10話【鍛錬と変化】
あけましておめでとうございます。
最近は本当に寒いですね。
今年もよろしくお願いします。
それでは、次話を投稿します。
また、2章の終わりに新しく登場人物まとめを載せました。
よろしければどぞ。
こちらに振り下ろされた鋭い爪は、かなりの熱量を有するものだった。焼けた鉄を連想させる真っ赤な凶器は、直に触れれば火傷は免れないだろう。
が、さすがに受け止めた剣が溶け落ちることはない。
「こんの……ぉぉぉぉっ!」
相手の攻撃を止めた状態で睨み合い……を続けられるほど、俺は自分の眼力に自信はない。
剣と爪ではあるが、鍔迫り合いを中断させるべく相手の無防備となっている腹部へ膝蹴りを全力で放ち、体勢を崩させた。
同時に腰を落とした状態からの正拳突きで身体の中心を貫き、後退させる。
「ルークッ! 今だ」
「クオオォォォォォッ!」
俺の声に即座に反応した鱗竜ルークは、待ってましたとばかりに顎を大きく開き、意識を集中させて口腔内に光の粒を集約させていく。
次の瞬間、目も眩むような金色のブレスが敵の身体を蹂躙した。
光の高熱に焼かれた敵は自重を支えることが不可能となったのか、そのまま地面へと倒れ込んでいく。
……どうやら、完全に事切れたようだ。
「ふぅ……よくやったな、ルーク。実戦でも十分に使えるようになってきたじゃないか」
「クォ」
得意気に鳴くルークに近寄り、喉を優しく撫でてやりながら褒めてあげる。
床でブスブスと煙を発しているのは、『ネイルブラスター』という魔物である。大型の爪を有するこいつは、生体内で発する振動によって爪に熱を帯びさせ、襲ってくるのだ。
外見は……蜥蜴人間と表すのが一番しっくりくるのではないだろうか。ギョロリと縦方向へ伸びた瞳に、全身を覆う深緑の鱗。特徴的な爪は、一本一本が俺が所持する剣の半分ほどの長さもある。
「――いやぁ、本当に見事な腕前ですな。お連れになっている騎獣も、まさかあれほどの攻撃手段をお持ちとは思いませんでしたよ」
物陰から姿を現したのは、埃や土で汚れてしまっている服を纏った男性である。その後ろにも複数の人間がおり、こちらに視線を向けていた。
「いやぁ、これでも冒険者ですからね。こっちのルークも頼りになるんです」
今回、俺が受けた依頼というのは彼らの護衛である。
彼らの仕事は遺跡などから有用な資源を発見して再利用するというものであり、いわゆる発掘屋と呼ばれるものらしい。
ウォム爺さんから報酬で受け取った魔法の道具袋も、遺跡から発掘されたものだと言っていたので、おそらくこういった人達が見つけてきたものだったのだろう。
現在地は、王都ホルンから東の地にある古代遺跡。
実はウォム爺さんに古代遺跡の話を聞いてから、何回かここに足を運んでいたりする。特に用事もなかったのだが、『古代遺跡』という単語を耳にして来れずにはいられない気持ちを誰かにわかってほしいものだ。
勿論、他にランクCの依頼を受けたりはしていたが、今回たまたま発掘屋である彼らの護衛という依頼がギルドの掲示板に出ていた。
遺跡内部はかなり広大で魔物も出現するため、戦闘に長けている者による護衛が必要となる。
百層にも渡る巨大な地下迷宮――などという場所ではないが、風化によって崩れてしまっている地表の建物とは別に、地下にも遺跡が続いている。
彼らが安心して発掘作業に専念できるようにするのが、今日の俺の仕事なわけだ。
が、それも無事に終わりそうな感じである。
発掘され尽くした地表ではなく、暗くジメっとした地下に潜っていったわけだが、もう俺の眼には地上の光が映り始めていた。
「――眩しいなぁ……」
刺すような痛みを眼球に感じるも、陽の光というものは優しく暖かい。数時間ぶりに地上に這い出てきた俺は、ゆっくりと身体を伸ばして太陽光を全身に浴びさせた。
「今日は護衛の依頼を受けていただき、ありがとうございました。おかげさまで面白そうなものを何点か見つけることができましたよ」
発掘屋が背負っている袋にどんなものが詰まっているのか、《盗賊の眼》で覗いてみたくもあるが、欲しくなってしまったら悔しいので遠慮しておこう。
とりあえず依頼は無事に完了したため、依頼書に署名してもらってから発掘屋の人達を最寄りの街まで送ってあげた。
彼らはまた別に護衛を雇って街道を移動することになるのだろう。
俺はといえば、ルークの健脚によって今日中に王都ホルンへと帰り着く予定である。
街道を猛スピードで駆けてくれているルークだったが、途中でちょっと街道を逸れるようにお願いする。
