表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

92/144

12話【プリムでライム】

 さて……カッコをつけたものの、正直どうすればいいのかわからない。

 後先考えずに大口叩くっていうのは、悪くはないけど良くもないと思うわけです、はい。


 そもそも、プリムは何故にこんな状態になっているのか?

 予測される原因の一つは、俺が所持するモンスターテイムのスキルLvが現在のプリムの強さを抑えておくのに不十分であることだ。


 低レベルのときに仲間にした魔物が、急速に強くなって言うことを聞かなくなる。

 これはまあ、わからないでもない。

 しかし、それだとルークのようにスキル譲渡によって強化した魔物も我を忘れて襲ってくるなんて可能性も考えられるのだが、今のところそれはない。

 ルークが時折、俺のことを生肉として見ているなんてのはスキンシップの一環である。


「なあ? ルーク」

『ぇ? ……あ、うん』


 ……うむ。無問題だ。

 そうなると、テイムスキルのLvが不足していると断じるには早いだろう。

 やはり他のスライムと合体したことで、何らかの悪影響が生じたと考えるべきか。


「でも仮にそうだった場合――……おわっ」


 考え込んでいると、ブシュ! ブシュ! と聞き慣れない音を立てて、極細に収束された水鉄砲が眼前を通過していった。

 今は騎乗しているため、ルークが回避行動を取ってくれたのだ。


 ド、ドドッ! ドッ!


 鋭く地面を打ち鳴らす着打音は、水の塊が激突した音にしては重い。

 こんなの、俺が知ってる水鉄砲じゃない……と呟きたくなる威力だ。ただの水も、収束すれば鋭い刃に変わるってことだな。


 モン爺さんのほうも騎獣の白愁が器用に動き回って回避しており、しかも火魔法の扱いに長けているご老人ということで心配はなさそうだ。


「こっちのことは気にするな。おぬしのやりたいようにやるがいい!」


 そんな激励の言葉をいただき、俺はふたたび思考に戻った。

 ふ……む、離れた位置であのように水を極細に収束させるには相当な技術を要するだろう。

 目の前にいるプリムがどれぐらいの強さなのか把握しておかなくてはいけないな。


 俺は《盗賊の眼(ライオットアイズ)》でプリムを見据え、意識を集中させた。


 ――――《元魔法Lv3(189/500)》


「ひ、ひゃくは……」


 くそっ、計測器が壊れてやが……じゃなくて、お、おう。まあ立派に育ちやがって。

 やっぱウチのプリムってばすごい。確実に俺が所持してる元魔法Lvを上回ってるね。


 俺のは《元魔法Lv2(33/150)》だから、比較するとトータル熟練度300オーバーじゃないか。

 他のスキルに比べて成長が遅い(次のレベルに上がるまでの熟練度が多い)元魔法をここまで鍛え上げるとは驚きである。

 合体するのは疲れると言っていたが、それでも頑張ってくれた成果なのだろう。


「……よしっ! まずはモン爺さんが言っていたことを試してみるか」


 すなわち、自分の実力が相手より上だということを改めて理解させることで主従関係を取り戻すのだ。

 結局のところ原因が判明していないため、色々とやってみるしかない。


 俺は大きく息を吸い込み、目の前でブルルンと震える流動体の奥底にまで届かんばかりの大声を上げた。


「プリム! 聞こえてるか? 意識が薄れるっていうのなら、バシッと覚まさせてやる!」


 一瞬だけプリムの身体が止まり、すぐさま攻撃的な意思を示すかのように流動体の身体がボコンボコンと不気味に音を立てる。

 何をするのかと思いきや、プリムの周囲の地面から泥の塊のような物体が盛り上がり、宙へと浮かび上がった。湿地帯の地面は水気を多く含んでいるため、あのような泥となっているのだ。


 ……が、そんな泥塊がパキパキと音を立てて凍っていき、柔らかかった性質を完全に失くしてしまう。


 あれは……土に含まれる水分を一瞬で凍結させたのだろう。

 ぶつけられても子供のお遊びで済むような泥玉が、骨を砕き、命を刈り取る凶器へと変貌した瞬間である。

 土と水の複合魔法……、かな。

 まともに喰らえば痛いじゃ済まない。プリムもどうやら本気のようだな。


 ドド、ドドドドッ!!


