15話【古竜の外殻】
うあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
絶体絶命の危機に颯爽とお姫様を助けにいったら、労いの言葉が『お前むかつく』だったときの対応を誰か教えてほしい。
エネミーとしてカウントしていいのだろうか?
いや。落ち着け、俺。
嫌われてるのはわかっていたはずだ。礼の言葉がないからといって助けた相手に剣を振り下ろすなんて真似はしちゃいけない。
……冗談はさておき、なんで俺はこんな行動を取ってしまったんだろう。自分で捕らえた相手を今度は助けるなんて……矛盾しているにも程がある。ベルガに威勢よく啖呵を切ったものの、自分自身を小一時間に渡って問い詰めたい気持ちでいっぱいだ。
「いいだろう。そのほうが我も手間が省けるというものだ。くだらぬ試合などに興味はない。その命が燃え尽きるまで足掻いてみせろっ!」
あぅ、この人ってば殺る気満々ですよ。
ルール無視で殴り合おうぜ的な発言をしてるじゃないですか。まあ俺がした行為を考えれば当然かもしれないな。
しかし……乱入したことで開催側からストップがかかるかと思っているのだが、場内が沸き、
『やっちまえ!』
『このまま続けてくれっ』
『ボッコボコにしてくださいっ!』
などなど、興奮した観客から声が上がっている。
――ほどなくして、俺とベルガの試合開始を告げる鐘音が響いた。どうやらこのまま続行させたほうが面白そうだと判断されたらしい。抱えていたレイを場内の端に運び、ゆっくりと下ろしてやる。
気を失っている彼女の顔は、お世辞抜きに可愛いと言ってよかった。黙っていれば可愛いのにという言葉がこれほど相応しい女性もなかなかいない……と本人に伝えたら恐ろしいことになるだろう。
ゾクゾクする。
……ちなみに俺は変態ではない。
身震いしているのは、気分が少し高揚しているからである。
その理由は――ベルガだ。
いや、繰り返すが俺は変態ではない。
振り返り、これから戦う相手を視界に収めた。
紫の瞳がこちらを見据え、早くしろと急かすように仁王立ちをしている。待ってくれているところは紳士的だが、単に卑怯な真似をせずとも俺を負かす自信があるんだろう。
ベルガの格好は軽装であり、防具といえば何かの鱗で作られた胸当てぐらいだ。武器も携帯していないようなので、印象としては武闘家か。
鍛えられた肉体は年齢を感じさせぬほどにしなやかで――と、別に相手がオヤジであることに興奮を覚えているわけでも、決してない。
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名前:ベルガ・レンブラント
種族:ドラゴニュート
年齢:40
職業:護衛
スキル
・古竜の外殻Lv3(72/150)
・体術Lv3(110/150)
・火魔法Lv2(45/50)
・生命力強化Lv3(87/150)
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――ドラゴニュート。
俺がこの世界に転生する際、可能ならば生まれ変わりたかった種族である。強靭な肉体に魔法の素養にも恵まれた希少な種族。実際に見るのは初めてだが、外見はヒューマンとあまり変わらないようだ。
憧れの種族を前にして、多少なりと興奮してしまうのは仕方ない。
しかも所持しているスキルには明らかにレアスキルと思われるものまである。
《古竜の外殻》――ドラゴニュート専用スキル。高硬度の外殻が所持者に竜の加護を与える。攻守ともに優れており、極めれば対人破壊兵器となる。
破壊兵器って……なんだか説明が怖いんだけど。つまりは身体が硬くなって攻撃にも防御にも有効ですってことかな。
なにそれ、超うらやましいんですけど。
自分の肉体がすなわちこれ最強の武具である、とか言ってみたい。
「……なにを見ている?」
身体を舐め回すようにガン見していたのが気に障ったのか、ベルガが油断なく構えてこちらへと疑問の言葉を吐いた。
「いや、ドラゴニュートの人に初めて会ったもので」
「……なぜ、わかった?」
あ……ですよね。
俺には《盗賊の眼》でわかってしまうのだが、失言だったかもしれない。
「まあいい。別に隠すつもりもないからな。それより、我とお前に絶対的な種族差があると知ってもなお勝負するつもりか?」
「まあ、こちらも仕事ですから」
「ほう」
苛立ちを隠していないベルガだったが、俺の返答に少しだけ笑みを浮かべた。
それと、荒事を好んでいるわけではないがドラゴニュートと純粋に勝負をしてみたいという気持ちもちょっとある。
これまでに鍛え上げたスキルでどこまで通用するのか。
最近は騎獣のルークを強化するのに夢中になってしまい、自分の分は魔物から奪っていなかったわけだが、毎夜自分で剣の鍛錬はやってきた。
そんなもの、スキル熟練度に貢献していないことは百も承知である。
これは俺の中での気持ちの整理のようなものだ。
リムが自分の無力さを嘆いているのを見て、俺は後ろめたい感情に襲われた。
魔物からスキルを奪うのだって危険がないわけではない。別に努力してこなかったわけではない。これからも必要であれば他者からスキルを奪うのに躊躇うことはないだろう。
それでも……少しでいいから自分自身で技術を磨こうと思ったのだ。
ほんのちょっぴりだけ成長したかもしれない俺の剣技を見せてやろうじゃないか。
「それに、もし勝負を辞退しますって言ったら……大人しく見逃してくれるんですか?」
俺は鞘から愛剣《漆黒に潜伏する赤脈》を滑り出させ、臨戦態勢を取る。
答えなんて決まってる。面白そうに顔を歪ませたベルガは腰を沈みこませ、重心を低くすることで身体のブレを最小限にすると、前傾姿勢となった。
「すまんな。さっきの質問は――……なしだっ!!」
深緑の髪が一直線に鮮やかな軌跡を描き、一瞬にしてこちらとの距離を喰らいつくした。
は、……やっ!?
