刑事と患者
「院長は所用で出ておりますので、代理でわたくしがお伺いいたします」
受け取った名刺の肩書をみて、壮年の刑事は少しばかりの動揺を顔に表した。
応接室を兼ねる院長室は、南向きの窓を背後に大型デスクと重役椅子、その前に向かい合わせのソファーセットというありきたりな造りである。
そこで待ち受けていたのが妙齢の女であったことに怪訝さを隠さなかったことからも、刑事が七星を助手か何かだと思っていたことは明白である。
「これは失礼いたしました。警視庁から参りました、久坂部〈くさかべ〉と申します。例の集団昏睡事件を担当しております」
進めた座に腰を下ろした久坂部は、捜査の現状について手短に話した。
「端的に言うと、手詰まりです。患者同士の共通項はどうしても見つからない。
世間で騒がれている、新興宗教やドラッグの線でも調べましたが、そこまで全国津々浦々を制覇できる組織や密売ルートがあるわけがない。
なんてったって、一日に二回の定期船が行き来するだけの孤島に住む少年までもが昏睡している。全校二十人に満たない島の中学校に通う少年が、ですよ。
原因はどうやら人の手の介する外にあるようです」
「なるほど。それで身体的、精神的な病因を、と」
原因が他者からの干渉でないなら、患者自身にあるということだ。
「そうです。患者同士の社会的な繋がりを見つけることができませんでしたが、彼らをひとりひとりプロファイリングしていくうちに面白いことが分かりました」
それには、七星にも心当たりがあった。
「患者たちの気質、生活態度、友人関係、趣味などが類似している、と?」
「その通りです。やはり顕著ですか?」
「多数の患者の家族と面会し、患者の普段のようすなどを伺いました。すると、ある一定の指標が定まってきます」
面会に来るのはほとんどが未成年の母親だった。
『大人しくて、いい子だった』だとか、『真面目で』『先生からの評判はよく』『口数が少ないけど優しくて』『他人を傷つけたりしない』『恥ずかしがり屋』『目立つようなタイプではないけれど』『内気』『マイペース』『趣味に没頭するタイプ』『ゲームが好きで』『二年前から不登校』『いじめを受けていたかも』等等。
ある三十五歳男性患者の母親は吐き捨てるように言った。
『いい歳していつまでも働かずに、家でパソコンばっかりやってたんですよ。いわゆるニートってやつですね。身内の恥です。それがある日、食事にも出てこないから、妙だと思って見にいったら、眠りこけてるじゃありませんか。そのときは放っておいたけど、それが三日も五日も続くから、揺り起してみたらダメで……救急車を』
「例えば、地味、内向的な性格、いわゆるオタク趣味を持っている」
久坂部刑事は頷いた。
「患者が通っていた学校や、職場でも聞き込みを行ったのですが、やはり親しい友人関係を作っていなかったり、ビジネスライクな関係以上の話がない。
恋人がいる確率もゼロに等しい。既婚者もゼロです」
「人間関係の構築が下手な人間が多い、と」
「ネットゲームに没頭している人間も多かったですね。ただ、みなが同じゲームをやっているわけではないし、全くやってない人間もいる」
「この病院の患者には、少なからずいわゆるニートや不登校児が含まれているようなのですが、その件については?」
「確かに、比率としては多いです。しかし、逆にとんでもなく身を粉にして働いていたような人間や、真面目一辺倒で通ってたような人間も多いのですよ」
久坂部刑事のひととおりの話を聞いているうちに、七星は自分の憶測が真実味を帯びていくのを感じていた。
だが、あまりにばかばかしすぎる。この場で口に出すのは憚られた。