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あやかしあそび  作者: たま
あやかしあそび
13/23

或る青春群像:前篇

 その部屋には甘く香ばしい香りがたちこめていた。


「なあ、小町」

「なによう」

「まだ出来ないの?おれさ、今日中にこのレポート纏めたいんだけど」

「ふうん」

「いや。ふうん、じゃなくてさ。いい加減パソコンを使いたいんだよね」

「へええ」

「ちょ……聞いてる?だからさ、早くオーブン使うのやめてくれよ。そもそもここはオカルト研究会の部室なんだけど。お菓子クラブじゃないんだけど」

「ほおお。おっ、見てみて近藤。またさ、赤坂に新しいケーキ屋が出来たんだってよ~」

「……」



 科学研究同好会、別名オカルト同好会部長である近藤貴史は大きく肩を落とした。

 その前ではひとりの女生徒がのんきそうにタウン情報誌をめくっている。ショートボブの黒髪がよく似合っているその少女は、傍らに置いてあるチョコレート菓子を頬張りながらくふくふと無邪気に笑った。


「この学園って窮屈で馬鹿馬鹿しいトコだけど、都心部に近いって言うのはいいよねえ~。学校帰りに寄り道できるというのは最高だわ。ね、近藤。明日にでも寄って帰ろうよう」

「いや、だから少しはおれの話を聞いてくれよ……」


 近藤は諦めたようにパイプ椅子に座り込む。目の前のパソコンの電源は落としたままなのは、この部屋の隅に鎮座しているオーブンがフルに稼働しているからだった。下手に起動させ、途中で電源が切れてしまえば今までのデータがおじゃんになる。その経験が3度ほどある近藤は、この状況下でうかつにパソコンを起動させることはできなかった。


 そもそも何故オカルト同好会の部室にオーブンがあり、そうしてそれが稼動しているのか。

 この奇妙な状況を見た大多数のものが抱くであろう感想の答えは、実のところ簡単に説明できる。

 同好会のただひとりの部員である西園寺小町、つまりは目の前の女生徒がどこからか調達してきてしまったのである。

 そうして彼女は思い出したようにやってきては、この場所でお菓子を作っていた。しかも、かなり本格的に。


「もう……お前さあ、料理部に入ればいいじゃんよ。なんでわざわざここでお菓子作るの?おかしいだろ。ここはさ、おれの聖域なんだよ?超常現象を研究する為の部屋なんだよ?」


