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14話【ひとやすみ】

「本当に、行ってしまわれるのですか?」


 ――雷獣ヌエを討伐してから数日後。


 アモルファスを出発しようとする俺達をわざわざ見送りに来てくれたティアモが、残念そうな表情をしながらそんな言葉を口にした。

 アモルファスは、最近になってようやく冒険者ギルドが建てられたような小さな街だ。登録されている冒険者の数も少なければ、冒険者ランクもEやDの初心者がほとんどである。

 森に巣くう凶悪な魔物を倒せるほどの腕利き冒険者には、長く街に滞在してほしいと思うのは領主として当然のことだろう。


「ええ。無事に事件が解決して、街道の封鎖も解除されましたからね」

「そうよ。だいたいとっくに街道が通行可能になってるっていうのに、いつまでこの街にいるつもりだったのよ」

「ちょい、レイ姉。セーちゃんはオイラ達の傷が全快するまで待っててくれたんだよ。そんな気遣いに気づいてるくせに気づかないフリをして気持ちを誤魔化すだなんて、オイラは弟ながらに気が気でないよ。まったくレイ姉はいつも――あばらぐぁっ!!」


 ……うん。この二人はいつも通りのようだ。

 グーパンチを横腹に喰らったレンは、地面に膝をついて悶絶している。


「幸いなことに、この二人も元気になりましたから」

「せ、セシル姐さ……ん」


 微笑ましく姉弟喧嘩を眺めているセシルさんの足にすがりつき、現在進行形で足元に吐瀉物を撒き散らしそうなレンはひとまず置いておくとして、ヌエとの戦闘で負傷した双子が完治するまで街に滞在していたのは事実だ。

 双子が負った傷は、わりと深かったのである。


 戦闘が終了してから二人の治療に向かったが、俺の治癒魔法だけでは傷が完全には塞がらず、夜鳴きの梟の団長が渡してくれた回復薬も併用してなんとか一命を取り留めたのだった。

 高価そうな代物だったが、惜しげもなく渡せるところが男前である。まさに義賊の鑑。

 翌日には二人とも順調に回復していたが、体力が完全に戻るまでアモルファスの街に滞在していたのだ。




 ……加えてここ数日における経過報告をするならば、まずはティアモを襲った盗賊団の処遇について話そうと思う。


 ドルフォイら盗賊団の一味に科せられた罰――アモルファス所有の鉱山で強制労働。以上。


 簡潔にして明快。処刑するのではなく労働力として再利用する。街の発展に熱心なティアモが言いそうなことだ。

 死ぬよりはいいだろうし、ティアモならば過酷な労働条件で死ぬまでこき使うようなやり方はしないだろう。

 ……ドルフォイらを利用してティアモを嵌めようとした黒幕――ヴァンとかいう困ったお兄さんについては、彼女の今後の課題といったところか。


 夜鳴きの梟については、森の中で別れを告げたきりである。

 印象的だったのは、やはり団長と……ミラと呼ばれていた副団長だ。義賊とはいえ、厄介事に自ら首を突っ込んでいく彼らは、きっと様々な過去を背負っているんだろう。

 機会があればまた会おうと言っていたが、次はどこに向かったのか。


 ちなみに、俺はといえばここ数日穏やかに過ごさせていただいた。

 冒険者ギルドを通してティアモから受けた依頼は無事に達成できたことだし、ヌエから剥ぎ取った爪なんかを素材として売り払ったおかげで財布も潤ったのだ。全部で金貨三枚――三万ダラほどの稼ぎとなったが、ヌエの皮なんかも持ち帰ればもっと高額になったそうな。


 ノリで真っ二つにした身体を燃やして灰にしてしまったことが悔やまれる。『雷獣の皮』なんて響きだけで高く売れそうな感じがするのに。

 もう一匹のほうのヌエは、団長が綺麗に素材を回収していたと記憶している。俺の馬鹿。


 双子が回復するまでの間にギルドで新たな依頼を受けようとも思ったが、この街のギルドに寄せられている依頼はほとんどが低ランクのものばかりだった。

 ランクCの俺が依頼を受けても昇格には関与しないため、街の近くでセシルさんと修行をしたり、覚えたての《雷蛇衝(オロチ)》のイメージトレーニングに励んだりしていた。


 まだ雷獣ヌエに匹敵するまではいかないが、これは雷で生成された蛇が標的に喰らいつくイメージを元魔法で具現化させた魔法である。チャージスキルを併用すれば威力も多少は向上するため、一時的に敵の動きを止めるぐらいには使えるだろう。

