7話【紅髪の少女】
(――また戻ってきちゃった)
リシェイル王国とスーヴェン帝国の間にそびえたつレーべ山脈は、二つの国を分断する国境となっている。
稜線の切れ目――標高がいくぶん低くなっている箇所には、城塞都市ベルニカが存在していた。国同士の交流の要ともいえるベルニカは、遥か西にある港街パスクムと同じく様々な物資に溢れてはいるが、どこか緊張した空気が漂っている。
表面上に争いの影というものは見当たらないが、互いに心の底から友好国であると信じている国民は少ないというのが、原因かもしれない。
他国を侵略しながら領土を拡大してきたスーヴェン帝国がリシェイル王国へと侵攻しないのは、ひとえにレーべ山脈があるからに他ならないからだ。
万が一にも侵攻を許さぬよう、国境の監視という役目を担うベルニカが、やや緊張した空気を纏うのは当然といえるかもしれなかった。
とはいえ、様々な商品が陳列されている大通りなどは活気に満ちており、売り文句を並べたてる商人の声がそこかしこに響いている。
そんな中、一人の獣人の少女が辺りを見回しながら歩いていた。
蜂蜜色の瞳をきょろきょろとさせ、様々な商品に彩られた空間に視線をやっては頭部にある耳をピクリと動かしている。
少女――リムは、以前に父親とともにここを訪れ、スーヴェン側からリシェイル側へと抜ける道程をとった。
だが正直なところ、その頃のリムには周囲に興味を向ける余裕がなかったため、この街のことはよく覚えていない。
このような活気がある場所だったのかと、リムは改めて感じさせられていた。
「自分で言い出したことなんだから、しっかりしなきゃ」
リムは気合を入れるかのように、両手で自らの頬を軽く叩く。
常に一緒に行動していた父親の姿は、今はない。
心配そうな顔で同行を申し出てくれた友達にも、一人で大丈夫だと言ったのだ。
(……でも、ちょっと不安かも)
父親のアーノルドは頼りになる存在だが、頼り過ぎてしまっているのは、リム自身も感じていた。
今回の件についても、頼めば間違いなく一緒に来てくれたことだろう。
だが、これ以上頼るわけには……甘えていたくないという感情が少女の心の内で膨らみ、言葉となったのだ。
今頃は、久しぶりに会えた旧友ドーレと仲良く西方群島諸国へと渡っているだろう。
リムはベルニカが『城塞都市』と呼ばれる由縁となっている堅牢な城壁を見上げ、その先にある大きな門を見やる。
関所の役目も兼ねているベルニカでは、あの門をくぐる際に身分証の提示を求められる。
商人などは運んできた商品を検閲され、関税を徴収されてから街へと入ることを許されるのだ。
そのため、今も順番待ちの列が門の前にできている。
今日中にスーヴェン帝国へと抜けてしまおうと考えているリムは、大人しく列の最後尾に並んで順番を待ちつつ、父親とは別の……少年について思考を巡らせた。
リムに同行しようかと心配してくれた少年――セイジも、王都ホルンへと着いているかもしれない。
……セイジのことについて考えると、リムは少しだけ複雑な気持ちになってしまう。
種族が違うヒューマンではあったが、沈んでいた自分を励まそうと何かと話しかけてきてくれたし、年齢も近いということもあり、すぐに仲良くなれた。
一緒にいると胸の内がほのかに暖かくなるような心地良さは、過去に獣人の村で暮らしていた頃に同年代の友達と遊んでいた時でさえ感じられなかったもの……といえるかもしれない。
一緒に行こうかと言われた際は嬉しくもあったが、父親と同様にこれ以上世話になっては申し訳ないという気持ちがあったため、大丈夫だと答えてしまった。
ただ……ほんの少しではあるがセイジを羨ましいと思う気持ちも、同行を躊躇させる要因となったのは否めない。
セイジはリムと年齢がさほど違わないのに、並外れた戦闘能力を有していたのだ。
ヒューマンと比べて獣人は身体能力に優れるはずであるが、武芸の技術、魔法の素養……そして身体能力でさえもリムはセイジに及ばなかった。
