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6話【解体作業】

 白銀の果物ナイフの硬度は、想像以上だ。

 相手の剣がどのような素材から造られていたか知らないが、簡単に砕き折ってしまった。


「ワタシは見てるだけでいいの?」


 俺が狩る――と言ったため、傍にいたレイが尋ねてくる。


「こっちだって腹は立ってるのよ」


 今にも腰にあるブレードウィップを握り締め、男達の大事な部分を根元からカットしていきそうなぐらいには、怒っているようだ。

 先程、男達の視線とともに彼女に向けられた侮辱の言葉は、女性として許しがたいものだったのだろう。あ……なんか思い出したら、こっちまで――


「悪いけどそうしといて――く れっ!」


 レイに返答すると同時に、剣を砕いた男の脇腹に回し蹴りを繰り出した。

 丈夫そうな革鎧越しではあるが、めりこんだ脚に相手の肋骨が軋む感触が微かに伝う。

 プリムを斬り殺したこの男が《剣術Lv2(33/50)》を所持しているのは確認したが、スキルを奪うなどは後回しだ。

 地面に転がって呻く男から、すぐさま近くにいた別の男に攻撃対象を変更する。


 キュロスを除けば、あと三人。

 さすがに商会が用意した傭兵達というところか。仲間の一人が一瞬でやられたのに恐れずに向かってくるではないか。レイやルークではなく、こちらに攻撃が集中しているのは好都合だ。


 まあ、優先順位を考えると俺の確保が最優先だろうからな。


「ふんっぬぁぁぁ!」


 横にも縦にもデカいといえる大柄な男が、力一杯に振り上げた大斧を上方から打ち下ろした。

 動作が大きい一撃をまともに喰らうはずもなく、一歩後ろに退いて回避する。

 そのまま地面に激突した大斧は、土を大きく抉って止まった。


 ……なかなかの威力だ。

 動きを止めた大柄な男を無力化させようと、果物ナイフで両手首を切断しようとしたものの――意外にも機敏な動作で俺の攻撃を躱してみせた。

 図体のわりに素早い動きをする。さっきの一撃もかなり重たそうに見えた。


 ひょっとすると良質なスキルを保有しているのかもしれないが、この大柄な男……全身をプレートメイルで覆っており、しかもフルヘルムを装着しているため、ステータスを確認できない。


「おらぁっ! 余所見してる場合じゃねえだろうよ」


 もう一人の男は、長物――槍を装備しており、躊躇いなく突き刺そうとしてきやがった。

 本当に生け捕りにする気があるのか? と言いたくなるような鋭い突きだ。


 槍をナイフで捌くのはちょっとだけ難しい。上空へと跳躍することで相手と距離を空けようと思ったのだが、空中に逃れたこちらへすかさず岩石の塊が飛来してくる。


「この……っ」


 身体を捻ることで直撃は避け、掠った程度では軽い衝撃しか感じない防具性能に感謝しながら着地した。

 これは土魔法……?

 最初に挨拶してきた柔和そうな顔の男が、どうやら魔法使いだったようだ。やや離れた位置から魔法で狙い撃ってきた。


 さらに、着地した俺へとクロスボウの矢が二本同時に迫る。

(同じ手が……通用するか!)

