1話【思想交錯】
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
さてさて、5章スタートです^^
トグル地方で最大の街エリンダル。高温多湿な気候のため、大通りでは暑さに負けまいと声を張る商売人の声が重なり、活気のある様相を呈している。
「どうだ? なかなか良い眺めだろう」
街中央にある領主館のテラスからの眺めは、領主リク・シャオが言うようになかなかのものだ。
自分が治める土地に活気があると目で見て実感できるのは、おそらく統治者にとって励みとなるのではないだろうか。
「そうですね。ところで……そろそろ先程の話の続きを聞かせてもらえますでしょうか?」
俺は眼下に広がる景色から目を離し、隣にいる人物へと意識を切り替える。
どういった情報網で知ったのかはわからないが、リクはこちらをリシェイル国王の使いだと思っているようだ。
たしかにトグル地方の土産話を王様に持って帰る予定ではあるが、王様の使いとなった覚えなど一切ない。いきなり帝国を変えるのに協力してほしいとかなんとか言われても、普通に困る。
謁見の間にはリムを含めて大勢の人間がいたため、場所を変えようと提案されて連れてこられたのが、この見晴らしのよいテラスだった。
「ずいぶんと大それたことを言ってたわよね」
暑さに包まれた外気とは裏腹に冷ややかな声を発したのは、健康そうな小麦色の肌に整った目鼻立ちの少女――レイである。
今この場にいるのは、リクの妹と弟にあたるレイにレン、そしてセシルさんだ。当初の目的を果たしたリムたちは一足先に宿に戻っているそうで、後で合流する予定となっている。
「まさかとは思うけど、リク兄……」
「そんなに心配そうな顔をするなよ、レン。俺が親父みたいに血気盛んな行動を取るんじゃないかって心配なら、不要だ」
不安の色を露わにしているレンに対して、優しく微笑む兄さんの表情は穏やかなものだ。これから戦争をしますって人間のものではないと思う。
「ところでセイジ君……こいつらもいることだし、口調は崩したまま話を続けていいかな? 正直、堅苦しいのは苦手なんだ」
リクは頭をぽりぽりと掻きながらつぶやいた。双子姉弟に対しては気さくに喋り、俺に対しては畏まって話すとかいう切り替えは面倒だろう。こちらもそのほうがやりやすい。
「まずはセイジ君の認識を確かめたい。俺がトグル地方の領主になった経緯なんかについては知っていると考えていいのか?」
それについては知っている。双子姉弟から大体のことは聞かせてもらったからだ。
リクたちの父親である前領主が、独立を勝ち取ろうと戦の準備しているのが帝国側にバレて処刑されてしまい、放蕩息子だったリクが後を継いだというものだ。
「なら話は早い。俺は元々政治なんかに興味はなかったから、腹芸はあんまり得意じゃないんだ」
容赦してくれ、と笑うリク。
「だから率直な意見を聞きたい。ここまでの旅で帝国内の様子も少しは知れたと思うんだが、どうだった?」
帝国内の様子……か。トグル領に来るまでに帝国領土を横断してきた形であるが、一言で表すならば『酷い』ものだった。
アモルファスの領主ティアモのように、善良な領主が治める土地はいいのかもしれない。
しかし、多くの街は二つの大きな問題を抱えていたといっていいだろう。
一つは、亜人への差別。
もう一つは、富裕層と貧民層の格差である。
レンから亜人を差別する原因となっているクリケイア教については聞いた。民衆に浸透した宗教的な背景を考えれば、一朝一夕で解決する問題ではないだろう。
貧富の格差については、スラム街の様子をちらっと窺う機会があったのだが、その日の晩御飯をちょっと残してしまうぐらいにはショックを受けた。同じ街に住む人々の間にこれほどまでの差が生まれるのかと疑問を覚えたほどだ。
ちなみに、残した晩御飯はセシルさんが綺麗に平らげてくれた。
「その通りだ。ここトグル地方ではそれほどクリケイア教が浸透していないこともあって、亜人への差別も少ないほうだが……俺はそういう種族差別ってのが嫌いでね」
「亜人だろうがヒューマンだろうが、可愛い女性なら大歓迎ってのがリク兄の信条だったもんね!」
「……レン。水を差すなよ」
「それなのに亜人の女奴隷を買い漁るって、なんだか矛盾してないかしら? お金で無理やりっていうのは差別より酷い行為だと思うけど」
妹であるレイの言葉攻撃に、リクは「はぁ」と小さなため息を吐いた。
「俺が亜人の奴隷を購入してるのは、別にそういったことを目的としてるわけじゃないからな。そんなのは自分で調達できるっての」
おいおい。この人さらっとすごい発言しちゃってるよ。わりと大勢の男を敵に回したんじゃないだろうか。むしろ俺も敵に回っていいだろうか。
「へぇ~、じゃあ今までに購入した奴隷に一回も手を出してないって誓えるの?」
「………………」
おい! なんで黙るんだよ! そこは胸を張って誓えばいいじゃない!
