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9話【大空からの報せ】

 《飢えた狂犬(マッドガルム)》という荒くれ者の集まりである盗賊団。

 彼らは街道から遠く離れた山間部を根城としていた。


 スーヴェン帝国は広大な領土を誇り、統治しやすいよう各地域に貴族などを領主として任命し、一つの国としての成立している。

 しかし、自らの利益を優先する者同士が治める土地が隣接していた場合、小競り合いが起こることは半ば必然といえるだろう。


 盗賊団のボスであったドルフォイ・ギブスが住んでいた村は、そんな小競り合いの煽りを食って廃村となってしまったのだ。

 よくある話といえばそれまでだが、彼のことを少しだけ語るとすれば、親の代から受け継いた畑を大切にする良き農夫だったといえよう。


 彼の大きな図体は、それに見合うだけの馬力を発揮した。広い畑を耕し、種を蒔き、丁寧に世話をして、収穫する。生まれつき天候の変化に敏感だったドルフォイは、まさに農夫として天性の才能を持っていたのだ。

 収穫する作物にそれぞれ名前を付けてしまうほどに、彼は自分の育てた作物に愛情を注いでいた。


 だが、そんな日常はあっけなく終わりを迎える。


 兵士たちが騎乗する馬の蹄によって収穫間際の作物は無残にも踏み荒らされ、家を焼かれ、家族を殺され、あげくに倉庫の中にある食糧を全部寄越せと強要されたのだ。


 当然ながら、彼はキレた。


 作業用に使っていた手斧を振り回し、これまで人を傷つけたこともなかった男が半狂乱で暴れ出したのだ。その怪力に数人の兵士が吹き飛ばされたが、いかんせん戦闘経験のない男が武器を手にしても、大勢の兵士に取り囲まれてしまえば終わりである。

 『半殺し』と形容するだけでは生温いほどに痛めつけられたが、それでも彼は死ななかった。


 ――これまで農業に勤しんできた男が、人生を悲観して堕落するには十分な理由だろう。


 ドルフォイはとても人が住めない状態となった村を捨て、盗賊へと身をやつして行動しているうちに、同じような境遇の仲間が増えていった。

 斧の扱いも上達し、そんな集団のボスになったのはかなり昔のことだ。

 畑で鍬を振るうよりも、斧で獲物の頭をかち割ることのほうが得意になってしまった彼ではあるが、実は密かな楽しみがあった。


 根城としている山間部に自分だけの畑を作り、作物を育てていたのだ。

 それは彼の荒んだ心を癒してくれる数少ない存在だった。




「――ああ、俺様の畑は今頃どうなってんだろうなあ……水不足で枯れちまったかもしれねえ」


 鍬でもなく、斧でもなく、つるはしを振りかぶって岩壁を掘るという作業をしながらつぶやいたのは、他ならぬドルフォイだ。

 彼は現在、アモルファス近辺にある鉱山で強制労働という罰を科せられていた。


 ドルフォイが率いる盗賊団を捕縛したアモルファスの領主ティアモは、極刑よりも労働力として活用することを選んだのだ。

 鉱山内部は破砕した岩や土が細かな塵となって充満しており、鉱山夫の身体は汗と土で泥まみれとなってしまう。


「せめてよぉ……同じ泥まみれになるなら畑で農作業でもやらせてほしかったなぁ……」

「……っち! ふざけんなよ。お前があんなガキにやられなけりゃ、俺たちがこんな目に遭うこともなかったんだぞ。それを畑を耕したいとか寝ぼけたこと言ってんなよ」


 ドルフォイの独り言に悪態を吐いたのは、隣で作業をしていた男だ。

 ドルフォイほどには立派な体格を有してはいないが、鋭い目つきで責めるように睨んでいる。

 この男は、ついこないだまでドルフォイの手下として盗賊団にいた男だ。

 先日の手痛い敗北によって、このような状況に陥っていることに不満を爆発させている。


「……ああ? もういっぺん言ってみろ」


 スキルを奪われたとはいえ元々の身体が筋肉の塊のようなドルフォイの腕力は、けっして馬鹿にはできないものである。まさにゴリラが人間の皮を被っているようなものなのだ。

 睨み返された眼光にたじろぎながら、それでも男は言葉を止めようとはしなかった。


「あ、あんたのせいでこうなったって言ってんだよ! そもそも野菜に名前を付けるとか気持ち悪いんだよ! 俺たちが盗賊業で奪った金を、たーんまり落として贔屓にしてやってた酒場の娘……そう、ヘルメスって女だって『なんでわたしの名前を斧に付けてるの? あの人怖い』とか言ってたんだぞ。そんなことだから夜鳴きの梟とかいう考えの甘ったるいやつらの頭なんかに狙ってた女を奪われちま――」

