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16話【邂逅×2?】

 いつからだろう? 私があいつを毛嫌いするようになったのは。

 私の父親とあいつの父親は昔から交流があったらしく、自分たちの子供が魔族として優秀な戦闘能力を有していることを喜び合い、将来の伴侶として決めてしまったのだ。




 ――最初に顔を合わせたのは、まだずいぶんと互いに幼い頃だった。

 当時はよくわからなかったが、仲良くしなさいと言われた手前、そう邪険な態度は取らなかったと思う。


 街からちょっとだけ離れた場所まで二人で遊びに行き、途中までは普通に楽しんでいた。


「あれ、そんなところで座り込んでどうしたの?」

「この子の親……他の魔物に殺されちゃったみたい」


 この辺りでは少々珍しい白い毛玉のような魔物――モルフの幼体が、血に染まった毛玉に寄り添って動かずにいた。赤く変色してしまっている大きな毛玉は、きっとこの子の親だろう。

 強靭な魔物が数多く存在するこの土地では、魔物同士の争いも珍しいことじゃない。


「まあ、しょうがないさ」

「でも……この子がちょっと可哀想」


 魔物をテイムすることができる私にとって、仲良くなった魔物は友達なのだ。

 このモルフの幼体も、私に懐いてくれるなら連れ帰って世話をしようと考えていた。


 その矢先――


「そうだ。ぼく、いいこと思いついたよ」


 名案を閃いたとばかりに、声高にそんなことを口にしたあいつは、ゆっくりとモルフの幼体に手を伸ばした。

 もしかすると私と一緒で、連れ帰って世話を――


 ばき、ぺきぺき、グシャ!


