丹餅を僕は知ってます」


 椿という名の幼女は、途端に瞳を輝かせた。


「なんじゃと!」


 優次はこっくりと頷く。そうして付け加えた。


「しかも、とっても楽しいと思います」



 そうして次の週の水曜日。

 学校から帰って来た優次は、目の前の女性に向かって頭を下げた。


「リコさん、ごめんなさい。せっかくのお休みなのに……」


 出迎えに来てくれていた女性は、頭を下げる優次を見て慌てたようだった。

 幼い顔を横に振る。


「そ、そんな、いいの。わたしも暇だったし」


 そうしてふわふわと笑ってみせた。


「それに優次くん、桜井さんのためでもあるんでしょう?」




 リコは半年ほど前に桜井がこの家に連れてきた女性である。

 桜井の友人だというリコは、23歳という年齢とは思えないほど幼い顔立ちの可愛らしいお姉さんだった。

 優次には「姉」という存在はない。

 しかしリコには以前弟が居たらしく、はじめて会ったときから優次をとても可愛がってくれた。

 ……それに、なにより。




「来たか優次。待ちかねたぞ!」


 優次とリコが話していると、奥からとたとたという足音が近づいてきた。椿のものだ。

 椿ははねるようにかけてくると、二人に向かって上機嫌な笑顔を見せた。


「リコは2時間も前に来ておった。もう準備はできておる。ほれ、早ようせい。お前を待っておったんじゃぞ。なあ、リコ」

「はい」


 リコは幼女を見おろしてにっこりと笑う。


 そう――彼女には、「椿」が見えるのだ。




 台所のテーブルには既に用意ができていた。

 材料はどうしたのかと聞けば、ここで雇われている使用人の方が買ってきてくれたのだという。


「わたしが買ってこようとしたんだけど……」


 リコは申し訳なさそうだったが、優次はここの使用人が「椿」のために雇われていることを知っていた。

 彼らとしてはその客人であるリコを働かせるわけにはいかなかったのだろう。例え、その姿が見えないとしても。


「さあ、どうやって作るのじゃ」


 椿は椅子によじ登るとテーブルの上に並べられたものを興味ぶかそうに見つめた。

 聞いたところによると、椿は料理というものをまともにしたことがないらしい。

 食べ物は「お供え」として用意されるし、料理に興味を持っても「大人」に彼女の姿はみえない。

 だからこうして台所で作業をするのも初めてだと嬉しそうに語った。


「あ、待って。椿さん。優次くんも」


 優次と椿がテーブルの上を眺めていると、リコが声をかけてきた。

 そうして、大人の年齢でありながらその自覚なき霊感の強さゆえに椿の姿が見えるという例外中の例外の女性は、かばんから2つの布を出してきてにっこりした。


「おお。これを着て料理をするんじゃな」


 椿はリコにつけてもらったエプロンをつけてくるりと回ってみせた。


「どうじゃ。似合うか?」

「はい。すごく可愛いです」


 優次は素直に頷いた。

 着物にエプロンという奇妙ないでたちだが、それでも真っ白な色のエプロンは椿に良く似合っていた。

 隣ではリコが嬉しそうに携帯を取り出している。


「椿さん、写真をとってもいいですか?」

「……ああ。いいぞ」


 椿がほんの少し言いよどんだのがわかった。

 椿の姿は写真にはうつらない。しかしリコはそのことを知らなかった。

 椿のことを「普通の子」と思っているリコの存在は椿にとっても珍しいものらしい。

 だからあえて椿は自分の正体を伝えていないようだった。

 ひとしきり写真をとりおえたリコは、満足げに頬を赤らめたまま優次の耳元でそっとささやいた。


「写真、あとで桜井さんにみせてあげようね」


 優次は頷いた。おそらくは椿の姿は映ってはいない。

 しかし例えそれが無駄になろうとも、リコの心遣いが嬉しかったのだ。


「優次も似合っているぞ」


 気がつくと、いつの間にか近寄ってきていた椿が優次のエプロンを掴んでにやりとしている。

 そうして細い首をめぐらすと、嬉しそうにしたままのリコを見上げた。


「リコ。優次も撮ってくれんか」

「はいっ」

「え、でも……」


 優次は慌てて首を振る。写真というものは苦手だった。

