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5話【見た目は老人 頭脳は思春期】

「ふおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」

「ちょっ! 落ち着いてくださいっ」

「ふおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 俺の制止を振りきる雄叫びのような奇声を上げているのは、魔物というわけではない。

 ましてや屈強な戦士でもなく、張り裂けるほどの感情を顕わにしているのは高齢の魔法使い――ウォム爺さんに他ならなかった。


「――ふお……お……ぉ」


 叫び疲れた老人を前にして、俺はこれで良かったのだろうかと自分の行動を振り返る。

 つい先程、帰ろうとしたところをウォム爺さんに呼び止められた俺は、あるお願いを聞いてあげたのである。


◆◆◆


 ――数十分前。


「スランプ……ですか?」


 しおらしい態度でそのような単語を口にした老人を前にして、俺はオウムのように相手の言葉を繰り返した。


「そうなんじゃよ。確かにマナトレントの花冠で研究を進める予定ではあるんじゃが、最近は何かと失敗続きでのぉ。この前の精霊を利用する案も悪くはないと思ったんじゃが……成果は上がらんかったし」

「ええと、最終的に精霊を魔道具に詰めるとかの話ですか? 本気で実行したらイリィさんに怒られそうですね」


 イリィさんはエルフだから、きっと精霊魔法のスキルを所持しているのだろう。

 翡翠の瞳で見つめられると心の底を覗かれそうで直視しにくいのだが、今度会った時には勇気を出してステータスを見てみたいと思う。

 なんだか妙な背徳感があるが……こちらだって覗かれたのだ。

 覗き返しても罪にはなるまい。


「ほっほっ。あの子は精霊と仲が良いからの。そんなことをすればいくら穏やかなイリィちゃんでも怒るわい。きっと罰としてわしをあんな目やそんな目に遭わせて……ふむ」


 え?

 ちょっと、待ってほしい。

 なんで……嬉しそうなの?

 ……もうやだこの人。


 生温かい視線をウォム爺さんに向けることしばらく――やっと我に返った老人は、一つ咳払いをしてから話を再開した。


「確かに研究は好きでやっとるんじゃが、なにぶんこの狭い部屋で一日中籠りっぱなしじゃろ? こう……何か刺激が欲しいんじゃよ」


 なるほど……スランプ脱出の切っ掛けを求めているといったところか。

 超善意的に解釈するとすれば、イリィさんへのセクハラ行為もスランプを抜け出すための刺激となるのかもしれない。

 ……下手をすればスランプから脱出しても、牢屋に入れられそうではあるが。


「でも……俺に何かできるとは思えませんよ?」


 今日初めて魔道具の存在を知った俺に、何か手伝えるとは思えない。


「いやなに、別に魔道具作成のアドバイスを求めたりなんてせんよ。大気にマナが漂っているのを感じられるということは、少年も魔法の素養があるんじゃろう? マナトレントを倒せるということは優秀な冒険者じゃという証拠。おまけに宮廷魔術師であるイリィちゃんと知り合いとくれば、何か面白い魔法でも見せてくれるかもしれんと思ってな」


 面白い魔法……か。

 個人が自身の内で膨らませたイメージを具現化する魔法は、まさに千差万別である。

 他者が創造したイメージに触れることで、それが刺激になるということだろうか。

 だけども……


「ここって魔法研究所なわけでしょう? 新しい魔法の開発とかも行われているんじゃないんですか? 別に俺じゃなくても……」

「確かに魔法イメージの一般化などは研究されておるよ。誰でもイメージしやすく、かつ効果的な魔法というのは大事じゃ。まあ……こちらは民衆のためというよりも軍事利用の側面が強いようじゃがな」


 一定水準の魔法を扱える統率された集団というのは、確かに安定した戦力となるだろう。

 ただイメージの一般化などは魔法を扱えない人間にとっては意味のないものだから、こちらは国が雇用している宮廷魔術師向けかもしれない。


「魔法を扱える人間は、自分だけのとっておきの魔法を隠しておいたりするからの。わしが見たいのはそういう変わった魔法じゃよ」


 ……自分だけのイメージを秘匿する気持ちはわかる。

 多くの人間に知られてしまうと、それはもう『とっておき』ではなくなってしまうからだ。

 無暗に他者へ教えるのはよろしくない。


「隠しておきたいのは俺も同じですよ。助けになってあげたい気持ちはありますけど、軽々しく披露するものではないですし……そもそも俺なんかのイメージした魔法がウォムじ……ウォームさんの刺激となるとも思えません」


 そんな俺の言葉に、ウォム爺さんはふるふると頭を振って答える。


「ウォム爺で構わんよ。ふむ……優秀な若者が思い浮かべるイメージは良い刺激になりそうなんじゃがのぅ」


 ウォム爺さんは少し残念そうな顔をしたかと思えば、俺の身体を見回し、何かを思いついたように杖で床を叩いてガラクタの山のほうへ足を向けた。

 ガサゴソ――という擬音が似合いそうな後ろ姿を静かに眺めていると、古ぼけた袋を持ってこちらへと歩み寄ってくる。


 そのネズミ色の巾着袋はお世辞にも綺麗とはいえず、俺が荷物入れに使用している袋と良い勝負の汚れ具合だ。


「ならばこうしよう。わしが満足するような魔法を見せてくれたなら、特別にこの袋をプレゼントするぞい」

「……失礼します。大変お世話になりました」



「――――ま、待たんかい!! 違うというにっ! これは普通の袋じゃないんじゃよっ」


 冷めた目で退室しようとした俺は、声を荒げたウォム爺さんに呼び止められる。


「これは魔法の道具袋でな。古代遺跡から発掘されたロストテクノロジーの結晶なんじゃぞ」


 なん……だと?

