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13話【再会2】

 闘技場の中心には、試合に挑む者達が技を競い合うのに十分な環境が整っている。距離をとって闘う者にとってもこれだけの広さがあれば色々とやりようはあるだろう。逃げ回って相手を疲れさせることも可能かもしれないが、全方位の観客から非難の嵐になりそうで俺にはできそうにない。

 互いに正面からぶつかり合い、勝者が決定すると鐘の音が鳴り響く。

 盛り上がる試合であれば観客から鼓膜が破れそうなほどの声援が送られるのだった。


 ――初戦の相手の実力はさほど大したことはなかったのだが、緊張のせいか普段の半分程度の力しか発揮できなかった気がする。まあ……そのおかげで試合としてはそこそこ面白くなったのかもしれない。


「ふ~ん。ちょっと緊張してたみたいだけど、相変わらず顔に似合わない戦いっぷりね」

「それでオイラ達と歳が同じってのにも驚いたけどさ」


 牢屋からも試合の様子が窺えるように小ぶりな覗き穴が設置されている。どうやら先程の試合を見ていたようだ。口を揃えて感想を述べている。


 ――レイとレン。


 顔立ちがそっくりなだけでなく、名前まで間違ってしまいそうになる二人――双子。

 レイのほうは言葉遣いさえ正せば女性として素晴らしいポテンシャルを秘めており、レンは妙に軽い印象を受ける優男といったところだ。

 メルベイルでマリータを誘拐した犯人達とこんなところで出くわすとは、世の中は広いようで狭いものである。

 名前と年齢については俺が初戦に呼び出される前に情報交換したのだが……敵だったとはいえ、同年齢と知ったせいかちょっとだけ言葉が崩れてきてしまっている。


「俺は二人がこんなところにいることに一番驚いたけど。というか、自己紹介とかしてよかったの? 一応は諜報活動とかする……スパイみたいなものなんだろ」

「そうはいっても、もうとっくに知ってることは洗いざらい吐いちゃった後だからね」

「吐いたのはあんただけど」


 弟のほうは最初こそこちらと視線を逸らしていたものの、俺がこの場に来たのが偶然であると告げると気さくに話しかけてくるようになったのだ。まるで知り合いにでも久しぶりに会ったかのような感覚である。なんでこんなに軽いんだろう。


「あんたも、用がないのならとっとと消えなさいよ」


 ……自分達が捕まる原因となった男を前にすれば警戒して当然だろうから、姉のレイが今も崩さないこの辛辣な態度のほうが理解できる。

 しかし、俺は女性に罵られることで快感を覚えるといったタイプの人間ではない。

 いや、もしかしたらそこに愛があれば快感なのかもしれないが――とまあ、今はそんなことどうでもいい。

 とにかく、話の種になるようなことはあまりないのだ。レイの言葉に尻尾を巻いて逃げ出すわけではないが、お暇するとしよう。


「まあ……色々と大変だろうけど頑張って。それじゃ」

「ちょっ! ちょちょちょい待った。 久しぶりの再会なんだから、もうちょっと何かあるでしょうよ」

「……いや、特には。消えろとか言われたし」


 再会といっても別に友達とかなわけじゃない。むしろ敵だったのだ。


「昨日の敵は今日の友っていう言葉もあるぐらいなんだからさ。昔のことは水に流して……」

「俺と仲良くなっても牢屋からは出してあげられないよ? そんな権限は持ってないし、脱獄の手伝いとかも無理だから」

「まあまあ、そんなつもりで言ってるんじゃないってば。ここって他にすることもないから暇なんだよね。そりゃあオイラ達はあんなことしたけどさ。やりたくてやったわけじゃないんだよ。国は違えど同じ人間なんだから、話せばちょっとはわかることもあるさ」


 レンがキョロキョロと辺りを見回し、


「そういえば、一緒にいた獣人の女の子はどうしたのさ。一緒じゃないの?」


 と尋ねてくる。


「色んな理由があって今は別々に行動してるんだよ。というか『ケモノ』じゃなくって……ちゃんと『獣人』っていうんだな」


 ちょっと、意外である。


「スーヴェン帝国の人間だからって、全員が獣人に悪感情を持ってるわけじゃないってことさ。可愛い子だったのに……あ、もしかしてフラれた?」

「さようなら」


 永遠に。


「嘘だってっ。ほんの軽い冗談っ!」


 レンが勢いよく鉄格子を掴んで顔を近づける。元々軽そうな男がさらに軽い発言をしてどうするというのか。重りをつけて沈めてやりたくなってしまった。


「いや~、フラれたといえばレイ姉が騙されそうになった悪い男の話とかはどう? 厳しい現実を和らげてくれそうな甘言に癒しを求めてい――ギャウッ!」

「……黙りな」


 姉であるレイの拳が見事に弟の横腹に突き刺さり、言葉を強制的にシャットダウンさせた。少しばかり今の話の続きは気になるが、話題の転換には失敗しているといっていいだろう。

