11話【本音で話せ】
「ほう、おぬしも魔物と意思の疎通ができるとはのう。驚きじゃわい」
メルベイルからパウダル湿地帯へと出発した後、道中で俺がルークと会話しているのを見ていたモン爺さんは興味深そうに声を掛けてきた。
おぬし『も』と言われたように、モン爺さんもモンスターテイムのスキルを所持しており、過去に自分でテイムしたという騎獣に乗って移動している。
一角獣といえばユニコーンを想像してしまうが、綺麗な白銀色の鱗に身を包んだ鹿のような一角獣――シルヴァンディアは、非常に優れた跳躍力を有している騎獣らしい。
その気になれば、低い城壁ぐらい飛び越えてしまうそうな。
「この白愁は、わしがまだ冒険者として活動しておった頃にテイムした魔物でな。もうかなり長い付き合いになるかのう」
どうやら白愁というのが、シルヴァンディアの名前と思われる。
二十年ほど前に冒険者を引退したというモン爺さんであるが、現役時代はランクAにまで昇格した経験を持っているらしく、こちらからすれば大先輩だ。
「モン爺さんは、ギルドで魔物の生態調査なんかをしてるんですよね。いつもこんなふうに動き回ってるんですか?」
現役時代は余裕だったのだろうが、高齢の身でフィールドワークばかりというのは辛そうだ。
「引退してからは遠出をする機会がめっきり減ったのぉ。まあ、わしはまだまだ元気じゃと言うとるのに、息子が止めよるでなぁ」
「息子……さん?」
「そうじゃ。会ったことはないかの? 今はメルベイルの冒険者ギルドでギルド長を務めておるはずじゃが」
「えっと……モン爺さんの息子さんがギルド長、なんですか?」
「そうじゃよ。あやつは冒険者としての素質にはあまり恵まれておらんかったが、そっち方面には向いておったらしい。おかげさまで、わしはギルドの特別顧問として雇われておるわけじゃ」
「じゃあ、一度だけお会いしたことがあります」
以前、レルーノ商会が俺を騙そうとしてギルドに偽の依頼を出したことがあるのだ。
結局その試みは失敗に終わったが、偽の依頼を紹介したとあってはギルドと冒険者の信頼関係に亀裂が入りかねない。そのため、ギルド長から直々に謝罪の言葉をいただいたのだ。
そうか……あのときの人がモン爺さんの息子さんなのか。
「それなら、なぜ今回は一緒に?」
調査という名目であっても、正体不明の大型スライムを相手にするかもしれない危険な依頼だ。
年齢とともに衰えをみせる父親を心配して止めるとするならば、今回こそ引き止めたほうが良かったのではないだろうか。
「いやいや、今回はわしがどうしても行きたいと言ったからじゃよ」
にやりと笑みを浮かべるモン爺さん。その顔には、ところどころ火傷の痕が見受けられる。
「わしがまだ冒険者として未熟だった頃……偶然にも一匹のフレイムスライムを仲間にしたことがあるんじゃ。わしは火魔法の素質に恵まれとったので、それが相手の共感を得たのかもしれん」
モン爺さんが語りだした内容に対して、俺は疑問の声を上げた。
「属性スライムが仲間になるのって、珍しいことなんでしょうか?」
「そうじゃな……難しいと言えるじゃろう。そもそも魔物と意思疎通が可能な人間というのも、それほど多くないからの」
そうなのか。今ここで話している二人がともにモンスターテイムスキルを所持しているのは、かなり稀有なことなのかもしれない。
「さっき言ったように、属性スライムを仲間にするのに魔法の素質が必要じゃと仮定するならば、あまり魔法の素質に恵まれていないヒューマンなどでは仲間にできる確率はさらに低くなるじゃろうて」
なるほど……属性スライムを仲間にするには、テイムスキルと属性魔法スキルの両方が必要となるってことだな。元魔法の所持者は、魔法の素質を持つ者の中でも一握りであるという事実を鑑みれば、プリムを仲間にすることができたのは僥倖だったのかもしれない。
過去に戦ったことのある魔族のアルバさんとかなら、火魔法と風魔法、そしてテイムスキルも所持しているから二種類の属性スライムを仲間にすることが可能なはずだ。
「属性スライムが、危険な状態に陥った際に合体することは知っとるかの?」
「あ、はい」
「わしは、その性質を利用して仲間になったフレイムスライムを強化しようと試みたことがあるんじゃ。合体することで、属性スライムの扱う魔法が増強されるのは知っておったからの」
お、おう。なんてことだ。ここにパイオニアがいらっしゃった。
「それで、どうなったんですか?」
「最初は順調じゃった。じゃが……スライムが成長することで、ある変化が起こり始めたんじゃ」
「変化……?」
モン爺さんは、そこで自らの頭部にある火傷の痕を手で擦る。
「合体を繰り返すことで、たしかに強くはなった……しかし、最初は従順だったスライムがこちらの言うことを聞いてくれなくなり始めたんじゃ」
なん……だと?
