6話【宿るモノ】
「なあ、そろそろどこに行くのか教えてくれてもいいだろ」
「ん? まあまあ焦らないでよ。せっかちな男性は嫌われちゃうよ?」
俺はルークの背中に揺られながら、アモルファスの南にある樹海を駆けていた。
魔物が跋扈する土地を駆け抜けるというのは危険な行為であるが、念のため魔物除けの香を焚いているし、仮にヌエと遭遇しても一匹や二匹なら撃退できる自信がある。
しかも、今一緒にいるのはシャニアなのだ。
なぜか彼女のステータスは確認できないが、全力疾走とはいわないまでも、ルークの速度に自力で並走できる身体能力は正直すごいとしか言えない。
しかも、息一つ乱さずに隣にいるこちらと会話しているのだ。
未開拓な土地というだけあり、整備された道などはなく、木々の枝やら、でこぼこした地面を器用に回避しながら疾走している。
彼女はドラゴニュートという強靭な種族。戦闘になれば心強いことだろう。
「騎獣を借りなくていいとか言ったときは大丈夫かなって心配したけど、本当に平気みたいだな」
「わたしって、基本的にあんまりお金持ってないからね。節約できるとこはしとかないと」
……そういえば、リムとの出会いでもお金に困っていたらしいからな。
元々住んでいたドラゴニュートの里とかでは、あまりお金を使うことがなかったのかもしれない。
――昨日、宿屋で一緒に来てほしい場所があると言われて、連れてこられたのがこの樹海である。
他の皆は、今頃街でのんびりと休日をすごしていることだろう。
出会って日も浅いシャニアと二人きりで樹海なんかに赴くのは、ちょっと不用心なんじゃないかとも思ったが、ここ数日の彼女の動向を思い出すと悪い人間には見えなかった。
リムもシャニアのことは信頼しているようだし、わざわざ皆の前で樹海に行くと発言したことからも、ここで俺を害する行動を取るとは思えない。
「――ふう、着いたよ。さすがにちょっと疲れちゃったな~」
そんなふうに思案していると、横にいたシャニアが足を止めた。
腰に着けてあった革製の水筒を傾けて水分補給する彼女を横目に、俺は目の前の建造物に意識を向ける。
「ここは……?」
それは……古い遺跡のようだった。
長い年月を経て、植物の成長限界を無視したんじゃないかと疑いたくなるほどの大量の蔦が、建物を侵食している。
「うわ……すごいな。どんだけ放っておいたらこんなことになるんだ」
百年や二百年じゃきかないぞ……いや、まあ、実際に蔦がどれぐらいの年月でここまで成長するのか知らないんだけどさ。
しかし……ここと似たような場所なら知っている。
リシェイルの王都で受けた依頼で、古代遺跡から有用な遺物を発掘するお手伝いをしたことがあるからだ。
とはいえ、あちらの遺跡は地表部分などが完全に風化してしまっており、地下部分にかろうじて探索の余地が残っていた程度だった。
目の前の遺跡は、植物に覆われていることを除けば形を保っているといえる。
造った人の技術の差か……もしくは建造された時代が違うのだろう。
「おお~~、やっぱり未開の土地ってだけあって、あんまり人に荒らされたりとかはしてないみたいだね。まあ、どのみち奥までは入れないんだろうけど」
うんうんと頷きながら、シャニアは遠慮なく遺跡を覆っている蔦をブチンブチンと強引に引き千切っていく。
……なんだろう。こんな光景どっかで見たぞ。まあいいか。
「ここを見せたかったのか?」
「ん~? そうだけど、外じゃなくて用事があるのは中なんだよね。ちょっと手伝ってよ」
「いいけど。ちょっと後ろに下がってて」
手伝う必要がないほどの怪力を見せる彼女だが、俺は鞘から白銀剣ブランシュを引き抜き、数回にわたって斬りつけた。
太く成長した蔦も、まるで細い糸を断ち切る程度の抵抗しか感じない。
「おお~~!! すごいね! ん……? その剣って、あれ? ……一つ質問していいでしょうか?」
「どうぞ」
「材料は何をお使いに?」
「べ、ベルガから貰った品を、少々……」
うん。あれはお互いに納得した上での取引だった。
いただいた貴重な燐竜晶は、今や立派な剣として生まれ変わりましたです、はい。
「え、君、あれを貰ったの!?」
な、なにさ? もしかしてすごく大事なものだったとか……?