 柔らかな毛玉を掴み取り、あいつは表情を一切変えることなく、幼体を握り潰した。

 いや、それだけではなく、すぐさま殺した幼体を丸呑みにしてしまったのだ。


「な……に、を」


 突然の出来事に声を震わせながらも、なんとか質問する。


「ん? ああ、ちょっと待って。先にこいつも……と」


 さっきの軽い音と比べて、やや重低音を響かせながら、あいつは血に塗れていたモルフの親をも『喰って』しまった。

 ゴリゴリと咀嚼されていく生々しい音が耳朶にこびりつき、身体が少しだけ震えた。


「んぐ……ぐ、うえっ! ちょっと古くなってたけど、なんとかいけるかな」

「あ、なた、なんで……」

「いや、あの子供が可哀想だって言ってたから。親に会わせてやろうと思ってさ」

「は? ちょっと、意味が……」

「きっと今頃は楽しくやってるよ。ぼくのお腹の中で」


 そう言って一切の悪気もなく、にかりと笑ったあいつの顔はいまだによく覚えている。


「最っっっ低!」


 叫んでから、私はあいつの顔を叩いた。

 まあ、最悪のファースト・コンタクトだったといえるだろう。

 それからというもの、私はあいつを避けるようになっていった。


 魔族にとって人間は敵。それは別にいい。普通のことだ。

 残酷な方法で人間を殺すのは悪趣味であり、けっして好きになれない部分であるが、私が本当の意味であいつを避けているのは、もっと根っこの部分だと思う。


 魔族のなかでも特に暴力的……そういった表面上にみえるものとは異なる、もっと別の何か。

 上手く言い表せないが、乱暴者という仮面の下に覗く、相容れられない異物。




「――いいねえ。楽しみになってきやがったぜ!」


 そう口にして一瞬で目の前から姿を消したあいつは、手当たり次第に情報を集めるだろう。

 記憶を喰うなんて能力が使えるとなれば、居場所が突き止められるのも時間の問題だ。


 私は……どう動くべきか。

 別にあの日のことを直接話したわけではないし、あの少年への借りは前の協力要請で清算した。

 あとは殺されようがどうなろうが、本人の運次第だろう。

 ヒューマンの少年にそこまで肩入れする必要は……ない。


『名前を知ってると、情が移るっていいますからね。――俺の名前はセイジ・アガツマです』


 殺し合いの直後だというのに、横腹を私の弓矢で貫かれているというのに、無邪気な顔で挨拶なんかして。魔族の私に名乗ったりするから、今回みたいな目に遭う。


『自己紹介は済ませた気が……あ、もしかして忘れちゃいましたか?』

『よかった。覚えててくれたんですね。よろしくお願いします――アルバさん』


 ついこないだ自分を殺そうとした相手を信じて、面倒なことを押しつけて。

 考えが甘すぎるのだ。 


 ああ……だけど、あの少年が本気で怒った眼はなかなか良かった。

 少年ではない、きちんとした『男』の眼だった。

 一緒にいた獣人の娘を殺そうとしたときの気迫は、構えた武器に自然と力を込めさせられた。


 きっと、あの娘は少年にとって大事な人物だったのだろう。

 私が大切にしている友達――グリフォンのルナのように……いや、それ以上か。

 だが、それもまもなくあいつの手によって壊される。

 あいつは容赦しない。おそらく一番の楽しみは最後に取っておいて、まずあちらの娘を狙うつもりだろう。なにやら面白がっていたようだし、どうせ悪趣味なことでも思いついたのだと思われる。


 物理的に、もしくは精神的にか、壊れるところがなくなるまで壊してからあの少年と対面させるなど、あいつのやりそうなことだ。

 そんな光景を思い浮かべると、手に持った槍を気づかぬ間に強く握りしめていた。


 ……くそっ。

 私はいったい何を考えている!?

 いくら気に入らないとはいえ、あいつは魔族で、あの少年はヒューマンだ。

 今ここで動く理由は、ない。


 こんなことで葛藤していると認めたくもないが、しばし身体を硬直させていると、心配そうにルナが近づいてきた。


「ごめん、心配かけちゃったね。ルナ」


 ルナをテイムするのは、一苦労だった。

 やっと仲良くなれて、名前を決めるのにもずいぶんと悩んだ覚えがある。


「名前を知っていると情が移る……か。ふ……ふふ、無邪気な顔でよくいったものだ」


 一度だけ。

 もう一度だけ、あいつに会ってみよう。

 そのときの反応で、どうするかを決める。

 もしかすると、厄介事を持ち込んだ魔族の女の名前なんて、忘れているかもしれない。


「――ルナ、行こう」



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



「おお、本当にあった。人影も見えるが……こんなとこに今も人が住んでるのか? ううむ、意外に快適そうだな。いっそここを……」

「何言ってるんですか。自分たちの拠点ぐらい、自分たちで見つけないと」

「へいへい」


 セイジの拠点――樹海の中にある遺跡の前で、そんなやり取りをしている二人がいた。

 後ろ暗い過去を持った人物は顔を隠したりするだろうが、この二人も分類としては盗賊にカテゴライズされるため、顔を隠すのも納得というものである。


 遺跡を訪れたのは、夜鳴きの梟の団長と副団長。

 それともう一人――ローブをまとった大柄な人物が後ろに控えていた。


「ん? おっ!? あれは……おーい! そこの美人なお姉さん! 久しぶりだな」


 団長が声をかけたのは、遺跡の外で槍の訓練を行っていた獣人の女性――セシルだった。

 熱心に練習していたらしく、汗ばんだ肌に長い髪がところどころ貼りついている。どこか扇情的な格好だ。


「えっと……ああ! あのときの団長さんじゃないか」

「おっと、美人なお姉さんに覚えててもらえるとは光栄だね。できることならこんな覆面なんか今すぐ脱ぎ捨ててやりたいところだ。しっかし、またなんでこんなところに?」


「どーも。こっちにも色々と事情があるんだよ。それで、今日はどんな用? また悪いことでもして森に隠れてるとか?」

「おいおい、冗談言うなよ。前の一件はそっちも事情を理解してくれてるだろ」

「わたしたちは新しい拠点を探してるんですよ。なにやら団長が現在拠点にしている洞窟に飽きたとか我儘を言い始めまして、勝手に旅立とうとするので……仕方なくわたしが付き合わされているという状況です」


