3話【焦熱暴虎】
――溶岩洞の入口方面から、ぞろぞろと数人の集団が歩いてくるのが目に入った。
ざっと全員の顔ぶれを窺うが、魔物との戦闘を考慮していない軽装な者の姿も見受けられる。
戦闘を前提とした装備を着込んでいるのは……二人。
乱雑にのびた茶褐色の髪に無精ヒゲ、眉間の皺は苦いものでも噛み締めたのかと疑いたくなるほどにギュッと中央に寄せられている。
「おいおい。子供はさっさと家に帰ったほうがいいんじゃねーか?」
「そんなこと言ったら悪いよ、キュロス。彼は冒険者みたいだぜ? ボクらと似たようなもんじゃないか」
しかめっ面の男――キュロスというらしい――を窘めたのは、黒と白の斑模様の長髪を背中に垂らしている女性である。
俺が首に提げている冒険者のプレートを目に留めたのだろう。
うん。口調だけでは判断がつきにくいが……たしかに女性だ。
「まったく、今回はただでさえ半端者のセシルと組まされて疲れてるってのによ」
「あはは。半端者ってのは聞き捨てならないね……どういう意味か教えてもらえる?」
途端、なにかピリッとしたものが空気中を伝播する。
あれ……これ、なんだか危険じゃない?
「ちょっとっ! あんたら随分と勝手なもんね。後からやって来て家に帰れだの、なんだかよくわかんないけど喧嘩するならそれこそ帰ってからやんなさいよ」
頼もしいな……レイ。
俺もそう言おうと思ってた。
が、一秒遅かったようだ。
その言葉にこちらを振り向いた女性――セシルは、面白そうにして表情を柔らかなものに戻した。
「ごもっともだね。ボクもちょっと短気なところがあるのは直さなきゃいけない」
「金にならねえことをするほど暇じゃねえ」
交錯していた視線を外した二人は、互いに一歩ずつ距離を空ける。
「遅ればせながら自己紹介させてもらうよ。ボクはセシル。この無愛想な男はキュロス。後ろにいるのはカルナック商会の人達さ」
◆◆◆
――どうやら、この集団はカルナック商会とやらが派遣した人達らしい。
南にあるワイド城塞都市は、リシェイル王国の南端にある国境で魔族の侵攻を防ぐ要となっている場所だ。カルナック商会はそこに本店をかまえる大きな商会で、武器や防具、攻撃アイテムなどの売買を盛んに行なっているとのこと。
そういった理由から、優秀な者を雇って使える素材を収集することも珍しくない。
今回もセシルとキュロスという傭兵を連れて、焦熱暴虎の牙を含む様々な素材を獲りにきたというわけだ。
商会の人間は武装をしていない代わりに大きな背嚢を背負っており、戦闘は二人に任せて素材の収集を可能な限り続けるのだという。
これだけ大きい背嚢なら、素材を買い取るよりも傭兵と護衛の契約を結んで狩りを行なうほうが安上がりなのだとか。
「――というのが、ボクらがここにいる理由かな」
「へえ。商会が傭兵を雇ったりもするんですね」
溶岩洞を進む道中で、セシルさんが話してくれた内容は以上だ。
ここで会ったのも何かの縁。
すでにこちらもここにいる理由を簡単にだけ話してある。
「にしても、焦熱暴虎の牙を鍛冶に使うなんて珍しいよね。一体どんな素材なのか気になるところだけど……まあ、しつこくは訊かないでおこうかな」
さすがに燐竜晶のことは無闇に話す内容ではないので、伏せておいた。
「なあ、セーちゃんばっかズルいって。オイラのことも紹介してくれよ。オイラはレン・シャオ。そんでもって、あっちにいる怖い姉ちゃんがレイ・シャオっていうんだ」
会話に割り込んできたレンが自己紹介を済ませると、セシルさんも軽く会釈する。
「やあ。君達二人には嫌われてると思ったから、話しかけてくれて嬉しいよ」
「いやいや、レイ姉はいつもあんなんだからさ。初対面時にキュロスさん? と喧嘩しそうな感じだったから、ちょっと驚いたけど」