過去に自らの力不足で家族に心配をかけてしまったリムは、強くなろうとする努力を続けてきたつもりである。
しかし、メルベイルにて仲良くなった領主の娘――マリータを助け出したのも、結局はセイジだった。
それは素直に喜ぶべきものだが、自分にもっと力があればと悔しく思ったのは記憶に新しい。
勿論、この気持ちをセイジに向けるのは間違っているとリムもわかっている。
だからこそ、今回の旅では少し距離を置いて自分を鍛えようと考えたのだ。
――リムがそのような思考を頭の中でぐるぐると巡らせているうちに、どうやら順番待ちの列は随分と減ってきていたようだ。
あと数組でリムの順番が回ってくるだろう。
だが――
「ええええぇぇぇぇぇ~っ! そんなものがいるのなら最初に言っといてよぉっ」
リムの耳に、誰かが叫ぶ声が入ってきた。
男性のものではなく、女性のものだ。
「そこをなんとかさ、お願いっ。こぉんな可愛い女の子がこうやって必死に頼んでるんだよ? おじさんにも、わたしぐらいの歳の子供がいるんでしょ? その子に免じて今回だけは――」
「駄目なものは駄目だっ。次の者が待っている。どきなさい。それと……娘はもっと可愛らしい」
騒ぎの中心にいる人物を覗こうと、リムは列から少しばかり顔を出して様子を窺う。
どうやら女性が検問にひっかかったようだ。
荷物が少ないところを見ると商人ではない……となれば、身分証を所持していなかったのだろうか。
「ちぇっ、ちぇっ、ちぇっ~、これだけ素直にお願いしてるのにさぁ。いいんだ、いいんだ。どうせわたしは可愛くないですよ~だ」
拗ねた態度を取っているのは、リムとさほど年齢が変わらない少女だった。
深紅の髪は顔の輪郭をなぞるようなショートカット、勝ち気そうな表情をしているが、黙っていれば可愛いと称されるだろう。
紫紺の瞳は不満気な意思を感じさせる光を宿し、検問中の兵士へと向けられている。
「あの、どうかしたんですか?」
その状況を見兼ねたリムは、言い合いをしている二人へと質問の声を掛けた。
このままだと、いっこうに列が消化されそうにない。
「どうもこうも……この女の子が身分証もないのに通ろうとするから、困ってるんだよ。ただでさえ最近は厳しく取り締まるように言われて……こほん」
一度咳払いした兵士は、リムに助けを求めるような視線を送ってきた。同年齢の少女をなんとか説得してほしいという思いが表れているかのようだ。
とはいえ、リムにできることなど限られている。
リムが所持している身分証は、冒険者ギルドで発行してもらったギルドカードだ。このような身分証を必要としなかった獣人の村で暮らしてきたリムにとって、これ以外に方法を知らない。
「もし身分証がないのなら、冒険者ギルドに登録すればいいんじゃないかな。この街にもギルドがあったはずだから、そんなに時間はかからないと思うよ」
クリッとした瞳が今度はリムに向けられることになり、赤髪の少女がリムへと顔を近づける。
「そうなの? んん、でも……この長い列に並んでやっと順番が回ってきたんだよ。それにギルド? ってとこも場所わかんないし」
確かにギルドに登録してカードを作成したとしても、ふたたび長い列に並び直さなければならないことを考えると、この少女が駄々をこねるのも理解できる。
「なら、あたしも一緒についてくから……それでいい?」
「え!? あなたも並んでたんでしょ? そんなことしたら、また一番後ろからだよ?」
紫紺の瞳が見開かれ、赤髪の少女は身体を仰け反らすようなリアクションで声を上げた。
「うん。でも、困ってるんでしょ。あなた」
リムの素直な一言に、少女は自らの深紅の髪を掻くような仕草とともに声を上げた。
「ん~~~、わたしは今、猛烈に感動したよっ! 心ないおじさんに虐げられた可憐な少女へと救いの手が差しのべられたのでありますっ」
「おいおいっ、誰が心ないおじさんだ。こっちは仕事なんだよ」
