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19話【慟哭】

 アルバさんにパウダル湿地帯で拉致され、上空からの見慣れない景色に戸惑いながらも道案内を頑張ったと思う。

 魔族と一緒にお空でデートだなんて誰かに見られたら、正直笑えない。

 砦近くを飛んでるときは、いきなり弩弓で射られるんじゃないかとヒヤヒヤした。


 やっとのことで目的地に到着したら、『下りろ(※背中どーん)』とか言われて大空ダイブ。

 ライムが地面との間でクッションになってくれたから良かったものの、登場時に骨折するとか正直笑えない。


 ちなみに、ルークはグリフォンで運べなかったので置いてきた。後で必ず迎えに行くとは言っておいたが、俺を見る目つきはヤバかったね。まるで魔物のような鋭い眼光だった。



 さて……ここに来るまでの間に、アルバさんから最低限の情報収集をすることには成功している。放っておいたら何も話しそうになかったので、振り落とされるのを覚悟で質問してみたのだ。


 要点をまとめると、アルバさんの知り合いの魔族が特殊な能力を持っており、俺のことを知って興味を持ったらしい。その魔族はかなり性格が屈折しているらしく、俺の周囲の人間に被害が出る可能性が高いとのこと。


 迷惑な話だが、魔族と関わりを持ってしまったのは俺なので文句は言えないだろう。こうしてアルバさんが危機を知らせてくれただけでも良しとすべきだ。


「なんとか間に合ったみたいだね~」


 尻を擦りながら立ち上がった俺に、いつもの口調で話しかけてきたのはシャニアだ。


「シャニアか……って、ベルガがなんでここに!?」


 彼女の隣に存在感を隠そうとしない緑髪の巨漢の姿を認め、反射的に声を上げてしまった。 


「わたしもついに身柄を確保されちゃったわけだよ。まあそれはいいとして……君、今の状況わかってる?」


 うん、まだ状況はよくわかっていないが、とりあえず目の前に怪物がいますね。

 なんというか、色々な魔物を混ぜ込んだような異様な化け物って感じだ。てっきりアルバさんが教えてくれた魔族がホームを襲っているのかと思ったんだが、違うのか?


「くっく、ようやく会えたなぁ、セイジ」


 お、おう。喋った。流暢な言葉遣いで会話しようとしてるぞ、この化け物。

 ついに俺のテイムスキルもここまできたか。ん、でもなんで俺の名前を知ってるんだ?


「えっと……誰?」

「あれはおそらく魔族だよ。しかも極大スキルを所持してる可能性が高い。たぶんだけど……《暴食》かな? 喰べた者の身体能力を自分のものにできるのと、あとは記憶なんかも喰えるみたい」


 困っている俺を助けるように、シャニアが補足説明を入れてくれた。

 ああ……なるほど。アルバさんがゴニョゴニョと言葉を濁していたが、きっとこいつに記憶の一部を喰われたことで俺のことを知られてしまったんだろう。


 身体能力を自分のものにできる……というのは、ちょっと憧れる。

 何百種類もの魔物を喰らい尽くし、最強の合成獣(キメラ)の身体を完成させるのはロマンだろう。


「――ずいぶんと悪趣味な格好をしているな、ディノ」

「……ほう、こりゃあちょっと驚いたな」


 遅ればせながら登場したのはグリフォンに騎乗したアルバさんだ。化け物も赤い眼をわずかに細めて、銀砂の髪をなびかせる魔族を見つめていた。


「お前が人間の味方をするとは思ってなかったぜ。甘いところはあるが、魔族を裏切るような真似をするやつじゃないと信じてたんだが」


 化け物の輪郭がぼやけ、ゴキュッ、ベキョッという荒々しい音が鳴り響く。ものの数秒で化け物は姿形を人間型に変化させた。浅黒い肌に大きな身体、頭部に角が生えたりしているが、魔族らしい背格好になったといえるだろう。


