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2話【平和な昼下がり】

 エリンダルの賑やかな大通り。時刻は昼過ぎ。

 腹の虫に強制労働を強いる香ばしい匂いが建ち並ぶ屋台から漂ってくるのに、俺たちは抵抗することができなかった。


 陽の下に置かれていたテーブルと椅子に適当に腰を下ろし、屋台で買った飯にガブリと食いつく。

 小麦を水で溶いて焼いた生地の中に、ピリリと辛く味付けされた肉と新鮮でしゃっきりとした野菜がふんだんに詰まっており、食べ始めるとさらに食欲が増していくのだから不思議なものだ。

 たとえるならば、ケバブもどきといったところか。


「リムも無事だったし、はむ! ふぉろふぉろはなしてふえたっていいんじゃないふぁな?」


 俺は二つを完食した時点でストップしたが、今まさに三つ目にかぶりついた紅髪の少女――シャニアが質問をしてくる。ちなみに隣に獅子の半獣人であるセシルさん、向かい側には猫の獣人であるリム、それによくわからない犬の獣人テッドが座っている。


「話すってなにを? 領主が何か変なこと言ってたけど、あれは向こうが勝手に勘違いしただけで、大した話なんかしてないぞ」


 この件については王様に託すとしても、厄介事に巻き込まれる危険もゼロではないため、あまりリムを関わらせたくない。


「ん……ぐ、おお~ちゃんと通じた。って、わたしが聞きたいのはそっちじゃなくて」


 口の中に詰め込んでいた食塊が無事に胃まで送り届けられたようである。というか、話すか食べるかどっちかにしなさい。


「だからさ、ベルガについてだってば。あいつとはどういった関係なの?」


 あ、そっちか。

 そうだった。リムの件を優先して後回しにしていたが、この子がベルガの捜していたシャニア本人で間違いないだろう。なぜかシャニアのステータスを確認することはできないが、ベルガを知っていることが何よりの証拠だ。

 俺は簡単にだが、皆にリシェイル王都の闘技場でベルガと戦うことになった経緯を話して聞かせた。



「――とまあ、なんとか勝った(?)んだけど、その後でちょこっと一緒にご飯を食べる機会があってさ、人を捜してるって聞いたんだ」

「……兄ちゃんそんなに強いのか? 竜そのものに変化しちまったようなドラゴニュート相手に勝つとか、さすがに嘘じゃねーの? 格好つけんなよ」


 なんだろう、このテッドとかいう少年は俺に敵意でも持っているかのようだ。俺が何をした?


「そこの犬の少年。少し黙ったほうがいい。竜にも勝る強さを持つ相手に子犬が喧嘩を売っている光景は、見ているこっちが怖くなるからさ」


 そんなフォローをしてくれたのは、隣にいるセシルさんだ。

 獣人族で最強に位置する獅子の血を引く彼女の言葉は少年を黙らせるに十分だったようで、テッドは俯いたまま動かなくなった。

 セシルさん、あなたは本当に男前です。でも相手は子供だからね。手加減してあげて。


「ええ~~!? わたしもビックリなんだけど! ベルガに勝ったの!?」

「うん、まあ。最後は俺のほうがボロボロになってた気はするけどね」


 疑ってはいないが、心底驚いたといった表情をしているシャニアはまじまじとこちらを見つめてくる。


「う~ん。ベルガが敵わない相手なんてそうそういないと思ったけど」

「はは。竜化してからも素早い動きで体術を駆使するのは、ちょっと反則だと思ったけど」

「それで……わたしのこと、あいつに教えるの?」


 明らかに困った顔をしているシャニア。ベルガは自由奔放なシャニアに手を焼かされているといった印象だったため、知らせてあげたくもある。


「ちなみに、シャニアとベルガってどういう関係?」

「え? あ~、なんだろ? お目付……じゃなくて、ご、護衛かな?」


 なぜに疑問符がつくのか。まあ、ベルガの職業は『護衛』だったけども。


「厳密にいうと、シャニアに会ったらベルガが捜していたと伝えてほしいって頼まれただけだし、知らせる義務はないけど……困ってたみたいだから早めに連絡してあげてほしいかな。シャニアだって護衛がいないと何かと不安だろ?」

「いやでも、ぶっちゃけわたしのほうが強……うう、わかったよ。観念しますよ。でも、リムへの恩返しが終わってからにするからね」


「恩返し?」


「そそそ。気になる? なるよね? ならないはずがないよね。じゃあ、わたしが困っているところに舞い降りた天使の話をしてあげるよ」


 こちらの問いに、シャニアが嬉々としてリムとの出会いについての話を聞かせてくれた。


 ……なるほど。この二人はベルニカ城塞都市で出会ったのか。身分証がなくて困ってる子を放っておけないなんて、リムってば優しい子。

 俺は視線をリムに向ける。


 やや長くなった髪を後ろで結わえているため(ショートポニテ最高)、前と雰囲気が少し違う。旅の途中で購入したと思われる短めのマントも良く似合っていた。


「どうしたの?」


 こちらの視線に気づいたのか、くりんっとした琥珀色の瞳が向けられる。


「いや、俺が贈った髪飾り、着けてくれたんだなと思って」


 そう。リムが髪を束ねるのに使用している髪飾りは俺が出発時に渡したものだ。正直嬉しい。


「変……かな?」


 やや気恥ずかしそうにした彼女は、髪を解こうと手を伸ばす。


 Nooooooooooooooooooooooooooooo!!