「ふっふ~、じゃあ早速ながら冒険者ギルドとやらに行ってみますか」
「こらっ! 人の話を――」
呆れたように声を張る兵士には目もくれず、少女はてくてくと歩いていく。
なんだか、不思議な印象を受ける女の子だ。
「ねぇ~、先に歩いといてなんだけど、どっちに行ったらいいの~?」
だが……悪い感じはしない。
遠くから叫ぶ少女の声に、兵士とリムは互いに顔を見合わせて苦笑したのだった。
◆◆◆
城塞都市ベルニカにある冒険者ギルドも、基本的な造りはメルベイルのものと変わりはない。
基本的に国同士の争いにはギルドは不干渉なため、掲示板に貼られている依頼書もそのように物騒なものは見当たらなかった。
もし冒険者が故郷の国の戦争に参加したい場合、ギルドに所属する者ではなく、あくまで個人として参加することとなる。
世界各地に存在するギルドとしては、当然の配慮だった。
また、ギルドの信用を落とすような行為をどこかの国が行った場合には、争いに不干渉という立場が一時的に適用されなくなる。
――リムは掲示板にある依頼書に目をやりながら、自らの財布の中身を確かめていた。
これまでに受けた依頼の報酬や、マリータの護衛依頼で得た報酬……それらをアーノルドと半分ずつに分けたのだ。
残金は……金貨が二枚に、銀貨や銅貨が数枚。
二万ダラと少しといった具合だ。
スーヴェン帝国にしばらく滞在する分には足りるが、もし装備を調えようとするならば少ないといえる。
現在の服や武器もやや傷んできているため、どこかで購入も考えなければいけない。
赤髪の少女を連れてギルドにやってきたリムは、手続きが終わるまでの間、今後の行程などを考えつつ待ってあげていたのだった。
「やほ~~、待った? 本当にありがとう。あのままだと、検問のおじさんに門を通る代わりに卑猥な行為を強要されてたかもしれないよ~」
リムを背後から抱きしめるようにしてひっついてきた少女が、どこまで冗談なのか判断に困る言葉とともに礼の言葉を述べた。
「えっと、もう登録は終わったの? それならあたしは――」
ところが、赤髪の少女はリムを離そうとしない。
「えへへ~、実は……ちょっと困ったことに登録料というものを請求されまして、わたしは無一文だったことを告白せざるを得ないといいますか……」
これには、さすがにリムも唖然としてしまった。
初対面でお金を借りるなどという行為は、褒められるものではない。もしここにアーノルドがいれば当然ながら厳しい態度を取っただろう。
「あのね――」
「お願いっ。この恩は絶対忘れないから。おねがいします~~~っ」
不思議と憎めない雰囲気を纏っている少女は、リムが振りほどこうと身体を捻っても、ひっついたまま懇願を続ける。
困ったリムが辺りを見回すと、いつの間にか周囲の視線が自分達にいくつも突き刺さっていることに気づき、恥ずかしさから抵抗をストップしてしまった。
「ん~~~、もうっ」
「――やった~~」
自分のギルドカードを手に持った少女が、嬉しそうに飛び跳ねている。
……結局、登録料はリムが肩代わりしてあげたのだ。
かなり強引ではあったが、少女が楽しそうに笑っている姿を見ていると、これで良かったのだろうという思いがリムの胸の内に広がってくる。
(さて……と。もう行かなくちゃ)
今日中に国境を越えて明るいうちに次の街に辿り着くためには、そろそろあの長い列にもう一度並ばなければならない。
そう考えたリムは、そっと冒険者ギルドを後にした。
――しかし、まわりこまれてしまった。
「ちょっ、ちょっと待った~~~。恩を返すって言ったからには、返させてよ。黙って行っちゃうなんてひどいよ」
……本当にこれで良かったのだろうかという不安が、リムの脳裏によぎった瞬間である。
とはいっても、明るく振る舞う少女を邪険に扱うこともできないリムは、一度深呼吸をしてから相手に握手を求めるよう手を伸ばした。
ここまで積極的な相手には、こちらも堂々と対応したほうが良いのかもしれない。
