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17話【肢斬命断】

 痛い痛い痛い。

 いくら回復魔法を使ったとしても、生命力強化スキルで治癒力が強化されている身体でも、こんな短時間に重傷が完治するはずはない。

 足を一歩前に押し出すと肋骨が軋み、腹の奥から血生臭い何かがこみ上げてくる。本音をいえば、俺だってレイのように座り込んで一歩も動きたくない。


「……割に合わない仕事だな、ほんと」


 走る速度も自分でわかるほどに低下している。

 だが、相手の傷が癒えてしまえば勝機は完全になくなってしまうだろう。

 今の自分にできる全力の一撃を不意打ちで喰らわせたのに倒しきれていないのだ。スキルを奪わずに勝てるならそれでもよかったが、四の五の言っている場合ではない。

盗賊の神技(ライオットグラスパー)》を放つには外殻が損傷している今が好機。

 観客が少々不自然に感じようが何が起こったのかを説明する必要はない。さすがにベルガ本人は不審を抱くだろうが、相手はこちらを殺そうとしているんだ。

 それならこっちだって――


「せあああぁぁぁっ!!」

「――砕ッ!!」


 気力を振り絞り、痛みで拒否反応を起こしている身体に無理やり命令を下した。

 避けろ避けろ避けろ。

 現状で相手の攻撃を受け流す自信はない。

 まともに喰らえば粉微塵になりそうな屈強な腕による連撃を転がりながら無様に回避し、損傷した外殻部分に猛突進する。


「調子に乗るなっ」


 怒声とともに巨体がくるりと反転し、鞭のようにしなる尻尾が容赦なく行く手を阻む。膨れ上がった身体のくせに、身軽な動きは竜へと形態を変える前となんら遜色はない。

(アクティブなドラゴンだな)

 ……この尻尾が俺の横腹をしこたま叩いてくれたのか。

 さっきのは痛かった。痛かったぞっ!


「同じ……攻撃を、喰 ら う かっ」


 前方から襲いかかる一撃を跳躍して躱す。腹部を上空へと向けた状態で背中すれすれに感じた尻尾の風圧は、俺の滞空時間を延長してくれたんじゃないだろうか。

 バーに触れれば即死する恐怖の背面跳びというのは、貴重な経験である。

 そりゃ、こんなのをまともに喰らえば無事じゃ済まないよな。

 しかし、二度も同じ攻撃でやられたくはないさ。


 見えた。

 外殻が損傷している部分の奥――擬似的な竜の鎧に守られているベルガ本体を視界に捉えた。爆発の衝撃で穿たれた穴はすでに塞がりかけているものの、手を伸ばせば本体に至るだろう。

 ――隙ありっ!


「……お前がな」


 手刀を真っ直ぐに突き出した俺に対して、行動を見透かしていたかのような声が響く。

 弱っているところを見せて敵を誘うのは常套手段。

 突如――巨体が飛んだ。

 いや、なにも本当に翼が生えて空を飛んだわけではない。まるで身軽で小柄な人間が空中へとジャンプしたかのように、ふわりと宙に浮かんだのだ。

 そのまま身体を一回転させ、鋭い爪を有する脚を俺の頭部めがけて真っ直ぐに突き落とした。

 燃え盛る炎を具現化したのか、大気を歪ませる高温に包まれた蹴りが頭を叩き割ろうと襲ってくる。


紅蓮蹴撃(ぐれんしゅうげき)ッ!!」


 なにそれ格好良い。

 とか考えている暇はなかった。

 なぜか時間の流れがゆっくりに思える。回避しようにも身体の反応が間に合わない。

 迫りくる圧倒的な絶望感だけが身体を支配していく。



 ――あ、これ……もしかして――死――――



 次の瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 別に俺の頭部がスイカのように破裂したわけではない。

 豪炎による爆発が視界を覆ったのだ。


「……痛って、ててて」


 わけもわからぬまま、単純に身体の現状を訴える声を発する。

 どうにか俺は生きているようだ。痛みを感じている。

 タイミング的には躱せない凶撃だったはず……なんで、なにが……起こった?