すぐに剣に加工しちゃいましたけど。
もう戻せないよ。
というか返さないぞ。死守する。
「……ふ~ん。いやいや、別に返せとか言わないよ? ベルガが渡したのなら、それはもう君の物だからね」
ふう、まったく……驚かせやがるぜ。
俺が心の中で安堵していると、シャニアは露わになった遺跡の壁を手でペタペタと触っていく。
「え~と、あったあった。ここをこうして……と」
一見すると何の変哲もない壁のようだが、でっぱりのような妙な部分に彼女が触れた瞬間、壁に見たこともない文字が浮き出てきた。
この大陸で一般的に使用されている文字は、転生当初から不思議と理解することができた。
だが、目の前の文字はさっぱりわからない。
崩れたような字体はまるで子供のラクガキに見えるのだが、不思議と惹きつけられる。
「ふむふむ。ここがこうで……そこを押せばこっちが動くから、ん~~こうだ!」
最後には勢いよくバシンッと壁を叩いた。
おお!! なんだかそれっぽい。すごいぞシャニア。
インテリジェンスの塊だ。
するとズズンッ!! と音を立てて、大きな長方形型の扉が――
――内側に『吹っ飛んだ』。
「……ごほ、ごほっ」
もうもうと土煙が舞うなかで、俺は控えめに質問させていただくことにする。
「…………あのさ、これって、こういうもんなの?」
「うん……きっとそうだよ!」
シャニアはいつも通り、明るい表情で頷いたのだった。
――さて、半壊したかのような豪快な開き方をした扉は置いておき、俺とシャニアは遺跡の内部へと足を踏み入れた。
ちなみに、ルークはお留守番だ。
内部はカビ臭いわけでもなく、不思議と一定の清潔さが保たれている。
通路には淡い光を放つ石が間隔を空けて埋め込まれており、足元は明るかった。
ふむ……どうやら周囲の壁もただの石というわけではない。俺の中にある古代文明センサーは感度ビンビンで反応中である。
しばらくすると、広い空間に出る。
おお……なんだか秘密基地みたいだ。
二階、三階――と続く階段がある大部屋には、壁側にいくつもの扉が存在している。
もし扉の奥にそれぞれ小部屋があるとすれば、これはちょっとした居住空間である。
探検したいという気持ちが顔に出てしまっていたのか、こちらを窺っていたシャニアが先手を打つかのように腕を掴んでグイッと引っ張った。
「探検は後でもできるからさ~、まずはこっちこっち」
ちょいっ、そんなに強く引っ張らないでくれ。さっきの扉みたいになっちゃうから!
……などとは口にできず、俺は大人しくシャニアについていく。
大部屋からさらに奥にのびている通路を進むと、少しばかり雰囲気の異なる小部屋に出た。
ここで行き止まりのようだが……部屋の中央に何かの操作盤のようなものがある。
壁には、鏡のように磨かれた大きな石版が設置されていた。
「えーと、これだよね。ふむふむ。ここをこうして……」
操作盤を前にしたシャニアは、繊細な指の動きで何かを操作していく。
精密な造りになっているのだろう。先程の扉のときよりもずっと丁寧だ。
「最後にここを解除して……と、こうだ!」
バシンッと勢いよく掌を叩きつけた。
おぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!
だからなんで最後に叩くんだよ!
この遺跡のカラクリは最後に衝撃を与えないと動かないのか!? やめたげてよぉ!
……しかし、今度はさすがに加減したようだ。
軋むような音を上げつつも、磨かれた石版に文字が浮かび上がり、大量の文字がゆっくりと流れていくではないか。
「ふ~ん、なるほどなるほど。そっか~」
イメージとしては、ディスプレイに映し出された文字をスクロールして読んでいる感じだな。
これが遥か昔の技術だとすれば、ちょっと驚きである。
シャニアは頷きながら、しばらく目で文字を追っていた。
当然ながら、俺は映されている文字を読めないために置いてけぼりだ。
――帰っていいかな? ……いいよね。
と心の中で結論を出した辺りで、シャニアがこちらを振り向いた。
「ごめんごめん。わりと新しい情報もあったから時間かかっちゃったよ~」
「いや、大丈夫だけど……色々と説明してくれるんだろ?」
置いてけぼりってツラいんだぞ。
「ん~、どっから説明すればいいかな~」
「この遺跡は何なんだ? なんでシャニアは遺跡の場所を知ってたんだ? なんで色々と動かせるんだ? 文字が読めないんだけど? なんで最後に殴るんだ?」
とりあえず、疑問に思ってることを全部言ってみた。
「おっけ~、順番に答えていくよ」
シャニアは小さくコホンと咳払いをする。
「えーと、過去に起こった魔族大戦の話は知ってる?」
それなら本でも読んだし、レンにも教えてもらった。
凶悪な魔族と賢竜が戦ったとされる大昔の出来事だ。たしか勇敢なヒューマンが賢竜に助けを請い、魔族を倒すのに協力したんだっけ。
「あ~それ、わたしも帝国内を旅してるときに聞いたけど、間違ってるから」
……え?