俺は別にフラれたわけじゃないし。


「……ぐ、ぅ。じゃ、じゃあさ。なんでオイラ達がこんな仕事をするようになったか身の上話とか聞いていかない?」


 まあ……興味がないことはない。前は碌に会話ができない状況で争うしかなかったが、相手が言葉を語るというのなら耳を傾けるのもいいだろう。

 許す許さないは別にして、だ。


「――出番だぞ」


 しかし、俺が遠ざかろうとする足を止めたところで見張りの兵士の声が響いたのだった。どうやらレンを出場させるらしい。軋む音とともに鈍色の鉄格子が開かれると、急かすように兵士が腕を伸ばした。


「あ、ちょっ、引っ張らないで。今いいとこなん――……」


 …………

 ……


 騒がしい人物がいなくなったことで訪れた静寂。

 この場に残っているのは俺とレイという組み合わせである。正直なところ気まずいとかいうレベルの話ではない。女性から発せられる拒絶オーラというものは、もしかすると度合いに応じて可視化するのではないかと疑ってしまうほどである。それでも一声だけ掛けてこの場を去ろうとした自分を、頑張ったと褒めてあげたいぐらいだ。


「え~と。なにか話でも、する?」

「なんであんたなんかと」

「……だよね」


 まあこれが普通だ。このような状況に陥っている原因は、確かに俺にあるのだから。

 ベルガという男の実力も自分とあたる前に見ておきたいところだし、戻るとしよう。


「あんたは……トグルの人間じゃないんだよね?」


 んん? もしかしてこれは俺に質問しているのだろうか。レイがこちらと視線を合わせないままに呟いた言葉は、壁に向けられたものでなければこちらに対して発したのだと考えてもよいだろう。

 だが、残念ながらトグルが何を指すのかもよくわからない。


「トグルっていうのは、どこかの地名?」

「……そうね。スーヴェン帝国の東部にある地名よ。昔は小さな国だったみたいだけど、帝国に吸収されて今は領土の一つってわけ」

「なんで、俺がトグルの人間だと思ったの?」

「髪の色や瞳の色がワタシ達と同じだったから。肌の色はちょっと違うみたいだけど」


 なるほど。確かにレイやレンも黒髪に黒眼である。やや肌が浅黒いことを除けば似ているといえるかもしれない。


「同郷の人間かもしれないって思ったのか。残念だけど、俺はトグル出身じゃないよ」


 俺が生まれ育った場所は、遠い遠いところだ。

 話したって、誰も知るはずがない。


「ふぅん。まあ、どうでもいいんだけどね」


 なら訊かないでほしい。


「レイ……さんはそこで生まれ育ったんだ?」

「さん付けとか、気持ち悪い」

「じゃあ、レ――……」

「気安く名前で呼ばないで」


 え……どうしろっていうの。


「呼び止めて悪かったわね。もう話すことはないから」


 うわぁ。なんというか……だれかメンタル耐性のスキルでも持ってないだろうか。今すぐにでも俺に譲っていただきたいところだ。心は自分で叩き上げて鍛えるしかないのかもしれないが、これでは鍛える前に砕け散ってしまいそうである。


 ――かくして、半ば逃げるようにして控え室に戻ってきた俺はテーブルに頬を押しつけるようにして椅子に座り込んでいた。

 疲れている時には甘いものが一番……とリムに言ったのは俺だったか。

 少々疲れていた俺は、おもむろに自分の道具袋へと手を伸ばした。ウォム爺さんがくれた魔法の道具袋は非常に便利だ。たくさんの物が収納できるし、重さも感じさせない。

 食料なんかも入れておけるが、これらは日持ちするものでなければ危険である。別に袋の内部の時間が止まっているわけではないため、腐るものは腐るのだ。大量に入るからといって食料を詰め込んでいたら数日後には道具袋がゴミ袋となっていることだろう。

 さて……俺が取り出したのは小さな紙袋である。紙袋を斜めにして一振りすると、白い粉とともに掌の上に飴玉程度の大きさのものが一粒転がり出た。

 これは白銀桃という果物を乾燥させて作られたもので、栄養分が濃縮された携帯食である。白銀桃は新鮮な生の状態でも十分に美味しいのだが、乾燥させることでより甘みが強くなり、日持ちも長くなるという優れ物だ。口に含むとジュッと甘みが広がり、果物特有の芳香が鼻腔を刺激する。