 小さな頃は写真をたくさんとってもらっていた。

 しかしいつからだろう。優次の写真に気味の悪いものが写りこむことに気づいた両親は、優次に写真に写ることを禁止したのだ。

 それまでの写真もすべて焼かれ、フイルムごと捨てられてしまった。

 だからそれ以来優次はカメラの前に立ったことがない。

 今でもクラス写真を撮る時には学校を欠席をさせられているほどだった。


「ぼ、僕はいいです……僕の写真なんて……」


 思わず後ずさる。声も上ずった。

 その強張った表情に気がついたのだろう。

 リコは驚いたように瞳を丸くしている。

 しかし椿はそんな優次の顔をじっと見上げていた。

 その漆黒の瞳はどこまでも深い。心の底までも見透かされているような感覚さえ覚えるほどだった。

 思わず目を逸らす。

 するとふいに椿が手を一杯に伸ばしてきたのが視界の隅に入ってきた。

 次いで優次の鼻に衝撃が走る。


「痛っ」


 ぺしりと情けない音のあとに幼女の手が目の前から離れた。

 どうやらそのてのひらで優次の顔を叩いたらしい。

 驚いて椿の顔を見ると、幼女はむっつりとした表情を浮かべている。


「そういう言い方をするでない」


 声に怒ったような響きはなかった。

 しかし優次は下を向く。


「で、でも、僕の写真は気持ち悪いから、だから……」

「………優次」


 ふいにあたたかいものが優次の手を包んだ。

 視線を向けると、自分の右手を椿の小さな両手が包んでいるのが見える。


「よいか。耳の穴をかっぽじって良く聞くんじゃぞ」

「か、かっぽじって……」


 妙な言葉遣いに優次は困惑したが、当の椿の幼い顔は真剣そのものだった。


「私はお前の写真が欲しい」

「で、でも…」

「写真というのは想い出の欠片じゃ。10年後、私はお前が大きくなったときに子供の頃のお前の写真を見てその成長を喜ぶ。私はそういうことがしたい」


 成長を喜ぶ。

 優次は目の前の幼女を見た。

 その視線を受けた椿はふっと表情を和ませる。そうしてその手を優しく叩いた。


「お前との想い出が欲しい。許してくれるか?」

「………」


 優次はぱちぱちと瞬いた。

 視界が水の膜を張ったようにぼやけている。

 それが零れださないように、手の甲で瞼をこすった。


 ぴろりろりーん


 と、唐突に明るいシャッター音が響く。

 見るとリコが携帯電話を構えてにこにこと微笑んでいた。


「はい。撮りました」

「よし、良くやった」


 椿とリコは顔を見合わせて笑う。

 そうして、瞼をこすり続けている優次の背中を思い切りたたいた。


「さあ、3人で牡丹餅を作ろうではないか」




 結果的に言うと、その日の牡丹餅はさんざんな出来だった。


「……なんだかもわもわして気持ち悪い物体だな…」

「うう。で、でも食べれないことはないですよ」

「これはアレか。アニメ映画に出ておった、伝説のまっくろくろす……」

「ち、違うと思います」

「うーん、ふたりともごめんなさい。おかしいなあ…ちゃんと小町さんに習ってきたのに……」


 子供二人に教えると張り切っていたリコは肩をしょんぼりと落として目の前の牡丹餅らしき物体を悲しげに見つめている。


「そ、そんな、リコお姉さんのせいじゃないです」

「うむ」


 椿も頷いた。

 そうして自分の両手を広げてリコに示して見せる。


「まあ仕方がない。私の手が小さいのも悪い。どうにももち米がにぎれんかったからな。あやつらめ、私の手からするすると逃げおってからに」

「牡丹餅って難しいですねえ」


 優次もほうっと息を吐いた。


 目の前には山のように黒い物体が盛られている。

 材料は牡丹餅のもの。

 それなのに作り上げてみればこのような物体になってしまっている。

 この世の不思議であった。



 これは駄目かなあ……。

 こっそりと優次は思った。

 牡丹餅を作ろうと提案したのはなにも椿のためだけではなかった。

 しかし、これだけ失敗作となるとどうだろう。



「牡丹餅を作った?」


 夕刻になり、今日も花束を抱えてこの家に訪れた桜井に皆で作った牡丹餅を見せる。

 すると彼はぽかんと口を開けたまま、花束を落とした。

