第三章*ドラゴン・ハンター*
ガルガドス王国首都:ガーメルス。国を治める主要人物達が住むこの国で、とある人物が最後の書類に目を通していた。
金色の髪に端整な主顔をしている男性はようやく最後の書類に目を通し終えると、疲れた体をほぐすように大きくのびをする。
そんな彼の元に、一通の手紙=トラブルが飛び込んできたのは、彼がお茶の支度を頼み、それを待っている時だった。
「ウォール伯爵。伯爵宛にお手紙が…」
長年仕えている執事の言葉に、彼は軽く眉をしかめた。
「手紙だと?後にしてくれ。今ようやく仕事を終えたばかりだ」
そういうと、伯爵は召使いが持ってきたお茶を軽くすすった。だがいつまでたっても去ろうとしない執事に、再び疲れた目を向ける。
「なんだ?」
「……それが‘天空の紋章’の印が入ったものでして」
「紋章だと?」
伯爵は思わず目を大きく見開いた。
‘天空の紋章’……ドラゴンに関する事で多大なる功績を残した者に与えられる、上級貴族同等の権力を示す称号。これを持つ物から連絡が来るのは久しぶりだ。
「だが、なぜ私に?最近称号を手にしたものは、ついこの間形式的な挨拶をしにきたばかりだが」
最近といっても、5年前である。それだけ称号を得るものはごくまれであり、そういった功績を残すことはなかなか難しいということだ。
一体誰が何の用件で、と半ば面倒くさそうに手紙を開いた伯爵は最初の一行を読んだ瞬間、飲んでいたお茶のカップを取り落としそうになった。
「な…に……」
そして手紙の中身を読み進むにつれて、さらに顔を青くしていく。
「あの…大ばか者が」
最後まで中身を読み終えた伯爵は、仕事の疲れも忘れ去り、大急ぎで出かける仕度を始めた。
***
それから3日後。町にて…。
「やっぱり買い過ぎたか?でも仕方がないよな。あの家何もないからなあ……」
俺は買い込んだ荷物を危なっかしげに抱え込み、通りをよろよろと歩いていた。その間、通りを行き来している町の人たちはくすくすと笑いながら俺を見つめている。
時折、手伝おうかと声を掛けてくれる親切な人もいたがそれに答えるほど余裕が無く(それに男が荷運びを手伝ってもらうということが多少プライドにも差し障ったので)俺はなんとか笑顔を作って返事の代わりを返していた。
「そもそもバランスが悪いんだよ。今度から手提げでも作って持っていくようにしねえと……っ!!」
ぶつぶつと独り言を言いながら広場に入った瞬間、俺は全速力で横切ってきた少女に危うくぶつかりそうになってしまった。その拍子で、アンバランスに抱えられた荷物が腕の中でぐらつく。
「うわっととと!」
「きゃ、ごめんなさい!!」
崩れた荷物を抱えなおす俺をギリギリのところでかわし、彼女は衝突をまぬがれた。
だがそれでも走るのをやめようとはしない。よほど急ぎの用事があるようだ。少女は謝罪の言葉もそこそこに、風のごとく走り去っていった。
「……なんだ、あれ?」
俺は荷物を抱えたまましばらくの間そこに立ちすくんでいたが、やがて体を家の方角に向け、家へと続く道を再び歩き出した。
***
「ねえねえ、聞いた!?」
走り続けていた少女はようやく、目的地のとある宿屋の前にたどり着き、勢いよく扉を開け放った。
「この町に‘天空の紋章’をもった人が来たんだって!!」
「ああ、知ってるぞ」
少女の興奮した知らせに、テーブルに腰を掛けていた青年が事も無げに答えた。彼は黒い細長い筒のようなものを磨く手を止めずに話を続ける。
「町の警備兵士がうわさしていたのを聞いた。結構大きい騒ぎになっているらしいぜ?」
「正確に言うと、ここに帰ってきたって言うのが正しいらしいです」
青年の言葉に付け加えるかのように、宿の階段から降りてきた少年が答える。
「昔この町に一時期住んでいたって聞きました。しかもあの古い物置小屋みたいな場所に。なんでもその人、僕らの武器の初期開発メンバーにいたらしいんです」
その言葉に、青年は目を丸くして少年を見つめる。
「それ、本当か?」
「ええ。それで提案なんですけど……」
彼は少し言葉をどもらせながら言葉をつむぐ。
「その人に会いに行きませんか?もしかしたら、何かいろいろと聞かせてくれるかも知れませんし…」
「どうだかな…」
