10話【鉱山の街アモルファス】
「……通行止め?」
八月四週、風の日。
リシェイル王国を出発してから一週間近くが経過している。現在地はスーヴェン帝国の南部にあるアモルファスという街だ。
この街は近辺にいくつか鉱山を所有しており、金、銀、銅、マナ結晶体、マナタイト鋼といった資源が採掘されているらしい。
マナスポットに生息するスライムの核玉もマナ結晶体ではあったが、鉱山からも産出されるとのことだ。おそらくマナが豊富な土地だと、結晶化したものが埋もれているのだろう。あまり産出量が多くはないが、たまに出るらしい。
ちなみにマナタイト鋼というのはマナの伝導性が高く、ウォム爺さんが作製していた魔道具なんかの部品に使われるもので、こちらも採掘量は少ない。
帝国南部にある鉱山街――アモルファス。
その街にある東門の兵士に通行止めを喰らったのが、現状というところである。
出発地点である帝国西部から、中心にある帝都を抜けて真っすぐに東に進むのがトグルへの最短ルートではあるのだが、俺達は南部を迂回するルートを選択した。
同行者である双子姉弟の顔を知っている者が帝都近辺にいるかもしれないことを踏まえると、顔を隠すなどの配慮も必要となってくる。
だが、最も大きな理由としては単純に帝都への通行が許可されなかったのだ。
俺が所持している冒険者ギルドのカード。セシルさんの傭兵身分証。王様が用意した双子姉弟の即席身分証。これらでは通行を拒否された。
『冒険者ランク……Cか。もうちょっとランクが上なら信用度も高いんだけどねぇ』
検問中の兵士がそんなことを言っていたのを思い出す。
どうやらギルドカードを提示しただけで通らせてもらえるのは、ランクA以上の冒険者だけらしい。それ以外の者は、まず近場のギルドで申請手続きをする必要があるのだ。
帝都に行く理由、帝都でどのような仕事をするつもりか、などなどを根掘り葉掘り質問されて厳しいチェックが入り、やっとのことで許可が下りるとすれば一ヶ月先とか……待ってられない。
そりゃあ、身分証があるだけで帝都への通行を許可すれば治安の問題や不法労働者が増加するなど、問題も起こるのだろう。
実力のある冒険者ならば信用もあるし、いくらでも利用価値はあるといったところか。
ランクCだって、俺ぐらいの年齢なら頑張ってるほうだと思うんだけどね。
そういった経緯で、俺と同行者の三人は南部を迂回するルートを選んだのである。
距離的には遠回りだとしても、特に障害もなくアモルファスまでは順調な旅路であった。
ところが、
「何かあったんですか?」
順調な旅路をストップさせた原因は何かと、通行止めを言い渡した兵士に尋ねてみる。
「ああ。昨日、この街の近くで夜鳴きの梟が出没したとの報告があったんだ」
夜鳴きの梟……ってなんだろう。魔物とかの類かな。
「盗賊団だよ。夜の闇に紛れて獲物を狩る連中で、アモルファスから出発した鉱山資源を載せた馬車が襲われたらしい。それで急遽討伐隊が編成されることになってな。一時的に街道を封鎖して街への出入りも制限しているってわけだ」
「盗賊団……」
人様の物を強奪するだなんて、まったくけしからん連中だ。色んな意味で胸が痛い。
「ティアモ様は若いが立派な方だからな。この街の生命線である鉱山資源が奪われたことに胸を痛めておられる。今日にでも討伐隊を率いて出発されるから、事件が一段落するまでもう少し待つことだ」
ティアモ……様?