「あれについては、ボクも反省してるよ」
黒白の斑模様の髪を指でいじりながら、彼女はわずかに頬を染めた。
自らを『ボク』と呼び、男勝りな印象を受ける彼女だが、女性特有の起伏を有しながらも引き締まった肢体は、純粋に綺麗だと言わざるを得ない。
女性らしい仕草をされると、それだけでがらりと印象が変わる。
「セシルさんはなんでさっきあんなに怒ったの? 半端って言われたから?」
おいおい。かなり突っ込んでいくのな、レン。
「……なんで知りたいの?」
「いや、だってセシルさんが何を言われたら嫌なのか知ってれば、オイラ達が知らずに怒らせちゃうことも減るってなもんでしょう。もちろん言いたくないのならそれもいいし」
「別に隠すことじゃない……ボクは獣人とヒューマンのハーフだからね。キュロスが言っていた半端者っていうのは、力量が半端っていう意味じゃなく、存在が半端っていう意味さ」
そういう……ことか。
あれ? でも獣人の特徴である耳や尻尾は見当たらないけど。
「ボクの耳や尻尾は普通よりも短くてね。上手にしまっておけばヒューマンと大差はないだろう?」
にこりと笑ったセシルさんが指で髪を持ち上げると、小さな耳が姿を覗かせる。
「もちろんハーフだからといって、存在が半端なわけじゃない。ボクには獣人の血も、ヒューマンの血も両方流れている。それを心から嬉しく思っているよ。だから、あんな薄っぺらい侮蔑の言葉で怒ってしまった自分を反省してるのさ」
獣人とヒューマンのハーフ、か。
ならば他の種族においてもこういった事例は珍しくないのかもしれない。
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名前:セシル・アトマイス
種族:半獣人(獅子/ヒューマン)
年齢:22
職業:傭兵
特殊:獣王の誇り
スキル
・槍術Lv3(22/150)
・体術Lv3(7/150)
・投擲術Lv2(45/50)
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ステータスを見る限りだとかなり強い。わざわざ商会が雇うのもわかる気がする。
百獣の王――獅子の獣人……か。
「――おいおい。何をのんきに喋ってやがんだ!? それよりしっかり護衛しろってんだよ。まったく」
随分と悪態をつくキュロスだが、たしかに護衛の任務は全うしている。
「……そうだね。警戒を緩めたつもりはないけど、仕事中にお喋りしてたボクが悪かったよ」
謝罪の言葉を述べてから、セシルさんは口を閉じた。
なんだか申し訳ない。話を長引かせたのはこっちのせいなのに。
「すみません。長く色々と話しちゃって」
「その、オイラも……」
謝罪の言葉に対して、セシルさんは小さく笑いながら口をパクパクと動かす。
『もっと話したかったよ』
そう読み取った俺とレンは、互いに顔を見合わせて頷いたのだった。
――無言で溶岩洞を進んでいくと、ほどなくして開けた場所に出た。
ドーム状になっている空間は、全力で飛び跳ねても一向に身体をぶつける心配などいらないほど広い。
ただし、そこかしこに溶岩が流れているため、危険度は上がっているといえる。
「ああ~、やっと本格的に仕事に移れるぜ。狭い道を余計な奴らと歩いて疲れちまった」
「それって、焦熱暴虎がここら辺に出現するってことですか?」
俺の疑問に答えることはせず、キュロスはずかずかと歩いていく。
「手強い相手だから、危険だと思ったらすぐに助けを呼んたほうがいいよ。腕があっても運悪く命を落とした人も多いからね。いや……希少な魔物だから遭遇できるのは運が良いのかな?」
あはは、なんて笑いながらセシルさんも商会の人達と歩いていってしまった。
……え、今の笑うところ?