多少興味を示したかと思いきや、青年は難しそうに顔をしかめてみせた。黒い筒を背中の革筒に入れ、ゆっくりと立ち上がる。
「ここに来ること自体、久しぶりなんだろう?それまでにドラゴン撃退のための武器を作っていたかどうかなんてわからない」
青年は、がっかりした様子を見せる少年に向かって首をすくめた。
「それまで何をしていたかわからない奴よりも、ここでずっと働いている技師に聞いた方が、俺はずっといいと思うけどな…正直、俺はよそ者をあまり歓迎しない…」
「いいじゃん。会ってみようよ」
突如降ってきた言葉に、ぱっと顔を輝かせる少年。にこにこと笑顔を広げる少女。少し渋い顔をする青年。皆の顔を見て、声の主である彼女はいたずらっ子のような笑顔を青年に向けた。
「面白いことがあるかもよ?それに‘天空の紋章’を持っているのが一体どんな奴か、あんたも気になるでしょ?」
***
「ただいま…っていっても誰もいねえよな」
俺は大荷物を抱えながら危なっかしげに扉を開けた。
「まったく…食料品の買い込みぐらい手伝えよな…」
昨日急遽作った有り合わせの机に食料を広げ、俺は種類わけを始める。
「ええと、これは地下の貯蔵庫。これは…日持ちするからここでも大丈夫だな」
この町に着てから3日目。俺はとにかく生活に慣れるため、必死になって必要なものをかき集めていた。叔父のあの話を聞いてから…。
***
『そうそう、竜。大事なことを言い忘れてた』
『……まだろくに事情を聞いてもいないのに?』
俺の皮肉たっぷりの言葉を気にも留めず、叔父はじっと俺の顔を見つめてこう言ってきた。
『この世界の人に、別の世界からきましたってことは秘密だよ?』
『…そりゃあ、な』
深刻な顔をして何を言うかと思いきや、そんなことか。心配しなくても、俺はそんなことを言いふらすほど馬鹿じゃあない。だいたいそんな非現実的なこと、周りが簡単に受け入れるわけないだろ(俺にとってはここも十分非現実的だけど)
『まあ、周りに受け入れられないってこともあるんだけど』
俺の考えを見透かしたかのように、叔父は話を続ける。
『別世界の情報が行き来するのは、あまりいいことじゃないんだよ。技術発展にも影響が出るからね』
『…それはつまり?』
『つまり、僕らの文化や技術を伝えるってことは、何も知らない子どもに銃を持たせるような危険性もあるって事さ。僕らの世界のほうが、科学技術は進んでいるからね』
『……じゃあこの転送装置は何なんだよ』
『あはははは〜』
『おいっ!!!』
***
「ったく、妙なところで理屈が通ってないというかなんというか……」
俺は食料を壁に打ち付けてある戸棚にしまいながらぶつぶつと文句を言った。
文句が多いと思うかもしれないが、いいたくもなる。なにせこういう環境に住む羽目になった張本人は、あれからほとんど家におらず、最近は夜になってからでないとここには帰ってこないのだ。
「これじゃあいつになったら家に帰ることができるか、わかんねえよな…」
俺は最後の荷物をしまい終えると、大きくため息をついて肩を落とした。
「とりあえず、まずは周りに俺たちのことを悟られないように気をつけないと…」
「こんにちはーっ!!」
「!?」
突然響いてきた騒がしい声と扉が開く音に、俺は思わず飛び上がった。そして慌てて入り口を振り返ると、4つの姿が日の光に反射しているのが視界に飛び込んできた。
***
ちょうどその頃、町のとある屋敷では……。
「や、久しぶり。アルバース」
「…わざわざ呼び寄せておいて出会いがしらにその台詞か」
こんな態度を見せられては、怒りを通り越してあきれしか出てこない。
にこにこと笑顔を浮かべている秀治に対し、ドラゴン対策部門に属する貴族の1人、アルバース・ウォールはため息をついた。
「そもそもあの手紙はなんだ?冒頭に『お久し〜』という言葉を添えられた文章を私は始めてみたぞ?」
「あ、そう?よかったね」
「……もういい」
アルバースは後ろにあったソファにどっかりと座り込んだ。そしてしばらくの間天井を見つめながら物思いにふける。
「…だが、本当に久しぶりだな」
アルバースはそのままの状態でポツリとつぶやいた。
「ちょうどあの日が最後だったからな。お前に会ったのは」
「…まあね」
