16話【領主リク・シャオ】
「ここか」
双子の案内で駆けつけた領主館は、エリンダルの中央部にある一際立派な建物だった。
派手さや豪華という言葉が相応しいとは思わないが、堅牢な造りであるように見受けられる。設置されている見張り塔には人影を確認できるし、周囲の壁も十分な高さと厚みがあるからだ。
「領主様への謁見希望か? それなら可能な日を確認するから、ちょっと待っていろ」
門番と思われる兵士がそんな言葉を口にした。
「今は獣人の女の子が領主様に謁見していると思うんですが、俺達はその子の知り合いなんです。一緒に中へ入れてもらえないでしょうか?」
「……許可できんな」
俺の後ろには、顔を隠している双子にセシルさん、さらにシャニアにテッドもいるため、かなり大所帯である。寝坊しなければ謁見に加わるはずだったシャニアだけなら許してもらえたかもしれないが、全員を通せというのはちょっと無理があったか。
だが、俺はここで引き下がるわけにはいかない。
「そこをなんとか、急いでるんです」
「……あまりしつこいと、牢屋に通すことになるぞ」
食い下がる俺に対して、兵士の口調が荒いものに変調し、持っていた槍を向けてくる。
冷静であればここで引くべきだと悟ったはずだが、残念ながら現在の俺はちょっぴり興奮気味だ。
突き進もうとする俺に対して、兵士は槍で行く手を阻む。
俺は目前にある槍の穂先を指で掴むと、ゆっくりと歩き出した。進行を阻止しようとした兵士は両手に持つ槍に力を込めたようだったが、こちらの歩みを止めるには至らず、掴んでいた穂先が飴細工のようにグニャリと曲がっていく。
「どいてください」
「くっ……」
兵士は力量差を感じ取ったのか、すぐさま大声で応援を呼んだ。
声に反応してわらわらと姿を現した兵士達は、一様にこちらに警戒の意を示している。力ずくで領主に会わせろという輩がいれば当然の反応だ。最初は大人しく謁見を申し込んだんだけどさ。
「ちょっと……あんたこれ、どうする気なのよ?」
兵士に取り囲まれた状況の中、レイが問いかけてくる。
「ごめん。何も考えてなかった」
「はあ!?」
若さ故の勢いって怖いよね。
俺が早すぎる反省モードに移行しようとしていると、館の大扉が開いて誰かがこちらに駆けてくる。
「何事ですか? この騒ぎは」
髪に白いものが混じり始めている初老の男は服装からすると執事のようだが、兵士達も動きを止めたため、わりと領主館において地位の高い人物ではなかろうか。
「リーガル!」
初老の執事にそう呼びかけたのは、顔を隠していたレンである。
「なぜ、私の名前を?」
訝しげに疑問を口にしたリーガルとやらを前にして、レンは顔を覆っていた布をほどいて素顔を露わにした。褐色の肌に整った容姿。それはきっと、幼少時代においても変わりはなかっただろう。しばし沈黙していたリーガルさんは、驚きと喜びを織り交ぜた表情で声を上げた。
「ま、まさか……レン坊ちゃま! レン坊ちゃまでございますか!?」
「いや、もう『坊ちゃま』っていう歳でもないけどさ」
「リーガルがいてくれて助かったわ。この兵士達、知らない顔ばっかりなんだもの」
レイも目深に被っていたフーデッドケープを脱ぎ去ると、こちらもリーガルさんが破顔した。
「レイお嬢様も! ご無事で何よりです」
二人が帝国に強制徴兵されたのは十年以上前の話だから、若い兵士と面識がないのは当然かもしれない。
それにしても『お嬢様』ね……プッ。
「……なに笑ってんのよ」
「い、いや別に」
心の内だけに留めていたはずが、顔に出てしまったようだ。危ない危ない。
「とにかく、兵士の皆さんは武器を納めてください。ここは私にお任せを」
長年勤めている執事の言葉に、俺達を囲んでいた兵士達はゆっくりと武器を下ろしてくれたのだった。