「若かった当時のわしは、当然慌てたわい。なにせ自分よりも強くなってしまった相手が言うことを聞かずに暴れ回るんじゃからの……この火傷の痕はそのときのもんじゃ。仲間である魔物に殺されそうになり…………恥を捨てて逃げた時の、な」
どうしよう。嫌な予感しかしないんだけど。
考えられる理由としては、最初に仲間にしたときよりも格段に強くなってしまい、自分が所持しているテイムスキルLvでは従えることができなくなったとか……か?
「情けないことに逃げ帰ったわしは、他の冒険者に助けを求めた。そうして、仲間だったスライムは討伐されたんじゃ……。わしが強くなったあいつを従えるのに十分な力量を持っておったなら、もしかすると違う結果になっとったのかもしれん」
一度は仲間になっているのだから、自分が相手よりも強いことを改めて証明してやることで主従関係を再認識させるということか。
ふむぅ……今現在俺の股間を預けている騎獣はかなり強くなっている。さすがに俺を超えるほどではないにせよ、爪術とか光魔法はLv3に達しているのだ。
そんなルークに反旗を翻されると本気で辛いのだが、今のところ怪しい徴候は出ていない。
俺のことを餌の生肉のような目つきで見てくるのは、ずっと前からのやり取りである。
そうなると……合体することが何らかの影響を及ぼしている可能性も否定はできないな。
俺のことを『ご主人様』と呼んでくれた純粋なプリムに、何らかの変化が起こっているなんてことは考えたくないのだが、俺のプリムに限ってそんなこと……と楽観視はできないだろう。
「――とまあ、そういった理由で、わしは属性スライムにちょっとしたトラウマがあるんじゃよ。おっと……目的地が見えてきたようじゃな」
湿地帯を覆う色鮮やかな水草の絨毯が視界に入り、俺は気持ちを引き締めた。
もしかすると、涙ありの再会で終わりではないかもしれない。
「……ん? 今の話を聞いて思ったんですけど、トラウマになってるなら、なおさらここに来るのは遠慮したほうがよかったんじゃ……」
こちらの疑問に、モン爺さんは苦笑いで返答した。
「……そうじゃな。まだここに来るとちょっと足が震えよるわい。じゃが……今回のケースはあのときに似ておる。どういった経緯でかは知らんが、もし同じような事態が起こっておるんなら、わしは今の自分にできることをしたい。それが……自分の過去を克服することにつながるかもしれんからな」
モン爺さんは、自分が仲間にしたスライムを殺してしまったことを悔やんでいるのだろう。
「討伐よりも捕獲を優先してくれるとありがたい。わしも出来る限りの協力はさせてもらうつもりじゃて」
おそらく、それが一緒についてきた一番の理由だろう。
パウダル湿地帯へと到着し、俺とモン爺さんの二人は騎獣に乗ったまま湿り気が多い地面を軽快に進んでいく。
周りは静かなもので、空を舞う鳥が気ままに鳴いている平和な光景だ。
たしか……プリムには空中へ合図したら来いって伝えてあったんだっけか。
俺はしばし逡巡したあと、意を決してモン爺さんへと話しかけた。
「あの……話しておきたいことがあります」
◇◇◇◆◆◆◇◇◇
「――……なるほどの。おぬしが仲間にしたスライムかもしれない、と言うんじゃな?」
「はい。すみません」
結局、モン爺さんにはプリムのことについて大体のことを話した。