周りに人や魔物がいないことを確認し、俺はルークの背中から降りて話しかけた。
「そうそう。王都に着くまでにルークに渡しとこうと思ってさ」
鴉の濡れ羽色ともいえる美しい鱗に触れながら、ゆっくりと意識を集中させていく。
俺の身体にある暖かなものが、触れている箇所からルークへと流れ込んでいく……そんな不思議な感覚が身体を伝う。
問題なく作業を終えた後、念のためにルークへと意識を集中させた。
現在ルークが所持しているスキルは、
《爪術Lv2(41/50)》
《光魔法Lv3(2/150)》
《火属性耐性Lv2(20/50)》
《水属性耐性Lv2(22/50)》
《風属性耐性Lv1(7/10)》
《土属性耐性Lv1(8/10)》
である。
うーむ。我ながら身内に甘いというか……育てる楽しみといいますか。
王都ホルンに滞在するようになってから一週間程度なのに、随分と強くなったものである。
これで爪術までLv3に上がったとすれば、ちょっと俺でも楽には勝てない相手になりそうな気がする。
自分よりも強い魔物を従える……そんな危険な快感も非常に楽しそうではあるが、騎乗する時に敬語になってしまいそうだ。
『ルーク様、今日もお背中に乗らせていただいてもよろしいでしょうか?』
『かまわぬ』
……うん。もう騎獣じゃないね。これ。
しかもルークは一応女の子だし。これはない。
ちなみに、スキルの並び順などは今まであまり意識していなかったが、所持スキルが増えてきたため見やすくならないものかと考えていたら勝手に整理されるようになった。
盗賊の眼はなかなかに高性能のようだ。
ルークをここまで育て上げた経過を簡単に説明すると、まずは俺が所持していた光魔法スキルを最初に譲渡したのが始まりである。
元魔法を所持する俺にとって、光魔法はある意味で二重に所持していたのだが、光魔法はLv3で元魔法はLv2。
スキルはLvの高いほうが優先されるため、汎用性のある光魔法は所持したままだったのだ。
初めてスキル譲渡を行うため、どうでもよいスキルを入手して最初に試すべきかとも思ったが、ルークのスキル枠を変なもので埋めてしまうのは嫌だった。
ルークに譲渡したスキルをふたたび奪えばスキル枠は元通りになるが、もし奪うのに失敗すればどうでもよいスキルが永遠に残ってしまうことになる。一度奪うのに失敗した同対象の同スキルは、二度と奪えないのだから。
そういった心配も考えると、光魔法スキルは試すのにちょうど良かったといえるだろう。
結果、俺の光魔法スキルは無事にルークに譲渡されて使用されているわけである。
《盗賊の神技》がLv2になった際に解放された『スキル返還』は奪った相手に奪った分だけ返すというものだったが、Lv3で可能になった『スキル譲渡』は俺が所持している熟練度も含めて全て引き渡すというものだ。
一時的に借りたスキルを後で返そうとした際に、俺の熟練度まで全て持っていかれるのは困るので、返還と譲渡の使い分けは必要だろう。
さてさて、そういうわけで光魔法を所持するようになったルークには、魔法をイメージする練習をしてもらった。
意思疎通が可能だからこそ、このような特訓もできるというものだ。
まず覚えてもらったのは――ドラゴンブレスである。
いや……まあ、だって竜だし。
本物のブレスではないかもしれないが、光属性の疑似ドラゴンブレスは光の粒子による高熱で敵を焼き尽くすイメージから完成に至った技である。
威力はネイルブラスターを葬ったことからも満足な仕上がり。
これでまた一歩ドラゴンライダーとして磨きがかかったといえる。
颯爽と戦場を駆ける竜の騎士――従えた竜の高熱ブレスによって大軍は二つに割れ、常人ならざる騎士の剣閃によって十万の兵が戦意を喪失っ……すればいいのになぁ、などという妄想を膨らませてしまう自分をなんとか押し留める。
……他にもいくつかの魔法を練習中だが、今はいいだろう。
爪術については、今日も含めて何度か古代遺跡を訪れていた時に、ネイルブラスターから奪ったものをルークに譲渡し続けた結果である。
鋭い爪を有する鱗竜ならば使いこなせると思って譲渡したのだが、こちらも問題なく扱えている。
何度か剣で相手をしてみたが、ルークの強靭な後ろ脚に備わっている爪で抉られると、わりと致命傷かもしれない……と感じたほどだ。
喧嘩した時には、早々にこちらから謝らせていただきたい。
もし俺自身が爪術を使えばどうなるのか……ちょっと興味はあったが、おそらく生爪が剥がれるような悲惨な結末が待っているだけなので、これは却下。