 五月雨のごとく降り注ぐ泥氷弾が地面へと深くめり込むような破壊音を響かせる。

 高性能の回避行動を取るルークとて万能ではなく、何発かはこちらに被弾するコースであるが、そんなものは騎乗者である俺が許さない。


 魔法を纏わせた双剣を一呼吸のうちに数回振るい、被弾するはずだった攻撃を全て撃ち落とした。

 自分でも驚くほどに、剣を振るっている腕が軽く感じる。

 弧を描くような剣閃に弾かれて泥氷弾が砕け散る様を見ていると、自分が半円球のバリアに守られているような気さえしてくる。まあ、手動なんですけどね。


 ルーク!

 と、こちらが声を上げるまでもなく、すでに俺の騎獣は真正面にいるプリムへと駆けていた。


 それを感知した巨大な身体はプルプルと身を震わせ、身体の周囲から真っ黒な霧のようなものが溢れだす。

 真昼の陽光を遮り、闇の衣に包まれた空間は一寸先も見えなくなってしまった。


「クォォッ」


 そんな闇の霧を光の奔流で押し流したのは、騎獣のルークである。

 竜の顎から吐き出される光の波が、外敵の視界を奪う闇の衣を切り裂いたのだ。


 とまあそんな感想を抱きつつ、俺が現在どこにいるかといえば――プリムの上空である。

 光が闇を切り裂くと同時に、騎獣の背中から跳躍した俺は絶好のポイントに位置していると言っていい。


 ……とはいえ、どのように攻撃すべきか。

 俺の元魔法はプリムに劣っているが、剣術Lv4とチャージスキルを組み合わせた《多重属性極剣波(シンフォニックレイヴ)》ならば、きっと打ち勝てるだろう。


 いや、そもそも不意をついた上空からの一撃をまともに喰らえば、強化されたプリムとて弾け飛んでしまうかもしれない。

 ここは……あの魔法を使ってみますか。


 ジジ、ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ――と空気を震動させる音は徐々に大きくなり、掌のなかで暴れ回る雷蛇は肥え太っていく。


 成長した雷蛇は俺の剣を呑み込むかのように巻き付いていき……雷を纏う剣の完成である。


「痺れろっ!」


 ――《雷蛇豪破斬(ボア・ブレイク)!!》


 上空からプリム目掛けて一直線に下降し、雷鳴とともに剣を振り下ろした。

 流動体の中に浮かぶ核は傷つけないよう、狙いには細心の注意を払う。


「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 剣の切っ先が弾力のある身体に触れた瞬間、押し戻されるような強い抵抗を感じたが、柔肌を切り裂くようにプツリッと侵入したあとは、抵抗感なく深々と突き刺さった。


 バヂヂヂッ!

 と空気を弾くような雷鳴とともに、紫電の光が流動体であるプリムの身体を蹂躙する。

 ……液体っぽい身体だから電気が通りやすいのかもしれない。


 や、やりすぎじゃないよね?

 水分が蒸発するかのような白煙を上げ、巨大な身体はさっきよりも一層大きく震えてから動きを止めた。


「ほお~、すごいもんじゃのぉ」


 こちらに駆け寄ってきたモン爺さんが、戦いの様子に賛辞の言葉をくれた。

 プリムは魔法の使い手としては一流かもしれないが、不意をついた攻撃などへの対処がまだまだ甘かったように思える。さすがに俺だって、今のプリムに正面から魔法戦を挑む気はない。


「プリム……その、大丈夫か? 意識が戻ってたら返事をしてくれ」


 自分でやっておいてなんだが、スライムにとって命ともいえる核玉は無事なため、大丈夫だろうとは思う。


「…………」


 ……返事がない。ただの屍のようだ。


▼諦めずに話しかける。


「…………」


▼希望を捨てず、もう一度声をかける。


「…………」


▼責任を取って腹を切る。


 覚悟を決めかけた俺の前で、しばらくすると微かな返答のようなものがあった。


『あ……ぅ、ご……』


 プリムが意識を取り戻したのか、流動体の身体の一部がニュウッと伸びてきて、まるでこちらと手をつないでほしいような仕草をしている。


「ああ……悪かった。でも元に戻ってくれたみたいで良かったよ。それぐらい、いくらでも――」


 伸ばした手はプリムの身体に包まれて、その柔らかな感覚が全身に伝わっていく気がする。

 うん……というか、これ気がするだけじゃないね。


「お、おい。おぬし、これはちとマズイんじゃないか!?」

「クォォ」


 『外側』から心配そうに声をかけてくるのは、モン爺さんとルークだ。つまり今の俺は『内側』にいるわけである。

 もっとわかりやすくいえば、手をつなごうとしたら一瞬で身体ごと丸呑みにされてしまい、プリムの中にいるのが現状だ。


 丸呑みプレイとか激しすぎる……とか考えている場合じゃなく、やっべえ。

 プリムはご飯の肉とかを身体の中で消化していたが、このままだと俺も溶かされてしまう危険性がある。

 あ……なんか肌がピリピリするんだけど、これヤバくない?