迷惑をかけた大型スライムがプリムであると確定したら、どのみち後でギルドへ出頭して土下座をするつもりだったのだ。テイムした魔物がやらかしたことは、その主人である俺の責任である。
黙ったままプリムを連れ帰り、知らぬ存ぜぬで通すことも不可能ではないかもしれないが、男には頭を下げるべき時というものが存在するのだ。
まあ、後でバレたら、ギルドから除名処分を受けるんじゃないかという気持ちもちょっとあるのは否定できませんけども。
それに、同じような体験をしたモン爺さんならこちらの事情に理解を示してくれるかもしれない。
「ふむ、事情はわかった。わしが言えることではないかもしれんが……怪我人が出ていないのは幸いじゃったの」
死者など出ていれば、テイムした魔物であっても強制的に討伐されていただろう。
「それにしても……なぜこのタイミングで話してくれたんじゃ?」
「モン爺さんの過去を聞いたからですよ。依頼にあった大型スライムがプリムである可能性が高く、かつ凶暴化している恐れもあると聞けば、同行者に事情を隠したまま行動するのは得策じゃないでしょう」
正直に言えばやり辛いし、そのせいでプリムを連れ帰るのに失敗すれば目もあてられない。
「俺は、プリムを殺したくないです」
別に、モン爺さんの過去をどうこう言うつもりはない。
俺はただ、自分の正直な気持ちを口にしただけだ。
「……そうか」
モン爺さんは顔の皺をくしゃりと深め、精悍な冒険者のような快活な笑みを浮かべて親指をグッと上に押し上げた。
――そんなやり取りを経て、見晴らしの良い湿地帯の中心部まで移動した俺は掌に火球を形成した。
ボボボと空気を吸い込んで大きくなっていく火球は、現在の元魔法スキルにおける最高位の威力にまで高められる。
そこからさらにチャージスキルを発動して威力を増した火球は、人間を丸焼きにするぐらいできるだろう。
「せー…の!」
高く高く、打ち上げ花火のように上空へと火球を全力で放り投げた。
拳を握りしめると、上空でバァンッという爆発音が響いて火球が四散する。
「おっほぉ~、見事なもんじゃ」
――さあ……来い!
爆発音のあと、しばし静謐に満たされていた空間へ、奇妙な音が響き渡る。
ポコ、ポコ……ゴボゴボゴボ、と音は次第に大きくなり、それが水中から気泡の浮き上がってくる音だと理解して、俺は水面に意識を集中させた。
大きく水面が盛り上がり、姿を現したのは……陽光の光を反射して煌めくボディである。
六色の輝きは曇ることなく、美しい色合いだ。
『ご……主人、さま?』
「やっぱりプリムだったか。お、おお……こんなに成長しちゃって」
プリムの身体は、軽く人間の二、三人丸呑みできるほどに大きく成長している。通常のスライムが人間の半分以下の大きさでしかないため、いかに巨大であるかわかろうというものだ。
「プリム、俺のことがわかるのか? どこか身体に変なところはないか?」
『あ……あ、わたし、待ってたんです。ご主人様のことを。姉さんが死んでしまって、ご主人様のお役に立てるのがわたしだけになってしまいましたが……それでも頑張ろうと思って』
姉さん……? もしや分裂した片方のプリムのことか。
『ご主人様の言ったように、毎日クタクタになるまで他のスライムと合体してたんです』
待て待て待て!!
なんだかすごく表現に問題があると思うんですけど!