「ヒューマンと魔族が争っていたのは事実だけど、形勢不利だったヒューマンが竜から力を奪って魔族との戦いに勝利しようと企んだらしいのね」
「ちょっと待った。いきなり話が違うぞ。力を奪うって、なんだよ?」
シャニアが操作盤をいじると、石版に文字列が浮かび上がった。
『世に混乱を招く七つの大罪、それすなわち《傲慢》《強欲》《嫉妬》《憤怒》《暴食》《色欲》《怠惰》也。これらの罪が形を成して生命に宿るとき、幾百もの顔となりて顕現す』
シャニアが読み上げてくれた内容に、俺は首を捻った。
なるほど、わからん。
「この世界には様々な能力を身に宿す生物が暮らしているでしょ? ご先祖様はその『能力』のことを『スキル』と呼んでたみたいだけど。そのなかでも、特に強大な力を持ったスキルが七つ存在するの」
ふむ……過去には、ちゃんと『スキル』という概念があったのか。
「それが、さっきの七つ?」
「うん。正確には七つの大罪の一つ一つを象徴するような極大スキルかな。たとえば《憤怒》に対応するスキルなら、所持者が強い怒りを感じると発動して全てを灰塵に帰す……なんちゃって」
なにそれ怖い。
しかし……極大スキルか。ちょっと格好良いじゃないか。
奪えるものなら奪ってみたい。面白くなってきたぞ。
「話を元に戻すけど、七つの極大スキルは強力だから戦争なんかにも影響を与えちゃうわけ。過去の大戦時には魔族側が複数の極大スキルを有してたんだって」
なるほど。個体能力でも劣るヒューマン側が不利になるのも頷ける話だ。
「現状を打破しようと考えたヒューマンは、部隊を派遣して極大スキルを有する竜からその力を奪おうとしたらしいよ。いくら大変だからって、ちょっと傲慢だよねぇ」
本当にね。必要に迫られたから奪うだなんてけしからんですよね。
「怒り狂った竜は部隊を壊滅させ、眷属を引き連れて人間の街をいくつも滅ぼし、最後には怒りの矛先が争いを起こした元凶の魔族にも向けられたってわけ。それが魔族と竜の戦いとして伝えられてるんじゃないかな」
なるほど。スーヴェン帝国に伝わっているのは、ヒューマンにとって都合のいい部分だけというわけか。
「そうして戦いが終わった後、怒りがおさまった竜はふと思ったらしいの」
「何を?」
「ちょっとやりすぎたかなっ……て」
ですよね。ちょっと暴れすぎですよね。なんか軽くない!?