火属性耐性と水属性耐性はルークが元々所持していたものだが、どうせなら全属性耐性付けちゃおうぜ的なノリで、風属性耐性と土属性耐性を追加したのも俺である。
反省も後悔もしていない。
満足している。
土属性耐性は、同じく古代遺跡に生息していた『ガルガンロック』という岩の塊のような魔物から、風属性耐性は別件の依頼で退治した『ウインドゼブル』という大きな虫型魔物から奪い取ったものである。
――こうして俺の騎獣ルークは、着々と強化されてきたのだ。
肝心の俺のステータスはといえば……
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名前:セイジ・アガツマ
種族:ヒューマン
年齢:18
職業:冒険者(ランクC)
特殊:盗賊の眼
スキル
・盗賊の神技Lv3(34/150)
・剣術Lv3(97/150)
・体術Lv3(15/150)
・元魔法Lv2(20/150)
・身体能力強化Lv3(23/150)
・状態異常耐性Lv3(1/150)
・生命力強化Lv2(34/50)
・モンスターテイムLv2(14/50)
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おわかりいただけただろうか。
光魔法スキルが失われた以外、ほとんど何も変わっていない。
騎獣の強化にかまけていたという事実は認めるとしても……
「第一優先の身体能力強化スキルを所持してる魔物がなかなか見つからないんだもんなぁ」
ギーグヴォルグのような魔物に都合良く何度も遭遇できればよいのだが、そう上手くはいかない。
「あ……そういえば、今日はまだ昼飯食ってなかったな」
自分の腹が空腹のサインを送っていることに気づいた俺は、腰にある道具袋から大きめの包みを取り出して広げると、ごろりとした肉の塊が姿を見せた。
明らかに道具袋の外見容量を超えた質量であるが、何ら不思議なことではない。
ウォム爺さんから貰ったこの魔法の道具袋は、非常に重宝しているといえた。
見た目以上に多くのものをしまっておけるため、このようにルークのご飯もまるっと用意できるのだ。他にも先程倒したネイルブラスターから剥ぎ取った爪、俺の昼飯、着替えに水筒、地図なんかも全部入っている。
しかも重さを感じさせないという古代技術のクオリティには、頭が下がるばかりである。
限界容量がどの程度なのか知りたくもあるが、あまり無茶をして破けてしまっては立ち直れそうにない。
こうやって少しずつ入れるものを増やしていこうと思う。
……一つ判明したのは、この袋に生物は入れられないということだ。
生け捕りにした魔物などは入らないし、袋の中どうなってんの? という興味心から自分の頭を突っ込もうとしても無理だった。
袋に手を突っ込むのは大丈夫なのに、まことに不思議である。
とはいっても便利であることには違いはなく、ありがたく使わせてもらっている。
――そうして遅めの昼飯で腹を満たした俺達は、ふたたび王都へと足を向けた。
夕方にはホルンへと到着し、いつも通りに水路をルークに乗って進んで味満ぽんぽこ亭へと向かう。
騎獣舎のほうへルークを連れて行き、「お疲れ様」と首をぽんと叩いてやる。
「さて……と。まだそこまでお腹も減ってないから、ちょっと訓練でもしとこうかな」
騎獣舎の外にある広いスペースで、腰に提げていた鞘から剣を抜き放ち、正眼に構えた。
そのまま、ゆっくりと振りかぶり――一閃。
空を切り裂く一撃は、言ってしまえばただの素振りである。
最近は空いた時間にこうやって自分を鍛えるという試みを行っているのだ。
……色々と理由はあるが、身体能力強化スキルは素の肉体に対しての割合補正のため、俺自身の筋力が増せば効果も増大するはずなのだ。スキル熟練度を上昇させるのも大切だが、こういった地道な努力も無駄にはならないだろう。
それに身体を鍛えていればスキル熟練度も上昇するかも……と思ったのだが、やはり剣術や身体能力強化スキルの熟練度は一日二日で上がるほど甘くはなかった。
きっとこの世界の人間はもっと努力しているのだろう。
状態異常耐性や生命力強化については、店で購入した毒を一気飲みすることや、自分で自分の身体を切り刻むことで上昇を見込めるかもしれないが、そんなことをしてたら精神のほうが病んでしまいそうなため、却下。
これらについては魔物などから奪い取るようにしたい。
「――ふっ!」
