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20話【エピローグ】

三章エピローグとなります。

どうぞ^^

 ――八月二週、某日。



「どうよどうよ、これ。似合ってると思わん?」

「……あのなぁ、そういうのは女性がやってこそだよ」


 新しく購入した服の評価をしてほしいのか、目の前でくるくると回るレンのお気楽な姿を見ながら率直な感想を漏らす。


 膝上あたりまで身体を覆う長めの衣服は、襟の部分や胸元に異国情緒のある刺繍が施されている。ズボンを含めると紺色の礼服といった印象で、整った容姿を有するレンが着ると異国の王子様の正装のように思える。肩にはこれまた長めのショールが掛けられており、自然の恵みのような上品な橙色が映えていると言わざるをえない。


「でもそれ、旅に耐えられるのか?」

「大丈夫でしょ。見た目より動きやすいし、丈夫な糸で編んであるそうだから。それに下にはちゃんと革製の鎧も着込んでるからさ」

「ならいいけど、その……ショール? みたいなのは必要なのか?」

「これは……さ。ほら」


 レンが肩にあったショールを顔に巻きつけ、器用にくるくると回転させていく。ものの数秒で完全に顔が隠れてしまった。


 砂漠でラクダに乗っている人達がこんな覆面をしていたような気がするな。


「この国だと必要はないと思うけど、スーヴェン帝国に入ったら必要になるかもしんないでしょ?」


 まあ、そうかもな。





 ――結局、俺はスーヴェン帝国に行くことに決めた。


 クロ子には『過保護』だの『ストー○ー』だの『性犯罪者予備軍』だの、罵りの言葉を浴びせられたが、それは間違いである。

 百歩譲って過保護なのは認めてもいいが、別にリムが心配だからという理由が全てではない。

 一国の王様と人脈をつくる機会をみすみす見逃してもよいものか?