「あたしは、リム・ファン。あなたは?」
リムの自己紹介に顔を綻ばせた少女は、自らの首に提げたギルドカードを手に取り、はにかむようにして握手に応じる。
「わたしはシャニア。シャニア・ブレイズっていうの。新米冒険者だけどよろしくね、先輩」
――こうして二人は、ふたたび国境を越えるために門へと足を向けたのだった。
順番待ちの間、シャニアが興味深げにリムの旅の理由を訊いてきたため、退屈はしなかったといえるだろう。
ある程度リムの現状を理解したシャニアは、やや真剣な顔つきで頷いていた。
「う~ん、となると……恩返しはリムのお母さんを見つけることに協力すればいいのかな? それとも、魔族を懲らしめるとか? ……あ、それだとあいつが口うるさく言ってきそうかな~」
相変わらず、どこまでが冗談なのかわからない。
「あいつって?」
「にゃははっ。こっちの話だから気にしないで。とにかく、わたしにできることなら何でも言ってよ。可能な限り手伝うからさ。あっ――もうそろそろだよ」
検問をしていた兵士の男が、シャニアを目に留めて明らかに嫌そうな顔をする。
「失礼なっ。今度はちゃんと持ってきたんだから、そんな顔されたら傷つくってば~」
兵士はリムとシャニアのギルドカードを確認してから、やっと顔の表情を緩めたのだった。
大きな門は、まさに国と国を隔てる壁といえる巨大な造りをしている。
きっと門を通過するだけで、異なる国へと足を踏み入れたのだという実感が湧いてくる者もいるだろう。
「ひゃ~~~、でっかいね~~」
「うん。あたしも初めて見た時はシャニアと同じような感想を父さんに言ってたよ。そういえば、シャニアの故郷ってどんなところなの?」
リムの問いにシャニアは指先を頭にちょこんと乗せ、ゆっくりと首を傾けていく。
「う~~ん。わりと閉鎖的な環境だったからなぁ。こんなに人も多くなかったし……」
歯切れの悪いシャニアへと意識を向けていたリムは、門を抜けた先に人混みができていることに気づく。大きな荷物を載せた荷車が倒れてしまっているようだ。
「なんだろう。あれ」
「んっふっふ~。リムってさ……困ってる人を見捨てておけないタイプでしょ?」
「シャニアみたいな?」
その言葉に、シャニアは胸を押さえるようにしてよろめく。
どうやら、あまり自覚はなかったようだ。
「うぐぅ……と、とにかく行ってみるんでしょ?」
――二人が近づくにつれて、罵声が耳に入ってきた。
声の主は別人なのだろうが、リムの胸中にわずかながら嫌な記憶が蘇ってきてしまう。
「ふざけるなっ。何のためにお前みたいなのを連れてきてると思ってるんだ!?」
……どうやら、大量の荷物を載せた荷車が自重に耐えきれず、傾斜によって倒れてしまったようである。
「くそっ、何が西方群島諸国との条約だっ! 今後は量よりも質を優先する商売をすればいいだと……? それが簡単にできれば苦労はしないんだよっ」
騒いでいる商人は、スーヴェン帝国側の商人のようだ。
先日に締結された条約には、リシェイル王国と西方群島諸国との間で関税を引き下げるという一文が盛り込まれていた。
そのため、スーヴェン帝国側から商品を持ち込んだ際、今までのように単純に関税分を上乗せした価格では取引が成立しにくくなったのだ。
質の良い物ならば高くとも需要があるかもしれないが、同じ品質……もしくは劣る品質のものをわざわざ割高な値段で購入する者は少ない。
だが、リムの関心はそんなところにはなかった。
荒れている商人が口汚く罵っているのは、獣人の男性に対してである。
疲れきった表情をしている獣人は、なんとか倒れた荷車を戻そうと頑張っているようだが、ビクともしない。
荷車を引っ張っていた騎獣も、倒れた衝撃で逃げてしまったようだ。
「早くしろ。腕力だけがお前らの取り得だろうっ」
その商人の言葉に我慢ができなくなったリムは、人混みから一歩進み出て相手へと視線を突き刺す。
「な……んだお前は? 文句でもあるのか」