「そうそう、急にこの近くを流れてる川を遡っていきたい気分になったわけだよ。まあ、団員全部を連れてくると素早く動けないんで、今回は俺と副団長の二人だけだけどな」

「……お節介な人ですね」


 そんな二人のやり取りを観察しつつ、セシルは首を傾けた。


「ふーん? よくわからないけど、こっちもリムちゃんが聞きたいことがあるみたいだったから、ちょうどいいや。呼んで来るからちょっと待っててよ」

「リム?」


 副団長のミラが、その名前を聞いて不思議そうな表情を浮かべる。


「どうかしたのか?」

「いえ……なんでもありません」


「およよ~? どったの? 誰かお客さんでも来た?」


 珍しく客人でも来たのかと顔を見せたのは、赤髪の少女――シャニアだった。

 のんびりとした声で客人を見回し、彼女にとっては初対面となる二人に挨拶をする。


「な~んか怪しげな二人だけど、セシルと面識があるんなら問題ないのかな?」


 率直な感想を述べるシャニアに、団長が目元を緩ませた。


「そうそう、問題ないよ、可愛らしいお嬢ちゃん。俺らはちょっと寄り道しただけだ」

「えへへ~、ん? 後ろにいるもう一人は……」


 『可愛らしい』という褒め言葉に気を良くしたシャニアだが、ふと二人の後ろに立っている人物へと視線を移す。


「ああ、この人は途中で一緒になったんだよ。なんでも誰かを捜してるとかで、遺跡の場所もこの人が知ってたんだ」

「団長も変に子供っぽい一面がありますよね。そんな古代遺跡があるなら一度見にいきたいって言い出すんですから」

「別にいいだろ。男は大体そういうもんだよ」


 進む方向が同じなら旅の道連れは多いほうがいい、と団長は笑いながら言い放った。


「誰かを捜してて……この場所を知ってた?」


 嫌な予感がシャニアの胸中を駆け巡り、ローブに身を包んでいる人物を注視する。

 すると――


「シャニア様!! ついに見つけましたぞ!」


 ローブが脱ぎ捨てられ、後ろにいた人物の顔が露わになった。

 草原を想わせる鮮やかな緑の髪、紫水晶(アメジスト)の瞳はしっかりと目の前の少女を捉え、筋骨隆々な身体は極限まで鍛えられた武闘家のものだ。


「んっきゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 途端、シャニアは猿のような悲鳴を上げた。叫び終わる前に脱兎のごとく逃げ出そうとした彼女だったが、目の前にズズンっと巨体が立ち塞がる。


「もう逃げられませんぞ! ふんぬ!」

「わ、わわわ!」


 まるで首根っこを掴まれた猫のようにぶら~んと吊り下げられたシャニアは、観念したのかがくりと肩を落とした。


「いや……うん、たしかに全面的にわたしが悪かったのは認めるけどさ~、この扱いはちょっとヒドくない?」

「お叱りなら後でいくらでもお受けしましょう。ですから、もう二度と勝手にいなくならないでください。こっちがどれだけ苦労したと思っているのですか。特別に里から出ることが許されたというのに、こんな問題を起こすようでは、長老議会に報告せざるを得ませんよ?」


「ふっふ~、そこは優しいベルガがなんとかしてくれるんでしょ? だからわたしは護衛にベルガを選んだんだも~ん」

「まったく……あなたという人は」

「でもさ、ホント色々と収穫があったんだって。とりあえず一回わたしを下ろしてよ。もう逃げないって約束はしないけど」


 ぶらぶらと身体を揺らしながら、シャニアは自分を掴んでいる男に放すように言う。




「――なんだか騒がしいみたいだけど、何かあったの?」


 次に顔を見せたのは、猫耳と尻尾を有する獣人の少女――リムだった。

 見慣れない訪問者たちの姿にわずかに警戒心を高めたものの、セシルやシャニアが普通にしている様子を見て穏やかな表情に戻る。


「えっ……と、はじめまして」


 とりあえず挨拶をしつつ、シャニアをぶら下げている巨漢、顔を隠している二人へと改めて視線を向けた。

 団長の横にいる女性――副団長のミラは、口元を布で覆っているために顔全体は見えない。


 しかし――リムはその姿を目にした途端、手に持っていた野菜をごろごろと落としてしまった。

 さっき畑から収穫したばかりで、せっかく土を払ったというのに、ふたたび土まみれになってしまう。

 もしドルフォイがこの場にいれば、叫び声を上げていただろう。


「ああ~、なにやってんのリム。貴重な食材が……って、えっと……リム?」


 シャニアは明らかに様子がおかしいリムに気づき、心配そうに声をかけた。

 獣人の少女はしばらく黙ったまま、やっとのことで小さく声を紡ぐ。


「お……かあ、さん」

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