第一章*平穏な人生…のはずが*
人生平穏が一番。それが俺のモットーだ。
でも…世の中、個人のささやかな願いが叶うほど甘くは無いんだよな…。
「うわわわ!!そっち危険ですよ!!」
「どっちでも同じだろーが!!」
「は、早く逃げましょう!!」
「馬鹿、そっちはだめだ!!」
「さっすがリュウちゃん、勘きくね〜」
「ほんと、助かりますよ」
「だったらこの状況なんとかしやがれ!!」
「う〜ん…それはリュウさんでなくても難しいですよ」
「おまえら…」
「何で俺に頼る!!俺の平穏をかえせ―――――っ!!」
『Dragon Hunter 〜飛翔編〜』
***
俺の名前は高遠 竜……名前の由来は聞くな。親父がドラゴン大好き人間だからなんて、口が裂けてもいいたくねえ。空想の固まりのような男が俺の親父だなんて…。だからといって同じ目で見るなよ?俺は現在ごくごく、ごくごく…(以下エンドレス)普通の高校3年生だ。まあ、周りの連中に言わせれば、普通じゃない部分があるらしいが。
だって、自分で普通じゃない部分がどこだっていわれても検討なんかつくか?普通。
なんならいってもてもいいぜ?俺のプロフィール。
身長は170以上。体重は50Kg以上。髪はまじめに黒(染めるのに金なんか使ってられっか)顔は、はっきりいうとブスでもなければ美形でもない(はっきり言おう。美形って聞くと鳥肌立つんだよ!!)まあ、そこそこ…ではある。
親友は2人。友人は少数。あんまし大勢とざわざわしていると、自分自身わけわかんなくなるんだよ。親友は深く狭く。友人は近所付き合い程度に広く浅く付き合うのが一番さ。
勉強はできるできない以前に大嫌いだ。面倒臭いし、かったるいし。でも生きていくにはやんなきゃならねえから、しかたがなくやっている……ああそうさ、やっているんだよ。
それに、そんなにがっついてやんなくても成績は取れるだろ?これが俺の意見だが……。
どうもこの部分が他人から見ればおかしいらしい。
俺は授業をざっと聞いて、あとはさっと教科書読んでおけば半分は取れる。それにあれだ。
なんとなくわかるだろ?ある程度聞いておけば検討もつくさ。
「…つかねえよ(涙)」
「そうか?」
俺のつぶやきに、大崎 孝太は先ほど返却された期末テストの結果を見ながらぼやいた。
「見当なんか、ぜんっぜんつかねえ。それ、お前だけ!!ああ〜またお袋に殺される〜」
「やればできるって」
「できねえよ!!だろ?綾瀬?」
「…孝太はそれ以前の問題」
「ひ、ひでえ…涙」
孝太は竜の隣に座っている女子:綾瀬 空に一刀両断されていた。
これがさっきいっていた俺の親友と呼べる奴ら2人だ。まあ、大体わかるとおもうけど、俺は根っから人見知りで、人とかかわるのは好きじゃない。でもこいつらは別。2人とはなぜか波長が合う。
おまけにこいつら、俺のことを変人よばわりするくせに、自分たちも変だということを認めようとしない。そもそも2人と知り合った経緯からして普通じゃなかったからな。
***
孝太と始めて出会ったのは春。こいつは入学早々、遅刻・場所間違え・忘れ物といった輝かしい入学を果たしたために、担任は、偶然その場に居合わせ迷子になっているこいつをしょっぴいてきた俺を監視役に任命したのだ(哀れ、その場にいた俺)だがはじめは面倒だった俺も、何かと面白いこいつに結局引き込まれてしまい、挙句親友と呼ぶまでになってしまった。
綾瀬との出会いはもっと変だった。いや、こいつの場合変といってしまっては気の毒だ。だがそういうしかない。品行方正、成績優秀といった、俺から見れば異次元に住んでいる綾瀬との接点が見つかる確率は無いに等しい。なのに、今の関係を築くことができたのは、まったく偶然の出来事が引き起こしたのだった。
入学してから初めて日直をやることとなり、その相手が綾瀬。それで日誌に綾瀬の名前を書くときに下の名前を尋ねたら、さも嫌そうに自分の名前をつげたのだ。気になって理由を尋ねたところ……。
『だって嫌でしょう?自分の父親が空を飛ぶのが夢だったから「空」だなんて…』