「…………まれ」

「あ、ああん!?」

「黙れって言っただよっっ!! なんだべさっきからオラさのことばっかり悪く言ってよ! おめだって役に立たずに負けじまったでねーか! そっただこと言う資格があると思ってんのけ!?」


 ドルフォイの言葉遣いが急激な変化を遂げたが、これが彼の元々の言葉遣いである。

 盗賊団のボスとして威厳のある喋り方をしようとしてあのような口調となっていたが、もはや必要性は薄い。


 勢いよく、ドルフォイは拳で男の頬を殴りつけた。


「っぐぁ! や、やりやがったな!」


 男は昂った感情のままに応戦しようとするが、強制労働を科されている罪人を監視する立場にあった兵士がすぐさま止めに入った。


「お前たち! そこで何をしている!? む……罪人同士での喧嘩は禁止だと言っただろう。先に手を出したのは……お前か。ちょっとこっちへ来い!」



◇◇◇◆◆◆◇◇◇



 九月三週、風の日。

 ティアモからの依頼を受けて十日程度で、突貫工事による道づくりは終わりを迎えた。

 切り拓いた森から出て、しばし歩けばアモルファスの街が視界に入る。


 俺とリム、シャニアにセシルさんという面子で街へと入ると、俺はリムを伴ってティアモが住んでいる屋敷へと足を向けた。

 シャニアとセシルさんにはしばし休憩してもらい、俺は依頼完了の報告のために、リムは夜鳴きの梟についての新たな情報が入っていないかの確認のためである。




「――はい? 今、なんと?」


 書類に目を落としていたティアモは、依頼書に完了のサインをお願いしたこちらの言葉に耳を傾け、バサバサと書類を机の上に落としてしまった。


「いや、その、鉱山までの道が開通しましたので依頼書に署名をお願いしたく」

「……え~と、ちょっと待ってくださいね。その……最初に期限なしとお伝えしたのは、少なくとも数ヶ月は必要だろうと判断したからでして。まさかこんなに早くに依頼を終わらせるとは思ってなかったと言いますか……」


 冷静沈着がモットーというティアモを驚かせることができたのには、妙な達成感があった。

 さすがに確認もせずに署名するわけにはいかないため、ティアモの部下が確認へと向かったが、こちらから報告しておきたい事項は他にもある。



「――……なるほど。その鉱山の近くにあるという遺跡については、以前に鉱山周囲を調査した隊から報告は受けています。ですが、内部に入る方法が一切わからなかったため、放置していたのですが……」


 俺たちだって、シャニアがいなければ入ることもできなかっただろう。


「仲間が怪力で叩いたら入り口が開きました」


 うん、嘘は言ってないよね。


「叩いた……んですか?」

「はい。叩いてました」


 ………… 


 ……


「……まあ、南に広がる樹海はわたしの土地というわけでもありませんので、セイジさんたちが遺跡を住めるように改修するのを邪魔する気はありません」


 お、意外とすんなり受け入れてくれたぞ。


「わたしとしても、セイジさんのような優秀な冒険者の方が近くにいたほうが色々とお願いしやすいことですし」


 ティアモのこういうところ、実は結構好きである。


「ただ、リムさんには申し訳ないのですが、まだ夜鳴きの梟についての消息は掴めていません」


 向こうの予定よりも早い段階で依頼を終えたのだから、それも仕方ないだろう。

 そこでティアモは、ふと疑問に感じたのだろう内容を尋ねてきた。


「答えにくい質問だったら無理にとは言いませんが、仮にリムさんの知り合いじゃないかと疑っている人が推測通りの人物だったとした場合、なぜ盗賊団などに所属しているのでしょうか?」


 ……それな。

 俺だって不思議に思ってたさ。魔族の襲撃から運良く逃げ延びることができたのなら、家族であるアーノルドさんやリムに会おうとするはずだ。何も盗賊団に入ることはないだろう。

 ひょっとすると、全部俺の思い過ごしなのかもと不安になってくる。


「きっと……何か理由があるんだと思います」


 頭を下げるリムに対して、ティアモは言い方が悪かったかと苦笑した。


「別に責めているわけではありませんよ。ちょっと気になっただけで、調査は引き続き進めますから安心してくださいね。それと……最後にマナ結晶体の件ですが、よければ今から直接鉱山に行ってみますか? 市場で値がつく前の状態なら、少しぐらいは融通できるかもしれません」


 ええ子や。マナ結晶体の割引まで検討してくれるなんて。


「いや、でも忙しいのに無理に連れ出すのは……」

「いえいえ、これは鉱山の視察も兼ねていますから。そして……わたしの息抜きでもあります」


 息抜き?