レイとの戦闘では本気じゃなかったのか、さっき観戦していた時よりもさらに動きが速い。あと一呼吸で懐に迫るほどに相手の接近を許してしまった。
手加減が必要とも思えない。前方から突進してくる相手の踏み込みを阻止するため、俺は全力で剣を横に薙ぎ払った。
牽制が目的だったというのに、ベルガは前腕を前に押し出して剣と真っ向から相対する。常人の腕ならば綺麗に断ち切れるはずの剣撃が、重たい衝撃に殺されてしまった。
これが……《古竜の外殻》ってやつか。硬いな。
まるで鉄製の柱に斬りつけたような感覚が掌を伝ってくる。相手の腕と剣が交差し、互いの視線が重なりあった。
ベルガは不敵な笑みを浮かべているが、ところがどっこい。俺の剣だってナマクラではないのだ。貴重な素材を基にジグさんが手がけた逸品。鋼よりも強固な竜鱗だってバターのように斬り裂けたらよいのになぁと願ってやまない名剣である。
わずかにではあるが、ベルガの腕に剣が食い込んでいる。このまま押し込めば――
「――蹴ッ!!」
聴神経に強制労働を強いるような声とともに繰り出された前蹴りは、こちらの顎を容赦なく突き上げる軌道である。身体を捻ることで回避したものの、まともに当たれば首がもげそうな鋭さだった。掠っていった頬の皮膚が焦げるような熱感を伴い、首筋をぬるりとしたものが伝っていく。
……ふざけた威力だ。
掠り傷ぐらいの怪我なら生命力強化によってすぐに癒えるだろうけど――
「壊ッッ!!」
続けざまに繰り出された拳が俺の腹に接近する。すぐさま相手の腕に食い込ませていた剣を引き抜き、切っ先を正面へと突き出した。腹部に収まっている全臓器を破壊するかのような凶悪な一撃は、素手だというのに対面する俺にとって刃物よりも恐怖を感じさせてくれる。
ぶつかり合った剣と拳が拮抗し、数瞬。
みるみるうちに相手の腕にある傷もふさがっていく。
――生命力が強化されているのは向こうも同じか。しかも相手のほうがLvが高い。決定打を与えるにはもっと高威力でなければいけないな。
とりあえず相手の所持スキルは火魔法以外を視認した。試合中に奪うのは気がひけるが、命が危ないときはそうも言っていられないか。
――やってやるさ。
俺は拮抗状態を崩すために自ら身体を一歩引き、ベルガをこちらへと引き寄せた。華奢なヒューマンが体術の心得まであると思っていなかったのか、わずかな油断が生じたようだ。無防備となった体躯に渾身の膝蹴りを喰らわせてやった。軸足である左脚の指先に力を込め、蹴りで発生した反動を地面へと受け流す。
(硬いな……)
拳や腕を硬化させるだけでなく、全身にスキルの恩恵があるようだ。俺の膝はミスリルパーツで保護されているが、これがなければ蹴りを放ったこちらの骨が折れていたかもしれない。
それでも相手を少し後退させるのには成功した。蹴り上げた脚を地面へと戻すと同時に一度だけ深呼吸し、脳内で魔法のイメージを即座に練り上げる。
大気を循環させし風よ。その大いなる力の片鱗を我が敵に示せ――《風刃乱舞!!》
ベルガの周囲に発生した風の渦は、内部に閉じ込めた対象者を風の刃で切り刻むという魔法だが、大して効果は得られていないっぽい。竜の加護というのは魔法に対しても有効なのだろうか。
だが、あくまで今の魔法は目くらましが目的である。そういった意味では役に立ったといえるだろう。
「こんなものでは足止めにもならんぞっ」
渦の中心から、ずいっと身体を乗り出してくる竜人――ドラゴニュート。
それなら……これにも耐えて見せろっ!