「じゃあ、なんで奴隷を購入してるんですか? ……それも女性ばかり」
レイに質問させておくと話が逸れていきそうだったため、俺は突っ込んだ問いを投げさせてもらった。
「セイジ君が言ったように、帝国における問題の一つは亜人差別だ。だから、俺はトグル領内で試験的に亜人とヒューマンが共存する村を作ってみた。購入した奴隷は解放して、そこで暮らしてもらっている。これが案外上手くいっていてな」
なんですと!?
「館に残っていた私財を奴隷の購入費用に充てようとした当初は、執事のリーガルがずいぶんと騒いでいたが、最近では静かになったな」
リクは「やっと理解してくれたか」と頷いているが、真面目そうなリーガルさんの顔を思い浮かべると苦労を察せるというものだろう。
「それなら購入した奴隷を解放して村に住まわせるなんて面倒な真似をしなくても、亜人とヒューマンが手を取り合って暮らす村作りとか、大々的に宣伝すれば良かったのでは?」
こちらの素朴な疑問に、リクは黙って首を振る。
「それはちょっと無理だな。亜人に救いの手を差し伸べるなんてことを領主が公式に発表したら、クリケイア教団に目を付けられる。というか……下手をすれば敬虔な信者が暴動を起こしかねない」
差別するのが当然だと思っている連中にすれば、真正面から『差別よくない』と言われるのは、自分の生き方を否定されるようなものだ。
「だから、領主の道楽によって購入された女の亜人奴隷が飽きられ、用済みになって捨てられたという過程が必要なんだよ」
あくまで領主としては亜人を特別扱いしているわけではない、と。
捨てた奴隷が村で頑張って生活していくぶんには、何も問題はないというわけだ。
「でも、それだと村に住む亜人は女性ばかりになっちゃうんじゃ……購入したのは女性だけなんでしょう?」
「別に亜人の男がその村に住もうとするのを禁止しているわけじゃない。不思議なもんで、男のほうは人口が勝手に増えていっている」
なん、だと?
「自慢じゃないが、綺麗どころを厳選して購入したからな。男は単純なんだよ」
「わかる、オイラにはその気持ちがわかるよ!」
「サイテーね」
「うーん。ボクもここはレイちゃんに賛成かな」
レン、レイ、セシルさんの反応はそれぞれだ。
外見で判断されることに、女性陣は不快感を露わにしている。
つまり、綺麗な亜人女性が住んでいれば、単純な男どもは勝手に集まってくるだろうってことか。
客寄せパンダ万歳である。
レンは激しくそれに同調したことで非難の視線を浴びているようだ。まあ、男だってそんなに単純ではないと思うけどさ。やはり人間というのは中身が大切でしょうよ。
「くっ……セーちゃんにはオイラの気持ちがわかるでしょ!? リムちゃんを追ってわざわざこんなところまで来たんだからさ!」
あ、本気かこいつ。
こんなところで声を大にしますか。そうですか。本当にありがとうございました。
「あ……やっぱり、今の無しで」
口にしてから不味いと思ったのだろう。レンはギュッと唇を真一文字にして閉ざした。
「レン、お前にはどうしても言っておきたいことがある。聞いてくれるか?」
「な、なんでせうか? オイラは何も――いらブふ!」
ズンッ! と拳に伝わる感触は、正しく人体を打ち貫いた衝撃。