 今は弱々しくとも、いつかきっと憧れの必殺技を撃てるように頑張ろうと思う。


 ――経過報告は、こんなところか。




「セイジさんのような方がいれば、父から言われている未開発地域の開拓も夢ではないと思ったのですが」


 残念そうに口にしたティアモは、すぐさま明るい笑顔を取り戻してこちらに向けた。


「お見送りでこれ以上引き止めるような発言をしてはいけませんね。本当にありがとうございました。道中、お気をつけて」


 気持ち良く送り出そうと丁寧なお辞儀をしてくれるティアモ。ええ子や。


 少しぐらい手を貸すのも悪くないと思ってしまいそうになったが、あまり長く滞在しているとレイの怒りが頂点に達するのは目に見えている。

 未踏の地域を開拓していくというのは夢があるが、俺はグッと言葉を呑みこんだ。


「この街のさらなる発展を願っていますよ。それじゃあ」


 こうして、鉱山街アモルファスを出発した俺達は東へと進路を取ったのだった。


◆◆◆


 九月一週、元の日。


「――ここがトグル地方か。たしかに緑豊かな土地だけど……暑いなぁ」


 眼下に広がる風景は、湿潤な気候によって大きく成長した樹木や草木が生い茂っている森や、岩陰などで小動物が涼む姿が見受けられる平野といった感じだ。


 日差しは強く、ジリジリと肌を焼いていく紫外線は女性にとっては天敵だろう。

 装備一式がほぼ黒色に統一されている俺にとっても、この太陽光線はなかなかに厳しいものがある。くそぅ、意地でも鎧は脱がんぞ。黒くなきゃ意味がない。


「このままのペースで進めば、明日にでもエリンダルの街に到着すると思うよ」


 レンが口にしたエリンダルというのは、トグル地方で最も大きな街の名前だそうだ。そこに双子姉弟の兄にあたるリク・シャオが領主として暮らしているはずである。


 俺、レン、レイ、セシルさんの四人は、それぞれが騎獣の手綱を握っている。ルークは別だが、他の騎獣はトグル地方へと入る直前の街にあった騎獣屋で借りたものだ。おかげで移動速度はかなり速い。

 到着後はエリンダルにある騎獣屋の支店へと返却すればよいとのことで、わざわざ借りたところに返しにいく必要はない。便利なものだ。


「とりあえず、今日のところはあの村にでも泊まらない? ボク暑いのはちょっと苦手なんだよ。というかトグル地方に慣れてるレン君はともかくとして、セー君はその格好で暑くないの?」


 パタパタと手で顔をあおいでいるセシルさんが、俺へと素朴な疑問を投げかけてきた。


「全然、これっぽっちも暑くないですよ?」


 俺は額に汗が浮かびそうになるのを全力で押し留め、疑問を打ち返させていただいた。



 ――その夜。村の宿屋にて。


「あんたらは旅人かい? どこに行きなさるね」


 俺の手元にある容器に酒を注いでくれていたオヤジが行き先を尋ねてくる。ちなみに同席しているのはセシルさんだけで、双子姉弟は部屋でのんびり休んでいるはずだ。

 あの二人がトグルで暮らしていたのは十年以上前の話なので心配いらないかもしれないが、一応は目立たないように心がけている。処刑された前領主の子供がうろちょろしていれば厄介事に発展する可能性もあるからだ。


 村に到着してから、レイはフーデッドケープを目深に被り、レンは肩にあるショールで顔を覆っていた。仮に幼い頃の顔を知った者がいたとしても、あれならわかるまい。


「エリンダルの予定です」


 黄金色のキウイを漬けたとかいう独特な酸味と甘みがある果実酒を口に含みながら返答する。

 これはこれで癖になりそうな味だ。果実から溶け出した色味だろう。華やかな黄色は気分を明るくさせてくれる。


「とはいっても、特に用事があるわけじゃないんですけどね。俺は冒険者ですから、色々と見聞を広めたいと思ってまして」

「そうなんかい。たしかにエリンダルはこの辺りで一番おっきな街だかんな」

「今の領主様ってのはどんな人なの? わりと若い人だって聞いたけど」


 俺よりも速いペースで酒を楽しんでいたセシルさんが率直な質問をする。彼女は現領主であるリク・シャオが双子姉弟の兄にあたるということをまだ知らないはずなので、本当の意味で他意のない質問だろう。