 外にいるモン爺さんが、俺を助けるために火魔法でプリムの身体を焼こうとしているが、ちょっと待ってくれと片手を上げた。


『ご主人様……聞こえてますか? わたしです』


 意識を取り戻したのか、こちらに語りかけてくる声が聞こえたのだ。


「プリ……ぶ、こべはおばえが?」

『はい……わたしがやりました。でもご主人様を取り込もうというわけではないんです。あれを見てください』


 視線をやれば、目の前にはプリムの核玉がふよふよと浮かんでいる。

 それが不思議な輝きとともに二つに分裂したかと思えば……すぐさま元通りの一つになってしまった。


『一度意識を奪われたことで、わたしのなかにある異物の存在をはっきりと認識できました。他の多くのスライムと合体したせいで、自分以外のスライムたちの意識が蓄積されて混濁しているようです』

「ばぶほど、やっばりな」

『原因と思われる部分を分離しようと試みたのですが、どうやらわたしだけでは無理のようなのです』


 さっき二つに分裂した核玉は、すぐさま元通りになってしまった。

 おそらく分離されるのを拒んでいるのだろう。


『今は一時的なショックで意識を取り戻していますが、それも長くは保ちません。ですから……』

「わがった……まがぜろ」


 ゴボゴボと、身動きの取りづらいプリムの体内を掻き分け、核玉へと手を伸ばせば届く位置にまで進んでいく。

 肌のピリピリした痒みは痛みへと変わり、まず間違いなく溶かされ始めているが、そんなのは関係ない。


 ――俺のプリムを――


 不思議な光を放ち、核玉が二つに分かれた。


 ――返せ!!――


 やや黒ずんだ核玉と、ほのかな温かみのある光を放つ核玉。

 俺は迷うことなく、プリムと思われるほうの核玉を掴み取った。

 こちらがそうだという確信はなかったのだが、自然と手が伸びたのだ。


 元通りになろうとする核玉を強引に自分の胸元へと引き寄せ、体内から脱出しようと試みる。

 逃すまいという意思なのか体内粘度が上がって動きにくくなったが、そんなもので止められるわけ……ない……だろっ!