「せ、セーちゃん、最近……なんだか、レイ姉に似てきた……ね。ガフッ」
肋骨が折れない程度には加減したが、ヒビぐらい入っているかもしれない。レイが弟に対して肉体言語で会話することが多い理由が最近はちょっとわかってきた。
殴らなきゃわからないこともある。殴ることを……強いられているんだ。
「――さて、弟も回復したことだし、話の続きといこうか」
レンが立てるぐらいには回復した頃合いで、リクが言葉を述べた。
「亜人がどうこうっていうのは、俺も試験的に色々とやってはいるが……すぐに解決できるというもんじゃない。まあ、貧富の格差だって然りだけどな」
そりゃ、国が抱えてる問題をすぐに解決できる一手みたいなものがあれば、もうすでに誰かがやっているだろう。
「貧富の格差が生まれるのは、根本を突き詰めれば一部の人間が富を独占して貯め込むってのが原因だ」
極論だが、間違ってはいないと思う。
「もちろん、才覚のある人間が他者より努力して築き上げた財産を否定するつもりはない。問題なのは、地道に働いている人間から一部の強欲な権力者が利益を奪っていくことだ」
「……ふん。遊び呆けていたリク兄がずいぶんと立派なこと言うものね」
「レイ、ちょっとだけ俺のことは棚に上げさせといてくれよ」
話の腰を折られたリクは、ため息を吐いて言葉を続ける。
「トグルはまだ気候に恵まれているが、身を粉にして働いても、重税で冬を越すのがやっとの蓄えしか残らない村だって帝国内には多い。寒さが厳しい北部地方のペルミア卿などは自治領の税を可能な限り低くしているが、それでも限界はある。規定の額を帝都に納める必要があるからな」
重税っていくらぐらいだろう。七公三民ぐらいか? いやいや、さすがに七割も税金で持っていかれたら暴動が起こるんじゃないかな。働いても暮らしていけないのに働く理由ってないよね。
……ああ、だから仕事を辞めて途方に暮れた末にスラム街に行くわけですか。納得です。
「そんな状況がずっと続いてるんですか?」
「ミハサ様が皇帝に即位され、大臣のギルバランが政務のほとんどを仕切るようになってから、さらに状況が悪化したといえる」
ミハサミハサ……えーと、たしかレンの話によると、十五年前に一歳で皇帝に即位したとかいう女の子か。大臣のギルバランとかいう人物は初耳だが、かなり善意的に解釈しても傀儡政権の臭いがプンプンする。
……そろそろハッキリさせておこう。
「大体のお話はわかりました。ですが、トグルの領主であるあなたが、リシェイル国王にあのような手紙を送った真意がわかりません」
こちとら十八歳の健全(?)な青少年だ。腹の探り合いで年長者に勝てるなんて思わない。
腹芸が苦手だから容赦してほしいと笑っていたのが、すでに腹芸の一つかもしれないのだ。
ここは素直に相手から得た情報をそのまま王様に伝えるのが吉だろう。傀儡政権を討つための反乱に力を貸してほしいとかだったら驚きだけどさ。
「そう警戒しないでくれ。親交を深めたいというのは本当だ」
「どういった理由でですか?」
俺の問いに、リクは少しだけ逡巡してから口を開いた。
「端的に言えば、帝国西部の有力貴族であるフェルト卿を口説いてほしいんだよ」
口説く……?