 ぶつくさと正当な事を言う近藤に対し、小町はしれっとした顔で答えた。


「だってここって居心地いいし。あ。今、『おかしを作る』と『おかしいだろ』をかけた?あっはっはっ。面白くなーい」

「いやいやいや、かけてないし……ああ、もー」


 近藤はさらに息を吐いた。この女生徒は近藤の考えの斜め上を生きている。

 自分もたいがい普通の人間の斜め上を生きているから、小町の考え方はかなり素っ頓狂であるともいえた。

 近藤は脱力して机に突っ伏す。今日は研究会の活動はできないかもしれない。

 そう思っていると、突然扉の開く音が聞こえてきた。


「近藤」


 そうして聞こえてきた声はクラスメイトのものだった。


「すまん、邪魔をするぞ」


 最近親しくなった男子生徒の声は暗い。

 近藤は顔を挙げた。そうして栗色の癖毛の下にある、整った顔立ちを見上げる。


「いいけど……桜井、なんかあったの? 暗いね」

「……」


 桜井と呼ばれた少年は答えずに、部屋の中に当たり前のような顔をしている女生徒に目を見開いた。

 視線を受けた小町は一度だけまたたき、そうして傍らにある菓子箱を示してみせる。


「んん、何?ああ、あんたもポッキー食べたいの?」

「いや……」


 困惑した風の声を聞きながら、近藤は立ち上がった。そうして級友に為に、隣にあるパイプ椅子をひいてやる。


「ほら。どうかしたの?」

「……いや」


 桜井はぼそりと答える。

 それは普段の彼からは想像も出来ないような無愛想な対応だった。

 いつもは爽やかに生徒会長をこなしている青年が、今はどこか人生に疲れきった賢者のような風情をかもしだしている。

 物言いたげな視線に、近藤はああ、と頷いた。


「小町が居るから話難いのかな。でも小町なら心配要らないよ。変な子だけど口は堅いし……というか他人のことにあまり関心ないし。だから話してご覧よ」

「んんー、変な子は余計ー」

「……」


 桜井は雑誌に目を落としたままの小町に目を向け、そうしてすぐに近藤に視線をうつした。

 どうやら納得したらしい。

 そもそも西園寺小町という少女も、そして近藤自身も、この学園では浮きまくっている存在として有名だったりするのである。

 桜井と呼ばれた少年は勧められるままパイプ椅子に座り、その背を委ねた。安物の椅子がぎしりと音を立てる。

 そうして、それと同時に吐き出すようにつぶやいた。


「……なんか、もう、わからなくなったんだ」

「なにがだい?」


 近藤はやんわりと尋ねる。桜井は机の上に視線を落としたままぼそぼそと口を開いた。


「俺は完全に狂ってしまっているのかもしれない」



 桜井正美という少年は近藤のクラスメイトである。

 上流階級の子弟子女が通うことで有名なこの学園においても全く引けを取らない家柄の嫡男であり、その容姿と性格から女子からは絶大な人気を誇り、教師からは最大の信頼を得ている。つまりのところ、近藤にとっては接点など何ひとつとしてない男子生徒であった。

 ――ほんの、一月ほど前までは。


 桜井は一月前、このオカルト同好会にやってきて、いきなり近藤に尋ねたのだ。


「座敷童子は居ると思うか?」と。

 それ以来、桜井は時折この部室に現れるようになった。

 何もせずにだらだらしていることもあれば、近藤の集めたオカルト的な文献や資料を読み漁っている事もある。同じく思い出したようにこの部室に顔を出す小町と会うのは、今がはじめてかもしれなかった。

 近藤は小町に視線を送る。当の少女は我関せずといった体で雑誌をめくっていた。

 それを確認して近藤は椅子に座りなおす。そうしてきちんと桜井に向き直って尋ねた。


「何があったんだい?」


 桜井は疲れているようだった。片手で額にかかる前髪を、のろのろと払いのけながら溜息をもらす。

 そうしてとんでもないことを言い出した。


「どうやら俺は、普通の女性を好きになれないようなんだ」

「…………は?」


 近藤はぽかんとした。当たり前の反応である。

 呆然と友人をみやっていると、桜井はうんざりといった様子で続けた。


「クラスの女子でも、どんなに美人でも駄目だった。だから思ったんだ。『彼女』の容姿と似たような女性なら好きになれるかもしれない。だから一昨日、幼稚園に行ってきた」


 ひょえー。

 近藤は内心でだらだらと汗をかきながら棒読みの悲鳴をあげていた。

 こいつはやばい。いろいろと、やばい。

 いや、先月相談に来た段階でやばいかもと思ってはいたがここまでとは。

 しかし桜井はそんな近藤の様子には気づかず淡々と続ける。


「だが駄目だった。あんな乳臭い子供どもに誰が恋などするものか。だから思った。ならば『彼女』のような精神的に熟した女性ならいいかもしれない。だから昨日は老人ホームにいってみた。しかし、やはり駄目だった。ひょっとしたらと思い、男も考えた。しかしとんでもないことだった。考えただけで反吐が出そうになる」