「ああ……ちょっと高級品だったけど買っておいて良かった」


 ついついもう一粒を取り出し、口の中に放り込んだ。糖分が脳の栄養となるにはしばらく時間がかかるはずであるのに、直後から元気になるのは不思議な現象である。

 最後の一粒を残すのみとなった紙袋を道具袋にしまっていると、選手の呼び出しの声が響いた。


 呼ばれたのは――ベルガ。


 椅子から立ち上がって室内を見回すと、壁にもたれかかっていた男がゆっくりと身体を起こして歩いていく。さっきの俺の戦闘を観察していたのかは知らないが、こちらはしっかりと相手の力量を見学させていただくとしよう。

 観客席よりも間近で試合を見れるというのは、選手の特権かもしれない。

 ベルガの対戦相手はこちらも体格に恵まれた男性で、大きな斧と腰に剣も装備していた。所持スキルは斧術Lv2であり、そこそこの力量といえるはずである。ベルガが着ているローブを剥ぎ取ってほしいと望まずにはいられない。


 対戦開始の鐘が鳴らされると、男は威勢よく声を張り上げながらベルガへと駆けていく。命を奪わないまでも、腕の一本ぐらいは斬り飛ばしそうな一撃を前にしてどういった行動に出るのだろうか。

 俺はベルガの動きを見逃さないように注意深く見張る。

 だが――視線を目まぐるしく動かす必要はなかったといえる。

 なぜなら、ベルガは立っていた場所から一歩も動かなかったからだ。だからといって攻撃を無防備に受けたというわけでも、もちろん相手が攻撃を途中で止めたわけでもない。

 ただ無造作に突き出された腕が、振り下ろされた斧を掴んでいるのだ。

 ……そんな馬鹿な。あれは別に刃を潰した斧ではないし、仮にそうだとしても重量がある斧をあんなふうに受け止めたら普通は無事では済まないはずだ。

 あれって素手……だよな?


「一体……どんな身体してんだよ」


 対戦相手が必死の表情で斧を動かそうとしているが、ピクリとも動かない。苦しまぎれに腰から剣を抜き放ってベルガへと振るおうとするも、それも片手で止められてしまった。

 手持ちの武器を両方とも無力化された男は戦意を喪失してしまったのか、ベルガに何かを呟いたようだった。

 掴んでいた武器を地面へと投げ捨てたベルガは、無言で相手へと背中を向ける。

 ここからはお決まりのパターンというやつかもしれないが、地面に捨てられた斧を拾い上げた男は背後からベルガに襲いかかろうとしたのだが、完璧なる返り討ち。

 身体を半回転させるようにして繰り出された回し蹴りによって、男は空中浮遊体験を味わうこととなった。おそらく……肋骨が何本か折れてしまっているかもしれない。

 動かなくなった男は救護スタッフに運ばれていき、そこで試合は終了である。

 ベルガの表情は終始わからなかったが、気のせいか一瞬こちらを見て笑ったような錯覚を覚えた。

 やっばいな……予想以上に強い。武器を素手で掴むなんて反則でしょうよ。

 なんだかすごい不安になってきた。

 負けたらどうしよう……なんて考え始めるのはすでに心が負けてる証拠だから考えないことにしたい。

 実際に相対したら距離を取って有効な攻撃方法を探っていかないといけないだろう。




「――あんたってもしかして暇なの?」

「え?」


 無事に二戦目も終えた俺は、ふたたび牢屋の前に佇んでいた。相変わらず冷たい態度を崩さないレイの言葉は、ベルガとの試合を前にして少しばかり不安になっている気持ちを紛らわせてくれ……るわけもなく、ただヘコませてくれる。


「あのさ、これあげるからちょっと静かにしてて」


 俺は道具袋から取り出した白銀桃のドライフルーツを、見張りの兵士に見つからないようにレイへと投げ渡した。


「はぁ? こんなのいら……な」


 即座に投げ捨てようとしたレイだったが、どうやら甘味の誘惑と脳内で争っているようだ。しばらくしてこちらに背中を向け、食べる姿を見せずに白銀桃は消え去ってしまった。


「ほぇ~、おたく意外とレイ姉の扱いが上手いね。それで……ホントに何しに来たの?」


 果物の甘味を堪能しているレイの横で頷くレンであるが、さっき話してた内容を忘れてしまったようだ。


「そっちが話をしたいって言ってたんだろうに」


 俺がそう言うと、レンは思い出したかのように手を叩いて笑顔を浮かべる。


「あっ! 聞いてくれるの? オイラ相手に興味を持つってことは良いことだと思うんだよね」


 どこか憎めない飄々とした態度のレンは、そう口にして少しだけ真面目な表情になったのだった。

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