「だから、もう同じようなことが起こらないように極大スキルを封印しようとしたの。長い時間をかけて集めた七つそれぞれを、特殊な宝玉に封じ込めることで」
そんなことが……できるのか。
「その宝玉の一つが安置されていたのがこの遺跡ってわけ。宝玉の護り手となったのは、竜が人間型へと進化した種族――わたしたちドラゴニュートだとされてるね」
ふむ。だから遺跡の場所も知っていたと。
それなら遺跡の機構を理解して操作できたのも納得である。
まあ……あの操作方法が正しいのかどうかは議論の余地が多いに残されているとは思うけどさ。
ちなみに、俺が読むことのできなかった文字は古代竜言語とかいうワクテカな響きの言語だそうだ。
「でも、この場所にはもう誰も住んでないみたいだけど?」
「宝玉に極大スキルを封じておける時間に限りがあったみたいでね~。千年ぐらいでパァンって砕け散っちゃったんだって」
宝玉を封印しておく遺跡は全部で七つあり、世界各地にバラバラになるように造られたそうだ。
護っていた宝玉が砕けてしまい、役目を失ったドラゴニュートは別の遺跡に移動して新たに護り手となるか、新天地を求めて旅に出たそうな。
もっとも、現在はとっくに全ての封印が解けてしまっているらしいので、新天地とやらでのんびり暮らしているのだろう。
「その極大スキルって、今はどうなってるんだ?」
「ん~とね、わたしも色々と知るために各地の遺跡を回ってるんだけどさ。どうやら、極大スキルは象徴となる『大罪』に適性のある者に宿るらしいよ。法則性とかはまったく判明してないけど」
ほうほう。
たとえば《傲慢》に対応する極大スキルなら、傲慢な人間に宿るということだろうか。
「さっき言ったけど『幾百もの顔となりて顕現す』ってあるように、宿る人によって様々な形に変化するんじゃないかとされてるみたいだね」
……おそらくレアスキルとして顕現するのだろうが、固定化されたスキルではないようだ。
もし別の人間に極大スキルが宿ったなら、スキル名や能力も変わってくるのかもしれない。
「ふぃ~~これで、さっきの質問には大体答えたことになるのかな」
紅髪の少女は、こういう難しい話は苦手だと言いながら操作盤の上に腰を下ろしている。
そこ座るところじゃないからね。
「えーと、最後に一つ質問してもいいかな?」
「ん? いいよん」
たしかに色々と説明してくれたおかげで、理解は深まった。
だが、肝心な部分を聞けていないのだ。
それはつまり――
「――――なんで、俺をここに連れてきたんだ?」
紫水晶を想わせる澄んだ紫紺の瞳が、ゆっくりとこちらに向けられた。
俺は少しばかり緊張感を伴って声を発したが、シャニアは緩やかな表情を崩さない。
「……うん、隠し事は抜きでいこう。なんでもいいからさ、わたしが怒るようなこと言ってみ?」
いきなり何を言い出すんだ、シャニアは。
「いいから。ほら、何を言われても本気では怒んないから」
と言われても、咄嗟に人を怒らせるような技術なんて持ってない。
「ああ……そういえば」
困っていると、俺の頭の中にレンのにやけた顔がちらついた。
こんなときに役に立つとはな。憎めないやつだ。
「……小さい」
「え? よく聞こえないんだけど。もう一回」
「……………………シャニア、胸、小さい」
――ゴギャンッッッッッッ!!
声を発した次の瞬間、俺が立っている周囲の床がものすごい音とともに陥没した。
ちょっと何が起こったのか理解できなかったが、中心に立っている俺は不思議と無傷である。
「ちょっ!? え!?」
「……えーと、極大スキルはね、他の極大スキルと反発しあうんだってさ」
深呼吸しながら呼吸を落ち着かせているシャニアが、そんなことを口にした。
「つまり、極大スキルを宿す者同士は、互いに効果が打ち消されるってことだね」
それって……まさか。
「それと、さっきの話に出てきた竜ね……名前は紅竜帝ブレイズっていうんだ。怒り狂って暴れたんだから想像しやすいと思うけど、宿していたのは《憤怒》の極大スキルだとされてるよ」
紅竜帝ブレイズ……? ん? ブレイズ?
たしか、シャニアの名前は――…………シャニア・ブレイズ。
「不思議だよね。めぐりめぐって子孫であるわたしのところにこうして戻ってくるんだからさ」
さて、考えをまとめようか。
俺だってここまで言われれば理解できる。
つまり、そういうことだ。
シャニアのステータスを見ることができなかったのは、《盗賊の眼》がアレと一緒にセットでいただいたものだからという可能性が高い。
おそらく反発して効果が打ち消されたのだろう。
それにしても、適性のある『大罪』……だと?
一体何が該当するというのか。
《憤怒》はシャニアが宿してるから除外するとして、《色欲》や《怠惰》は関係ないと思いたい。
《傲慢》……というほど人を見下したりしてないし、誰かに《嫉妬》して犯罪を犯すなんて真似もしていない。
たしかにダリオさんの美味しい料理を毎日のように堪能させてもらっていたが、果たしてあれが《暴食》に該当するといえるだろうか。
ん? ちょっと待った。
後残ってるのって、何だっけ?
…………
……
いやいやいや!! それはない。
いやいやいやいやいやいや!! ……だって、ねえ?
それは人としてどうかと思いますよ。
「さてさて~~」
こちらが現実逃避を進めていると、シャニアが笑顔のまま顔を覗きこんできた。
「――それで、君は一体どれを宿しているのかな?」