 これは危なげなく果物ナイフで撃墜し、短く一息を吐き出した。


「へっへっへ。なかなかやるようだが、こんだけの人数が相手だとしんどいだろ」


 最後にクロスボウで狙ってきたキュロスが、そんな言葉を述べる。

 たしかに、一人で複数を相手にするのは疲れる。


「そんなナイフ一本で、俺達に勝てると本気で思ってんのか?」


 しかし……一度剣を交えただけで、もう勝者のつもりか。

 おめでたい。

 全員のスキルを把握するまで――そしてスキルを視認するまで待ってほしいものだ。

 斧を持った大柄な男のスキルは不明だが、槍の男は《槍術Lv2》、土魔法を使用した魔法使いは《土魔法Lv2》のスキルを所持している。


 ――盗賊の神技は、現在だと一日に六回発動させることができる。

 すでにプリムに一回使用しているため、残りは五回。

 全員からスキルを奪いたい気持ちはあるが、相手を選ぶ必要がある。


 プリムを斬った男の剣術スキルは必要だ。大柄な男が所持するスキルがどのようなものかも気になる。そしてメインディッシュには、キュロスが控えている。


 となれば……あまり興味を惹かれない槍術と土魔法には消えてもらうことにしよう。

 個人をスキルで分別するのは失礼かもしれないが、彼らはただの――獲物だ。

 スキルを所持するだけの、ただの獣。


「――――ふっ」


 肺から一気に空気を絞り出し、槍の男へと全力で駆け出した。

 大柄な斧の男が、体格に見合わない機敏な動きで相方をフォローしようとする。

 俺が想像している通りのスキルを所持していてほしいものだ。


「……邪魔なんだよ」


 ――――《閃光衝撃(ライトバースト)


 心の中で念じると、掌へと光が集約されていく。

 完成した光の球を握りつぶした瞬間、辺りをまばゆい光の波が蹂躙した。


「目が、目があぁぁぁぁぁぁぁぁっ。ああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 フルヘルムでも目の部分は塞がれていない。二人の男が苦しみながら武器を振り回す。

 まずは相手が持つ槍の柄を脚で正確に捉え、地面へと押し付けた。

 槍がビクともしないことに半眼の男が驚きの声を上げ――る暇も与えず、果物ナイフを力一杯に振り下ろし、槍を真っ二つにする。


「うあああああああああっ! ゆ、指、俺の指がぁぁぁぁ」


 ボトトト、ボトト……という生々しい音とともに何かが地面に転がっていく。

 大量の血液を撒き散らし、地面に散乱しているのは――男の指だ。

 槍を握っていた男の指を、すべて切り離してやった。

 戦闘の継続は不可能だろう。


「お、お前っ!」


 まだ視界が完全に戻っていない大柄な男の言葉は無視して、今度は掌に火球を発生させる。


「この暑いのにそんな重装備だと大変でしょう。兜ぐらい脱いだらいいんじゃないですか?」


 そう口にして、俺は火球を大柄な男の頭部へと叩きつけた。


「ぎゃあああぁぁぁぁぁ! 熱い、あっつぁぁぁぁ!」


 ゴォォッ、と空気を舐めるような音とともに炎が燃え上がり、悲鳴が上がる。

 汚らしい悲鳴は無視するとして、次は魔法使いへと迫るべく駆けた。

 それを妨害しようとクロスボウの矢が飛来するが、そんなものは有無を言わさず叩き落す。



「ひっ……く、来るな!」


 離れた位置に立っていた魔法使いは、柔和そうな顔を恐怖に歪めて魔法で迎撃しようとしている。

 相手を油断させるには適した男だったのかもしれない――なっ!

 男が放った岩石弾を、こちらは風魔法で相殺してやった。


「な、そんな!? 複数の魔法を……!? あぐ、あああああああぁぁぁぁぁ」


 魔法使いへと肉迫した俺は、果物ナイフを相手の太ももへと突き刺した。

 人体の骨の中でも最も太いとされる大腿骨、そんな丈夫な骨も楽に分断できるというものだ。


「魔法をイメージするのって、なかなか大変でしょう? わかりますよ。こんなふうに痛みがあれば落ち着いて意識を集中することもできない」

「や、やめ……」

「目を閉じたほうが集中できるかもしれないですね。それに……悪党にはそんな優しそうな瞳は似合いませんよ」


 乱暴に引き抜いたナイフを、今度は相手の顔面に向けて横一閃に凪ぐ。

 ブヂュリッ!!