「――で、ワタシ達はどうするの? ここら辺を中心に探してみる?」
「そうだな。かなり広いから、離れすぎず、固まりすぎずで探索してみようか」
「しっかし暑いね~。オイラここで休んでたらダメ?」
「別にいいよ……ただ自分で言うのもなんだけど、俺がいないところでレンが一人で焦熱暴虎に遭遇したら、かなりヤバイと思う」
「う……」
レンだって決して弱くないが、相手の強さは個体によってランクAに達することもあるとシエーナさんが言っていた。
どのスキルもLv3に達していないレンが一人で立ち向かうには、厳しい相手だ。
「得意な火魔法も炎の魔物には効かないだろうしな。剣が折れて、四肢も焼かれて動けずに苦しんでいるところを遠くから応援するぐらいしかできないぞ」
「応援せずに助けてよ!?」
「……なら、助けられる範囲にいろよ」
「わかったよ。セーちゃん」
目と目で通じ合う。
「男同士でなに言ってんだか。気持ち悪いわね」
どうやら冗談が過ぎたようだ。レイがこちらを軽蔑するような視線で貫いてくる。
「いや、心配しなくてもレイが危ない目に遭ってたら助けるよ?」
俺、そういう趣味は持ってないですから。
「はあ? バッカじゃないの?」
ふたたび気持ち悪いと悪態をつきながら歩を進めようとした彼女だったが、こちらとの距離を一定以上離そうとはしなかった。
――どれぐらい探索しただろうか。
広いとはいっても洞窟の中だ。適当に歩けば見つかるだろうと思っていたのは、甘かった。
空中を飛び回るラ―ヴァット。
足元を這い回るラーヴァワーム。
洞窟を駆け回るフレイムキャットなど。
襲ってくる魔物を撃退しつつの探索。
暑さも加わって体力が底を尽きそうだ。
とっくに空になった水筒については、水魔法で補充できるのが幸いというべきだろう。ルークは火属性耐性があるからか、平気そうな顔をしている。
それにしても、目当ての虎は一向に見つからないな。
さすがにレアな魔物というだけある。下手をすれば発見する前にこちらが干からびてしまいそうだ。
だが、収穫がまったく無しというわけではない。
今、ある一つの仮説が俺の頭の中に浮かんでいる。
鍵となるのは――フレイムキャットの動向である。
ここに来るまでに会った小さなフレイムキャットは、こちらを襲ってこずに大人しく溶岩をすすっていた。
しかし、この近辺にいるフレイムキャットの身体は大きく、人を見つけると襲ってくるのだ。
さすがにレイも襲ってくる魔物相手に抱きつこうとまではしなかったが、非常に不満そうな顔をして鞭を振るっていた。
さて、ここで疑問に思ったのはフレイムキャットに個体差があるということだ。
身体が大きいやつはエサとなる溶岩よりも、人間を優先的に襲ってくる。
違いは何か……?
大きめなフレイムキャットに遭遇したのは二回。
二匹ともステータスを確認してみたが、所持しているのは《火魔法Lv2》のスキルだったのだ。
一匹はスキルを奪えるチャンスがあったため、盗賊の神技を発動させたが……失敗。
まあ……いいだろう。
上手くいけば現状の手持ちスキルで仮説を証明することができるかもしれない。
「……また? あんまり気乗りしないなぁ」
隣でレイが不満の声を漏らしたのと、俺が思考を終えたのは、奇しくも同時だった。
フレイムキャット――所持スキル《火魔法Lv2(43/50)》
……きた。
よく成長しているじゃないか。たっぷりと上質な溶岩を堪能してきたのだろう。
最初のフレイムキャットから奪ったスキルは《火魔法Lv1(8/10)》。
合計すれば――とどくっ!
