集団昏睡事件
西暦2013年、日本全国で若者が眠り続けて目を覚まさない、という事件が立てつづけに起こっていた。
この謎の集団昏睡患者は、全国で二万人以上確認されている。
各県の県立病院では、巨大な病室いっぱいにそういった患者のベットが並べられているという。そうでもしないと、とても設備も人手も追いつかないのだ。
東京をはじめ、特に患者の多い京阪神では専用病院まで現れていた。無機質な病棟の各階、各部屋に昏々と眠り続ける患者たちが詰めこまれているというから不気味だ。
もはや社会問題となるほど事態は深刻であった。
患者たちは各々に面識はなく、年齢や職業もさまざまだ。
十代後半から二十代前半の男性が最も多く、三十代前半男性、十代後半の女性などがそれに続いた。
個々の遺伝子疾患なども調べたが、染色体異常、発達障害、癌発生率、糖尿病、アレルギーなど、多少の差異はあれ目を引くような異常は見られない。
発生地域も、一見都心部に集中しているように見えるが、それは人口比率を考えれば明らかなもので、やはり全国に偏りなく起こっている。
どう考えても共通点の見つからない若者たちが、一向に眠り続けている。
マスコミなどはこれを新興宗教や覚せい剤のせいだと煽りたてて、オカルトめいた都市伝説を日々報道する始末だ。そのせいか、この集団昏睡患者に対する世評は悪化の一途をたどっていた。
精神科医の七星裕輝〈ななせ ゆうき〉は若手ながらに、郊外に設置された集団昏睡患者用病院の副院長を任されていた。
二十九歳という異例の若さでの抜擢には、ひとつは彼女が優秀であること。もうひとつには誰もやりたがらない、という理由があった。研究対象としては奇異の目でもって注目を集めてはいても、その治療となると臆する者が多いのだ。