つまり2人とも、馬鹿な親父を持った子どもなのだ(しかも綾瀬の親父はピーターパンのように空を飛びたかったらしい……馬鹿親父とはどこにでも生息するんだな)
その日から俺と綾瀬は親近感を持つようになり、そこに孝太が加わり、現在に至るのである。
***
「まあ、今回再試がなかっただけいいじゃない」
「そう…そうだよな!!進歩だよな!!」
「進歩かどうかはわからない」
「あ、綾瀬−っ」
現在は夏真っ盛りの7月。1学期終了1日前で、成績等がすべて返却されたところだった。だからさっきから俺たちは騒いでいたのだ(実際騒いでいるのは孝太だけだが)なぜならば、推薦狙いの俺たちは、この成績が大学進学にかかわってくるからである。
「でも、この成績なら調理学校には十分足りるわ」
「そりゃそうさ!!だってそれに必要な科目、俺大好きだし」
実はこの問題児、何だかんだいってやりたいことはある。調理学校に進学して、弁当屋を開きたいのだ。最初それを聞いた教師達はもっといいところへの進学を進めようとしたのだが、本人の学力と経歴を見て、そのほうが無謀だということをいち早く気づき、専門学校への道へ進むこいつを認めたのである。
(…だったら最初からそうしてやれと俺はおもうのだが。大人の当て付けな考えだけで進路を決めるな)
「しかし綾瀬は相変わらずすげえ。トップだぜ、トップ。本当に、お前の頭って不思議」
「あのね、これで当たり前。あそこの理工学部に進学するならこれくらいはしなきゃ」
学年トップの綾瀬の進学先は某大学の理工学部。正直言うと、綾瀬の当たり前は長い付き合いの俺たちにとって今でも超人の領域に値するものだ。だってそうだろ?入学してからずっとトップに君臨し続ける生徒だなんて。普通じゃねえ。
「まあ、あたしはいいとして…竜はどうするの?どこに行くの?」
「ん……」
俺のあいまいな答えに顔をしかめる綾瀬。
「竜のこの成績なら、それなりの大学にいけるけど…まずはやりたいこと決めなきゃだめでしょう?」
「やりたいことっていっても、なあ」
俺はガシガシと頭をかいた。
「そもそも俺が文系を選んだ理由事態、不順な動機だし。不順な動機で選んだ文系でやりたいことっていわれても……」
俺が文系を選んだ不順な動機。それは文系のほうが『楽』だからである。それを良く知っている2人は、お互いの顔を見合わせてから俺のほうを見た
「それでも。普通にサラリーマンになりたいなら、それなりの大学にいかないとね。面倒臭がりの竜なんかどこにもやとってもらえないわよ?」
「そーそー。面倒くさがりの人間なんて、求められてないぜ?」
孝太にまでこんなことを言われ、俺は面倒くさくなってきたこの話を終わらせるためにヒラヒラと大きく手を振った。
「わかっているって。とりあえず、政経か商学あたりが妥当かなって考えてはいるよ」
俺はさっさと成績表をしまい、鞄をつかんで大きく伸びをした。
「そんなのはいいから、さっさと帰ろうぜ。日が暮れちまうぜ。せっかく夏休みが始まるって言うのにさ」
***
学生にとってもっとも至福の時を過ごせる夏休み。だが、受験・進路が関わってくる俺たちにとって、そうはいかないのだ。
「な〜、竜」
帰り道、さっきの話を引きずる空気を出していた孝太が、出し抜けにこんなことを言い出してきた。
「お前さ、将来先生になれば?」
思わず体をこわばらせる俺。蝉が鳴く音がやけに大きく響き渡る。そして。
「絶対にいやだ」
深く考えることもなくきっぱりと言ってやった。餓鬼のお守りなんてまっぴらごめん。金八先生みたいになれってか?それに、大学で教育課程とったらメチャクチャ忙しくなるじゃねえか。忙しいのは嫌なんだよ。
それをこいつは良く知っているくせに俺に勧めてくる。
「そうかあ?俺は適任だとおもうなあ。お前人を引っ張っていける素質あるし」
「何度言わせるんだよ。面倒くさい奴に教師なんか務まるのか?」
孝太が俺に教職を進めるのはこれがはじめてではなかった。いつからかは忘れたが、とにかくここ最近ずっと言い続けている。
「そもそも俺が教師に適任って根拠は何だよ?勘か?」