「俺がやるっ! 二人はここで待機しててくれ」
ルークへと飛び乗るように騎乗し、地を駆けた。
待ち遠しかった存在に会えたことで気分が高揚している。
裂帛の気合とともに剣を鞘から引き抜き、構えた。
真っ直ぐに駆けていくこちらの存在に気づいたのか、フレイムキャットはすぐさま大きく開いた顎に火球を生成させ、迎撃体勢に入る。
一撃目は狙いが外れ、疾走するこちらの眼前で地面に激突した。
爆発とともに地面が抉られ、小粒の石が擦過音を鳴らしながら頬を撫でていく。
こんなもの、牽制にもなりはしない。
二撃目は正確に俺の身体を捉え、膨れ上がった火球が標的を焼き尽くそうと迫る。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
無駄、とばかりに剣に冷気をまとわせて斬り裂いた。
ボシュッ! という音とともに火球は消し飛び、大量の蒸気が撒き散らされる。
……ちょうどいい目くらましだ。
もはや俺と魔物の間に障害物はなにもない。
「――プレゼントは、大人しく受け取るもんだろ?」
肉迫したフレイムキャットの身体に触れ、意識を集中する。
自らの身体の内にある暖かな恩恵。
これを譲渡する行為は、親愛なる相手にプレゼントを渡すのと同じようなものだ。
――問題なく、スキルの譲渡は完了した。
……これでいい。
何が起こるか不明のため、少しばかり距離を取ろうとルークに合図する。
念のために相手のステータスを確認してみると――《火魔法Lv3(1/150)》となっていた。
さあ……どうだ。
「グ、グゥゥゥゥルル、ル」
フレイムキャットの様子が、明らかにおかしい。
「けほっ、けほっ……随分と派手にやったわね」
蒸気の煙が晴れ、レイとレンがこちらに駆けてきた瞬間、
フレイムキャットの身体がさらに大きく膨張し――――――弾けた。
いや、正しくは弾けたというより身体をつくり変えるため、一時的な無形状態になったという表現が相応しい気がする。
その変化に周囲の溶岩も同調し、渦を巻くように圧縮されて中心へと取り込まれていく。
……すさまじい熱量だ。
ドクン、ドクンと脈打つように中心の物体が胎動している。
「グアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォッ」
溶岩洞に響く大音量は、まさに産声。
真っ赤に燃える巨大な体躯。
身体の表面温度が部位によって異なるのか、炎色が縞模様となっているのが幻想的だ。
獲物を見据える黄金色の瞳は気高く、大きな四本の牙は一噛みで獲物を絶命させるだろう。
――――――これが……焦熱暴虎……
やっと、見つけた。
「うっわ。なにあれ……」
「可愛く……ない」
「レイ姉、あれも一応はネコ科みたいだし……抱きしめてくれば?」
「黙りな。あんなのに触れたら火傷じゃ済まないわよ」
……双子の姉弟の感想はおいておき、せっかくこうして遭遇できたんだ。
暴虎の顎がこちらに照準を合わし、大火球が形成される。
悪いけど、その牙――
「レイとレンは援護してくれっ」
――もらうぞ。
大火球が放たれると、ルークは全力で回避行動を取った。
いくらルークが火属性耐性を所持しているといっても、Lv2では防ぎきれない。
というか、背中に乗っている俺は丸焼けになるだろう。
溶岩洞の壁面に激突した大火球が爆発し、振動が洞内に木霊した。
「クォォォォォッ」
合図するまでもなく、ルークは一足飛びに暴虎へと迫っていく。
時間を掛けるつもりはない。一撃で決めさせてもらおう。
相手の火魔法Lvを考えると、こちらの魔法Lvでは対抗できない。
反属性である水魔法で防御しようとも押し負けてダメージを受けるのはこちら側だ。魔法剣なら相殺できるかもしれないが、あまり強力な一撃を喰らわせると最重要目標である牙を傷つける恐れがある。
接近して胴体を一撃で真っ二つに――
「グオオオオオオオオォォォォォォッ」
暴虎が丸太のような腕を振り下ろすと、弧を描くような炎の軌跡が実体となって飛来してきた。
飛来する炎爪を前にして、無視できないと判断した俺は咄嗟に《水の盾》を発動させる。
ボジュッ、ジュッと何本かの爪を掻き消したところで、盾も消滅してしまった。
襲いくる炎爪は一発ごとの威力こそ高くはないものの、数が多い。
ルークにはさしてダメージを与えるに至っていないが、俺の身体めがけて飛来する炎爪がまだ数本残っている。
こんなもの何発か喰らっても……死にはしない。
知 っ た こ と か !