 そうして硬い声でつぶやく。


「こ、これを椿さんが…」

「はい。リコお姉さんに手伝ってもらって、椿さんと僕で作ったんです……けど」


 もっさりとした黒い物体はお世辞にもおいしそうとは言いがたい。

 優次は肩をすくめた。桜井の表情は強張っている。


「……リコさんは」

「ええと、さっき帰りました。用事があるからって……」

「そうか」


 桜井は呆然と目の前の物体をみつめていたが、やがて片手で顔を覆って呻きだした。

 優次はぎょっとする。


「だ、大丈夫ですか、桜井さ……」

「椿さん」


 桜井は顔を上げ、唐突に跪いた。

 そうして先ほど落とした花束を拾い上げ、華麗な仕草で眼前に掲げあげる。


「……ありがとうございます。私は……」

「………」

「さ、桜井さん、椿さんはそっちじゃありません。こちらです……」

「そうか」


 明後日の方向を向いて跪いていた桜井だったが、めげる様子もなく優次の指し示した位置にくるりと花束を向けた。


「私は嬉しいです…私の為に牡丹餅を作ってくださるなんて……」


 呆れきった表情の椿が口を開く。


「いや、お前の為じゃない」

「この牡丹餅は永久に保存いたします。ひとつは観賞用に部屋に飾っておきましょう。ああ、玄関先にもひとつ置きたい。というか持ち歩きたい。ああ、食べるのが勿体無い」

「腐るからやめんか」


 桜井に椿の声は聞こえない。

 優次が通訳してやると、桜井はかすかに潤んだ瞳のまま首を振った。

 そうして再度、感極まったようにつぶやいた。


「……ありがとう、ございます」

「……」

「………」

「……ほんに困った奴じゃ」


 椿の顔に困ったような微笑みが浮かんだ。

 向かい合う二人の間には皆で作った牡丹餅が置かれている。

 それはまるで違う世界に住む二人をそっと繋ぎ合わせるかのようなあたたかさがあった。




「……優次くん」


 二人に気づかれないようにそっと玄関を出た優次は、うしろからそっとかけられた声に目を丸くした。


「あれ?リコお姉さん、先に帰ったんじゃあ」

「ううん。実はね、優次くんがでてくるのを待ってたの。桜井さん喜んでた?」

「はい。それは勿論!」


 答えるとリコは嬉しそうにうふふと笑う。


「良かったあ……あのね、さっき撮った写真を桜井さんに渡そうと思って現像に出したんだけど椿さんの写真がね一枚も撮れてなかったの……」


 優次はそこで理解した。

 おそらくリコは写真を桜井に渡したかったのだろう。だから用事があるといって家を出たのだ。

 考えていたサプライズが失敗した為か、リコは申し訳なさそうな表情を浮かべて言った。


「ごめんね。多分、わたしが写すのを失敗しちゃったから……」


 優次はさすがにそれがリコのせいではないことや、椿の正体を教えてあげたほうが良いのではないかと思った。

 しかしそれを告げることは勇気の居ることでもあった。

 「普通の人」は「視える人」のほうがおかしいと思う。

 それ、は当たり前のことなのだから。



「あ、でもね!」


 そのときリコが嬉しそうに声をあげた。

 そうして鞄から1枚の写真を取り出すと、優次に手渡した。


「優次君は可愛く映っていたの。これ、椿さんに渡してあげてね」


 優次はその写真を見る。そうして小さく息を飲んだ。


 写真には優次が写っている。

 その向かいにいるはずの椿の姿はやはり映ってはいなかったが、その優次を包むように優しい色をした靄がぼんやりと映りこんでいた。


「綺麗でしょう?」


 見上げるとリコがほんわりと微笑んでいた。


「椿さん、きっと喜んでくれると思うな」




 優次は写真を見る。

 奇妙にも見えるその写真。

 それを撮ってくれた女性はなんの疑いもなくそれを「綺麗」だと表現をした。

 それを欲してくれた女性は自分の成長を喜びたいと言ってくれた。




 日は傾き、温かな橙色の光が世界の色を染め抜いていた。

 その色に鼻の奥がつんとする。





 やっぱりこの世界はどこまでも優しい。


 そう、思えた。





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