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15話【出会い】

 エリンダルは、たしかに領主が居を構えるのに相応しい大きな街だった。

 大通りに面する店では色彩豊かな野菜が陳列されて活気のある声とともに売買されており、軽食などを販売している露店からは香ばしい匂いが漂ってくる。まだ日も暮れていないというのに、酒場からは賑やかな笑い声なども聞こえてきた。


 遊び人である男が領主となれば領地は荒廃していくものかと思っていたが、どうやらそんな様子は表面的には見受けられない。


「あ、これ美味い」


 牛肉や豚肉を一口サイズに切り分け、甘辛いタレを塗って炭火で香ばしく焼き上げた串焼きを頬張りながら、俺は通りを歩いていた。


「こうしてエリンダルに到着したわけだけど、セーちゃんのご予定はどんな感じ?」

「んぐ? そうだなぁ……」


 串に残っていた最後の一切れを胃袋へと落とし込み、俺はレンの質問へと言葉を返す。

 王様からは特に何の指示も受けていない。強いて言えば、俺が見聞きしたことをありのままに旅の土産話として聞かせてほしいと言われたぐらいか。

 領主であるリク・シャオの動向を探るといったミッションなどは存在しないのだ。


「あ、懐かしいなぁ。ここ」


 俺が思考している横で、レンが通りに建ち並ぶ店の一つを指で示した。外観からは酒場だと思われる。


「なに、あんたここで暮らしてたときはまだ小さかったはずでしょ。なんで酒場なんかを懐かしがってんのよ」


 弟の言動を不思議に思ったのか、レイが疑問の声を上げた。十年以上も前となれば、さすがに双子姉弟は酒を楽しめる年齢ではなかっただろう。


「レイ姉は母上にべったりだったからいいけど、父上は執務で忙しかったし、オイラに色々と教えてくれたのはリク兄だったんだよ」


 ああ……たしかレンはお兄さんと仲が良かったんだっけ。


「リク兄は、作法やら勉学を家庭教師から詰め込まれて疲れきってたオイラを気遣ってくれたんだ。街で売られてるお菓子なんかをこっそりくれたり、ばれないように外出して森の探検に連れて行ってくれたりね」


 懐かしそうに瞳を宙に浮かせ、レンが過去を振り返っている。

 森に落ちている枯れ木などを使い、どうやら剣の稽古などもしていたらしい。


「一番印象的だったのは、夜中に館を抜け出して一緒に街の酒場に行ったことさ。身分がばれないように服を着替えてから、庭を巡回している見張りの兵士に気づかれないよう忍び足で歩いていく緊張感。楽しかったよ」

「あんたそんなことしてたの? まあ、刺激的なことは少ない生活だったけど」


 レイは呆れたような口調で弟の話を聞いている。しかし、領主館に刺激的な出来事が頻繁に起こればそれはそれで問題だろうな。


「なんとか館を抜け出してからは、夜道をリク兄と一緒に歩いていくんだ。夜中には街の明かりもほとんど消えちゃってるけど、しばらくすると酒場なんかのまぶしい光が辺りを照らしていって、身体全体を包んでいく」

「小さい子供を夜中に連れ回すのは、さすがにどうかと思うわよ」

「今から思えばね。でも、みんないい人達だったよ?」


 楽しそうに語るレンは、当時の情景を思い出しているのだろう。


「酒場の扉を押すと、喧騒が溢れ出したんだ。酒の飲み比べ勝負をしている人。飲み潰れて突っ伏している人。賭け事に夢中になっている人。女性を必死に口説こうとしている人。純粋に食事と酒を楽しんでいる人。色んな人がいたなぁ」


 館に閉じこもっていては、出会うことすらなかったであろう人達。


「変かもしれないけど、子供ながらに気分が高揚したよ。店内を明るく照らす光が、暗い夜道とは正反対の世界を築いてたっていうのかな……リク兄はよく酒場に顔を出してたみたいでさ。すぐに大勢の人に囲まれて酒を飲まされてた。そうそう……オイラのことをリク兄の子供と勘違いした人もいて、ちょっとした騒ぎになったっけ」