 液体が詰まったボールを切り裂いたら、こんな嫌な音がするだろうか。

 鮮血とともにジェル状の内容物が溢れ出している。

 正直なところ、ちょっと気持ち悪くなってきた。


「目が、俺の目がああああああぁぁぁぁぁぁっ!」



 さて……


「ゆ、許せねえ。ぶち殺してやらあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 怒りの形相を呈してこちらに走ってくるのは、フルヘルムを脱ぎ捨てた大柄な男である。頭部の皮膚は赤く腫れ上がり、髪の毛も炎に包まれたせいでところどころ禿げてしまっていた。


 だが……兜がなくなったため、こうしてステータスを確認できるってなもんだ。

 所持しているスキルは、


《斧術Lv2(36/50)》

《身体能力強化Lv2(21/50)》


 どうやら、四人の中ではこの男が一番強かったとみえる。

 実際、スキルを見なくともそれは感じていた。

 それにしても……ありがたい。

 身体能力強化――今のところ俺が一番求めているスキルだ。

 剣術スキルがLv4に達する前には、身体能力をもっと高めておく必要がある。


「喰らえやぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 大斧が標的を押し潰し、すり潰し、斬り殺そうと、限界まで引き上げられた膂力によって振り下ろされる。

 優れた身体能力によって繰り出される一撃も、それ以上に強化された身体ならば対処は可能だ。


 さすがに果物ナイフで大斧を受け止めはしないが、斧を振りきった体勢の男の肘を掴み取り、下方向から思いきり膝蹴りを喰らわせてやった。

 肘というのは、真っすぐ伸ばした状態からだと基本的に伸展方向へはほとんど曲がらない。本来の可動域とは逆方向に曲げられた腕からは、皮膚を突き破って骨がとび出していた。


「ぐわああぁぁぁぁっ」


 苦しむ男の声に耳を傾けることなく、果物ナイフで鎧の上から斬りつける。


「ん……?」


 分厚いプレートメイルだったとしても、このナイフなら切り裂けると思ったのだが……鎧に傷を付けるに留まっていた。


「ふ、へっへ。たしかに切れ味のいいナイフみたいだけどな。それだと『リヴァイアスシェル』を素材にして造られたこの鎧を貫けはしないぜ。斬撃にはかなり耐性があってー―」


 ふむ……なるほど。

『シェル』というからには、貝の魔物とかを素材にしているのだろう。刃物で斬ったりするのには難儀しそうだ。

 いいじゃないか。ちょうどこっちも試してみたかったところだ。


 拳に力を込めると、特製のレザーグローブがギュギュッと小気味良い音を響かせる。

 折れていない腕で斧を振るおうとしていた男の懐へと、一足飛びに距離を喰らいつくした。


「斬撃に耐性があるなら、これっきゃないでしょ」


 燐竜晶の粒を(びょう)のようにして取り付けた指貫グローブ。

 両足でしっかりと地面を掴み、重心を低くして身体を安定させる。腰から上の半身を捻り上げ、反動の回転力をすべて拳へと集約。


 そう、これは――鈍器だ。


 ガゴンッッッ!!

 一撃目で鎧に無数の罅割れが生じた。

 嗤っていた男の表情が、そこで凍りつく。


 斬撃には強くとも――

 バキキッ、メキャ、ビキ、ビギギギギギ――バギャア!!

 十枚重ねの硝子が砕け割れるような音とともに、二撃目で男の鎧は砕け散った。

 ――衝撃には弱い。


「ば、馬鹿な。そ……」


 そのまま砕けた鎧の隙間から拳を突き入れ、下に着込んでいた衣服を炎を纏った拳で燃やし尽くす。


「ぎゃあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ」


 どうやら、試みは成功したようだ。

 分厚い鎧などを装備している相手へ盗賊の神技を発動させるには、地肌を露出させなければいけない。全身鎧(フルアーマー)を着込んでいる相手だと、頭部ぐらいしか直に触れられる箇所がないのだ。