――その後、リーガルさんに案内されて領主館を奥へと進んでいく。現在謁見しているリムという女の子が知り合いだと話すと、リーガルさんは俺の心配を汲んでくれたかのようで、「案内しましょう」と言ってくれたのだ。
初対面の俺にこうも親切なのは、レイとレンが一緒であることが大きいだろう。
「なーんだ。兵士達を全員やっつけちゃうのもアリだと思ったんだけどなぁ。というか、ボクはリムって女の子がセー君の何なのか気になってるんだけど」
「こんな東の土地まで追いかけてくるんだもん。そんなの決まってるじゃん」
セシルさんとシャニアが、廊下を歩きながらそんな会話をしている。
「だから言ったでしょう。街で一緒に依頼を受けたりしていた冒険者仲間ですよ」
「え~~本当にぃ?」
にやにやと笑みを浮かべるシャニアは、100%楽しんでいるようにしか見えない。
俺は魔法の道具袋から大量買いしておいた紙を一枚だけ取り出した。ごわごわとした手触りは品質の良い紙とはいえないかもしれないが、使い捨てる分には十分である。
高級な羊皮紙と黒インクペンがセット販売されていたが、そこまで必要性を感じなかった。紙と一緒に安く購入した木炭ペンでさらさらと文字を走らせる。
「ん? それ、何書いてんの」
『ベルガへ。スーヴェン帝国の東部、トグル地方の主都エリンダルにて捜していたシャニアという人物を発見。至急来られたし』
「俺がテイムした魔物なら、丸一日もあれば手紙を本人に届けることができるから」
無言となったシャニア。
「……えーと、ごめんなさい。もう言いません」
どうやら理解してくれたようで何よりだ。
そんなやり取りを呆れた顔で眺めるレイに、面白そうに見やるレン、そしてまだちょっと納得していないセシルさんに……なぜか俺を疑わしい目で見てくるテッドとかいう獣人少年。まあいい、この少年のことは空気だと思うことにしよう。
こうして、ぞろぞろと館内を歩く面々は謁見の間へとやって来たのだった。
武器の携帯は許可されていないため、扉の両脇に控えている兵士に皆の武器を預ける。
分厚い木の扉がわずかな軋みとともに開かれ、室内へと足を踏み入れた。
謁見の間――幅のある長い群青色の絨毯が一直線に敷かれ、最奥にある椅子まで続いている。おそらくは椅子に座っている人物こそが領主であろうが、俺の目には絨毯の上にぽつりと佇む獣人の少女の姿だけが映っていた。
栗色の髪は少し伸びたようだ。今は出発時に渡した髪飾りで髪を後ろに結わえており、こちらを振り返った際にポニテがふわりと揺れた。琥珀色の瞳は変わらずに澄みきった色をしており、色白な肌に浮かぶ薄桜色の唇がきゅっと横に結ばれている。
「せ……イジ?」
振り返ったリムがこちらを認めて声を漏らす。それとともに、やや緊張していた顔つきが緩んでいくのがわかった。
久しぶりに会えた喜びから、ほんの少しだけ俺の視界が涙でぼやける。
「え、シャニアにテッドまで……どうしたの?」
「どうしたの? じゃないよ~! なんでわたしを置いていっちゃうのさ。亜人の奴隷を購入してる変態領主に会いに行くっていうのに、一人でなんて危ないと思わなかったの?」
おいおい、シャニアさんよ。本人が目の前にいるときにはオブラートに包みましょうや。
「だって、シャニアって寝てるときには何しても起きないんだもん」
「ぐぬぅ」
すぐさま黙りこむシャニア。この子、ツッコまれると弱いタイプだ。
「……またずいぶんと客の多い日だな。リムさんといったね。母上の特徴は教えてもらった。もし私が奴隷の中でそういった人物を見かけたなら、必ず連絡すると約束しよう」
「はい。ありがとうございます」
奥の椅子に座っている男はリムにそんな言葉を述べた。再会の涙を拭い、ようやく双子の兄であるリク・シャオとやらを見やる。