リムは商人を無視するように努め、息を切らせている獣人の男性の横に立って荷車へと手を伸ばした。
「は……はは。同族への仲間意識ってやつか。だがお前みたいな娘が手伝ったぐらいで――」
大きな荷物を載せた荷車の質量は相当なものだ。
巨大な荷車がわずかな軋みとともにほんの少し持ち上がったが、元に戻すまでには至らない。
「ふ、ふん。できないのなら、最初からやらなければいいんだ。大体お前ら……」
「はいは~い。スト~~ップ。それ以上わたしの恩人に暴言を吐いたら、この荷車を山脈の麓まで投っげ飛ばしちゃうよ~?」
商人の言葉を遮ったのは、シャニアである。
何かを言い返そうとした商人は、紫紺の瞳に射抜かれて喉を詰まらせるように押し黙ってしまった。
「危ないから、リムとそこな獣人さんも、ちょっと下がっててね」
言うが早いか、シャニアは腰を落として横倒しになっている荷車の取っ手を掴むと、
「……よいしょっと」
手荷物を持ち上げるかのように軽い掛け声とともに、立ち上がったのだった。
重力を感じさせぬほどに軽々と持ち上げられた荷車は、されど地面に接する瞬間にズズンッと地響きにも似た音を立てて着地する。
「やほ~~、思ったよりも軽かったかな。それで……そこの商人さんは何か言うことはないのかな? ちゃんとお礼が言えない人って、わたし嫌いなんだよね~」
口を開いたままの商人が、硬直状態から解除されるまでに数瞬を要した。
「す、すまない。礼を……言う」
「よろしい」
「シャニア……すごいんだね」
「んん~、わたしとしては、あの場で心良くギルドに連れて行ってくれたリムのほうがすごいと思うけど? ささ、日が暮れるまでに次の街まで行かなくちゃ、でしょ?」
◆◆◆
「ふわぁ~~~、癒されるなぁ」
国境を越えて、険しい山道を下った麓にある街でリム達は宿に泊まることにした。
商人からわずかばかりの謝礼を受け取ったシャニアは、本日の宿代までリムに借りずに済んだことを喜んでいたようだ。
そうして二人が今、何をしているかというと――
「うん。疲れてた身体が溶けてくみたいだね」
湯気が立ちのぼる水面から顔を出したのは、栗色の髪を短く束ねた状態のリムだ。琥珀色の瞳が横にいる少女へと向けられると、シャニアが俯いてブクブクと泡を立てながら顔を沈ませていく。
「うう~~、負けちゃったよぉぉぉ~~~~」
――宿に併設されていた温泉にて入浴中である。
一糸纏わぬ姿である二人は、急ぎ足で歩いた疲れをゆるりと癒している真っ最中であった。
格闘術を中心に戦闘するリムにとって、子供の頃よりも膨らみが大きくなった胸は邪魔だと感じてしまうこともある。
「贅沢なお悩みですなぁ~~」
脱力した状態で湯に沈んでいたシャニアが、ぷかりと顔を覗かせた。
だが、シャニアとて身体つきが幼いというわけではない。
脱衣所の時点で敗北を悟ったシャニアだったが、羽織っていた外套を脱ぎ、鱗で装飾された不思議な服を脱いで顕わになった肢体は、女性らしい起伏が見てとれた。
しなやかな筋肉を有してはいても、柔らかな膨らみは損なわれることなく主張している。
「おおきくなれ~」
半ば自暴自棄になっているシャニアが、スイ~とリムの横を流れていく。
ふと、シャニアの背中にあるものが目に入ったリムは疑問の声を発した。
「あれ? シャニアの背中のって……それ本物?」
「んん? ああ、これね。本物だよ。むしったりしないでね~……いやホントに、フリじゃないから」
シャニアが身に着けていた衣服も鱗が貼り付けられているものだったが、シャニアの背中にも似たような鱗が生えているのだ。
「これって……?」
「そっかそっか。まだ言ってなかったもんね。登録する際にギルドの職員さんにも驚かれたんだけど……そんなに珍しいのかな~?」
白い肌が熱で火照り、ほんのりと赤くなっている背中を無防備に見せているシャニアが、首をリムのほうへと向けて面白そうに告白する。
「わたし――ドラゴニュートだから」