8話【あれもしたい、これもしたい】
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依頼内容:南の樹海にある鉱山までのルート確保
依頼主:領主ティアモ・ルドワール
報酬:領主と相談のこと
期限:なし
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ティアモが冒険者ギルドに提出した依頼書の内容は、以上である。
ルート確保とはいっても、現在のところ南の樹海には人が安全に通行できる道など存在せず、せいぜい獣道が散見されるぐらいだ。
つまり、安全な道を探すのではなく、本当の意味で道を切り拓いていくしかない。
そういった意味で、今回の指定依頼は冒険者ギルドにとって珍しいものだったらしい。
たかだかランクC程度の冒険者である俺に、ランクA相当の依頼を受けてもらうことになるからだ。
邪魔な木を切り倒すだけの簡単なお仕事ですというわけではなく、作業中に雷獣ヌエに襲撃なんぞされたら、討伐ランクAの魔物の相手をしなければならない。
この依頼受託のランク制限については、以前に俺がヌエを倒したこと(※ティアモが証言済み)をギルドも把握していたため、わりとすんなり特例として認めてくれた。
さらにいえば、難易度の高い今回の依頼を見事達成した暁には、大幅なランク更新を考えているとまで言っていたのだ。
俄然、やる気も湧くというものだ。
――などと一週間ぐらい前の出来事を振り返りつつ、俺は手に持っていた剣を一閃した。
「せい……や!!」
巨木がバキバキと轟音を響かせて横倒しになり、遠くのほうで羽根を休めていた鳥達が飛び立つのが見える。
「ボクも負けてられない、ね!」
大型の槍が振るわれると、またもや大きな音が響いた。
「まだまだ薪が足りてないから、持ち帰って乾燥させなきゃ」
言いながら、俺が貸した最強の果物ナイフで倒れた木の枝を慣れた手つきで切り取っていく人物。
「よいしょ~」
軽い掛け声とは裏腹に、大木を根っこごと引き抜くという荒技を披露している人物までいる。
順にセシルさん、リム、シャニアである。
セシルさんは俺の依頼のお手伝いをしてくれており、冒険者として協力をお願いしたリムとシャニアは、それぞれの作業を遂行しているのだ。
というか、シャニアの怪力は種族的なものなのか?
大木を根っこごと引き抜くとか、どんだけよ。
『次はあっちだよ、お兄ちゃん。ちょっとだけ迂回することになるけど、ここをまっすぐに進んだら大きな岩が邪魔になっちゃうから』
「ん? そうなのか、わかった」
……さて、俺のことを『お兄ちゃん』などと親しげに呼んだのが誰なのか、紹介しておかなくてはならないだろう。
まるで暖房器具の上で丸くなる猫のように、俺の頭の上を定位置としているのは――ヌコである。
勘違いしてほしくないが、けっして猫ではない。
手足に短いながらも鋭い爪を有しており、胴体は色鮮やかな虎縞模様の四足歩行獣。
そこまでは、いい。正しくヌコといえるだろう。
ただし、尻尾はくねくねと動く蛇である。
もっと言えば、顔は愛嬌のある猿のような感じだ。
おわかりいただけただろうか? ……そう、ヌコ(※メス)は雷獣ヌエの子供である。
名前を付けたのは俺だが、単純にヌエの子供ということから『ヌコ』と命名したのだ。
――出会いは数日前。
大木を切り倒したとき、ふと前方に身体を震わせている何かがいることに気づいた。
小さくも外見は雷獣ヌエのため、最初は警戒していたが、そこで俺が所持するモンスターテイムのスキルが効果を発揮した。
幼いヌコはどうやら母親とはぐれてしまい、困っていたそうだ。
意思の疎通が可能となったヌコを放っておくこともできず、ヌコを連れて森の中を歩き回っていたら、しばらくして怒り狂った親と遭遇した。
あちらは非常に興奮されており、テイムスキルのLvが低い俺とは意思の疎通も不可能で、ただ唸り声を上げるだけだった。
おそらく、
『うちの子供に何したのよ!? 引き裂いて雷で黒焦げにしてやるわ!』
もしくは、
『おんどれ、ふざけとんのか!? うちのガキに舐めた真似しやがって、丸呑みにすんぞボケ!!』
なんてことを言われてたんだと思う。
……これが本当のモンスターペアレンツかという感想を抱いていると、ヌコが親を必死に説得し始めたのだ。
そうして数十分にわたる説得のおかげで、親との和解は成功に終わった。
嬉しいことにヌコの親はここら一帯のボスであり、樹海の開拓についてもちょっとだけ理解を得られたのだ。
無駄な伐採などをしないのであれば、干渉しないことを約束してくれた。
ヌコについては、なぜか妙に懐かれてしまったようで、今もこうして俺の頭の上で指示を出しているといった具合である。
「よしっ……と。今日はここまでにしとくか」