秀治は静かに笑って見せた。その表情には、どこか寂しそうな雰囲気がただよっている。
「あの日以来、機械には触れなかったから」
「…それで」
アルバースは体を起こし、じっと秀治を見つめた。
「今回は一体何のようだ?わざわざ私を呼んだくらいなのだから、何も話さないとはいかないぞ?」
***
「おじゃましまーす」
「なんだよ、随分と殺風景だな」
「あ、あの。勝手に入るのはまずいと思いますよ?」
「でももう入っちゃったし、しょうがないんじゃない?」
突然現れた連中とその騒がしさに対してあっけに取られていると、向こうが先に俺の存在に気がついてきた。
「あ!すみません!」
1人の少女が俺に駆け寄り、きらきらと目を輝かせて俺を見つめてきた。どこかで彼女をみたような気がするが、どうも思い出せない。
「あなたが‘天空の紋章’を持っている人ですか?」
「え?あ、いやその……」
その天空のなんたらとかいうものは俺にはまったくわからないものだが、彼女が叔父のことをさしているのはすぐに理解できた。
「たぶん、それは俺の叔父だと思う…」
「だろうな。そんなに若くて紋章を持っているわけがねえし」
口を挟んできたのは、俺より身長が少し高い男だ。外見からして青年っていったほうがいいんだろうけど、言葉使いからしてそんな言葉が似合うほどさわやかな奴じゃない。
「あの、あなたの叔父様は今ここにいらっしゃいますか?」
年の割には随分と丁寧な口をきく少年が、俺の横から尋ねてきた。彼は一見冷静に見えるものの、どうやら目の前にいる少女と同じくして興奮しているらしく、顔が真っ赤だ。
「いや、叔父貴は最近出かけることが多くて。たぶん、夕方頃か、遅ければ戻ってくるのは夜だな」
「そうですか……」
俺の言葉に対して残念そうに肩を落とす少年の体を、もう1人がぽんぽんとたたいて慰める。
「そんなにがっかりするんじゃないの。会いたいなら、この人に伝言かなにか頼めばいいでしょう?」
「あ、はい!お願いできますか?」
面倒だが、期待にあふれた少年の願いを断るほど俺は冷たくなれない。俺はゆっくりとうなずいてポケットから買い物用に使った紙切れとペンを取り出した。
「わかった。名前を教えてくれないか?そうすれば俺から、叔父貴に会いたい奴が尋ねてきたって伝えとくからさ」
「ありがとうございます!僕の名前は、ルカ・ロゼルです」
「あたしはガート・リセナ」
少年:ルカの脇にいた彼女はにっこりとわらって自分の名前を俺に告げた。
「あ、あたしも、あたしも!アデル・シーファン!」
俺にきらきらとしたまなざしを向けていた少女は飛び跳ねながら名前を言った。そして彼女の場所から少し離れたところに立つあの男に声を掛ける。
「ほら、ザック!!自己紹介!!」
「……ザック・ヴァルト」
そいつは面倒くさそうに名前をつげた。相手の態度はともかく、俺は一応全員の名前を書き連ねておくと、もう一度何か書き加えることはないか彼らに尋ねた。
すると、ルカが俺に向かってこういったのだ。
「そうだ。一応僕らの職業も伝えておいてくれませんか?」
「職業?」
こんな年の奴らも働いているのか、といぶかしむと、俺の反応に対してザックが首をすくめながら言った。
「おいおい、まさか俺たちの姿見てわかんないとでもいうのか?」
「?」
俺が首を傾けると、ガートが苦笑しながら付け加えた。
「まあ、わかんないかもね。今仕事道具持ってるのザックだけだし。今日はたまたま仕事がオフだったしね」
「それもそうですね。今日は防具もつけていませんし」
……………まさか。
俺は彼らの職業に対して、とある推測が浮かび上がった。昨日から生活用品を買い足すために街中を出歩いていると、防具や武器を見につけた連中が、何やら聞きなれない会話をしているのが飛び込んできたからだ。
『この間の獲物はてごわかったなあ。あやうく腕を焼ききられそうになったぜ』
『俺なんか、あのごつい尾でつぶされそうになったぞ?』
会話の対象が人間でないことは一目瞭然。しかもその生き物は虎やクマといったメジャーな猛獣でないことも確かだ。となると、この世界において残る生き物はただ1種類……。
そして俺の推測を、アデルと名乗った少女が次の一言で完璧に裏付けてくれることとなった。
「あたし達、ドラゴン・ハンターなの!!」