「ティアモ・ルドワール。南部地方で有力なルドワール卿の娘だったはずよ。ここアモルファスの管理を任されていたと思うけど」
隣にいたレイが小声で教えてくれた。
ああ……そういえばルドワール卿の家系は代々騎士だとかレンが言ってたっけ。自ら討伐に赴くとは勇敢なものである。
「どうすんのさ? 事件が落ち着くまで、この街の宿屋でのんびり待っとく?」
両手を頭の後ろに組んだ姿勢で、レンが今後の予定を尋ねてくる。
今日にでも討伐作戦が開始されるのであれば、解決は時間の問題だろう。街道だってずっと閉鎖しておくわけにはいかないだろうし。
「ああ、そうす――」
「もし腕に自信があるんなら、あんたらも討伐隊に参加してみたらどうだ?」
そんな誘いの言葉を述べた兵士の視線は、おもにセシルさんとルークに向いている。
このなかで一番貫禄があるというか、強そうな人物と騎獣だからか。
なんだか悔しい。
「うーん。ボクはどっちでもいいけど。セー君に任せるよ。このなかで一番強くて決定権があるのはセー君だもんね」
にこやかな笑顔で兵士に返答するセシルさん。
ああ、こんなことで喜びを感じてしまうなんて……俺のこ・も・の。
「そ、そうなのか。そっちの少年は冒険者だったな。ならギルドに依頼が出ていると思うから、そっちのほうで確認してくれ」
傭兵のセシルさんの場合、兵士が討伐隊へ仲介する流れになったのかもしれないが、冒険者である俺はギルドを通してという形式になるっぽい。まあ、ランクを上げるには依頼をどんどんこなしていく必要があるものね。
依頼を受けるかどうかは別にして、とりあえずギルドに顔を出してみよう。
俺達は東門から踵を返して街の中心部へ向かって歩き始めた。
……このアモルファスという街。規模はそれほど大きくないが、住民の表情は明るい。
真っ昼間という時刻のため男手の多くは鉱山のほうに出掛けているのだろうが、残された女性や子供も元気にやっている印象を受ける。
ティアモという人物が管理を任されているそうだが、盗賊団に対する迅速な対応などを見ていると有能なのだろうと思う。数日前に通過したグラニアという街に比べると、アモルファスは治安も良さげだ。
「でも、討伐隊に冒険者や傭兵の参加を募るってことは、手が足りてないのかな?」
「だろうね。この規模の街なら兵士の数だってそれほど多くない。街の警備を手薄にするわけにもいかないから、討伐に赴く人数はさらに少なくなるはず。むしろ小規模な盗賊団が相手なら、賞金をかけた手配書を冒険者ギルドやボクら傭兵に回して丸投げしてしまうのが普通かな」
こちらの問いに答えてくれたのは、傭兵であるセシルさんだ。賞金首を捕らえる仕事なんかも請け負ったことがあるのかもしれない。
「ただ、今回は奪われたのが街の大切な財産だからね。なんとしても取り返さないといけないんでしょ」
だとしても、領主自らが討伐隊を率いるのはなかなかに珍しいことだろう。さすがは騎士の名門である。
そんな会話をしつつ、剣と盾を交差させた馴染みの看板を掲げる建物へとたどり着いた。
国は違えど、冒険者ギルドという組織は共通だ。依頼掲示板に受付といった変わらぬ風景は、異国で見知ったものを発見したときのような安堵感を与えてくれる。
「あ、冒険者の方ですか?」
いつもと変わった出来事といえば、受付のほうから歩いてきた少女がこちらに声を掛けてきたことだろう。
その小柄な身体は屈強な冒険者が集うギルドにはそぐわない。腰に着けている短剣の鞘は金と銀で装飾がほどこされており、身にまとったローブも高価であるのは知れるが、不思議と嫌味な感じはしなかった。片方で三つ編みにされた金の髪が、肩から胸元にかけて垂らされている。
「この街ではあまり見かけない方……ですね。えっと、わたしはこの街を力及ばずながら任されているティアモ・ルドワールと申します」
眼鏡の奥にある碧眼の双眸が、丁寧な挨拶とともにこちらへと向けられた。
この少女がさっきの話にあった人物なのか。想像していたよりも若い。
「はじめまして。セイジといいます。旅の途中でこの街に立ち寄ったものですから」
「そうなのですか。では、街道の封鎖でご迷惑をお掛けしているのでしょうね」
ぺこり、と頭を下げられてしまった。なんだかとてもいい雰囲気の子だ。
盗賊団のせいで一番迷惑しているのは、この子のはずなのに。
「気にしないでください。それにしても、街にいる冒険者の顔まで把握しているんですね」
すぐに俺がよそ者だと認識されたのには、ちょっと驚いた。
「ええ。アモルファスは鉱山資源でなんとか潤っている小さな街です。領主とはいっても、若輩のわたしができるのは住民の皆さんのまとめ役みたいなものですから。その住民の依頼を請け負っていただいている冒険者の方には感謝しておりますし、自然と顔も覚えてしまいました」
なんだ。ただの天使か。
「ティアモ様。そろそろお時間です。冒険者の助力が得られなくとも、我々だけで解決しませんと」
ティアモの後ろに控えていた兵士が、そんな言葉を口にする。おそらくは護衛の兵士なのだろうが、冒険者ギルドへ協力要請に訪れていたといったところか。
「そうね。討伐隊の編成を見直さないと……」