「別に味方をしたわけじゃないさ。お前が捜している人間を見つけたから、こうして目の前に連れてきてやったまでだ」

「そりゃあ嬉しいね、あとで詳細をゆっくり聞かしてくれ。念のため言っておくが……これ以上の”邪魔”はするなよ」

「安心しろ、大人しく見ているだけにするさ。結果がどうなろうともな」


 ふむ……アルバさんとディノとかいう魔族はどういう関係なんだろうな。

 などと悠長に考えている場合ではない。まずは状況を整理しよう。


 ディノという魔族は俺を狙っていたはずだが、皆と交戦した形跡がある。アルバさん曰く、リムに対しても何か良からぬことを企んでいそうとのことだったが……

 幸いなことに、少々怪我をしているものの全員無事のようだ。リムにも目立った外傷はなく、戦闘時の緊張からか身体を小さく震わせている。


 ん? なぜか夜鳴きの梟の団長と副団長であるミラさんもいる。

 というか、ミラさんの素顔を見るのは今日が初めてなんだけど、やっぱり似てるな。もしかすると親子の感動の再会とかあったのか? 出遅れた感が半端ないっす。


「……あれ? なんかシャニアは戦ってた感がないんだけど?」

「そりゃ、わたしは戦ってないからね」


 ビシッと親指を立てた少女は、胸を張って答える。鱗で装飾された服は綺麗なままであり、隣にいるベルガも仁王立ちからポーズを崩そうとしない。


「いや~、こっちにも色々と事情があるのさ。ごめんね」


 お、おう。そりゃ、こちらの我儘で遺跡に残ってもらってたわけだし、皆と一緒に戦うのが当然だというつもりはないけど。


「基本的に、この戦いにわたしたちは手を出さないから、君に任せた」

「えぁ!? わ……わかった」


 シャニアが戦えないということは、何か理由があるのだろう。今は詳しく詮索している時間もないため、納得はしていないが頷きを返した。


 大昔にヒューマンが賢竜に喧嘩を売って全滅させられた真実の歴史を思い出し、ひょっとしたら竜人(ドラゴニュート)は魔族よりヒューマンのほうを嫌っているんじゃないかと邪推してしまったが、普段のシャニアの態度を見ているとそれもなさそうだ。

 ならば、相手が大罪スキルを所持していることに関係があるのかもしれない。


「竜人、ねぇ……面白そうだが……うさんくせえ連中だ」


 シャニアを一瞥したディノの表情は、興味惹かれる対象に向けられるものであったが、なにやら別の感情も含まれているようだった。


 ――――だからかもしれない。


 すぐ後ろまで、獣人の少女が接近していることに気付けなかったのは。


 無言のまま、強く息を吐き出す音だけが響く。

 蹴り飛ばした反動で自分の脚がどうなってしまうのか、そんなものをまったく無視した渾身の力を込めた蹴りだった。

 それはディノの側頭部にめり込み、人型に戻ったとはいえ巨大な身体を吹っ飛ばすに十分な威力を発揮した。


 野生の獣の機敏な動きというのは、しなやかな筋肉から生み出される爆発的なエネルギーによって可能となる。筋繊維の一本一本が余すところなく働くことで、見惚れるような流麗な動きとなるのだ。

 リムを獣と同一視するわけではないが、蹴るという動作が美しいとさえ感じられたのは、獣人のしなやかな身体を一切の無駄なく使いきったからだろう。

 それほどに、見事な蹴りだったのだ。


 蹴り抜いた反動で革の脛当てなどは破れてしまっているし、血も滲んでいる。

 しかし、リムがそこで動きを止めることはない。


「よくもっ……あなたが……お前が! 村の皆を殺したんじゃないのっ」


 大木に叩きつけられたディノに肉迫し、倒れることを許さないとばかりに拳が連続して捻じ込まれていく。


 魔族やドラゴニュートの身体は強靭だが、獣人も魔法が苦手な者が多い反面、身体能力に優れるという特徴を持っている。それが魔族に匹敵するかと問われればすぐには頷けないが、今の光景を目の前にすると肯定してしまいそうになった。


「はぁ……はぁ……――痛っ」


 体術戦闘用のグローブを装着しているものの、度重なる衝撃にリムの拳が悲鳴を上げた。

 ディノの顔にめり込んだ拳からは、殴られた者と殴った者の血が混じって流れていく。


「……効いたぜ」


 ディノは眼前の少女の腕を掴み取り、流れる血を舐め取ったかと思うと、不気味に嗤った。


「きゃあああああああ!!」


 響く悲鳴。

 突如、ディノの腕だけが刃物のように変形してリムの腕を貫いたのだ。


 肩から肘にかけて深々と突き刺さったそれを、リムは必死に引き抜こうとしているが、簡単に抜けないように返しが付いているようで、ディノは足掻く少女の姿を楽しむように見つめている。