まだ陽は落ちていないが、早めに切り上げることにする。
拠点である遺跡に帰ってからも、やらなければならないことが色々とあるのだ。
「あっと、そうだ」
木を切ったり、引き抜いたりしたせいでデコボコになっている地面に手を置き、俺は土魔法を発動させて整えていく。
綺麗に平らとなった道は、整備された街道とまでは言えないが、馬車が往来する分には困らないだろう。将来的に鉱山資源を街まで運ぶことになるんだろうから、これぐらいの道幅は必要だ。
――遺跡に帰り着き、周囲を見回す。
遺跡の結界魔道具は無事に機能しており、魔物が入り込んだ様子もなかった。
ちなみに、結界魔道具の発動に必要な大きなマナ結晶体については、俺が自腹で購入させていただいた。
セシルさんからの返却分や、前回のティアモからの依頼報酬、そしてヌエの爪の売却額も含め、全財産は二十万ダラを超えるほどあったのだが、今は半分ぐらいに減ってしまっている。
「いや~、なんかこの遺跡も見栄えが良くなってきたね~」
遺跡内部の様子を見てから、シャニアがそんなことをつぶやいた。
元々は人が暮らしていた場所なのだ。家財道具一式を運び込めば、少しは生活感のある場へと変わるのも当然だろう。
街で大量買いしたものを魔法の道具袋に詰めて持ち込んだりもしたが、居住区の共用スペースに置いてある木製テーブルや椅子は、意外にもレンが作ってくれたものである。
手先が器用なようで、材料と道具があればかなり仕事が早いのだ。
「それじゃ、あたしは調理場で皆の分のご飯を作ってくるから」
帰ったばかりだというのに、早速にリムが調理場へと向かった。
今のところ唯一メンバー内で料理スキルを所持している彼女は、皆の胃袋を掌握しつつある。
レイやレンなんかは、結界周囲にうろついている動物なんかを食肉用として狩っては調理場に運んでいるのだ。
それともう一人、テッドとかいう獣人の少年も遺跡内部の掃除をしてくれている。これも地味にありがたい。
「う~、お腹減ったぁ。リムの料理が完成するまで寝とこうかな」
「あ、悪いけどシャニアは今日も俺とお勉強だからな」
「……はいは~い、そうくると思ってたよ。まあ竜言語に興味を持って熱心に学ぼうとする姿勢はわたしだって嫌いじゃないし? 一度引き受けたのを投げ出すのはわたしの主義に反するからね」
――さて、このように各々が自分の役割を持って遺跡で生活しているわけだ。
初めにこの遺跡を拠点として活動していくことに皆から了解を得たが、なんでわざわざ街を離れてそんなところに? と考えるのが普通の思考パターンだろう。
レンなどは「秘密基地ってやつだね、さすがセーちゃん!!」と喜んでいたが、あれはあいつが特別なだけだ。
いや、まあ、俺としても自分が落ち着ける拠点が欲しかったのは確かである。
街中にマイホームを購入するのもいいが、レイやレンとは一緒に住むほどの関係とも思えないし、リムに至っては『おめでとう。機会があったら新居に呼んでね』とか言いそうだった。泣ける。
そういった意味で、このような巨大な建造物を丸ごと拠点にしてしまうというのは、我ながら良いアイデアだったと思う。
皆で協力する共同生活というのは、なんとも夢があるではないか。
しかも無料だ。
加えて言うならば、リク・シャオが作ったという亜人とヒューマンが一緒に住む村である。
あの村を見学させてもらったとき、こういった村がもっと帝国に増えればいいのになぁと思ったのだ。
幸いなことに遺跡内部にはまだまだ部屋は余っていることだし、将来的に遺跡周囲の結界外の安全も確保できれば、規模は大きくできる。
ここに住みたいという人間がいれば、快く(軽い審査の上で)受け入れるつもりだ。
……とまあ、このように皆で利用できる拠点、新たな住民歓迎というコンセプトを説明することにより、レン以外の皆も納得してくれたのだった。
特にリムは、亜人やヒューマンが一緒に住める拠点作成という言葉に共感してくれたようで、色々と精力的に協力してくれている。
「――――え~と、だから遺跡の周りの結界は、起動させた人物に害を与えるような魔物を弾くみたい。君の騎獣やヌコが入れなくなっちゃう心配はないってことだね。まあ、わたしにも詳しい原理なんてわかんないんだけど、昨日教えたようにやってみ?」
騎獣のルークなんかは、忘れがちであるが一応は鱗竜という魔物の一種である。
結界を作動したままだと弾かれるのではと心配していたのだが、やはり古代の遺産というのは相当に便利な代物だ。
「え……と、ここをこうして、と。最後にここを押せば……」
「いいね~、正解だよ」
うん、やっぱり最後に叩く必要性はないよね。壊れるの嫌だから丁寧に扱おうね。
「それじゃ、次は竜言語を読む練習だね」
シャニアの教えてくれている竜言語というのは、象形文字の一種と考えると理解しやすい。
