表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/144

9話【新たな目的地】

「――本当に、ごめんなさいっ」


 床に額を擦りつけるようにして謝罪の言葉を述べているのは、テッドである。


「テッド。もうそのことはいいから椅子に座ってよ。恥ずかしいから」

「で、でも……おれはリム姉ちゃんを騙してたんだ。それなのに……」


 食事を楽しむ店の一画で行われているやり取りに、周囲の注目が集まりだす。テッドはゆっくりと頭を持ち上げると、リムが勧める椅子に小さな体躯を落ち着かせた。


「……ちょっとちょっと、一応わたしも連れていかれたんだから、姉ちゃん『達』って言うべきじゃないかな?」

「あー、うん。ごめんなさい」


 ぺこりと軽く頭を下げるテッドの仕草に、シャニアは首を傾げる。


「あれれー? なんだか態度違うんだけど」


 明らかに二人に対する反応が異なるテッドだが、シャニアは特にそこへ文句を言うこともなく食事を再開した。




 ――あの後、悪事を働いていたと思われる男達は街の警備に捕らえられた。

 いくら亜人への扱いが酷いといっても、さすがにあのような行為が公的に許されているわけではない。

 テッドについては、まだ幼い少年であり、身体中にある痣が示すように脅されていた事実も鑑みて判決は保留。身寄りもないために今までは曲がりなりにも脅していた男達の庇護下にあったわけだが、それを失ったテッドに施設への斡旋などはなかった。

 言ってしまえば、放置である。

 獣人の子供がどうなろうと知らない。ただ、次に問題を起こせば容赦なく捕らえるといった内容を告げられたテッドは、「最初から頼る気なんてないよ」と子供らしからぬ言葉で場を退いたのだった。


 そうして事件が一段落した昼下がり、遅ればせながら昼食にありついたリム達はテッドの謝罪の言葉を受けていたのである。


「おれにできることなら何でもするからさ。リム姉ちゃんに恩返しをさせてくれよ」


 身体にあった痣もリムが所持していた回復薬で一通り手当てしてもらったのだ。

 リムに対する感謝の念と罪の意識が相まって、テッドの口からは素直にそんな言葉が漏れる。

 少年が落ち着いたことでようやく食事を開始することができたリムは、スープを口に運びながらテッドに問い掛けた。


「何でもって……そんなに大げさに考えなくていいけど、テッドは本当にあたしのお母さんについて心当たりはない?」


 ふたたび、テッドに向けて同じ質問をする。


「えと、ミレイ……さん? だったよね。ごめん……知ってるかもしれない人がいるって言ったのも嘘で……おれ……」


 意気込んでいたものの、必要な情報を持っていない自分の不甲斐なさに俯いてしまったテッドは、しばし沈黙する。


「うん。テッドの気持ちだけで嬉しいよ。それじゃあ、そろそろ出発しなきゃ」


 食事を終えたリムはテッドに微笑んでから席を立ち、シャニアに呼びかけて荷物を纏め始めた。


 元々なんの情報もなかったのだ。少しばかり遠回りとなったが、当初の予定通り獣人の村ベスティアの跡地に足を運んでみるべきだろう。当然ながら危険を孕む道程にテッドのような幼い子供を連れてゆくわけにはいかない。


「……うーん、トグルの方に行けば……もしかしたら何か手掛かりがあるかも」


 唸りながら言葉を捻り出したのは、他ならぬテッドである。


「トグル……って?」


 テッドへ話の続きを促すようにして、リムがふたたび椅子に腰を下ろした。


「スーヴェン帝国の東部に位置する領地の名前だよ。トグル地方はずっと昔にスーヴェン帝国に占領されたんだ。元々は独立した国だったけど、今じゃ領地の一つになっちゃってるのさ」


 リムが街で購入したスーヴェン帝国の地図を広げて確認してみると、確かに現在地であるグラニアの街よりもずっとずっと東に『トグル』という文字が見受けられる。


「だけど、なんでトグルに?」


 ここからは随分と距離がある。ミレイが生存していたとしても、訪れるとは思えない。


「これはあいつらから聞いた話なんだけど、トグルの領主はかなり変わった人物らしいんだ。なんていうか……こう、すごく女好きらしくて。しかも亜人の女性にばかり興味を持つって話さ。エルフや獣人に……ドワーフまで」


 テッドが指すあいつらとは、捕らえられた男達のことだ。


「ふむぅ、別に異種族での恋愛は自由だと思うけど、スーヴェン帝国の風潮からすると変態という烙印を押されそうな人物だね」


 テッドの言に、シャニアが頷きながら返す。


「おれたちみたいな連中から亜人をこっそり買ってるって話もあるぐらいだよ。自分好みの綺麗な亜人の女性を選んでるんじゃないかな」


 恥ずかしそうに頭をポリポリと掻くようにしたテッドは、やや顔を赤くして言葉を続けた。


「ほら……リム姉ちゃんも綺麗だから、きっと母親のミレイさんも美人だろ? もしかすると可能性があるかもって思ったんだよ。実際にトグル地方に連れていかれる亜人がいるのは確かだから――」