 うむ……興味のある単語が飛び出したため、とりあえず話だけは聞こうじゃないか。

 ――『失われし超技術(ロストテクノロジー)

 そういうのは大歓迎である。


 ――ウォム爺さん曰く、この魔法の道具袋とやらはここから東の地にある古代遺跡で発見された物らしい。遺跡に住んでいたのがどのような種族かはわからないが、大昔に魔族が猛威をふるっていた時代に滅んだのではないかという説が有力とのこと。

 大陸各地にある遺跡では、稀に使用可能な状態の遺物が発掘されることもあるとか。


 この袋もそういったものの一つで、見かけよりも相当多く荷物を詰め込むことができるらしい。

 まるで……某ロールプレイングゲームで最初から旅のお供に用意されている、おそらく最も役に立つであろう至高のアイテムだ。

 高価なアイテムを泣く泣く捨てるという行為を強要される時代を知る人間ならば、垂涎ものの逸品である。


「おぬしの袋からちょっとはみ出しとるのは、何かの魔物の皮じゃろ? そういった戦利品の持ち運びにも重宝すると思うぞい」


 先程ウォム爺さんが俺の身体を見回した際、荷物袋に詰め込まれたギーグヴォルグの皮が目に留まったのだろう。

 実際、これ以外の持ちきれなかった狼の毛皮は捨てるしかなかったわけで……魔法の道具袋の必要性はかなり高いといえる。


「これも魔道具の一種だとは思うんじゃが……原理は全く解明されておらん。魔道具作成の研究資料にと入手したものの、現在の技術ではまだまだ再現できんわい」

「そんな貴重な物を、いただけるんですか?」


 俺が伸ばした手は、ウォム爺さんが素早く袋を引っ込めたことで空をきる。


「わしが満足するような魔法を見せてくれれば、じゃがの。あまり外出する機会もない老人が持っているよりも、おぬしのような冒険者が持っていたほうが役に立つじゃろうて」


 ……どうしよう。

 かなり欲しいです。

 ――こうして物欲を刺激されてしまった俺は、ウォム爺さんの研究に刺激を与えるべく、相手の提案に頷いたのだった。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:ウォーム・ライトウェイ

種族:ヒューマン

年齢:68

職業:魔道具作成者

スキル

・光魔法Lv3(56/150)

・水魔法Lv3(23/150)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ふーむ……

 一応ウォム爺さんのステータスを確認してみたが、やはり魔法スキルはかなり高い。

 所持しているのは光と水。

 街灯や排水浄化装置といった魔道具は、自らが得意とする魔法を道具で再現しようと試みた結果なのだろう。


 大気中のマナを集約させる機構の解明には属性は関与しないだろうが、ここはウォム爺さんが扱える属性魔法で驚かせてみたいものだ。

 とはいっても、本当に俺の手持ちの魔法でウォム爺さんが満足するだろうか?

 長く生きているということは、それだけ経験豊富なのだろうし、一筋縄ではいかない気がするのだ。

 単純な攻撃魔法や治癒魔法ならば珍しくもないし、イメージも湧きやすい。

 まだこの世界では概念が確立されていない原理を基にして生みだしたような魔法でないと、きっと満足しないだろう。


 ……となると、俺の中に浮かんでくる魔法は一つだけ。

 ちょっとだけ胸騒ぎがするが、気のせいだろうと思い込むことにしたい。

 俺はあの道具袋が欲しいのである。

 そうして意識を集中させた俺は――ある魔法をウォム爺さんの前で発動させたのだった。


◆◆◆


「――――ふお……お……ぉ」

「えーと……落ち着きましたか?」

「い、今のは……つまり……その……」


 興奮冷めやらぬといった状態のウォム爺さんが、子供のような探究心溢れる瞳を輝かせて俺へと詰め寄ってくる。

 この様子ならば、合格点だろう。


「も、もう一回やってみてくれんかの?」

「ええ、いいですよ」


 快く首肯した俺がふたたび魔法を発動させると――自らの身体が色を失って薄れていく。

 しばらくすると、俺は完全に透明な状態となった。

 ……自分の身体が視えないのに、確かにそこにあるのだという感覚は未だに慣れない。


 喩えるならば目を瞑ったまま身体を動かした場合、自分の腕や足がどのような動きをしているかは頭で知覚できる。

 透明状態では目を開けているのにかかわらずそういった感覚で身体を動かすわけだから、変な感じがするのも当然かもしれなかった。


 つまり――俺がウォム爺さんに披露した魔法というのは……《光学迷彩(ライトハイド)》である。

 自らの身体を透明にするというイメージによって完成したこの魔法は、どうやらウォム爺さんも初めて見たらしい。


「い、一体どのようなイメージでそうも見事に透明になれるんじゃ?」


 興味津々といったふうの質問に、俺はどうしたものかと考える。

 光の反射によって物質が可視化される現象を理解してもらえれば、光魔法スキルを所持しているウォム爺さんもこの魔法を習得するのは不可能じゃない。

 むしろスキル熟練度は相手のほうが上である。

 やる気があれば問題なく習得できるだろう。


「一つ、確認しておきたいんですが」


 姿を現した俺は、興奮のあまり前傾姿勢をとっているウォム爺さんに質問をする。


「――――悪用、しませんよね?」

「もちろんじゃよっ!」


 コンマ一秒で返答の声を発したウォム爺さんは、本当に、本当にとても綺麗で真っすぐな瞳をしていた。

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