「ぶはっ!」


 なんとか体内から顔を出し、そのまま外へ出ようとしたところで、胸元で握っていたプリムの核玉がほのかに熱くなり、不思議な現象が起きた。

 流動性のある巨大な身体の半分ほどが、プリムの核玉に引きつけられるようにして分離したのだ。


 つまり、体外に出た瞬間に、核玉だけでなく身体のほうまで二つに分かれたといえば伝わるだろうか。


「はあ……ハア……あっぶな~、このニュルニュルした感じ……やっぱりちょっと溶けたな」

『ご、ご主人様!? ご無事ですか? あの、わたし、ちゃんとわたしです。もう大丈夫です』

「あ、ああ……大丈夫だ。丸呑みプレイも意外と面白いもんだよ」

『プ……レイ?』

「ごめん。今の無しで。本当にごめん」

『はぁ、わかりました……あっ!』


 不思議そうに柔らかな身体を捻っていたプリムが、叫び声を上げる。


 多分そうくるだろうと思っていたが、プリムの意識を奪っていた元凶のほうの個体が、プリムに襲いかかろうとしたのだ。

 逃がさないという執念には凄まじいものがある。


 瞬時に《雷蛇衝(オロチ)》にて迎撃したのだが、雷撃を放ったのは俺だけでなく、隣にいたプリムからも放たれた。


「……え?」


 二重の雷撃に焦がされた相手は、ブルルンと震えて地面へと横たわる。


「え、なんでプリムが雷撃を使えるの?」

『えーと、さっきご主人様からご指導いただきましたので』


 ……そうですか、あれ一回喰らっただけで真似できちゃいましたか。やはりこやつ天才か。


「そ、そっか。ところで……このやたらと凶暴な片割れはプリムなの? それとも別物?」


 これもまたプリムだと言うのなら、討伐するには忍びない。


『いえ、それはもうわたしではありません。プリム姉さんとのように意識の共有があるわけでもないので、完全に別個体といえます』


 ふむ、つまりこれはプリムの意識を奪おうとしていた悪玉の集合体というわけだな。

 所持しているスキルがどうなったのか確認してみると、こいつが持っているのは《元魔法Lv3(10/500)》となっている。

 半分程度はプリムに持っていかれたが、まだ相当な熟練度を有しているといえるだろう。


 ……これを放っておく手はないな。

 雷撃のショックから立ち直ろうとしている悪玉スライムへと、俺は一歩ずつ歩みを進めていく。


 Lv1で『50』、Lv2で『150』……総熟練度『210』――というのは、常人であれば数年……いや数十年の研鑽を積んでやっと得られる経験値だ。


 そんな極上の宝物が目の前に転がっている。

 気を抜けば顔から笑みがこぼれ落ちてしまいそうだ。


 対峙している悪玉スライムは、ブルルンと身体を震わせたかと思うと、各種の魔法を繰り出してくる。

 だが、そんなものは魔法剣で相殺してやった。

 繰り出す魔法の全てを無力化してやると、今までと異なる身体の震えを見せ、ふたたび俺を体内に取り込もうと体当たりを敢行してくる。


 残念ながら……丸呑みプレイは相手によっては不快になるだけだ。

 大きく息を吸い込み、可能な限り速く振り抜いた双剣の軌跡は、悪玉スライムの身体を端から細切れにしていく。


 ――息を吐き終わる頃には、もう俺の膝丈ぐらいまでの大きさになっていた。

 そんな悪玉スライムの身体にグボッと手を突っ込み、《盗賊の神技(ライオットグラスパー)》を発動させてから掴んだ核玉を容赦なく引き抜く。

 やや黒ずんだ核玉はかなりのサイズがあり、鉱山でもなかなか採掘されない大きさだ。


 とまあ、もちろんこれも嬉しいのだが、身体を満たす充実感はそれ以上の悦びを俺に与えてくれている。


 ステータス変化を確認すると、


▼元魔法Lv2(33/150)⇒元魔法Lv3(93/500)


▼モンスターテイムLv2(20/50)⇒モンスターテイムLv2(22/50)


 といった爆発的な成長を遂げていた。

 ……テイムスキルについては、プリムと色々あったから自力で上がったのかもしれない。


 ともあれ、これで一段落だな。




◇◇◇◆◆◆◇◇◇




「――いやはや、本当に良かったのぉ」


 プリムを元に戻すことができて良かったのだが、それを第三者として一番喜んでくれたのは他ならぬモン爺さんだった。

 とはいえ、やはりギルドには報告しなければならないとのことで、他の冒険者に迷惑をかけたことをきちんと謝罪するように言われた。


 まあ、こうしてプリムも無事だったんだ。当事者と一緒に謝りに行こうじゃないか。


『すみません、ご主人様。わたしのせいで……』


 表情のないスライムの身体で、よくここまで申し訳なさを出せるものだと感心する。


「別にいいよ。プリムに指示したのは俺なわけだし」

『あ……それと、一つだけお願いがあるのですが』

「はいよ」

『その、わたしにとってプリム姉さんはプリム姉さんであって、意識が共有されていた分裂体でも姉さんは姉さんで……だから、その、ええと、わたし何を言ってるんでしょう』


 どうした? 混乱しているのか。


「えーと、つまりプリムはプリムだけど、完全なプリムではない、と?」


 おいおい、何回プリムって言うんだよ、俺は。


『あ、はい! そんな感じです。だからその……呼び名を……』


 ……ああ! なるほど。そういうことか。


 とはいえ、いきなり別の名前と言われてもな……

 プリム2号とか付けたら、元魔法を駆使して報復されそうだ。

 うーん。プリムは『プリ』ズ『ム』スライムからとったものだからな。



 ――考えることしばし。


「よし、それなら今からお前は『ライム』だ。安直かもしれないけど、なんとなく語感が気に入った。どうだ?」

『ライム、ライム……はい! とってもいい名前です。ありがとうございます! ご主人様』


 ぴょんと地面を飛び跳ねたライムは、嬉しそうに身体をプルンと震わせたのだった。


「……じゃあ、メルベイルに戻ろう!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