 ひょええええええー。

 桜井はなんでもないことのように話しているが、目の前ではとんでもない話が繰り広げられている。

 いろいろとツッコミどころが満載の話であるのだが、対する桜井の表情はひたすらに真剣だった。


「ええと、桜井。それは君の性癖の話と、とっていいのかな」


 おそるおそる尋ねると、桜井はあっさりと頷いた。


「そうだ」

「ひょえー」


 今度は声にまで悲鳴が出てしまった。なんというか、変態だ。これはまぎれもなく変態だ。

 そう思っていると、前方からのんきな声が心の声を代弁してきた。


「はうー。桜井君ってマジモンの変人だったのねえ」


 小町である。そういえば小町は女の子だった。

 今更ながらにそれを思い出した近藤は慌てる。

 すなわち、嫁入り前の娘にこんな話を聞かせるべきではない、と。


「こここ、小町。君はちょっと席を外してくれないかな!」


 しかし小町はぷうと頬を膨らませた。


「えーなんでよー。面白そうなのにいー」

「駄目ったら駄目。外に出てなさい」

「もー近藤ってなんでそんなにオヤジくさいのにオカンっぽいのよう」

「な、オヤジ臭いは余計だ!」

「でさあ、桜井君。そのさっきから言ってる『彼女』って誰なの?」


 わめく近藤をよそに、小町は桜井にさらりと話を振った。


「美女でも幼女でも老女でも男でも駄目。でも『彼女』ならいいんでしょ~?その女性が居るなら無理に他の人を探さなくてもいいじゃないの」


 小町のいうことはもっともなことだった。

 しかし、と近藤は思う。

 桜井の言う『彼女』にはこころあたりがあった。

 一月前、彼が執着を見せていた事柄はただ一つだったのだから。

 桜井は自嘲する様な笑みを浮かべて小町に目を向ける。

 わずかな沈黙の後、そうして答えた。


「幻の存在だ。どうやら俺は頭の中で幻を作り出して、その幻に惹かれ続けているらしい」


 その答えには、さすがの小町も驚いたようだった。

 瞳を見開いて、そうして鸚鵡返しにつぶやく。


「幻?」

「ああ。子供の頃からずっと。もう十年以上になる。どうだ、たいした狂いっぷりだろう?」


 それは自嘲を多分に含んだ言葉だった。思わず近藤は口を開く。


「……桜井、自分のことをそういうふうに言うのはよくないよ」


 しかし桜井は耳を貸さなかった。


「いや、俺はいい加減自覚しなければならなかったんだ。人は現実に目を向けて生きていかなきゃならない。そういうもんだろ」

「うーん……」


 近藤は呻いた。

 確かにそういうものだろう。

 彼の執着している『彼女』が本当に彼の脳内で作り出された妄想であるなら、その意見は実に正しいものだった。


「そうかしら~」


 すると、のんびりとした声がその考えを断ち切った。


「現実に目を向けて生きていかなきゃならないって……『ならない』って言ったけど、それってどうしてなの?」

「え?」

「何の為? 親のため? 家柄の為? 世間体の為?」

「それは……俺がまっとうな人間であるために……」

「まっとうな人間って何よ?」


 あっさりと言われて桜井は黙り込んだ。

 小町はポッキーを口にくわえたまま、眠そうにも見えるうったりとした瞳で桜井を見ている。

 つきあいの長い近藤は知っていた。

 小町はただ純粋な質問をぶつけているだけなのだ。

 桜井を諭そうとか叱ろうとか、そういう感情は一切持ち合わせていない。


(なんせこいつは、子供みたいな奴だからなあ……)


 だからこそ近藤は同学年の小町をついつい年下扱いしてしまうのである。

 ……しかし。


「わっかんないなあ」


 子供というものは得てして、真実を明確に貫く剣を持っている。

 そうして小町はあくまで無邪気に素直に、その剣を振りかざした。


「桜井、あんたって何の為に生きてんの?」




「大丈夫か、桜井」


 近藤は何やらぼうっとしたように考え込んでいる桜井の前にコーヒーを置いてやった。

 あれから30分。

 桜井は黙り込み、そうして小町は何事もなかったかのように雑誌をめくっていた。

 部屋の中にはオーブンの熱気と、そうして甘い匂いがふわふわと充満している。


「桜井。まあ、あんまり考え込まないでいいんじゃないかな。ほら、小町はさ、いわゆるチュウニビョウってやつなんだよ。だからああいう臭いことも平気で言っちゃうんだな。まあ、ある意味こんな同好会を開いているおれもなんだけどね」

「……チュウニビョウ?」

「いや、知らないんならいいや」


 近藤は苦笑する。

 そうして迷った末に、こっそりとつぶやいた。


「あのさ、桜井」

「……ああ、なに?」

「お前の言う彼女って、あの、前に話していた……座敷童子のことなんだろ?」

「……」


 桜井は黙り込む。それに肯定の意が含まれていることを悟って、近藤は頷いた。


「なあ。よければさ、彼女の居るという家に邪魔してみてもいいかな?」

「はあ?」

「前にもいったろ?お前は彼女を自分の頭の錯覚と決め付けちゃっているようだけど、そう決め付けるには証拠がまったく足りないんだ。もちろん、幻じゃないと決めつける要素も全然まったく、足りないんだけどね」

「……」

「正直に言おう。オカルト研究会の部長として、興味があるんだ」

「……」


 桜井は答えない。

 その表情は怒りを含んで尖っている。しかし、その瞳にはどこか縋るようなものが感じられた。

 だからこそ近藤は続けた。

 もうひとつの理由を。


「チュウニビョウ的なことを言うと、落ち込んでしまっている君の、『友人』としてもね」



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