 否、よくない。


 後日、王宮の門を叩いた俺はレイとレンの双子姉弟の釈放を申し出たのだった。

 初めて赴く国だ。土地に詳しい人物がいると助かるのは間違いない。

 後ろから刺される心配というのは、とりあえずイリィさんの言葉を信じてみようと思う。

 もちろん、俺自身もそう気を許すつもりはない。道中の宿だって別の部屋にするつもりだ。


 断ってからすぐの訪問だったが、どうやら俺の突然の心変わりに動じるほど王様の器は小さくなかったようで、すぐさま釈放の手筈が整えられた。


 しかも口にしていた通り、路銀と称して少なくない金額を用意しようとしてくれたのだが、それは丁重にお断りさせていただいた。

 だって、先行投資だとか言われたら怖くて受け取れないです。俺という人間を買ってくれているのは素直に嬉しいのだが、気がつけば色々と断れない状態になっていそうだもの。


 とはいえ、双子を囚人服のまま旅に連れていくわけにもいかないため、二人の装備を整えるだけの資金と宿代程度はもらったのだ。

 そうして今は、二人の装備品を揃えているところである。

 俺の鎧の修理はすでに終わっている。





 ――話を元に戻そう。


「……もっとも、オイラ達の顔を知ってる奴なんて限られてるけどね」


 顔を隠す必要というのは、念のためである。

 特務部隊に所属して仕事をしていた彼らだが、任務に失敗した挙句、情報を洗いざらい吐いておめおめと帰ってきましたとなれば、処刑されてもおかしくない。

 仕事の性質上、二人の素顔を知っている人物というのは少ないらしいが、用心に越したことはないのだろう。


「それはそうと……その格好、暑くないの?」


 気温も高くなってきたため、レンの服装はやや暑苦しそうに思える。覆面なんかすれば暑さで倒れるんじゃなかろうか。


「ちっちっち、トグルはここよりも暑いけど、だからこそ日光を遮る必要があるのさ。本当に危ないのは直射日光に長時間さらされることで――」

「……ふぅん」

「ちょっ、聞いてよっ! ……って、それ何? 綺麗なもん眺めてんね」


 レンの話が長くなりそうなので、生返事をしながら燐竜晶を道具袋から取り出し、眺めていたのだ。


 ほのかに不思議な光を発する竜骨。いや、悠久の時を経て変質した竜晶はいかなる金属よりも硬い……まさに超希少最高硬度の素材といえるだろう。

 こういうの、本当に大好きだ。

 もう一日中眺めていても飽きない。

 むしろ食べたい。


 ……ちなみに、ベルガにはちゃんとスキルを返還した。

 泥酔して眠っている間に返還したため、何が起こったのかはわかっていないだろう。

 起きてから力を取り戻したのを実感したようだ。

 もし俺がシャニアという人物に会ったら、ベルガのことを伝えておくという約束をしてから別れた。それきり顔を合わせていないが、まあ心配する必要はないと思われる。



「……それにしても、レイ姉ってば遅いね」

「まあ、女は準備に時間がかかるっていうもんなぁ」


 俺とレンは揃って苦笑した。


「――ところで、レンって戦闘では二本の剣を使ってるよな?」

「え、うん」


 レンの腰には、こちらも購入したての双剣が収まっている。長剣は主に攻撃に使用し、短剣で防御に徹するというのがレンの戦闘スタイルだったはずだ。


「どしたの? 突然」

「いや、二刀流ってどんな感じかなと思ってさ」


 この旅は別に急ぎの用があるわけではない。リムが心配なだけ――じゃなくて、隣国の様子を見聞するというファジーな目的で動くのだ。

 多少、寄り道もしていいと思う。


「うーん。どうだろ。基本的にオイラは短剣のほうを盾の代わりにしてるんだけど、場合によっては小回りの利く短剣でも攻撃できるのが便利だと思うこともあるよ。ただ、防御力は本物の盾に及ばないけどね」

「どっちも長剣を装備するとかは?」

「オイラも最初は憧れてたんだけどね。だってそっちのほうが――」


「「カッコいい」」


 二人の声が重なり、視線が交錯する。

 奇妙な友情が生まれたような気がした。


「でもさ。実際のところ、二本とも長剣にすると大変なんだよ」

「……というと?」

「二刀流っていうのは、手数の多さがメリットだよね。短剣でも一応攻撃できるし、盾よりも攻撃の手数は増える。だけど両方とも攻撃メインの長剣にしたら絶対的に重量が増えるから、余程の筋力がないと早くに疲労しちゃう。んでもって振り回せたとしても……相手が両手持ちの大剣で斬りかかってきたら、どうする?」


「そりゃ、避けるか、剣で受け止めるけど」

「うん。回避するならいいけど、剣で防御すると片腕の筋力で相手の両腕分の筋力に抵抗しないといけなくなるじゃん」


「それなら、両方の剣で受け止めれば……」

「さっきもいったけど、二刀流は手数の多さが売りなのに、いちいち相手の攻撃を受けるのに二本とも封じられたら意味がないと思わない? しかも重量があるから疲労しやすい」


 ……なるほど。なんだかちょっとレンのことを見直したかもしれない。


「短剣なら基本的に相手の攻撃の軌道を逸らすことだけに集中して、しかも盾よりも軽いから疲労しにくい」


 短剣……か。いや、でもなあ。


「というのが、まあ一般論だね」

「……というと?」

「おたくの腕力は外見に似合わずエグいってことは知ってるからさ。ホントにヒューマン? それなら大概の相手は片腕で十分に対抗できる。もし相手の攻撃を回避する体捌きが可能なら、両剣とも攻撃に特化させることで総合的な攻撃力は爆発的に上昇するだろうね」