 悲痛な心の叫びが届いたのか、俺の顔がよっぽど酷く歪んだのかはわからないが、リムはその手を止めてくれた。


「……と、ところで、リムたちはこれからどうするんだ? あの領主の話し振りからすると、ミレイさんについての有益な情報は得られなかったみたいだけど」

「うん。そうなの。もしお母さんと似た特徴の人を見かけたら教えてくれるって」


 ふむ。リクは購入した奴隷を解放して村を作ってる話をリムにしたのだろうか。あまり大っぴらにはしないほうがいい情報だとは思うが、村が大きくなって多くの亜人が住むようになっているのであれば、何か有益な情報も手に入るかもしれない。


「だからね。今度は領主様が作った村を訪ねるか、もう一度あたしの村があった跡地に行ってみようかと思ってるの」


 あの野郎。リムにもちゃっかり話してるじゃねえか。


「その話、リムも聞いたのか?」

「え、うん。私財を投げうって苦しんでる奴隷を助けるのがライフワークだって言ってたよ。他種族との交流を深める架け橋になるのが夢なんだって」


 誰だそいつ! たしかに似たようなことは言ってたが、明らかに美化されてるぞ。

 そもそも、飽きたから捨てた奴隷が勝手に頑張ってる体はどこにいったんだよ!


「本当に、帝国内で亜人が差別されることがなくなれば……いいよね」

 憂い顔でそう口にしたリムは、リクの言葉が真実であれどうであれ、そうなってほしいと願っているのだろう。



「――お、こんなとこにいたんだセーちゃん。おーい、レイ姉こっちこっち~」


 お? この声は……


「リク兄との話は終わったわ。言っとくけど暴力に訴えるような真似はしてないからね」


 俺が別れ際に不安がっていたのを気にしていたのか、合流するなりレイはそんな言葉を口にした。

 本当に平穏な時間だったのかは、後で弟から事情聴取でもしておこう。


 というか……ちょっと待った。待った。待った。待った。待った。


 満腹になって頭への栄養が足りたことで、思考回路がゆっくりと回転を始めた。

 よくよく考えると、この双子をリムに会わすのは不味いんじゃないだろうか。メルベイルの領主館が襲撃を受けたのは遠い昔の話ではない。実行犯である二人の顔はリムに知られていないはずだが、バレた際には最悪血を見ることになるかもしれない。

 俺だって正直、最初はこの姉弟に良い印象など全くなかったのだから。


「紹介するよ。えーと……えー、この二人はレイにレン。二人ともここトグル地方の出身で、俺が帝国を旅するにあたって案内役をお願いしたんだ。ちょっと家庭事情が複雑らしくて、トグルの領主とも色々あるんだけど、深くは聞かないであげてほしい」


 二人についての紹介を手短に済ませる。うん。嘘は言ってないよね。


「へぇ~、じゃあ顔を隠してるのもちょっと理由ありな感じ?」

「別に、見られて困るもんじゃないわよ」


 好奇心旺盛なシャニアの質問に、レイは被っていたフードを脱いで答える。顔を隠しているのは念のためであり、こういった場合には堂々としていたほうが良いのかもしれない。


「はじめまして。あたしリムっていいます」

「よろしくリムちゃん! ねえねえ、オイラのこと覚えてる?」


 な、に…!? レンのやつめ、何言いだしやがる。


「え、と……前に会ったことがありましたか?」

「もちろんだよ。ほら、メルベイルの街の――」


 ちょ、おま!


「――大通りでレイ姉とぶつかったことがあったでしょ? ほら、食べてた砂糖菓子を落としちゃってレイ姉が不機嫌になって……」


 ああー……そっちか。驚かせるなよ、まったく。


「………………あ! あの時の! 本当にすみませんでした」


 記憶の掘り起こしに成功したのか、リムは頬を赤くして頭を下げた。


「そういえばそんなこともあったわね。まあ、別にもう気にしてないけどさ」


 嘘だ! 俺と会ったときはまだ覚えてたぞ。秘蔵の白銀桃をあげたんだから、もう忘れろよ。


「ふぅん、あんたも冒険者なんだ。セイジと一緒に依頼を受けることもあったらしいけど、よくこんな化け物といられたわね」


 リムが所有する冒険者ギルドの身分証を目に留めたレイが、好き勝手なことを言っている。

 もうちょっと人が何を言われたら傷つくか考えてほしいよね。化け物はないよね。


「それって……どういうこと?」

「だってそうでしょ。こいつの強さって規格外なんだもの。ヒューマンなのに魔族並の身体能力だし、魔族並に器用に魔法を扱うし、どっかの魔物みたいに傷の治りも速いし、なんだか色々効かないし、自分の剣に名前付けてるし」


 すげえな。もう俺『人間辞めちゃってます』みたいな評価受けてるぞ。っていうか、最後のは関係ないだろ!