 女性数人に取り囲まれたリクは、頬を叩かれたり、引っ掻かれて大変だったそうだ。最終的にはさすがに年齢的にあり得ないだろうという話に落ち着き、レンは店主が出してくれたミルクなどを大人しく飲んでいたという。

 小さかったレンは愛嬌があって可愛らしく、酒場にいた女性陣にたいそう受けがよかったらしい。そんな輪の中にリクも混じり、他の男達もやってきては楽しく酒を飲み交わしていたそうな。


 なんだか、そんな話を聞くと俺の中にあるリク・シャオの人物像が崩れていく。遊び人のダメな人……というイメージだったのだが。

 弟想いで優しく、小さい弟を夜中にこっそりと連れ回し、口説いていた女性陣から勘違いされてボコボコにされる……あれ? やっぱりダメな人だこれ。


「んん? レン君とレイちゃんは昔ここに住んでたって聞いたけど、今の話の感じだとかなり上流階級の暮らしをしていたのかな?」


 セシルさんは、この二人の出自について詳しいことは知らない。


「セシル姐さんには話してなかったけど、この街の現在の領主はオイラ達の兄にあたる人物なんだよ。色々と理由があって離れて生活してたんだけどさ」

「へえ! そうなんだ。せっかく故郷に帰ってきたんだし、お兄さんに顔を見せに行ってあげれば喜ぶんじゃない?」


 ふむ……セシルさんの言う通りかもしれない。レイとレンはここエリンダルに到着するまでの道案内という役割で同行してもらっていた。王様から特別に釈放許可をもらった代わりに、この二人は文句も言わずに(※善意的な解釈)役割をこなしていたのだ。


 しかし、そんな役目も目的地に到着してしまえば終わり。二人がお兄さんに会いに行くというのならそれもいい。

 なるほど。レイが昨晩に珍しく、非常に珍しく、素直に感謝の言葉を口にしたから何事かと思ったのだが、あれは別れの言葉だったのかもしれない。

 俺のほうは無理に領主に会う必要はないし、必ずしも有益な情報を持ち帰らなければならないわけでもない。王様の思惑通りに動いてたまるかという反抗期真っ最中である。そんなことよりも大切なことが俺にはあるのだ。


「二人がお兄さんに会いに行くのなら止めはしないけど、今日はさすがに無理だろう。落ち着けそうな宿でも探そう」

「そうね。それに、会いに行っても歓迎されるとは限らないもの」


 やけに尖った感じの物言いをするレイは、弟と違ってあまりお兄さんであるリクに良い印象を持っていないようだった。


 そんな会話をしつつ、エリンダルの街を散策しながら宿屋を探す。


「ここにする?」


 看板に記載されている宿泊料金、建物の小奇麗さを見るに、お手頃そうな物件を前にしてセシルさんが聞いてくる。


「いえ……向かい側にここよりちょっと大きめの宿屋が見えます。目的地に到着したお祝いも兼ねて、今日は奮発してあっちに泊まりましょうか。セシルさんの分も今日は俺が払いますよ」

「やった! さっすがセー君。男前!」


 破顔したセシルさんは俺へとそんな褒め言葉を送ってくれたが、あなたのほうが男前です。

 宿泊手続きを済ませ、部屋で少しのんびりしてから皆で晩御飯を楽しみ、辺りも暗くなってきた夜更け。

 俺は自分の部屋を出て、宿屋の裏手にある騎獣舎のほうに足を向ける。

 空に向かって小さく指笛を鳴らすと、しばらくすると黒い影が地上へと降り立った。

 鋭い牙を有する大型の鴉のような魔物は、ブラッドレーベン――クロ子である。クロ子からは定期的に報告を受けており、直近の報告ではリムがエリンダルに到着したと受けている。