「わたしが持ってる護身用の短剣。これに付いてる装飾品ですが……これ実は自分で作ったんですよ」


 よく見れば、金、銀で細工された鞘には細かな宝石なんかも散りばめられており、なかなかに見事な代物となっている。


 そういえば……ティアモは《マテリアルクラフト》なるスキルを所持していたっけか。


「この宝石なんかも、本来はクズ石として捨ててしまうものを自分で加工したんですよ。鉱山へ視察に行くと、わたしも楽しいのです」


 なるほど。趣味に使用する材料なんかをもらえるってわけだ。

 机にかじりついて一日中仕事をしているのも疲れるし、こういった息抜きは必要になってくるのだろう。




 ――アモルファス近辺にある鉱山というのは、馬車で移動すればそれほど時間はかからなかった。


「おお……こんな感じなんだ」


 鉱山内部へと続く竪穴は、人間が横一列になって二、三人は楽に通行できるほどの幅で掘られている。崩落を防ぐために木材の枠組みで補強されており、ちょっとぐらいの震動ではビクともしなさそうだ。


「さて、到着しましたね」


 ぴょんと軽快に馬車から飛び降りたティアモを見て、警備の兵士が姿勢を正して挨拶をする。


「ティ、ティアモ様!? 今日はどのようなご用件で」

「いつものように視察に来たのですけど……何か騒がしいようですね。どうしたのですか?」

「そ、それが……」


「――放せ! 放せって言ってるだよ! オラはただ……」


 鉱山の入り口に設置されている兵士の詰め所前で、二、三人の兵士によって両脇をがっちりと押さえられ、身動きの取れない状況で大声を上げている人物がいる。

 まるでゴリラにヒューマンスキンコーティングを施したような体躯の男について、俺は見覚えがあった。


 口調は記憶とちょっと異なっているが、以前に樹海で襲撃してきた盗賊団のボスだった男のはずだ。名前はたしか……ドルフォイ。


「静かにしろっ。これ以上反抗的な態度を取るようなら牢獄に放り込むぞ!」

「ぐ……、ああっ! そこにいるのは!」


 ティアモの顔を視界に捉えたドルフォイは、兵士を強引に引きずりながらこちらへと突進してくる。危険を察知した俺とリムは、小さな領主をかばうようにして一歩前に進み出た。


 すぐさま、バヂ、ヂヂヂヂヂ――!! と《雷蛇衝(オロチ)》を発動させる。

 それ以上近づけば、電気ショックで気絶させて――


 と思っていたら、巨体が跳躍して宙に浮かび、空中で華麗に手足を畳み込んでから地面へと着地した。そうして額を土に擦りつける一連の行為は、完璧なる……ジャンピング土下座である。


「オラがこんなこと言える義理じゃないのはわかってるだ。だけんど、オラ……オラは……」


 言葉の途中で、周囲の兵士数人が怒りの形相となり、武器で土下座している男の背中を打ち据える。


「何をしている貴様! 下がらんか!」

「申し訳ありません。この罪人はすぐにでも牢に収容いたします」

「きっさまぁ! ふざけるな! ティアモ様に近寄るんじゃない。この方にもしものことがあってみろ。俺は、俺はぁぁぁぁぁぁぁぁ!! ハァ……ハァ」


 お、おう……なんだか一人変なのがいるが、ティアモは皆から愛されているようだ。


「お待ちなさい。この男が暴れていたのにも何か理由があるのでしょう。罪人といえど、不満を抱えたまま作業していれば効率は落ちてしまいますからね。言いたいことがあるのなら、言ってごらんなさい」