皮肉のつもりで言ったのだが、孝太は素直にうなずいた。
「そ。お前その勘で教師いけるよ」
「…阿呆か。勘で教師やれたら世の中の教師はノイローゼになんかならねえよ」
(それはそうね…でも)
2人の会話を聞きながら綾瀬は心の中でつぶやいた。
(竜なら、できるかも。竜の勘って、半端ないし)
***
俺が普通じゃないといわれる理由。それはこの勘だった。何でか知らないが、俺は昔からなんとなく考えたことが百発百中あたるのだ。自分で言うのもなんだが、これまで生きてこられたのは、この勘のおかげといっても過言ではない。
でも、俺はこれを特別なんておもった覚えは無いぜ?
「それじゃあ、またな〜」
「専門学校っていっても、勉強さぼるなよ?孝太」
「わかっているって!!じゃあな!!」
孝太は左の道に、俺と綾瀬はそのまま真っ直ぐ道を進んだ。半ばはしゃぎながら家に帰っていくあいつの姿を思い浮かべながら俺はぼやいた。
「あいつもすごいよなあ。何だかんだいって進路サクサク決めてるし」
「…そうね」
同感、というように綾瀬もうなずいた(たぶん現在の俺を念頭に入れてのことだろう)
実は俺たちはお互いマンション一人暮らしのお隣さんなのだ。だから帰り道をよく一緒になることが多い。
「竜は、夏休み中はずっと勉強?」
「ああ、バイト入れながら。でも今年はどっかいくかも。叔父貴のとことか」
「そう」
「綾瀬は?」
すると彼女は首を振った。
「どこにも。母さんが夏ぐらい自分のところに帰って来いってうるさいけど、行きたくないしね」
マンション前までくると、それじゃあといって綾瀬は俺にいった。
「あたし、図書館いってくる」
「今から?期末終わったばかりだろ?」
すると綾瀬は俺の目の前に仁王立ちになって言い放った。
「受験は油断が命取りになるの。じゃあね」
そういって綾瀬は俺に背中を向けると、図書館へと向かっていった。そんな彼女の後姿を眺めながら、俺ば一人ぼそっとつぶやいた。
「あいつ、少しは気を抜けないのか?…まあ、しかたがないか」
俺はクルリと背中を向け、マンションへと入っていった。
このときから、すでに奇妙な歯車は回り始めていたのかもしれない。
俺の生活どころか、人生をもかえてしまう、奇妙な歯車が。
***
終業式から3日後。
「秀治さ〜ん。お〜い」
俺は親父の弟に当たる叔父の家を訪ねていた。叔父は俺の家から2時間くらい離れただだっ広い田舎に、古い長屋のような家を買って暮らしている。
「……あ〜あ」
俺は家に着くなり、大きく肩を落としたそして。玄関に転がっている空のダンボールの山を踏み潰し、リビングへの道を開拓していく。
「この間片付けにきたばかりだろ?何で2ヶ月ちょっとでこうなるんだよ」
俺はとりあえずリビングに自分の荷物を置くと、そのまま家の奥にある洋風造りの部屋に向かった。他は和室なのだが、ここだけはマンションの一部屋のようなつくりにしてあるのだ。
なぜならば、ここが特別な場所だからだ。
「……やっぱり」
部屋の扉を開けた俺は、書類の山に埋もれた中に、植物のようににょきっと生えている腕をひっぱりあげた。
「…今度は何日こうしてた?」
「……」
返答は無い。腕の主は書類の山から引っ張り上げられても、ピクリとも動かなかった。俺はため息をついて、人間の残骸のようになった男を台所に担いでいった。
この男が俺の叔父:高遠 秀治。へんてこな研究者である。
***
「いや〜、ありがとう」
「…俺が来るまで待っていたのか?」
秀治はニコニコと笑いながらうなずいた。
「あそこから抜け出すのが面倒で」
「………いっそ飢え死にさせればよかった」
俺は暢気な顔に呆れ肩を落とすと、秀治がたいらげた飯の皿を片付け始めた。
「だいたい、重要な研究所だからああいう風にわざわざ改良したんだろ?大事な場所なら、もっと綺麗にしておけよ。何でああなるんだ?どの書類がどこにあるかわからなくなるだろうが」
「ん〜」
まともな返答を期待した俺が馬鹿だった。俺は本気で悩んでいる叔父を放っておいて、皿洗いを始めた。
(まったく。なんで馬鹿じゃないのに馬鹿なんだ?)