「――それで、リムがどこの宿屋に泊まっているかはわかったか?」

『もちろんです。ご主人は本当に変態野郎ですね』


 ……お聞きいただけただろうか? この口の悪さ。いや実際には喋っているのではなく、クロ子の思考が俺に伝わってくるのだが。


「何か起こってからじゃ遅いんだよ。居場所ぐらい把握しておいて何が悪い。それで、場所は?」

「クァァ」

「……え? 本当に?」


 驚いたな。リムが同行者とともに宿泊しているのは、さっきセシルさんが勧めてくれていた宿屋だった。つまり、通りを挟んだ向かい側の建物にリムが寝泊りしているらしい。


『白々しいですね。いっそのこと同じ宿に泊まれば良かったのに。わざわざ向かい側の宿に泊まるところなんか、ますます危険人物として磨きがかかったといえます』

「いや、本当に偶然だから。というかクロ子はもうちょっと言葉遣いに磨きをかけてくれよ」

『はて? 言葉の切れ味には磨きをかけているつもりですが』

「……お前がわざと俺のライフポイントを削りにきてるのはよくわかった。まあ、リムにいきなり会っても何話していいかわからないから、これで良かったような気はするよ」


 俺は腰にある魔法の道具袋から包んでおいた肉の切り身を取り出し、クロ子に食べさせてあげる。かなりの量だったが、ぺろりと平らげたクロ子は満足したように鳴いてから翼をはためかせた。




 ――翌朝。


 旅路の疲れもあったため、やや遅めに朝食を皆で囲んでいると、隣の席に座っていた宿泊客が話している内容が耳に入ってきた。

 身なりからすると商人のようだ。


「……まいったよ。道中でそいつらからお勧めの奴隷を買わないかって言われ続けてさ。試しに覗いてみたら亜人ばっかなんだもんなぁ」

「ってことは、やっぱり噂は本当なのかもな。まあ……人様の趣味にどうこう言うより、俺らは真っ当な商品で儲けを出していこうぜ」


 そう口にして、商人風の男達は席を立った。


「……今のって、どういう意味かわかる?」


『奴隷』『亜人』『噂』などなど、気になる単語がいくつかあった。


「たぶんだけど……奴隷商人とかの馬車が道中で一緒だったんじゃないかな。それで奴隷の購入を勧められたとか?」


 パンとスープを交互に口に運び、もぐもぐと動かしながらレンがつぶやく。


「亜人の奴隷と関係する噂っていうのなら、ワタシが思い当たるのは一つだけね。前から個人的にトグルの情報は集めてたんだけど、最近になって亜人の奴隷を大量に購入している人物がいるって話よ。それも大半が女性らしいわ」


 亜人の女性ばかりを……なんというけしからん人物だ。


「誰がそんなことを?」


 レイの目つきがまるで虫を見るかのように冷たいものとなっている。なんで俺をその目で見るんだよ。やめろよ。


「…………………………エリンダルの現領主様よ」

「ぇ」


 その、えーと、つまり、自分のお兄さんでございますか。

 ……そりゃあ、レイにしたら良い気分ではないだろう。


「でも、女性を口説くことに生きがいを感じていたリク兄が、奴隷を買って満足するとはオイラには思えないんだよなぁ」


 大皿に盛られているソーセージをむしゃりと食べながら、レンは不思議そうな声を上げた。


「それこそ、会ったときに聞いてみたらいいかもな」


 自分の腹が満たされたことを十分に感じてから、俺はナイフとフォークをテーブルの上に戻す。


「とりあえず、準備ができたら宿屋前に集合しよう」


◆◆◆


 どうやら俺が一番早くに来たようで、他の三人はまだ姿を見せない。

 ふむ。レイとレンはおそらくお兄さんに会いに行くつもりだろう。いまさらエリンダルで生活するのは無理かもしれないが、兄弟兄妹として挨拶ぐらいはしておくべきだと思う。


「さって……俺はどうしようかな」


 冒険者ギルドにでも行けば、面白そうな依頼もあるだろうか。

 そんな考えを巡らせていると、通りの向こう側で誰かが叫んでいるのが聞こえてきた。


「ちょっと、ちょっと~~~~!! なんでわたしが留守番なのよ!」

「シャニア姉ちゃんが今までぐっすりと寝ちゃってたからだろっ」


 騒いでいるのは、鱗の軽鎧を身にまとった紅髪の少女だった。セミロングの髪をわしゃわしゃと掻き、ギャーギャーと声を上げている姿はかなり目立つ。誰かさんと同じく、黙っていれば可愛い系の少女である。