 オヤジに銅貨一枚を手渡し、セシルさんの空になったグラスにもお代わりを注いでもらう。


「さあなぁ。わしのような村人にはわからんわい。ただ、前の領主様のような危険なことだけはせんでほしいよ」


 スーヴェン帝国への反乱を企てた罪で処刑されてしまった前領主は、レイやレンの父親だ。

 放蕩息子であったリク・シャオが後を継いだ形となっているが、村人などにとっては何も起こらない毎日のほうが大切なのだろう。良くも悪くも遊び人だった男は、反乱などとは無縁の領主としてトグルを治めているのかもしれない。


 レンの話だと、リク・シャオは亜人だろうがヒューマンだろうが気に入った女性は片っ端から口説く性格だったらしいので、先にエリンダルへと向かった(※定期的にクロ子からの報告は受けています)リムの身がちょっと心配である。

 もし変なことになっていれば、速やかにリムを救助した後にリシェイル王国へと戻り、王様に子細を報告して討伐軍を派遣してもらおう。そうしよう。

 もちろん将は俺だ。一夜にして滅ぼしてやる。


 ……というのは全部冗談だが、実際のところどんな人物なのか。


「ねえ、セー君。明日も朝は早いんでしょ。もうそろそろ寝とかない?」


 たしかに、ここで思考に耽っていても答えは出ない。セシルさんの言うように睡眠をしっかりと取っておくべきかもしれない。


「……そうですね。今日はもう休みましょうか」


 宿のオヤジに話を聞かせてもらったお礼として銅貨を数枚渡し、俺は自分の部屋へと足を向けた。村の宿といっても、わりとしっかりした造りで部屋にも立派な鍵がついている。旅人も安心してくつろげる空間だ。


「――って、なんでセシルさんが俺の部屋まで一緒に来るんですか!? ちゃんと別に部屋を取ってたでしょう」

「まあ、そんな堅いこと言わないでさ。美味しいお酒を飲んだあ・と・は……?」

「寝ますよ」

「だ・れ・と?」

「枕と布団です」


 駄目だ。この人酔ってるぞ。というか戦闘時とキャラが違いすぎるだろう。誰だこんなに飲ませたの。俺だ。


「まいったなぁ。あのお酒ってそんなに度が強かったんですか? 俺はほとんど酔わないからわからないんですけど」


 仕方ないので、少々乱暴ではあるが力ずくで部屋へと退散していただこう。前のような寝起きのビックリドッキリショーは困る。


「あっはは。力ずくかい? いくらセー君が強くても単純な力比べなら負けな……あうぅ」


 なんだ最後の感じ。ちょっと可愛いぞ。

 たしかに獅子の半獣人であるセシルさんの腕力は半端ではないが、今の俺の身体能力を舐めないでいただきたい。Lv4目前なのだ。


 セシルさんを強引に部屋へと押し込み、酔いざましに水を飲ませてしばらくすると大人しくなってくれた。すやすやと寝息が聞こえてきたので、俺の貞操は朝まで守られることだろう。



「――ずいぶんと楽しそうだったわね」


 そっとセシルさんの部屋から出てきた俺に、突然声が掛けられた。


「なっ!? ……んだ、レイか。驚かすなよ」


 酔っていなかったのに酔いが覚めたような気がする。不思議だ。


「悪かったわ」


 うむ。心のこもってない言葉をいただきました。


「明日には、エリンダルに到着するのね」

「ああ、その予定だな……って、それだけ?」


 聞き返すと、珍しく黒髪の少女は言葉を詰まらせ、口をもごもごと動かしている。

 落ち着くまで待っていると、ようやく小さく言葉を紡いだ。


「なんだかんだここまで来れたのは、あんたのおかげだから……一応お礼だけは言っとく…………………………………………ありがとう」


 それだけ口にして、レイは一言も話さずに部屋に戻っていった。

 なん……だ? よくわからん。

 とりあえず、レイが俺に対して素直にお礼の言葉を口にしたのは初めてだと思う。


 それだけは、よくわかった。

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