切れ長の目に健康そうな褐色の肌。レンのように整った容姿であることは予想していたが、年齢という深みが加わったことで大人の魅力が満載だ。甘ったるい匂いが漂ってきそうなので、咳き込むフリをして吐き出しておこう。いや、嫉妬とかそんなのではなく。
……どうやらリクの話した内容から察するに、リムの母親ミレイさんの手がかりは得られなかったようだな。
「ところで、セイジはどうしてここに?」
あまりにも当然すぎるリムの疑問。
「冒険者として色々と見聞を広めたいって話はしてただろ。王都ホルンは満喫したから、次は別の国も見てみたいと思ったんだ。そうしてエリンダルまで来たら、たまたまここにいるシャニアとテッドからリムの話を聞いてさ。ちょっと心配になって」
……うん。嘘は言っていない。元々世界を旅したい気持ちはあったんだ。そこに王様からトグル地方の土産話をよろしくと言われただけであって、何もやましいことはない。
一つだけ嘘といえる事柄があるとすれば、『たまたま』と口にしたことぐらいだ。
「そっか。心配してくれてありがとう。久しぶりにセイジに会えて嬉しいよ」
笑顔を浮かべた彼女は、別れたときと同じように手を差し伸べてきた。
相も変わらず小さな掌は、やはり魔物と素手で戦う少女のものとは思えない。握り返した感触は柔らかいものだった。
「さて、そろそろ感動の再会は終わったかな。どうやら……こちらも家族との感動の再会が待っているようだ」
リクの視線が、俺の隣にいるレイとレンに向けられる。
「久しぶりだな。レイにレン……大きくなったもんだ」
やや口調を崩したリクは、すでに妹と弟に気づいていたようだ。
「なんだ、気づいてたの? もうワタシ達の顔も忘れてるんじゃないかって思ってたわ」
「リク兄……」
「はは。レイはずいぶんと気が強くなったんだな。昔は母上に甘えてばかりで、俺にもろくに話しかけてこなかったのに」
自分のことを『俺』と言う辺り、領主というよりも一人の兄として接しているのだろう。
「これでも二人のことは心配していたんだぞ。無事に顔を見れて嬉しいよ」
そう口にして、リクは続けてこちらに顔を向けた。
てっきり、お前達は誰だ? とでも言われるのかと思っていたが、眼前の男が述べた言葉は予想外のものだった。
「君は……セイジ君だね。リシェイル国王からも一目置かれる冒険者。会えて光栄だよ」
――なっ!?
ばれ……てる!?
「すまない。驚かせるつもりはなかったんだ。あのような手紙を隣国の王に送っておいて反応が気にならないほど、私の心臓も強くないものでね」
王様が俺を派遣したという情報をどこからか入手したのだろうか。
武器は預けてしまっているものの、いざとなれば体術と魔法を駆使してこの場を離脱しようと考えていた俺は、少しだけ警戒を緩める。
そんな様子を見て、領主リク・シャオは至って真面目な表情で言葉を紡いだ。
やはり、相手がどういった人物かを知るためには……自分の目で見ることが大切だと痛感させられる。
――遊び人で女好き?
――放蕩息子で駄目兄貴?
たしかに、それはこの人の一つの側面だろう。
「――率直に言おう。今のスーヴェン帝国を変えるために、ぜひ協力していただきたい」
これにてWEB4章は終了となります。
読んでいただき、まことにありがとうございました^^
5章開始まではちょっと時間が空きますが、
開始時期などは活動報告に載せておきます。
【5章予告】
セイジが小規模ながら自分の拠点をつくることになります!
仲間の育成、拠点拡大、資金集め、周囲の人物からの信頼獲得、未発掘の遺跡探検などなど、スキルを駆使して頑張っていく予定です。
拠点・・・それは男の浪漫!
お楽しみに!
【書籍情報】
ライオットグラスパー3巻は本日11/25日に発売です!
ぜひ、お手に取っていただければ幸いです。
活動報告『ライオットグラスパー3巻発売』にも情報を載せておきます。
よろしければご覧ください。