すごく卑猥に聞こえるんですけど!
え、これって俺のせい!? 俺だけ!? 俺がおかしいの!?
そこで、プリムの大きな身体がブルルンと震えた。
『でも……最近は変なんです。なんだか……自分の意識が薄れてるみたいな……ボーっとしてしまうことが多くなって、この前なんて知らない間に怖い人たちに囲まれていて……』
それはきっとプリムと遭遇したという冒険者たちのことだろう。
『なんとか相手に怪我をさせずに逃げることができたんですが……すごく……攻撃的になってしまっている自分がいて……』
俺は隣にいるモン爺さんにプリムとの会話内容を伝えた。プリムとの意思疎通が可能なのは、あくまでテイムした俺だけなのだ。
「ふむ……もしかすると合体を繰り返したことによる反動かもしれんの。合体したスライムの意識がどちらのものとなるのか……数匹、いや数十匹もの意識が混ざったとすれば……」
何やらブツブツと考えこんでしまったモン爺さん。
『こうしてお会いできたのは嬉しいです。でも……わたしのことは放っておいてください。このままだと、ご主人様にも危害を加えてしまう可能性があります。今も……なんだか変な感じで……会えたことが嬉しいのに、気分が高揚しているのに……それが……とても』
大きな身体が、何かに耐えるようにプルルンと震えては、プリムが苦しそうな声を上げる。
『そうだ……もしわたしを放置していくのが心残りだと言うのなら……ここでわたしを殺してください。そうすれば、ご主人様に迷惑をかけることも』
本当に……この子ってば。
健気なのは素晴らしいことだが、俺という人間をわかっていない。
「うん……それ、無理だ」
『え……?』
「さあ、帰ろう。最近さ、なかなか広い家(?)に引っ越したんだ。プリムぐらい大きくても全然余裕だからさ」
『それは工夫すれば……じゃなくて、だから……わたしはこのままだとご主人様まで……あ、ダメです。逃げ、てください。なんだか意識が薄れて……はやく、逃げ、て』
プリムの身体が小刻みに震え始め、さきほどまでと違って止まらない。
『い、や……! やめて! ご主人様……わたし、わたし……こわい』
「プリム……俺はプリムのそういうところ好きなんだけど、たまには言いたいことを口にしてくれたほうが、こっちも動きやすいんだぞ」
『あ、あ……』
やがて震えは止まり、言葉を発しなくなった彼女は無言のままにこちらを見つめていた。
突如、周囲の温度が急速に上昇する。
原因は明快で、目の前にいるプリムが空中に大火球を形成し始めたのである。
狙いは、間違いなく俺だ。
さっき俺が練り上げた火球よりも大きく、相当な熱量を有しているのが見て取れる。
だがしかし、ゴォォッと空気を舐めるような轟音の中で、たしかに聞こえたのだ。
伝わってきたと表現するほうが、正しいかもしれない。
『………………たすけて、ください』、と。
放たれた大火球は真っすぐにこちらへと向かってくる。
――が。
ヒュバッと空気を裂く音とともに大火球は綺麗に真っ二つとなり、後方で爆発四散した。
「さすがの切れ味だな」
白銀剣ブランシュに炎を纏わせて、火球を切り裂いたのだ。
そのまま黒剣ノワールも鞘から引き抜き、油断なく構える。
「……やっと、言いたいことを言ったな」
『ご、しゅ……じん、さ』
「ああ、助けるぞ。そもそもこうなったのは俺のせいだしな。それと……プリムはもうちょっと俺のことを知ったほうがいい」
とてもじゃないが、俺はプリムに尊敬されるようなご主人様になれる自信はない。
「お前は俺がテイムしたんだ。殺してくださいなんてこと言われても、正直困るだろ。もちろん勝手に死ぬのも許さない。お前は……俺のものだからな。もし今後も俺をご主人様と言ってくれるなら、覚えておいたほうがいい。俺は――――強欲なんだよ」