「現状を嘆くだけでは事態は好転しないからな。各地方の有力諸侯と協力して皇帝陛下と大臣殿に陳情するのさ。さすがにやり過ぎじゃないか? ってな。北部のペルミア卿なんかは乗り気だし、東部のライセン卿も俺の説得に折れてくれそうな気配を見せてる。南部のルドワール卿と西部のフェルト卿が……これからってところだ」
そういうことか。まず話し合いからというのは素晴らしい精神だが、皇帝に意見して処罰されたりはしないのだろうか。
「さすがに東西南北の有力諸侯からの意見を無視はできないだろうよ。ルドワール卿は頭の堅い頑固オヤジだが、まだ攻略の手はありそうなんだ。しかし、フェルト卿は自分が確実な利益を得られる場合にしか動かんような人物でな。レーベ山脈という国境を挟んで長年フェルト卿と付き合ってきたリシェイル国王のほうが、扱いは上手いんじゃないかと思ったわけだ」
つまり、親交を深めてから扱いに困っているフェルト卿の説得を手伝ってほしいってわけか。
ふむふむ。大体のイメージは掴めてきた気がする。
あの破天荒な王様がどういった行動を取るかなんて、まったくわからないけども。
「……お話はわかりました。俺はそろそろ失礼させてもらいます」
「もう行くのか? 晩餐ぐらい用意させるぞ」
わりと唐突に帰ると発言した俺に対して、リクがそんな言葉を掛ける。
「勘違いしているようですから言っておきますが、俺は一介の冒険者であって王様の使いとかじゃありません。領主様にご飯を御馳走される謂れがないです」
元々はリムが心配で領主館に踏み入ったわけだが、本来ならここまで突っ込んだ話をする予定もなかったのだ。土産話には十分すぎる。
「そうか……わかった。レイとレンはどうする?」
それは、今後の身の振り方をどうするのか? という意味を含めた問いだろう。
「いまさらエリンダルで暮らすわけにもいかないし、リク兄への挨拶も済んだから、オイラはもう少しセーちゃんと一緒に旅することにしようかな」
「ワタシもレンと同意見……だけど、ちょっとリク兄に訊いておきたいことがあるの。悪いんだけど、セイジたちは先に宿に戻っててもらえる?」
手をひらひらさせながら、レイは珍しく穏やかな表情でこちらを見つめている。
「……なんかよくわからんけど、刃傷沙汰とか本当にやめてくれな。俺たちがこの街に滞在してる間とかは特にさ」
たしか、レイは自分のお兄さんにあまり良い感情は持っていなかったはずだ。
「なんでそうなるのよ!? 別に今そんな顔してなかったでしょうが!」
「いや、いつにない穏やかな感じが逆に」
「こ……のっ!」
「ま、まあ落ち着きなよ、レイ姉」
拳を握りしめたレイをなだめるように、レンが間を割って仲裁してくれた。
結局は俺とセシルさんが先に宿に戻ることとなり、双子姉弟だけが残ってちょっとだけリクと話をする形となったのだった。
うむ。肋骨が痛むだろうに、頑張る姿って素敵だよね!
◆◆◆
セイジが何度か心配そうにして振り返りつつ、セシルとともに帰っていくのを見届けると、レイは改めて自らの兄に対して向き直った。
「――ずいぶんと変わったもんね。リク兄」
「あの頃の俺と比べられると、そう思われるのが当然だろうな。なにせ女の尻を追いかけることを生きがいとしていたような男だ。それにしても……本当に大きくなったもんだな。お前が妹だと知らなければ、当時の俺なら口説いていたかもしれないぞ」
うんうんと頷きながら、リクは自分の妹の成長を嬉しがっている。
「あー、そういうのホントに気持ち悪いからやめて? 今ナイフ抜きそうになったんだけど」
腰の後ろに伸ばしたレイの指先が、チャリッという金属音を奏でた。
「で、でもさ。リク兄ってば本当に立派になったよね。この帝国を変えようと頑張ってるなんて、初めて知ったよ」
不穏な空気を洗い流すかのように、レンが口を挟む。
「どうだろうな? 私財を食い潰して奴隷を購入するわ、勝手に各地を飛び回ってろくに帰って来ないわで、前も執事のリーガルから小言をもらったばかりだぞ。難しい書類仕事なんかは親父の代からの人間がまとめてくれてるし、俺は重要なものに目を通すぐらいだしな。領主館で大人しく椅子を温めている時間は昔とそう変わらないと自負している」
「そんなこと、堂々と胸を張って言うことじゃないでしょ」
呆れたように声を漏らしたレイは、リクに厳しい視線を送る。