「セイジが強いのは知ってるけど、あたしはあたしで頑張ってますから」


 うう、リムってば良い子。レイも見習って。


「はあ……ワタシが言いたいのはね――――――恥ずかしくないのかって言ってんの」


 え……?

 ちょっ、何を言いだすんだよ。なんか空気が変だぞ。


「レイ姉、ちょっと言葉がキツイんじゃないの?」


 最近は緩衝材役に徹しているレンが切り込んでいくが、姉の言葉は止まらない。


「ケも……獣人がヒューマンよりも優れてるのは身体能力だけでしょ。それさえ負けちゃってたら良いところなんてないじゃない。一緒に依頼を受けるって言っても、足を引っ張ることが多かったんじゃないの?」


 おい、これ剣呑な空気とかそんなんじゃないだろ。明らかにレイが喧嘩を売ってるようにしか思えないんだけど。リムはけっして弱くないし、足を引っ張ったことなんてないぞ。


 父親であるアーノルドさんから、幼少期のリムが過去に村で起こした騒動の話を聞いたが、リムは大切な人を守れるぐらいに強くなりたいと思って修行を続けてきたはずだ。

 それは正しく実を結んだといえるだろう。

 ただ……そんな少女の想いを嘲笑うかのようにリムの村は魔族に滅ぼされてしまった。

 記憶に新しいメルベイルでのマリータ誘拐事件においては、自分の無力さに嘆いていたのも知っている(※リムのせいじゃない)。


 そういった経緯を鑑みると、今回の旅で俺やアーノルドさんを頼ろうとせず、一人でスーヴェン帝国に向かったリムの気持ちだって少しは理解しているつもりだ。


 ――つまり俺が何を言いたいのかといえば、レイの発言は完全にアウトである。


「レイ、お前なんだかおかしいぞ。俺を化け物扱いするのは百歩譲って許すとしても、リムを批判する意味がわからない。ちなみに足を引っ張ったことなんて一度もないからな」

「へぇ、あっちはそう思ってないみたいだけど」


 振り返ると、元気そうに笑っていた猫耳の少女は俯いてしまっており、返答はない。


「あのな……化け物扱いしてるぐらいだから、レイも単純な戦闘でなら俺に敵わないって思ってるんだろ? それでも一緒に旅してきたじゃないか」


 レイと同じ理屈で言うなら、自分こそ足を引っ張ってたかもしれないと思わないものか。そんなこと考えたこともないけどね。


「ワタシは冒険者ってわけじゃなく、案内役として来たわけだからね。それに……」


 決定的な一言が告げられる。


「そこのリムって娘に、ワタシが負けるとも思えないもの」


 ビキリッ、と音を立てて空気が割れたかのような錯覚を覚えた。

 黙ったままだったリムがゆっくりと顔を上げ、強い意志を持った瞳でレイを見据える。


「そこまで言うなら……試してみますか?」


 あれ? ちょっとなんだか変な展開になってるんですけど。

 修羅場みたいな感じですけど。

 どうしてこうなった?


「いいぞリム~、そんな生意気な女はボッコボコにしちゃえ~」

「リム姉ちゃんが負けるはずねえよ」

「ボクが代わりに戦ってもいいかな、いいかな?」


 シャニア、子犬、セシルさんがそれぞれ反応しているが、俺はちょっと何が起こっているのかよくわからないまま、ボーっと佇んで疑問を口にした。


「レン君。頭が悪い俺にもわかるように説明してくれたら、そこの屋台で売ってる美味しい昼食を御馳走したいんだけど」

「ソースは辛めでよろしく。レイ姉はオイラと違って、亜人にあんまし良い感情を持ってないんだよ。昔、レイ姉が母上にベッタリだった話はしたと思うけど、母上はトグル地方の出身じゃなかったんだ。元々は帝都に住む貴族の末娘で、クリケイア教を信奉してたから亜人蔑視の考えが強かったみたい」


 その母親に育てられたから、レイも亜人が好きじゃないってことか?

 セシルさんとはそれほど問題を起こさずにやってきただろうに。半分はヒューマンだからセーフなのか? 判断基準がわからない。


「原因は他にもあるんだろうけど、レイ姉は素直じゃないからね」

「他の原因ってなんだよ?」


 屋台のおっちゃんに銅貨を数枚手渡すと、香ばしい匂いが漂ってくる。


「……さあねえ、案外さっきの話にあった砂糖菓子の件をまだ恨んでたとかいう可能性もあるんじゃないかな」


 おっちゃんから渡された熱々のケバブもどきにかぶりついたレンは、困ったもんだと言いつつ舌鼓を打っている。


「なあ、兄ちゃんたち。事情はよくわからねえんだけどさ」


 今まで沈黙を貫いていた屋台のおっちゃんが、突然こちらに声を掛けてきた。

 なんだろう?

 年長者として、この場をなんとかする助言とかしていただけるなら非常にありがたい。


「暴れるなら、よそでやってくんねえかな」


「……ですよね」

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