 脱がぬなら 脱がせてみよう ライオット。


 というわけで、衝撃に弱い鎧などを物理的に破壊し、ついでに中に着込んでいる衣服も燃やしてしまえば地肌はすぐそこなわけである。

 拳を炎に包んでも、炎に耐性のある焦熱暴虎の皮を素材にしているから熱くもなんともない。

 それでは、いただきます。


 ――――《盗賊の神技(ライオットグラスパー)》発動。


「……っちぇ」


 まあ、こんなこともあるだろう。

 ――結果は失敗。

 身体能力強化を狙ったのだが、上手くいかなかった。


「ふう……もう、おやすみ」


 用済みとなった男の胸へと、三撃目を容赦なくめり込ませる。

 バキボキッと肋骨が何本も砕ける手応えがあり、大柄な男は地面へと前のめりに倒れこんだ。


 残るはキュロスだけ……かと思いきや、最初に倒した男が立ち上がって小さなナイフを構えていた。プリムを……斬ったやつだ。


「こ、この……化け、化物がぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 ひどい言われようだな。

 斬りかかってきたナイフを、こちらも果物ナイフで応戦し、軽く弾き飛ばしてやった。

 ナイフ自体の質も、剣術の腕前もすべてこちらが勝っている。


「ひ、ぁっ」


 情けない声を上げる男の顔面を掴み取り、感情のままに力一杯地面へと叩きつけた。

 顔面の骨が衝撃でグチャグチャになるのではないかというほどに、思いきりだ。

 本来なら身体中の骨をスライムみたいになるまで粉砕してやるところである。


「化物、ね。あんた達みたいな獣よりは随分とマシだと思うけど?」


 男は完全に沈黙し、俺は身体の内に湧き上がる力の奔流を感じていた。

 どうやら、この男が所持していた剣術スキルを奪うのに成功したようだ。




「――くっく、あはっはっはっはっは」


 馬鹿笑いが響く。誰のものかなんて声を聞けばわかる。


「いや、こりゃ予想外だ。まさかこんな若僧がここまで強いとは。実はヒューマンじゃないってオチはねえだろうな?」


 キュロスが言うように、俺がドラゴニュートとかなら、まだ強さの説明がつくのかもしれない。


「れっきとしたヒューマンですよ」

「そりゃあ、驚きだ。それにもなんかカラクリがあるってか?」

「さあ? それより随分と余裕なんですね。もう戦える人間はあなただけですよ。ここで俺と戦ってボコボコにされてからギルドに連行されて殺されるか、逃げて逃げて逃げまくって、最後にはギルドの刺客に追いつかれて殺されるかを選ばせてあげます」


 さっき、キュロスも俺に似たような選択を迫っていた。

 これが優しさというものだろう。



 ――途端、おどけたように笑っていたキュロスの表情が真顔に戻った。


「……ふざけんなよ。若僧。こちとらまだ奥の手が残ってんだよ!」


 キュロスが腰に手をやり、袋から毒々しい色合いをした赤黒い果実を取り出す。

 なんだあれ?


「こいつはカルグスネルの実っていってな。人間にとってはかなり毒性が強いんだが……」


 むしゃり、と。

 キュロスは実にかぶりついた。


「異常な興奮状態にさせることによって、一時的に戦闘力を引き上げ、げげ、るん、だ」


 おいおい。なんか危ないぞ。


「し、しかし、俺、おで、俺様は、ははは、こうい、った毒、には、た、たた耐性があで、あって、だな」


 なにこれ、怖い。


「だ、誰が、おま、お前、みみみ、みたいな、奴に、負け、るるる。こ、こでしょ、勝負、を、決めで、やら」


 勝負を決めるどころか、これはもう完全にキマッちゃってるじゃないか。


 ……改めてキュロスのステータスを確認してみよう。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:キュロス・モーガン

種族:ヒューマン

年齢:35

職業:傭兵

スキル

・体術Lv2(45/50)

・弓術Lv2(32/50)

・身体能力強化Lv2(41/50)

・状態異常耐性Lv2(34/50)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 いやいや、立派なスキルをお持ちです。お世辞ではなくて。

 さすがは腕利きの傭兵といったところか。

 是非とも、弓術を除いた三つほどを奪わせていただきたい。

 スキルを発動できる残り回数も、ちょうど三回だ。


 毒性のある実を食べても大丈夫と言っていたのは、おそらく状態異常耐性のスキルを所持しているからだろう。状態異常耐性Lv3を所持する俺なら、もっと食べても死にはしないだろうけど、あんな感じになっちゃうかもしれないと思うと怖くて無理だ。