 ふと、痛みを感じた腹部に視線を向けると、大きな氷の塊がごろりと地面へと転がった。


 これ、は……?

 どうやら、この氷塊が俺の身体を強引に突き飛ばしたのだろう。

 もっとも、そのおかげでベルガの技を回避できたことは言われずともすぐに理解した。問題は誰がこんなことをしたのか、だ。

 こちらも少し考えればすぐに思いつく。先程の試合でこのような魔法を多用していた人物を、俺はよく知っているのだから。

 壁に背中を預けた状態で、座り込んでいる女性。


 まさか――レイが俺を助けてくれるとは思っていなかった。

 遠くて声は届かないが、こちらと一瞬だけ視線が合う。誰かに借りを作ることを嫌いそうな彼女は、これでチャラだとでも言いたいのだろう。

 ははっ……なかなか可愛いところもあるんじゃ……って! ツバを吐き捨てやがったっ。

 俺を助けたのがそんなに嫌なの!?

 それならこっちだって言わせてもらうが、この氷塊……どちらかというと氷柱(つらら)なんですけど!? 俺を押し飛ばすだけなら、こんなに先端を尖らせる必要はなかったんじゃないの!?

 これはこれで痛いわっ!

 まったく、防具がなければ腹に穴が空いてるところだ。

 喋らなければ可愛いというのを訂正したい。口を開かなくても可愛げがない、……とレンが言っていたことにしよう。

 でもまあ……助かったよ。




「――全力で戦ったのは久しぶりだ。おかげで少し頭も冷えてきた。お前が負けを認めるなら、ここで許してやってもいいぞ」


 尊大な態度で降伏勧告をしてきたのは、俺へと距離を詰めてくるベルガである。

 正直なところ、認めたい気持ちもある。ここまで割に合わない依頼ってのもそうそうないだろう。


「は、はは……そうですね。素直に認めちゃいたい気分ですよ」

「……そうか」

「ああ、勘違いしないでください。俺が言ったのは……負けを認めるってことじゃありませんから」

「ふむ。では、何を認めたいのだ?」


 なんてこった。外殻が損傷していた箇所がほぼ塞がってしまっている。こりゃあ……覚悟を決めるしかないか。


「認めたいのは――」


 それにしても予想以上だった。やっぱり……俺が選ぼうとしただけのことはある。


「ドラゴニュートっていう種族を、いえ……あなたが……強いってことをです、よっ」


 傷が癒えたのは、相手だけじゃない。俺のほうもかなり身体が動くようになってきた。


「フッ!!」

 肺から一息で空気を絞り出し、相手へと肉迫する。

「愉快ッ!!」


 俺の行動を見越していたかのように、ベルガも瞬時に対応した。

 迎撃せんとする連撃を躱しきり、懐へと侵入した俺は剣撃によって外殻の鱗を斬り飛ばしていく。巨体から距離を離さず、喰らいつくようにして剥ぐ。剥ぐ。剥ぐ。

 下手に距離を空ければ、体格に勝る相手のほうが有利だ。纏わりつく羽虫のほうが捕らえるのは困難だろう。

 それでも、苛烈な敵の攻撃を全て回避できるかといえばそうじゃない。

 相手の外殻を剥がす代わりに、ところどころ俺の身体の肉だって削がれてしまっている。

 それもそのはず。

 上手に回避する。もしくは綺麗に受け流すことを念頭に置いて戦っていないからだ。

 ――致命傷を受けなければそれでいい。

 そもそも実力が切迫、もしくは格上の相手に綺麗に勝てるわけもないのだ。

 無様だろうと構わない。腕の一本や二本、くれてやる。

 それぐらいの覚悟はしたつもりだ。


「ちょこまかと……よく動くものだっ!!」


 痺れを切らしたベルガが、勢いよく両腕を振り下ろした。

 やや大振りな一撃は軌道を読み易く、俺を捉えることができなかった腕は地面を抉るようにして深くめり込んで止まる。


「そこだぁぁぁっ」


 鱗が剥がれて防御が手薄となっている首元に剣を突き刺そうと全力で身体を前へ。

 ――とどけっ。


「……残念だったな」

 手に伝わるのは、硬い感触。

 刃物や銃弾を歯で受け止める人間なんて冗談だと思っていた。いや、眼前にいるのはもはや人間というには無理がある。