 ティアモの言によって、兵士の手もそこで止まる。


「り、領主……さま」


 さすがに元盗賊団のボスも、天使の波動に触れることで少しは心が浄化されたらしい。

 わずかに顔を上げたドルフォイは、ふたたび額を地面へと擦りつけた。


「オラ………………オラは、農業が……したいです」




「――――……なるほど」


 理由を聞くとは言ったものの、いきなりの発言に戸惑っていたティアモであるが、ドルフォイの話に耳を傾けているうちに次第に表情が軟化していった。


 つまりは、色々と理由があって盗賊なんてやっていたわけだが、元々は農家の長男であり、同じ泥まみれになるのなら好きな農業でこき使ってほしいという内容だ。


 しかしながら、罪人を快く受け入れてくれる農家などあるはずもなく、アモルファス自体も鉱山街であるため、それほど農業が発展しているわけではない。


「残念ですが、それは難しいですね」

「頼む! 朝から晩まで畑を耕せって言われても全然かまわねえ。他にも、オラにできることならなんでもするだ」


 ドルフォイは《天候察知(ウェザースカウト)》という特殊能力を所持しており、農作業スキルもかなり育っているため、今の話が丸々嘘ということはないだろう。

 他にも戦闘系スキルを所持していたが、それはもう俺に奪われてしまったため、今のスキル構成としては完全に農夫である。


「あの、ですね。実は……」



 履歴書を作るとすれば、職歴に『中規模の盗賊団のボス経験あり』、賞罰歴には『捕縛経験あり』と記載されるだろうこの男は、とても優良物件とはいえない。

 それでも、彼の農業に向ける熱意はちょっとだけ伝わった気がしたのだ。

 諦めたらそこで農業終了ですからね。


「――え? セイジさんの拠点で農夫を募集中……?」


 そんな俺の言葉に、ティアモはしばし考える素振りをする。


「ですが、この男は仮にも盗賊団の頭目だった者ですよ? あのときにセイジさんたちがいなければ部隊に甚大な被害が出ていたであろうことを考えると、多少無理なお願いでもお聞きしたいとは思っていますが……危険です」


 加えて、今回の新規の鉱山ルート確保という依頼を達成したことで、俺への信頼度も増しているだろう。


「大丈夫ですよ。もし変なことをすれば、ヌエの群れの中に放り込んでやりますから」


 そのときはヌコの親と三者面談させてあげようと思う。丸腰で。


「よ、よくわかんねえが、オラを使ってくれるってか? ありがてえ。あんたにはボコボコにされた記憶もあるが、ヌエから命を救ってもらったことは忘れてねえつもりだ。今日のことだって心から恩に感じてる。これからは兄貴って呼ばせてもらうだよ!」


 お、おう。口調がちょっと田舎っぽくなっただけで人柄も丸くなったように感じるから不思議だわ。

 しかも兄貴って……まあ、この際年齢のことは気にしないでおこうか。




 ――意外なところで新規の労働力を得たところで、空から聞き慣れた風切り音が響く。


 あ……これって……


 しばらくして俺の肩に舞い降りたのは、大型の鳥翼系の魔物だった。

 翼は燦々と輝く日光を吸い込むほどに黒く、嘴からはギザギザとした歯が覗いている。


 やだー、クロ子さんじゃないですかー。

 こちらが挨拶すると、クロ子は『グギャア』と一声鳴いた。

 俺の隣にいるリムの姿を認めて、


『満足ですか? ご主人はそれで本当に満足ですか?』


 とか言っている。

 コホン。

 とにかく、リク・シャオから聞いた内容を王様に伝えるという任務を無事に終えて帰還したことを喜ぶとしよう。


「今回はやけに遅かったよな。ちょっと心配したんだぞ」

『それが、帰る途中にメルベイルで羽根を休めていたら、ご主人に関係のありそうな情報を入手したんです。調べていたらかなり時間がかかってしまいました。色んな女性に囲まれて人生舐めてるとしか思えないご主人にはわからない苦労でしょうね』


 うん……まあ、いくらなんでもそこまで言うことないんじゃないかな。


「それで、俺に関係ありそうな情報ってなにさ?」

『数日前、メルベイルより南東に位置するパウダル湿地帯で、ある冒険者のグループが魔物と交戦したそうです』


 冒険者は魔物と戦うことも仕事のうちだ。そう珍しいことでもない。


「それが、俺とどう関係があるっていうんだ?」

『その冒険者グループの証言では、やたらと強いスライムに遭遇したそうで、幸いなことに怪我人は出なかったようですが……メルベイルのギルドでは少々話題になっていました』

「そりゃあ、属性スライムだって合体するとわりと危険だか……ら、な」


 待てよ……パウダル湿地帯……強力なスライム……だと!?


『……そろそろ、ご主人も察しがついたんじゃありませんか?』

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