「じ、じじ、じね!」


 強さよりも、怖さが倍増したのではないかと思えるキュロスが、クロスボウを投げ捨てて一直線にこちらとの距離を詰めてきた。得意とする体術で挑むつもりか。


 ――たしかに速い。


 もともと身体能力強化で鍛え上げた肉体に加え、薬物投与による強化までされているのだ。

 果物ナイフで応戦しようとするも、見事に躱されてしまう。

 拳を突き出して身体の中心を射抜こうとしたが、相手がグリンッと奇妙に身体を捻ることで威力を殺されてしまった。


 避け方が怖い。



「――ひゃは、は、はは、は、は。俺、はつよ、い。おま、なんか、に負け、る、はず」

「く、このっ」


 繰り出される拳の嵐が、何発か俺の身体にヒットした。

 ふつうに痛い。

 が、こっちだって果物ナイフや体術で応戦しているのだ。

 キュロスの身体には無数の切り傷ができているし、何度かは拳で身体を貫いているはずである。


 もうちょっと怯んでもいいと思うのだが。

 あ……まさか、痛覚まで麻痺しているのか?

 もしそうなら厄介だ。

 ちまちまとした攻撃では、戦闘が長引くだけだろう。


 ……仕方ない、か。

 俺は溜息を吐きながら、果物ナイフをホルスターへとしまい込んだ。


「こ、こでで、おわ、終わりだ、だだ、な!」




 ――宙へと舞う、二つの物体。

 それらが、ドサリと地面へと落下する。


「も、もしか、して……お、おでの……腕?」


 痛みを感じていないであろうキュロスは、それが自分の腕だと認識するまでに数秒を要した。


「本当にこわ……いえ、強かったと思いますよ。最後のは狩りではなく、戦闘だったといえるでしょう」


 右手に白銀剣ブランシュ、左手に黒剣ノワール。

 鞘から引き抜いた双剣は、キュロスの両腕を斬り飛ばしても一向に血で曇ったりはしていない。


「そ、そで……は」

「おかげさまで。焦熱暴虎の牙をわけていただいたので、新しく剣を造ることができました」


 双剣を振り抜いた感覚が、ゆっくりと手に馴染んでくる。


「すごいな。やっぱり果物ナイフとは全然違う」


 そこまで話していると、キュロスの腕が炎に包まれた。


「あ……が」


 白銀剣ブランシュに切断された傷口から、炎が噴き出したのだ。

 灼熱の炎を操ったとされる賢竜の燐竜晶(※推測)を素材とし、焦熱暴虎の牙を用いた超高熱の中で産声を上げた剣である。


炎熱の抱擁(ブレイズフィナーレ)》――斬った対象を炎で優しく包み込む。


 それが、白銀剣ブランシュの特殊能力だ。


「た、たずけ、て」


 炎はさらに大きくなり、キュロスの身体全体を包み込もうとした。

 ……ちょっと待った。まだスキルを奪っていない。死んでもらっては困る。

 すると、あら不思議。

 まるで俺の意思を汲み取るかのように、炎は小さくなって消えてしまった。


「ふう……とりあえず、あの厄介な実を吐き出させるか」


 弱っているとはいえ、まだ興奮が冷めていないキュロスは何をするかわからない。

 相手の腹部へと強めの衝撃を何度か与えてやると、ゲボッと汚らしい音とともにカルグスネルの実が吐き出された。

 すでに体内に取り込まれた分は仕方ないが、これでしばらくすれば元に戻る……かもしれない。


 薬物投与による身体の酷使で疲労が限界に達していたのか、キュロスはそこで気絶してしまった。

 当然ながら、俺がこのチャンスを逃すはずはない。


盗賊の神技(ライオットグラスパー)》――――――――発動っ!