美しい絵をわざと崩したような字体があり、それが連なることで文としての意味が発生するのだ。
いくつかの組み合わせによって一つの単語を表すこともあり、特定の組み合わせなども覚えておかないと解読に失敗することもある。
とある昔、『神聖文字』という語感に興味を持ち、ヒエログリフを読めるようになってやると意気込んだことがあったのだが、あれに近いかもしれない。
手掛かりなしで過去の文字を解読するのは苦行かもしれないが、実際に読める人間が目の前にいるというのは心強いばかりだ。
漢字だって『目』や『日』など、人間の目の形や太陽の形を文字にしたものが原型とされていたわけだし、ひたすら漢字で埋め尽くされた分厚い辞書へ目を通すのに比べれば、竜言語の基礎や組み合わせを覚えるのは苦なことではない。
むしろやっていて楽しい。
さすがに一週間でスラスラと読めるようになったわけではないが、よく出てくる文字や組み合わせを紙にメモして意味を書き足しておくと、それを見ながらゆっくりなら読める部分が増えてきた。
「さすがだね~、自分が欲しいと思ったものは知識でさえ例外なく手に入れるってわけだね」
「こんなので適性があるっていうんなら、俺と同じ病気を患ってるやつは全員が適性者だぞ」
「え~、君って病気なの?」
「いや……そういう物理的なものじゃなくてさ……」
この話題はやめようか。振った俺が馬鹿だったさ。
――――カンカンカンカン!!
ちょうどいい頃合いで、鍋とお玉を打ち鳴らす音が聞こえた。
これはリムが最近使うようになった合図である。
「あ! ご飯ができたみたいだね。よ~し、今日の勉強はここまで!」
言うが早いか、シャニアは部屋から飛び出していってしまった。
あまり遅れるとシャニアが他の人の食事にまで手を伸ばし始めるため、俺は教えてもらった新しい内容を急いでメモしてから部屋を出た。
木製の長テーブルの上には大きなスープ鍋と焼きたてのパン、それに双子姉弟が狩ってきたと思われる動物の肉をソテーしたものが用意されていた。
小麦の粉に調味料やその他諸々、さらに調理道具一式は俺が用意したのだが、それほど調理する環境に恵まれているとはいえないだろう。
だが……美味いのだ!
砂糖なども購入したため、食後にはデザートまで用意されているという豪華さである。
「これは、あたしが食べたかったから」
上手に焼けたのが嬉しかったようで、リムはふっくらサクサクの焼き菓子を口に運んで頷いている。
そういえば……リムと仲良くなれたのもダリオさんの特製菓子を渡したのがきっかけだった気がするな。意外と食いしん坊なのかもしれない。
「あのね、お願いしたいことがあるんだけど」
「ん? なにを?」
「小麦や調味料はまだ余ってるんだけど、野菜が少なくなってきたの」
……なるほど。長期保存ができない野菜はそれほど大量には購入しなかったからな。レイやレンが森に自生している山菜なんかを採ってくるのはありがたいが、それだけで足りるというものでもない。
「わかった。もうすぐアモルファスまでの道が完成する予定だし、また色々と調達してくるよ」
「あ、それならオイラからも一つ提案があるんだけど」
リムの次は、レンが口を開いた。
「この遺跡ってさ。わりと色んなところに魔道具が使われてるけど、動かすにはマナ結晶体が必要だよね?」
そのとおりだ。結界魔道具は必要だと思ったからすぐに起動させたが、他の魔道具のほとんどはまだ停止したままの状態である。
だって、全部動かそうと思ったらお高いんですもの。
「すぐそこに資源豊富な鉱山があるんだよね?」
「……まさか、お前」
なんという大それたことを考えるやつだ。いくら俺でもそこまで考えはしないぞ。
「え? いや、アモルファスまでの道が開通したら採掘作業が開始されるだろうからさ。そしたらティアモちゃんにお願いして、採掘されたマナ結晶体を割引して売ってもらえないかなって」
……お、おう。そういうことだよな。
わかってたよ。わかってた。俺も同じことを考えてたから。
「今回の依頼でかなり貢献したことになるだろうし、多少は割引してくれるかもな」
次にティアモに会うとき、言ってみることにしよう。
それにしても……野菜か。
街に赴いて調達するのは簡単だが、いつまでも外部から仕入れるというのもな。
理想は遺跡周辺の余ってる土地を耕すなどして、自給自足できれば文句はないのだが。
農業……ね。
俺の知り合いに農作業スキルなんかを所持している人間っていたっけか?
いやいや、たしかに拠点を充実させるのもいいが、俺自身のスキル強化も進めなければ。
最近でスキルに変化があったのは、ヌコのおかげでモンスターテイムのスキル熟練度がわずかに上昇したぐらいである。
まあ……とりあえずは今の依頼を完遂してからだな。