「――悪趣味なんだよっ!」


 悲鳴を皮切りに、リムの動きに見惚れてしまっていた自分を叱咤しつつ、足を動かす。


 脆弱なヒューマンの身体であったとしても、身体能力強化スキルで常人を遥かに超える動作を可能としているため、蹴り飛ばした地面からは破裂音が響いた。


 一瞬でディノまで接近した俺は、少女を宙に吊り下げている腕を斬り飛ばすべく剣を振るう。

 白銀剣の一閃は、硬質に変化している魔族の腕をも容易に分断した。


「おっほぅ! 以前よりさらに化け物じみた動きになってんじゃねえか」


 地面に落下するリムを抱きかかえ、距離を取ってからディノへと言葉を返す。

 こいつとは初対面だが、以前……というのはアルバさんの記憶で見た俺のことか。


「そっちのほうが化け物でしょう、ホント」

「くっく、違えねえな」


 こうして会話している間にも、ライムがすでにリムの治療を開始している。あの程度の傷ならばすぐに完治するだろう。


 さて、と。


「……待って。そいつだけは、あたしがやっつけないと」


 双剣を構えた俺に制止の声をかけたのは、他ならぬリムだった。


「そいつが……村の皆を、お母さんの記憶を……」


 ……もしかして、こいつがリムの村を襲った張本人なのか? アルバさんと以前戦ったとき、そういうことをしそうなやつに心当たりがあるとか言っていたが……なるほど。

 あの化け物の姿から元の魔族の格好に戻ったことで、リムが逆上して殴りかかったわけだ。


 しかし……母親の記憶?


「どうやら、俺の団を支えてくれていた副団長様がその娘の母親だったらしくてな。記憶喪失を治す手がかりを探していたんだが、とんでもない化け物に遭遇しちまったもんだ」


 夜鳴きの梟の団長が、いつの間にか隣に来てボヤくように呟いた。

 俺がリシェイル王国に出掛けている間に、なにやら色々と進展があったらしい。置いていかれた感はちょっとあるが、ミラ……いや、ミレイさんが生きていたのは素直に喜ぶべきことだ。


 それに、ようやくわかってきた。

 ミレイさんの記憶は、ディノが遊び半分に『喰った』のだろう。やっと再会できた母親が自分のことを覚えていないのは、リムにとってどれほどショックだったか。

 だからこそ、さっきの怒りにつながったのか。


「にしても、面倒な相手だわ。斬っても突いてもすぐに再生する」


 舌打ちしているのは、レイだ。

 シャニアが言うように『暴食』の極大スキルを所持しているとすれば、そして本当に喰った相手の身体能力を自分のものにできるとするならば……おそらく再生力の強い魔物を喰いまくったと推測される。他にどんな能力があるのかもわからないため、油断はできない。


 自らの手で罪を償わせてやるというリムの想いはわかるが、一人で挑むのは無理があるだろう。


「無理しないほうがいいよ、リム。こいつも来たことだし、皆で袋叩きにして再生できないぐらいボコボコにしてやろ?」


 なんだかちょっとだけリムと仲良くなったように感じられるレイが、そんなことを言った。


 うん、そうだな。皆で袋叩きにする。俺もそれが正しい行為だと思う。


「おーお、物騒なこと言ってんなぁ……俺を殴りたいって言ってんだから、好きにさせてやれよ。外野はそろそろ……黙っとけ!」


 今度は何をするのかと思いきや、ディノは耳障りな呻き声とともに、喰い過ぎた食塊を体外に排出するかのように『何か』を吐き出した。


 毒々しい色合いの吐瀉物は、およそ生物とは思えない形をしているのだが、もぞもぞと動きを見せるため気持ちが悪い。蜘蛛の脚やトカゲの尻尾、猿の頭や蟷螂の鎌など、色々なものが混ぜ込まれて薄い膜で覆われているような物体だ。