◆◆◆


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:セイジ・アガツマ

種族:ヒューマン

年齢:18

職業:冒険者(ランクC)

特殊:盗賊の眼(ライオットアイズ)

スキル

盗賊の神技(ライオットグラスパー)Lv3(40/150)

・剣術Lv3(141/150)

・体術Lv3(15/150)

・元魔法Lv2(33/150)

・身体能力強化Lv3(74/150)

・状態異常耐性Lv3(45/150)

・生命力強化Lv2(36/50)

・モンスターテイムLv2(17/50)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 さて、今回の戦闘で俺は大幅なレベルアップに成功したといえる。

 プリムを斬った男からは剣術スキルを、そしてキュロスからは身体能力強化と状態異常耐性のスキルを奪うことに成功した。加えて言うならば、プリムをテイムすることに成功したため、モンスターテイムのスキルもわずかに上昇しているようだ。

 嫌な思いはしたが、結果には満足している。



 ――残っている問題は、こいつらをどうするかということぐらいだ。

 横一列に並べられた男達。

 キュロスも含めて捕らえた人数は全部で五人。

 今は《地縛錠(アースバインド)》で拘束させてもらっているが、息はある。


「こいつら、どうしようかな」

「いいんじゃないの。全員殺しちゃえば」


 なんともあっさりと、物騒な発言をしたのはレイだ。


「このまま放っておくわけにはいかないでしょ? だったら息の根は止めておいたほうがいいわ。やりづらいなら、ワタシが代わりにやってあげるけど?」


 いや、さすがにそれは。


「一応、冒険者ギルドにこいつらを連れて行こうと思うんだよ。後ろで糸を引いていた商会についても証言してもらう必要があるだろうから」

「なら、一人だけ生かして連れ帰りましょう」


 合理的というかなんというか、レイは荒事に慣れているのだろう。

 いっそのこと、ノワールで四人を……いやいや。

 そうこう悩んでいると、遠くに小さな影が見えた。

 土煙を上げながら、だんだんとこちらへと近づいてくる。




 ――――新手か?

 警戒を緩めず、騎獣に乗っている人物の顔が確認できるまで待つ。

 ……え?


 しばらくすると、意外な人物が俺の前に降り立った。

 黒と白が入り混じった斑模様の髪が印象的で、しなやかな肢体に女性特有の起伏のある身体。


「やあ。久しぶり。また会えて嬉しいよ」

「せ、セシルさん!?」

「ボクのこと、覚えててくれたんだ?」


 セシルさんは商会に雇われていた傭兵だが、キュロスと違って好感の持てる人物だった。

 ひょっとしたら、俺が狙われているという情報を得て助けにきてくれたのかもしれない。


「セー君は、やっぱり強かったんだね」


 先日、溶岩洞で『俺に勝てるとでも思っているんですか?』などと言ってしまったことを思い出した。なんだか恥ずかしい。

 しかし、いつの間に俺は『セー君』などという愛称で呼ばれるようになったのだろう。


「すごいなぁ」と感心の声を漏らしつつ、セシルさんは縛ってあるキュロス達の前まで歩いていく。


「ところで、セシルさんはどういった理由でここに来たんですか?」

「く……おいっ、セシル! 俺らを助けろ! 傭兵仲間じゃねえか」


 俺の質問を塗り潰すかのように、キュロスが助けを求める声を上げた。

 他の四人も同様で、次々とセシルさんに助力を願っている。


「いやいや、傭兵は自分達の力でなんとかするっていうのが基本だぜ? いまさらボクに助けを求めるのかい?」


 呆れたように息を吐くセシルさん。

 どうやら、この人は彼らの味方をするために来たわけじゃないようだ。一安心である。


「ちくしょうがっ! ほんとに、どこまでも役に立たない半端も――――」


 キュロスの言葉は、突然そこで途切れた。

 それもそのはず。


 言葉を発していたキュロスの頭が、上空へとポーンッと飛んでいったからだ。

 残った身体からは血飛沫が噴水のように立ち昇り、次第に力を失ってバタリと倒れる。


 な、に……!?

 唖然としていた時間なんて、ほんの一瞬。

 セシルさんは、残った四人の首も大型の槍の一振りで一気に刈り取ってしまった。

 空を舞う四つの首と、大地に残された身体からは血の噴水が端から順番に立ち昇っていく。


 ……シュールな光景だ。


「な……にを、やってるんですか!?」


 あまりのことに、反応が遅れてしまった。


「驚かせちゃったね。ボクがここに来た理由っていうのは、こういうことさ」


 どういうことさ? 俺の頭の回転が鈍いだけなのさ?