 ある意味当然の結果といえるかもしれない。


 ――剣は、外殻頭部にある牙でがちりと受け止められてしまっていた。


「これで終わりか?」

「ええ。たぶん」


 問いに答えると同時に、くわえこまれた剣に力を込めて強引に相手の口を開かせる。

 そうしてわずかにできた隙間へと、躊躇うことなく左腕を突っ込んだ。

 役目を終えた剣は地面に転がり落ち、カランッと小気味良い音を響かせる。


「――あんたは、口を開けばなかなか可愛げがあるじゃないか」


 掌で掴んだのは、確かな生身の感触。

 俺のスキル枠はすでに八個埋まっているが、生命力強化と体術はかぶっている。相手のレアスキルと火魔法含めて全て奪えたとしても、十個というスキル枠に問題なく収まるだろう。ただ、そろそろスキルの入れ替えも検討していくべきかもしれないな。

(まあ……今考えることじゃないか)


 喰らえっ。


 スキルを発動した瞬間、身体の内に暖かいものが流れてくる感覚を味わった。全身を巡る血液が沸騰しそうになるほどの高揚感。心地良いとさえ思え――


 ――バツンッ!!


「ギぐ……ぁぁぁぁああああああああああああああっ」


 腕を引き抜く途中、直接身体に伝うような嫌な音が鳴り、激痛が走った。

 血液が沸騰しそうという比喩表現なんて生ぬるい。蒸発しそうだ。

 上腕部から先の感覚がよくわからないのに、気が狂いそうになる痛みだけが脳に刺激を与え続けている。

 何が起こったのかは、一目瞭然。


 俺の左腕が――なくなっているのだから。


「なんのつもりだ? 今のは」


 つまらなさそうに言葉を吐き捨てたベルガは、今度は本当に口から何かを吐き捨てる。

 血塗れの物体は重力に従い、ぼとりと地面に転がり落ちた。

 噛み砕かれて粉々になっていないのは幸運かもしれない。あれならまだ……


「食べたもんを……粗末に、しないでくださいよ」


 腕の一本や二本くれてやるとは思ったが、乱暴に扱わないでほしい。


「その状態でよく強がりを言えるものだ。だが、これで勝負はついたな」

「そうですね」


 俺は左腕から溢れ出る血を治癒魔法でなんとか止血しながら、笑みを浮かべた。


「――俺の、勝ちです」


「なに……?」


 怪訝な声を発したベルガの身に変化が起こったのは、その直後。


「ぐ、ぬうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ。な、なんだ!?」


 急速に外殻が縮小を始め、緑玉石(エメラルド)色の鱗が全て剥がれ落ちていく。

 爪や牙は脆くも崩れ去り、長く太かった尻尾は見る影もなくなった。


「ハ……ぁ、っ」

 ――数瞬後、ベルガの姿は完全に元の人間型へと戻っていた。

 鮮やかな緑髪に紫紺の瞳。外見だけならばドラゴニュートだと判断できない容姿。

 俺は残った右腕で落ちていた剣を拾い上げ、すぐさま戸惑うベルガの首筋へとあてがう。


「動かないでください。今なら斬れます」


 こちらの忠告に耳を傾けたベルガは、真っ直ぐに俺の目を見つめてきた。

 どうやら、それが嘘ではないと悟ったようだ。自分の身体に起こった異変を鑑みれば信じるに足るという結論に至ったのだろう。


「我の、負けか」

「はい」

「……そうか」




 ――試合終了の鐘が響く。

 腹に響く鐘音が身体を駆け巡り、見ていたはずの世界が揺らめきだした。

 観客の声援がひどく遠く聞こえる。鼓膜に水でも浴びせられたかのようだ。

 なんでこんな……?

 ああ……血を流しすぎたんだ。

 随分と無茶をしたものな。腕……くっつくかな。

 とにかく治癒魔法を全力で試してみるしかないが……今の魔法レベルだとちょっと無理がありそうだ。

 やばぃ……なんかもう、疲れた。


 意識はそこで途切れ、視界が暗転した。

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