「あの、それって夜鳴きの梟とかいう盗賊団の話ですよね? 俺達、その討伐隊の件でギルドに来たんですけど」
兵士と顔を見合わせていたティアモが、ぱぁっと表情を輝かせた。
「協力していただけるんですか? 助かりますっ」
俺を含めたセシルさん、レイ、レンの四人を眺めて嬉しそうに手を合わせたティアモは、あどけない笑顔を浮かべる。
「いえ、まだ受けると決めたわけではなくて」
「そう……なのですか」
表情を曇らせる少女を前にして、すぐさま依頼を受けると口にしてしまいそうになったが、なぜ今回の件で冒険者の助力が得られなかったかについては、明確な回答がほしいところだ。
厄介な条件が添付されてたりしないだろうか。
「急な依頼だったこと、そしてアモルファスのギルドが新設されたばかりというのが理由としてあります」
疑問に答えてくれたティアモは、ギルド室内の様子を見渡した。
言われてみれば建物はまだ新しく、ここ最近に建てられたもののようだ。
「小さな村だとギルドが存在しないこともあるでしょう。お恥ずかしながら、アモルファスに冒険者ギルドができたのも昨年の話ですから」
建物は新しくとも、ギルド内に冒険者の姿はほとんど見当たらない。
「ですから、この街を拠点として活動している冒険者の数はまだ少なく、冒険者ランクもE、もしくはDの方々がほとんどです」
なるほど。本当に全員の顔を覚えられるほどの人数しか常駐していないわけか。普段は街の住民からの簡単な依頼を中心に活動している冒険者に、いきなり盗賊団を退治する依頼をされても困るというわけだ。
「失礼ですが、セイジさんのランクを教えてもらってもよろしいでしょうか?」
……ここで、実は俺ってランクSの化物冒険者だぜ! とか言えたら格好良いのだろうが、ギルドカードに浮かんでくるランクは――『C』である。
ウルトラ『C』でもなんでもなく、可もなく不可もなくの『C』である。
「セイジさんは若く見えるのに、もうランクCだなんてすごいですね」
まあ、一般的な冒険者としては一人前といえるぐらいのランクである。そう言ってくれているのは嘘ではないだろう。
素直に嬉しい。嬉しいのだが、若いって……俺はたぶんティアモより年上なんですけど。
なんならティアモ『ちゃん』と呼んでも許されるレベルなんですけど。
「こちらの依頼を受けていただけると助かるのですが、もう一つ話しておかなければいけないことがあります」
……まだ何かあるのだろうか?
「今回の夜鳴きの梟という集団は、ただの盗賊団ではないようなのです。この街の近辺に姿を見せたのは初めてなのですが、どうやら奪った盗品を貧しい人達に分け与えるといった行為を繰り返しているとか」
金品を奪って貧しい人に分ける……義賊みたいな感じか?
「こういった言い方をするのは失礼ですが、家が貧しかったから危険を伴う冒険者になったという方々も多くいるのは事実です。夜鳴きの梟の噂が広まり、貧しい人達の味方である集団を捕らえるのは気が引ける……という考えに至るのも理解はできます」
国家や領主からは犯罪人とされ、民衆からは支持を得るのが義賊である。
ただでさえ人数が少ないのに、兵士などと違って冒険者ギルドの依頼は強制ではない。
「ですが、わたしはそれで納得するわけにもいきません。一時だけ貧しい人が潤ったとしても、けっして恒久的なものではありませんから。それに奪われた荷物は、この街の人達がみんなで自分達の将来を豊かにしようと苦労して働いた証――財産です」
にこりと笑顔をつくり、ティアモは最後に一言を付け加えた。
「それを奪われたなんて、腹が立つじゃありませんか?」
――――さて、どうするか?
「セー君がやるつもりなら、ボクは手伝うよ」
「あんたはどうせ依頼を受けるつもりなんでしょ。まあ、別にいいんじゃないの。街道も封鎖されちゃってることだし」
「ティアモちゃん可愛いよね~」
一応、三人の意見を聞いてみたが否定的な声は出ない。
というかレン、本気でふざけんな。
「最優先事項は奪われた荷物の確保です。犯人達には大人しく投降するよう交渉はするつもりですが、戦闘になる可能性もあると思ってください。それでもよければ――」
こちらに手を伸ばしてきた少女の手は、小柄な身体に相応しいミニサイズだ。
「手伝っていただけると嬉しいです」
澄んだ蒼い瞳が、眼鏡を通して真っすぐに俺へと向けられている。
「よろしくお願いします」
視線を合わせて握り返すと、柔らかく小さな手は不思議と力強く感じた。
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名前:ティアモ・ルドワール
種族:ヒューマン
年齢:15
職業:領主
スキル
・極限集中力Lv2(22/50)
・元魔法Lv1(42/50)
・マテリアルクラフトLv2(18/50)
・料理Lv1(6/10)
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十五歳、か。俺より余程しっかりしてるなぁ……
というか、なんだか面白そうなスキルが二つもある。
さてさて、どうなることやら。