なぜ俺がこんなことを言うかというと、本当に、叔父に対してはこの奇妙な言い回ししか表現することばが見当たらないのだ。叔父は10年前まで、世界的な科学者になると評判なくらい、みんなから大いに支持されていた。なんでも、時期ノーベル賞は楽に取れるぐらいだったらしい。
それが何をどう間違えたのか。はたまた何が起こったのか。原因はいまだにわからない。叔父は10年前に突然タガがはずれ、俺の親父のように、変人の領域に足を踏みいれてしまったのだ。
そしてこの10年間、常人(もちろん俺も含むぞ)には理解できないような代物を作って日々暮らしている。まあ、収入のため、時々政府の仕事も請け負っているから、一応ある程度の理性は頭の片隅にあるのだろう。
……何を作っているかって?だからいっただろうが。常人には理解できねえって。
「そういえば竜」
皿洗いをし終えた俺に、叔父ののんびりとした声が響いた。
「今回は、何日ここにいるんだい?」
「……ここが片付くまでだから、1週間ってところだな」
「ええ〜」
秀治はまるでだだをこねる子どものような声を上げた。
「もっと居ようよ〜」
「……受験生なめてんのか?」
俺の言葉に、叔父はチッチと指を振った。
「竜なら問題ないよ。兄さんの子どもで僕の甥なんだから」
こんな変人にそんなこといわれたら、逆に不安要素が増すだけだ。
(だからしかたがなく勉強しているんだよ)
とにかく、とリュウは叔父に指を突きつけた。
「しばらくはここにいる。だから、片付けとかは俺に任せて、さっさと請け負った仕事すませろ」
そう言い放つと俺は、早速玄関の掃除(開拓作業)をはじめるために部屋を出た。
***
「…まあ、いっか」
秀治は一人、散らかったリビングでなにやらたくらみごとを頭の中で繰り広げていた。
「今回の実験、巻き込んじゃったら巻き込んじゃったで、それを期に全部説明すれば」
***
「まったく、ダンボールぐらいつぶしておけよな」
俺はまず、山積みになっている空のダンボールから片付け始めた。ダンボールをつぶし、平らにして紐でしばっていくという行動をただただひたすらこなしていく。
その作業を約1時間続けると、ようやく家の床が現れてきた。
「…はあ」
たかがダンボール。されどダンボール。疲れることに変わりはない。俺は最後の仕上げとして、ダンボールの束を入り口の横に積み上げた。
「あとは、掃除機をかければいいか」
「竜〜」
掃除機を出そうとしたその時、急に叔父の声が響いてきた。
「ちょっといい〜?」
俺は首をかしげながら叔父の部屋へ向かった。
「何だよ?」
「あ、やっちゃった」
「は?」
次の瞬間、目も眩むような閃光が部屋の中を満たし、あっというまに俺と叔父貴を包み込んだ。
そして
その後部屋に残されたのは、部屋に舞う書類と、奇妙な機械だけだった――――――――――。