『攻撃特化』『爆発的上昇』


 ……こいつ、最後のほうに俺の大好物の単語を並べやがった。

 体術スキルと身体能力強化のおかげで、回避能力は高まっているといえる。

 前向きに検討してみようかな。



「――あんた、なんでそんなに目を輝かせてんの?」


 妄想にふける俺に対して声を掛けてきたのは、準備とやらに時間がかかっていたお姫様である。


「別にいいだろ。ほっといてくれ。それで、装備は決まったの――……か」


 振り向きざまにレイの姿を視界に捉え、眼球が硬直した。


「な……それ……」

「なによ。ちゃんと決められた金額の範囲内で揃えたわよ?」


 レイの服装というのは、この世界に来てから初めて見るようなものだった。

 足元から順に視線を上げていくと、まず足部は足袋のような履物で、足袋と一体となったふんわりと柔らかそうな薄いパープル色の生地が膝の辺りまでを包んでいる。

 太ももから腰までは黒のタイツを着込んでいるようだ。

 上半身は浴衣のようなデザインで、膝の辺りまでを包んでいる生地と同じで柔らかそうな素材で出来ている。丈は太ももの半分程度までといったところ。

 肩口から腕にかけては露出しているが、前腕周囲はグローブで守られている。


 腰よりもやや高い位置には淡いオレンジ色の綺麗な帯が巻かれており、どこか和風な印象を受けるものの、けっして着物とはいえない服装である。髪を後ろで結わえているのが和風っぽさに磨きをかけているのではないだろうか。


「なにジロジロ見てるのよ」

「いやはや、レイ姉の独特なセンスには弟であるオイラも言いたいことが――……」

「黙りな。独特なセンスで悪かったわね」

「……ないです」


 姉の一睨みでレンは瞬時に黙り込んだ。


「あんたも、変わった格好だとか思ってるんでしょうけど、ちゃんと機能的にも優れてるんだからね。このライトパープルの生地はパープルモスの幼虫が吐き出す糸で織られたものだから衝撃にも強くて耐久性もあるし、服の内側を適温にする温度調節機能だってあるのよ。この帯だって黄甲綿から作られたもので腹部の臓器をしっかりと保護してくれるんだから」


 確かに予想以上に機能的で驚きはするものの、俺が黙っているのは別の理由だ。


 独特なセンス……?

 いや、これはとてもいいものだ。

 どこか和風な雰囲気もあるアンバランスさが絶妙といっていいかもしれない。


「というか普通に似合ってると思う。いい。すごくいい」


 グッジョブッ!