(……でも、認識を改める必要があるわね)
目の前にいるこの男は、ただの愚か者というわけではない。
父親の代では、ペルミア卿やライセン卿などと特に交流があったわけではないのだ。先程の話が本当だとすれば、リクが領主となってから親交を深めたことになる。女を追いかけるのには長けていたが、軽いフットワークは相手が女でなくとも健在らしい。
「それで、俺に何か訊きたいことがあったんじゃないのか?」
「……潔いわね。こっちも時間が惜しいから、単刀直入にいかせてもらうわ」
「ちょっ!? レイ姉、もしかして本気で疑ってるの?」
剣呑な空気を察知した弟のレンが心配そうな顔をしているが、そんなのはレイの知ったことではない。
「あいつ――父さんが計画していた反乱を、帝国側に密告したのはリク兄でしょ?」
突然疑惑に満ちた眼で見つめられても、リクにさほど動揺は見受けられない。
「そういうことか。道理で、そんな殺気立ってるわけだ。徴兵された先では厳しい訓練に耐えたと聞いている。今のお前には俺を殺すのも容易いことなんだろうな」
「話を逸らさないで」
「期待に沿えなくて残念だが、それは違う。処刑された親父の息子である俺が、すぐに領主として後を継ぐことになったのは、反乱を起こす気概もないと思われたからだろう。見ての通り、俺にできるのは皆と協力して税金を軽くしてくれと陳情する程度だ。親父のように武力に訴える勇気なんぞ欠片もない」
レイの威圧するような視線を受けても揺るぐことなく、リクは否定の言葉を発した。
「じゃあ……あのとき父さんと口論していたのはどういった理由なの?」
「あのとき?」
「暑さで寝苦しかった夜、廊下で涼んでいたら偶然見ちゃったのよ。父さんとリク兄が執務室で言い争ってる姿をね」
父親に無関心だったリクが、どういった理由で、何を想って言い争うことになったのか。
帝国側に情報が漏れ、両親が処刑されたのはそれからすぐのことだ。
レイが疑うのも当然といえた。
「……あれは一度だけ親父を説得しようとしたんだ。今のままで十分じゃないか、ってな。案の定怒り狂って追い出されたよ」
「その腹いせに裏切ったの?」
リクはそこで大きく息を吐き、雲一つない真っ青な空を見上げてから肩を落とした。
「あのなぁ……もう少しぐらい自分の兄貴を信じてもいいんじゃないか? そんなことするわけないだろ」
「あの頃のリク兄の、どこを信じろってのよ」
美人の女性を見れば鼻の下を伸ばし、街にある酒場には借金を作り、困り果てると父親に借金の肩代わりを願い出てくる放蕩息子。
「それは否定できないけどな。ともあれ、レイが疑ってるような真似はしていない。領主リク・シャオの名にかけて誓ってもいい。なんなら勘の良いエルフでも引っ張ってくるか? 俺が嘘を吐いているかぐらい見分けるだろう」
相手の感情を読み取ることに長けているエルフならば、それも可能かもしれない。レイの脳裏には以前顔を合わせたことがあるエルフ――イリィの顔が浮かんだが、すぐさま思考から追い出しにかかる。
ジィッ、と兄から視線を逸らさずにいた妹は、そこでようやく表情を緩めた。
「相手が嘘にまみれた言葉を吐いているかどうかぐらい、ワタシにだってわかる」
「……判定は?」
「保留ね。とりあえずは信じておくことにするわ」
「そうかい。じゃあ俺も、妹に信じてもらえるのは嬉しいもんだと喜んでおこう」
「ふん。それじゃ」
用事は済んだとばかりに踵を返そうとする背中に、リクが先程と同じく声を掛ける。
「どうだ? 今晩は家族水入らずで食事でも」
「遠慮しておくわ。十年以上も顔を合わせていなかった家族と食事だなんて、お互いに気を遣うでしょうからね」
レイはそんな誘いに愛想笑いを浮かべ、丁重に辞退した。
弟のレンは、迷った末にリクに会釈をしてから姉の後ろについていく。
「ちょっと……昔を思い出したな」
双子の姿が見えなくなってから、リクは眼下に広がる街並を眺めながら小さく何かをつぶやいた。
「久しぶ……会えた……のに、残念―――……な。お前と――――」
わずかに唇を動かすことで発せられる音は、遠くから聞こえる街の喧騒に容易に溶けてしまい、それは誰の耳にも届くことはなかった。
まだまだ寒い季節ですので、皆様ご自愛くださいませ。
更新はしばらくは一週間毎ぐらいを予定していますb