「冒険者ギルドに喧嘩を売るような真似をして、事件が明るみになれば、商会にとっては大問題だからね。ボクが今回依頼された仕事は、もしキュロス達が失敗したら処分しろ……って内容だったのさ」


 なるほど。実行犯が証言すれば言い逃れができないが、実行犯が一人残らず死んでしまえば、知らぬ存ぜぬでやり過ごせるってわけか。


「今回のことを黙ってなかったことにしてくれるなら、商会側も今後セー君にちょっかいを出すことはないってさ」


 随分と勝手なものだ。


「じゃあセシルさんは、俺が生け捕りにされようが殺されようが、どっちでもよかったってわけですね」


 所詮はこの人も、商会側の人間か。

 なんか……ショックだ。


「そういうわけでも、ないんだよね」

「……どういうことですか?」

「本当はね。セー君を助けようと思ってたんだ。そんな必要もなかったわけだけど」


 キュンッ……いやいや、どんだけ単純なんだよ俺は。


「でも……気が変わった」


 大型の槍をこちらに向けてくるセシルさん。

 なに? なんなの?


「溶岩洞で言ってたこと、覚えてる?」


 忘れました。


「俺に勝てるとでも――……って言ってただろ? ボクはあの言葉で特にセー君のことが気になってたんだ。なにかこう、ビビッとくるものがあったからね」


 ビビッてなに?


「キュロス達を相手にして、まだ余裕があるほどの実力者……そそられるよ」

「あの、ちょっと話がみえないんですが」


 なぜか興奮してらっしゃるようなので、挙手して質問させていただくことにする。


「――雑種強勢って知ってるかい?」


 なんだっけ? たしか獅子や虎といった異なった種の間に子供ができたとき、稀にその子供は両親よりも優れた形質を有する、とかだった気がする。


「ボクが獅子の獣人とヒューマンのハーフだってことは前に言ったよね?」

「ええ」

「獣人っていうのはね。勘違いされやすいけど温厚な種族なんだ。それに比べて一番好戦的な種族はなんだと思う?」

「えっと……魔族、とか?」


 セシルさんは、黙って首を横に振る。


「たしかに魔族は好戦的だけど、同種族で大規模に争ったりするのはヒューマンぐらいなものさ。良い意味でも、悪い意味でも欲望に忠実なんだろうね」


 なんとなく、セシルさんの言いたいことがわかってきた気がする。


「そういうこと。獣人として最強の獅子の身体を持ちながら、ヒューマンの貪欲さも併せ持ってる……それがボクってわけ」


 まあ、別にヒューマンのすべてが欲望で出来ているわけではない。

 俺の半分は優しさで出来ています。


「まわりくどくなってごめんね。つまりボクはセー君と勝負がしたいんだ。どちらが強いのかを確かめたい……そういった感情を抑えられなくなったといえばいいのかな」


 バトルジャンキーじゃないですか、やだー。


「戦わなくていいなら、それが一番だと思うんですが」

「もしボクが負けたら、何でも言うことを聞くよ」


 なん……だと?

 反射的に首を縦に振りそうになってから、背後に冷たい視線を感じて振り返る。

 レイの冷たい眼差しは、間違いなく俺を貫いていた。

 俺だってヒューマンなんだ。

 半分は欲望で出来てるんだぞっ。


「今回の件をキュロス達に代わって証言しろというなら、それもかまわない」


 あ……そういう意味ね。


「できるだけ相手を殺さないようにするって条件でなら、いいですよ」

「優しいんだね。セー君は」


 セシルさんの表情は、早く玩具で遊びたいという子供のように純粋な笑顔だ。


「というか……セシルさん、諦めるつもりないでしょう?」

「あはは……バレてた?」


 セシルさんは楽しそうに笑いながら、大型の槍を構え直す。

 俺も腰にある双剣の柄を握り締め、勢いよく引き抜いた。



 ――ちょうどいいかもしれない。アレも実戦で試してみたかったことだしな。

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