「はぁ? 別にあんたに言われなくともわかってるわよ。ワタシが選んだんだから」


 くるりと背中を向け、ずんずんと歩いていく。


「……武器も見てくるから、もうちょっと待ってて」


 そう言って振り向くこともなく、武器コーナーのほうに突き進んでいった。




 ――またもやしばし待つ。


「おっかしいな~」

「どうしたんだ?」


 レンが呟くのに反応した俺は、燐竜晶を眺めながら耳を傾ける。


「いや、レイ姉ってば武器のほうはこれにしようって言ってたから、すぐに戻ってくると思ったのに」

「なかなか戻ってこないな」


 直前になって迷ったのかな? あり得そうだ。


「ところで、なんで急にスーヴェン帝国に行こうって思ったのさ? あれだけ今は行かないって言ってたのに――って、もうその牙みたいなの眺めるのやめようよっ!」


 仕方なく燐竜晶を道具袋の中にしまう。


「いや、別に大した理由はないんだけどさ」

「ひょっとすると、あの獣人の可愛い子が関係してたりとか?」


 ……こいつ、飄々としてるくせに妙に鋭いところがあるから怖いんだよ。


「まあ、それも理由の一つではあるかも」

「……なるほどねぇ」


 にやにやと笑みを浮かべてくる。


「なんだよ?」

「いんや……あ、レイ姉、武器も決めた?」


 武器コーナーから戻ってきたであろう彼女は、不思議な形状をした鞭を携えていた。


「これにする」


 持ち手が通常よりも太く、おそらくは巻き上げ機構が内蔵されているであろうその鞭は、伸縮する部分に小さなブレードがいくつも見受けられる。


「……ブレードウィップ?」

「そうよ。こうすれば――」


 レイが手元をわずかに動かすと、鞭の形状をしたブレードウィップが連続した金属音とともに一本の剣となった。


「鞭は接近されたら不利だけど、これなら防御くらいはできるから。まあ、そうなる前にズタズタにするけどね」


 いやぁ、冗談に聞こえないっす。


「じゃあ、その鞭と服を買うので決定だな」


 お金の管理は俺がすることに決めているため、選んだ装備を最終的に購入するのは自分の役目だ。

 広めの店舗を奥に進み、店の主人に声を掛けた。


「すみません。この人が試着してる装備一式を購入したいんですけど」


 こちらを振り向いた店主が、隣にいるレイに対して不思議そうな表情を浮かべる。


「毎度ありっ! あれ……あんた、どうしたんだい? そんなに不機嫌そうな顔して。さっきは鼻歌交じりに武器コーナーにいたの――……」


 ――ドスッ。


「……ごめんなさい。これも買おうと思ってたの」

「ひぁっ……、ま、毎度あり」


 レイが会計テーブルに投げ刺したのは、小型の投げナイフである。三本セットになっている鈍色のナイフのようだが、一本だけが黒く塗られていた。


「というかっ、なにしてんの!?」

「投擲もそこそこ才能あるから、無駄な買い物じゃないでしょ」

「そこじゃないよっ!」


 使えるかどうか証明するために問題を起こそうとしないでほしい。




 ――なんとか無事に購入を済ませ、これにて出発の準備は全て整ったといえる。

 王都で世話になった皆には挨拶を済ませたし、非常食や水、治療薬、解毒薬、その他もろもろの品も魔法の道具袋に収納済みだ。


 ウランさんとステラさんについては近いうちに独立すると意気込んでいたし、今度来るときには新しい店に寄らせてもらおうと思う。


 はて……なにか忘れている気もするけど。


「なにボーっとしてんの?」


 感慨にふけっている俺に対して、新しい服に身を包んだレイが問うてくる。


「まったく、あっちの国で街中をボーっと歩いてたらスリに財布を丸ごと持ってかれるわよ?」

「いや。さすがにそこまで治安が悪くはないだろ」

「甘いわね。だいたい――――キャッ」


 顔をこちらに向けて歩いていた彼女は、俺への説教に夢中になっていたのだろう。正面からの通行人にぶつかってしまったのだ。


「……おぉっ! これは失礼しました。私としたことが、あなたのような可愛らしい女性に無礼をはたらいてしまうとは。お詫びに食事などいかがでしょう?」


 ぶつかった男がいきなりレイの手を握ろうとしたため、彼女は拒絶感を隠すことなく発散させた。


「触んないで」


 その反応に、男は笑顔を崩さずに一礼だけして詫びの言葉を述べる。


「失礼しました。あまりに魅力的だったため……つい。それでは、よい旅を」


 あっ……思い出した。

 この男の素振りが知っている人物に似ていたため、ようやくあの変態男のことを思い出せた。 


 ガリーブさん、どうしたんだろ?


 結局、あれから数日経った今も音沙汰なし。

 黙って消えられると、それはそれで気になる。

 立ち去ろうとする男の顔を覗いてみるが、もちろんまったくの別人だった。


 ん? ……なんか……


「どしたの?」

「ああ、なんかちょっと目がかすんで。疲れが溜まってるのかもしれないな」

「ちょいちょい、今から出発だってのに大丈夫なの?」


 レンが不安そうに呟くが、何度か瞬きをしているとすぐさま視界はクリアになった。


「大丈夫。それより……レイは前に気をつけて歩いたほうがいいぞ」

「うるさいな。軽々しく名前で呼ぶ――」


「――釈放条件、その1。釈放された両名は俺と同行するにあたり、最低限必要な人間関係を築くべく努力すること」


 釈放する際に提示させてもらった条件はいくつかあるが、これはその一つ。


「相手の名前を呼ぶのって、最低限必要なことだろ? レイにレン……これからしばらくだけど、よろしく頼むよ」

「オイラは全然いいけどね。逆におたくのことをどう呼ぼうか考え中ってとこかな」

「ワタシだって……努力は、するわよ」




 ――こうして俺は、新たに二人の同行者を得て王都ホルンを発った。

これにて三章終了となります。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

楽しんでもらえてたら嬉しいです^^





しばし書籍化作業に入るため、四章開始までお時間をいただくと思います。

更新ペースがのんびりですが、今の自分にはこれが精一杯のためご容赦ください(>_<)

三巻も全力でよいものになるよう頑張りますので、買っていただければ感謝感激です(^^)


それでは、読者の皆様に重ねて感謝を!

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