そんな考えを頭に巡らせながら、俺は素振りを終えた。
夕方だったはずが、辺りは完全に暗闇が支配する空間となっている。さすがに数時間も剣を振っていればスキルで強化された身体も疲れるはずだと苦笑しつつ、やや重たくなった腕で剣を鞘にしまう。
ほどよく腹も減ってきたため、宿の中へと戻ろうかと歩き始めると、頭上から風を切るような翼の音が響いてきた。
俺は焦ることなくその場に留まり、自分の肩へと舞い降りる黒い影を見つめて声を掛ける。
「クロ子も、お疲れ様」
道具袋から取り出した肉をついばんでいるのは、騎獣屋で購入したルークとは別に、俺がテイムした魔物――ブラッドレーベンのクロ子である。
リムを尾行……もとい上空から暖かく見守るという任務を忠実にこなしている彼女は、定期報告のためにこうして俺のところへやって来てくれたのだ。
「――ふぅん。無事にその……グラニアっていう街に到着したんだ? 一緒に旅してる女の子もいるみたいだし、リムも楽しくやってるみたいだな」
国境であるベルニカ城塞都市を抜け、麓にある街の温泉で疲れを癒し(※クロ子による詳細報告なし)、南部にあるグラニアという街に無事到着したという報告を受ける。
「クアァッ」
「うん。前にも言ったけど、これはリムの身を案じてやってることだからね。アーノルドさんはああいう性格だから娘を信じて送り出したんだろうけど、万が一ということもあるからさ。決してそういう変な言葉で締めくくっていいものじゃないんだよ?」
俺の言い分を理解してくれたのか、長距離移動によって疲労した翼を休めていたクロ子は、ふたたび俺の肩から飛び立った。
真っ暗な闇に溶け込むようにして、あっという間にクロ子の姿が見えなくなってしまう。
「さて……っと。遅めの晩飯にしましょうかね」
俺は、ゆっくりと宿の入口のほうへ歩みを再開した。
ちなみに、さっきクロ子が言っていた内容というのは、
『なんだか、ご主人が変態のストーカー野郎に見えてきました』
である。
……クロ子はなかなか気が強いところもあり、伝えたいことをオブラートに包むことをしない子だ。ああやってきちんと事情説明をすればわかってくれる素直なところはありがたいのだが、あのような言葉を一体どこで覚えたのだろう。
前の主人だろうか? ……あの下種野郎め。
俺は味満ぽんぽこ亭の扉へと手をかけ、一階の食堂にて辺りを見回す。
晩飯を食べるには遅めな時間帯だが、まだ竈の火は落としていないようで、食欲をそそる匂いが立ちこめている。客は少なめで、酒場も兼ねていることから酔った人間がちらほら見受けられた。
席に座って厨房に声を掛けると、珍しいことにウランさんが料理を運んで来てくれた。
「あれ……今日はステラさんはいないんですか?」
いつもであれば、看板娘であるステラさんが元気良く料理を運んでいるのだが。
「今日はちょっと色々ありましてね。おれが料理を運ぶと味が落ちるなんてステラが言ってたこともありましたが、冗談であることを祈りますよ」
どこか元気のないウランさんは、精一杯の笑顔を客である俺に見せてくれた。
いつもならば、辛いスープが甘くなってしまいそうな空気を漂わせている二人であるが、今日のスープは少しだけしょっぱさを感じさせるものだった。
確かに美味しいのだが……いつもと何かが違う。
食事を終えた俺は、食器を厨房まで自分で持っていき、奥で項垂れているウランさんへと声を掛けてみた。
「あの……元気ないみたいですけど、何かあったんですか?」
そんな質問に顔をこちらへと向けたウランさんだったが、何かを言いたそうにしてふたたび口をつぐんでしまう。
言いたくないのなら無理に訊こうとはすまいと判断し、自室へと戻ろうとした時、
「――ウラン。誰かに聞いてもらうだけでも、楽になれる時だってあるんだよ?」
そんな声を発したのは、この宿の女将であるマグダレーナさんだ。階段を下りてきた貫禄のあるシルエットは、さながら母親のようでもある。
なんだろう。ウランさんとステラさんが喧嘩でもしたのだろうか。
だったら、何も心配はいらないと思うの。
だって次の日には仲直りしてる姿が目に浮かぶんですもの。
ところが――意を決したように立ち上がったウランさんが発した言葉は、ちょっとばかり俺が予想していたのとは違う内容だったのだ。
「マグダレーナさん……おれ――この店、辞めようと思います」
※今話にあるスキル返還については、少しばかり2章2話と仕様が異なりますが、奪った相手に奪った分だけ返すという仕様でいきますb