「――なに? あのうるさいの」

「れ、レイ!? お、驚かすなよ」

「いや、別に今のは普通だったでしょ」


 準備を終えた双子姉弟とセシルさんは、宿屋から出てきたところのようだ。


「いや、なんだか騒いでる紅髪の女の子を、獣人の小さい男の子がなだめてるって感じかな」


 なおも二人の言い争いは続いている。


「せっかく領主様に謁見できる機会をもらったのに、寝坊するんだもん! これでリム姉ちゃんが危険な目に遭ったらシャニア姉ちゃんのせいだかんな」

「なによぉ? それならテッドが一緒に行けば良かったじゃないの」

「言っただろ。おれは男だって理由だけで謁見を拒否されてんだよ!」


 ……ちょっと待った。リム姉ちゃん……? リム、だと。

 それに、あの紅髪の少女の鱗っぽい鎧にシャニアという名前は……まさか。

 俺は無言で足を動かす。

 気づけば、言い争う二人のすぐ傍まで来ていた。


「あの、すみません」


 俺の言葉に、少女と少年がこちらを振り向く。


「その、失礼ですがあなたはシャニアさんでよろしいですか? もしかするとベルガっていう人を知って――」


 ズギャンッッッッッ!!


 なん、だと……?

 紅髪の少女は俺がベルガという単語を発した瞬間、飛び退った。パラパラと足元の石畳が砕け割れていることから、尋常ではない圧力が彼女の足から地面へと伝達されたものと思われる。


 瞬きする間に十メートルほどの移動を可能にした身体能力は、明らかにヒューマンの少女が有するものではない。人違いでないかを確かめるため、念のためステータスを確認して――


 ……か、確認できない!?

 なんで!? 顔だって認識できてるのに、こんなの初めてだ。


「あなた、ベルガの部下? ……には見えないけど、なんでその名前を知ってるの?」


 完全に警戒されているため、とりあえず簡単にだけベルガとのやり取りを話す。もしシャニアという人物を発見したら、知らせるようにお願いされていたのだ。


「う~~ん。やっぱりあいつ、わたしのこと捜してるよね。そうだよね」


 理由わけありだとは思っていたが、これは結構面倒くさそうだ。


「と、とにかく、その件については後にしましょう。さっきちょっと聞こえたんですが、二人はリムの知り合いなんですか?」

「なんだよ兄ちゃん。リム姉ちゃんの知り合いなのか?」


 今度は獣人のほうの少年がこちらを訝しむような目つきで見てくる。


「リムとは、前に街でよく一緒に冒険者ギルドの依頼を受けてましたから。あ、まだ名乗ってなかったですね。俺はセイジ・アガツマっていいます」


 名乗った途端、離れていた紅髪の少女が素早く戻ってくる。


「ん~~、君がリムの話してたヒューマンの少年君かぁ。セイジ君だよね。いやいや一回会ってみたいなと思ってたのよ。ベルガのことについては後で教えてもらうとして……あたしシャニア、よろしく」


 笑みを浮かべる紅髪の少女――シャニアは、リムから俺のことを聞いていたようだ。


「おれはテッドだ。兄ちゃん、本当にリム姉ちゃんの知り合いなのか?」


 怪しむような態度を崩さないテッドという獣人少年は、仏頂面で挨拶をくれた。

 とりあえず二人から事情を聞くに、リムは領主に一人で謁見しに行ったらしい。お母さんのミレイさんを捜してここまで来たらしく、噂のように領主が亜人の奴隷を購入しているのなら、ミレイさんらしき人がいなかったかを聞きたいそうだ。


 女好きの領主の前に獣人の美少女を一人で行かすなんて、危険極まりない行為。

 今こそ、クロ子に罵られながらもリムを尾行させていた成果を示すときに他ならない!


「――レン、レイ、領主館までの案内を頼む」

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