地獄の業火を以ってしても溶けることのなき氷塊よ。我が武器に宿りて敵を打ち倒す弾丸となれ。
漆黒の剣の表面に氷の粒が浮遊し始め、握っている掌にひんやりとした刀身の冷気が伝わってくる。この剣に斬られれば全身の血液が一瞬にして凍結してしまえばいいのになぁ、というイメージが上手く具現化されているようだ。
冷気を帯びた剣を下段に構え、俺は体重を両足の指先へと移していく。身体を前方へと弾けさせると同時に風魔法で自らの身体を補助し、さらに速度を上昇させてやった。
――言ってしまえば、これは全力の突きである。
氷の刃をひたすらに高速で撃ちだし、敵を貫く。
これが――《極氷絶空弾》だあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
心の中だけで喉が張り裂けんばかりに叫び、ベルガへと突進する。
相手は俺の技を見て恐れおののく……こともなく、仁王立ちを維持していた。両の拳には赤く猛る炎が揺らめき始めている。火魔法で迎撃しようと考えているのか……?
だけど――こっちのほうが速い。
「おおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっっっ!!」
気勢を伴って突き出した剣先がベルガに達しようとした瞬間、巨大風船から空気が抜けるような音とともに大量の蒸気が周囲に撒き散らされた。
視界が遮られたのは一瞬で、俺はすぐさま何が起こったのかを理解する。
剣を押しても引いても動かない。それもそのはず。こちらの剣はベルガの両拳に挟まれるようにして止められてしまっていたのだ。炎によって凍結も防がれてしまっている。
な、ん……だと。
相手を凍結させようと考えていた俺のほうが、背筋が寒くなってしまった。
「ぬう……ぐっ」
だが、完全に見切られたわけではなかったようだ。よく見ると、わずかに切っ先がベルガの腹部に突き刺さっている。
薄氷を踏み割るような細かな音が響き、傷口が凍っていくではないか。
初めて焦燥という感情を見せた相手はすぐさま刺さっていた剣を力ずくで引き抜き、後方へと跳躍した。
「ふ、ふっふ。面白い。弱くはないと思っていたが、まさかヒューマンの子供がここまで戦えるとはな」
随分と余裕のありそうな発言をする。ここまでの攻防を思い返せば、どちらかといえば俺のほうが有利な感じなのに。
相手の火魔法も視認に成功したため、これで俺は敵の所持スキルの全てに対して《盗賊の神技》を発動できることとなったのだ。手の感覚を確かめるようにして軽く握り拳をつくり、物欲に急かされぬよう平静になろうと努める。
「久しぶりだ……この形態になるのはな」
え……?
ちょっと待った。なに? 形態って?
まさかとは思うけど。
「本気で殺すつもりはなかったのだが、さすがにこうなると……わからんな」
物騒な言葉を吐いたベルガは、離れた俺の鼓膜さえ強烈に振動させるほどの気勢の声を上げた。
「おおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
同時にベルガの体表面に鱗のようなものが出現して身体中を覆っていくではないか。緑玉石にも似た鱗は、ベルガの髪と同じ色だ。頭部に出現した角や指先の鋭利な爪、それに尻尾まで含めると……竜人というよりも、竜そのものに近い。紫紺の瞳は変わらずに強い意志を宿してこちらへと向けられている。
まだかろうじて人間型であるといえるのは、二足歩行だからだろう。
これが《古竜の外殻》の本当の能力ってやつか。
やべえな。
これはやばい。
…………
……
格好良いっ!
じゃなくて、厄介だな。
たぶん能力的にも向上してるだろうし、俺の《盗賊の神技》は相手に直接触れる必要がある。あの竜の形態が外殻だというのなら、擬似的な鎧みたいなものなんだろうか? 普通に倒すにしろスキルを奪うにしろ、まずは外殻を剥がさなくてはならないだろう。
本当に硬そうだな……
先程とは異なり、やや強めに握り拳をつくろうとすると指の関節が小気味よい音を奏でて戦闘意欲を刺激する。
第2ラウンド――開始だ。