 そんな奇怪な物体がいくつも吐き出され、ついには『ギィギィ』と薄気味悪い鳴き声を上げ、膜を破って出てくるではないか。


 ……こんなこともできるのか。すごいとは思うが、ちょっとこれは真似したくないな。


「……ふぅ。外野はこいつらと遊んでろ」

「ちょ、気持ち悪い! 近づかないで、遊ぶならレンのほうに行きなさいよ!」

「いや、オイラもこういうのはちょっと……うわ、飛んだ」


 生まれ出た魔物の群れは、すぐさま俺とリム以外の人間へと襲いかかった。魔物の大きさや形は個体によって異なるが、どれも動きは機敏である。


「さあさあ、どうしたよ? 俺を殴るんじゃなかったのか?」


 リムの拳が強く握り込まれ、ぎりり、と革のグローブが音を立てた。それでも直情的に突進しなかったのは、彼女の理性が警鐘を鳴らしているからだろう。


「なんだよ、面白くねえな。さっきの勢いはどうしたってんだ? ああ、そうだ」


 怒りの感情を必死に抑え込んでいるリムを見て、ディノはさも思い出したかのようにニタリといやらしい笑みを浮かべ、言葉を続けた。


「あの魔物な、俺が今まで喰ったやつらを適当に合成して作り上げたモンなんだが……”混じって”ないといいよなぁ」


 一瞬、言ってることの意味がわからなかった。


「くくく、もしかすると……お前が仲良くしていた『村人』の身体もちょっとぐらい”混じって”るかもしれねえなぁ」

「なっ……」


 俺は思わず、声を漏らしてしまう。

 それはつまり、リムの故郷を襲ったとき、こいつは……


「ゆる、せないっ……殺してやる!」


 怒りが頂点に達したのだろう。ディノに向かって一直線に駆けていく少女は、瞳に涙を浮かべていた。


「待て、リム!」


 声を上げ、俺も同時に駆け出す。


「焦んなよ、お前の相手はそいつだっ」


 さっき吐き出した魔物はすべて周囲の皆に襲いかかっていった。もう近くには残っていないはずだが……まさか!?


 地面に転がっていたディノの腕が突然膨れ上がった。さっき斬り飛ばした腕が生命を宿したかのようにビクンと動き、異形の化け物へと変貌する。


「こんの……どけっ!!」


 俺の行く手を阻む魔物へと剣を振るうのと、リムが憎い仇へと飛びかかったのは、ほぼ同時だった。


 いくら極大スキルによって生み出された強力な魔物といっても、俺にとってはわずかな足止め程度にしかならない。いや、あいつの目的は最初から足止めだったのか。軟体生物を連想させる魔物は身体をこちらにまとわりつかせてくる。


「よくもぉぉ!!」


 怨嗟の声とともに、リムは何度も拳を振り抜いた。

 対してディノは先程の不意打ちのときと異なり、身体全体を硬質化させているようで、ほぼ無傷だ。


 それでも獣人の少女は諦めず、全身全霊の力を以って攻撃を打ち込んでいく。


 治療したばかりの腕からは血が流れ、拳が割れ、舞っている血飛沫の全てが自分のものだとわかっていても、リムは攻撃の手を緩めなかった。


「い、……やだ。絶対……負けたく、ない」


 しかし、そんな余力など一切考えない猛攻が長く続くはずもなく、流れ出る血液とともに徐々にリムの身体からは力が失われていく。


「ああ、その表情はいいな。わざわざこんなとこまで来た甲斐があったってもんだ。絶望に染まった顔ってのも悪くないが……その必死に頑張ってる感じなんかも、結構好きだぜ」


 ディノは満足したかのように顔を歪ませ、ゴキ、メキャと身体を変形させていく。

 人間を丸呑みにできるほどの化け物へと変化したあと、眼を弓なりにして言葉を吐いた。


「げふ……がふ、ははは。わりと好きなんだよ……そんな表情をしたやつを――喰うのがな」


 化け物の大きな(あぎと)が、グバァッと反り返るほどに大きく開かれた。

 口腔内は鮫のように小さく鋭い牙が何重もの列を成しており、獲物を食い千切るのに最適な形状をしている。


 やめろ……


「邪魔……だ!」


 まとわりついていた魔物を自分の身体ごと焼き払い、怯んで離れた隙に剣を振り下ろす。

 

 恐怖を具現化したような化け物を前にして、リムは無言で拳を前に突き出した。

 速度が半減し、威力も失われた拳が、ゴツンッと無骨な音を立てる。

 そのとき、彼女はどんな表情をしていたのだろうか。


 

 ――――次の瞬間、バグンッと大顎が勢いよく閉じられ、グヂャリ……という肉を咀嚼する音が響いたのだった。





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