 そこまで口にして、テッドは自分の失態に気づく。

 たとえ可能性があったとしても、それはリムの母親が変態の領主に買われていったかもしれないと述べているに他ならない。

 母親の無事を願う娘にとっては、あまりに配慮に欠けた言い方だった。

 テッドが教えてくれたようにトグルへと亜人が売られていく……その中に、自分の母親が含まれていたら……

 そんな不安が胸の内に広がり、リムは動揺を隠せずにいた。

 勿論それはミレイが魔族の手から奇跡的に生き延びられていた場合の話で、可能性はさらに低くなる。


「う~ん、予定通りベスティアの村があった場所まで行ってみる? それとも……トグル?」


 シャニアは、黙ってしまった獣人の少女の顔を窺う。

 ミレイを捜すとはいっても、手掛かりは何もなかったのだ。村の跡地に行けば何か見つかるかもしれないと思っていたが、そんなことはアーノルドが既に何度もやっている。

 暮らしていた村が無くなってしまったのだという実感を、母親がいなくなってしまったのだという現実を、もう一度見つめ直すために、自分は村に行こうとしていたのかもしれない。

 そう静かに考えを巡らせたリムは、改めてシャニアの質問に答えた。


「……トグルに、行ってみようかな」


 少しでも可能性があるのなら、後悔しないように行動したい。


「りょうか~いっ! そうと決まれば、こんな街はさっさと出発しちゃおう」


 両手の親指を立てながら笑顔で返事をするシャニアの横で、テッドが「おう!」と威勢よく返事をする。


「「え?」」

「……な、なんだよ?」


 二人の少女の視線が揃ってテッドへと向けられるが、当の本人は不思議そうな顔をしていた。


「テッドはついて来なくていいよ? 危険なこともあるかもしれないし」


 慈愛に満ちた蜂蜜色の瞳で見つめつつ、悪気のない一言を放つ少女。

 ライフポイントを大幅に削られた獣人の少年は、膝から崩れ落ちそうになる身体を何とか踏ん張って耐えていた。

(大丈夫だよ~。あれって悪気はないから)

 こっそりと耳打ちしたシャニアの一言によって回復したテッドは、低い身長を目一杯まで伸ばして返答する。


「さっきのはおれが教えた情報だから、成り行きを見守るのは当然の責任さ。一緒に行かせてもらうよ。おれってば逃げ足は速いから大丈夫っ」




 ――こうして、奇妙な縁によって行動をともにすることになった三人はトグルへと出発したのだった。

 乗り合い馬車の中で、リムが隣に座るシャニアの身体をじっと見つめていると、視線に気づいたのか少女は面白がって身体をくねらせる。


「ふっふ~、そんなに見られると照れるんだけど、どうかした?」

「ううん。シャニアって本当に強いんだなって思って」


 テッドを助けるために倒した男達は、それほど強くはなかった。冒険者として経験を積んでいる獣人のリムにとっては、苦もなく倒せる相手だったのだ。

 しかし、相手の弱さとは関係なくシャニアの強さが別格であるのはリムにも理解できる。

 ドラゴニュートという種族の、圧倒的な戦闘力。


「ちょっと、羨ましいかな」

「わたしが? なんで?」

「だって、それだけの力があれば、村を襲撃してきた魔族を追い払えたかもしれないもん」


 このような気持ちが心に浮かんできたのは、シャニアが初めてではない。

 ごく最近においても……友達の少年に似た感情を抱いたことがある。

 メルベイルにて出会った少年は、実際に恐ろしく強い魔族を撃退してみせたのだ。


「う~ん。努力はしてるつもりだけど、確かにわたしは種族的に恵まれてるからね。ひょっとすると、わたしのことちょっと怖く……なっちゃったとか?」

「え? なんで?」


 キョトンとした表情をするリムに、赤髪の少女はホッとしたように胸を撫でおろす。

 人間は、自分よりも強大な存在に出会えば少なからず恐怖の感情を抱くものだ。

 圧倒的な個体能力を有するドラゴニュートに対する感情と、強靭で優れた個体能力を有する魔族に対する感情は、もしかすると同じものかもしれない。


「うーん……難しいことはわからないけど、あたしはシャニアと一緒にいても全然怖くないよ?」

「あぅ……純粋さが眩しい」

「ヒューマンだって、スーヴェン帝国で会った人達はちょっと怖かったけど、メルベイルで仲良くなったセイジはすごく強いのに全然怖くなかったもん」

「ほっほぅ。もっと詳しくお姉さんに話してごらん」


 とても面白そうな匂いを察知したシャニアの目が、キラリと光る。


「ん……ぁ……な、なんだよー、おれも話に混ぜてくれよ」


 疲れて眠ってしまっていたテッドも、目を覚まして二人の会話に入ろうとテテテと歩み寄ってくる。


「え……と、何から話せばいいんだろ」


 別々の行動を取ってからあまり時間も経っていないのに、随分と懐かしい感じがする。

 リムはそんな感覚を不思議に思いつつ、ゆっくりと記憶を遡らせたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

なんとか年内にもう1話あげることができました。

次回(年明け)からはリム視点からセイジ視点に戻る予定です。

彼は今頃なにをしているのか・・・



(以下、宣伝です)

書籍の2巻については、詳細を活動報告に記載しております。

ご覧いただければ幸いです。

MFブックス様のサイトで表紙なども見れます。


さて、今年もあと少しで終わりですね。

なんだか時が流れるのが速く感じる今日このごろ。

新鮮な出来事を発見して時の流れを遅くさせようと考えています。

最近は本当に寒くなってきましたので、みなさまも体調にお気をつけください。

それでは、よいお年を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