剣を構え、突進する勢いを緩めずに全力で前へ。
「せやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ」
ジュッ、ジュッと、炎爪が空中で溶けて消えた。
……な!?
何事かと思ったが、刹那の思考ですぐさま答えを得る。
俺以外に水魔法を扱える人物。
そしてその人物に、さっき援護を頼んだばかりではないか。
心中で礼の言葉を述べ、振り返ることはせずに疾駆する。
「グガアアァァァァッ!!」
「クォォ」
怒りの咆哮を上げる暴虎が次の攻撃動作に移るよりも早く、ルークが軽く鳴いた。
同時に、俺は大きく空中へと跳躍する。
ドラゴンブレス――光の粒子を収束させ、光熱のブレスを吐き出すルークの技の中でも最大威力を誇る一撃だ。
光の奔流が暴虎を押し流そうと迫る。この距離ならば優れた身体能力を以ってしても完全に躱しきれるものではない。
炎の身体を歪ませ、怯んだ暴虎が一瞬動きを止めた。
……もらった!
上空から落下する身体を整え、最上段に構えた剣を振り下ろせば――終わりだ。
「おおおおおおおおおおっ――……?! くっ!!」
俺は身体を捻り、転がりそうになりながらもなんとか着地した。
同時に、ドドンッという連続した打音が響く。
「グアアアァァァァァ!!」
急いで振り返ると、暴虎の両眼には太い矢が突き刺さっており、完全に視界を奪っていた。
ふざ……けるなよ!
「……お~お、怖い顔しちゃってまあ。助けてやったのにそんな態度を取られるのは心外だな」
こちらの苛立ちに拍車をかける声を出しているのは――キュロスだ。
クロスボウを構えた状態で愉しそうに嗤っている。
「助けた? ふざけないでください。あいつの両眼に刺さっている矢……避けなければ俺に命中していたでしょうっ」
こいつ、何を考えてる。
「へへ。そりゃあ言い掛かりってやつだ。自分が弱いのを人のせいにするのは感心しねえな」
小馬鹿にしたような物言いに、さすがに冷静さを欠いてしまいそうになった。
「このっ――」
「ほら。いくら眼が潰れたからって、そんなに油断してっと危ねえって……もう遅いか」
「グアアアオオオオオオオオオオオオオッ」
興奮した暴虎が滅茶苦茶に振り回す腕が、こちらに振り下ろされる。
こんな、ものっ……!
――――――――――――――――ッズドンッッッ!!!
……え……?
「――だから言ったでしょ? 手強い相手だから、危険だと思ったらすぐに助けを呼んたほうがいいってさ」
上空から聞こえた声は、優しげなもの。
されど飛来した一本の凶撃は、確実に暴虎の息の根を止める鋭いものだった。
背側の首元から腹側の喉元までを貫き、炎獣を地面へと縫いつけた物体は――極太の槍。
地面を割るほどに力を込められた槍は、誰が投げ放ったものか。
先に地面へと到着した槍に遅れるかたちで、人影が器用に音もなく着地した。
黒と白の斑模様の髪が、ふわりと風で揺れる。
「セシルさん……」
「ん? どうしたのさ。ちょっと遅れちゃったみたいだけど、無事で良かったよ」
その無邪気な笑顔に、俺はどういった反応をしたものかと困惑してしまった。