表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/144

4話【王立魔法研究所】

 無事にホルンへと戻ってきた俺は、王立魔法研究所とやらに足を運んだ。

『王立』というぐらいなのだから、リシェイル国王の管轄なのだろうか……?

 あの人は興味のある事柄に金を惜しまなさそうだから、どんなことをしているか興味が湧いてくる。


 海沿いにある王都ホルンでは、数多くの建物が海に面して並んでいる。魔法研究所も例に漏れず、陸地がやや突出している丘のような場所に建設されており、遠目からだと海上に浮かぶ島に建物がのっかっているように見えた。


 ゴシック建築風とでもいうのだろうか。どうすれば煉瓦を用いてあのように滑らかな曲線を描けるのか。アーチ状の窓や通路口などを見ていると不思議に思えて仕方がない。

 逆に屋根は円錐状で、これでもかと尖った形状をしていた。

 空から女の子が落ちてこようものなら串刺しになること請け合いである。


 親方っ! 空から女の子が……ぁぁぁあああっ!!


 ……ちょっと想像してしまった。怖すぎる。

 後で先端部分だけ丸くしておいてあげよう。



 ――さて、冗談は程々にするとして、肝心の納品を済ませようじゃないか。

 俺は思考を切り替え、洒落た外灯が飾られている階段を上って魔法研究所へと足を踏み入れた。

 内部は閉じ切った空間というわけではなく、広い中庭に面する渡り廊下が続いており、壁側にはいくつもの扉が見受けられる。


 あの部屋の中で何か研究が行われているのだろうか?

 辺りをきょろきょろと見回していると、明らかに部外者だと思われたのだろう。ローブに身を包んだ男性がこちらへと話しかけにきてくれた。


「……君は?」

「えっと、冒険者ギルドで依頼を受けたんです。依頼書にはこちらに至急納品するよう書かれていたので。確か……依頼者の名前はウォームさんだったはずですが」


 男性はすぐに納得したように首肯する。


「ああ、ウォム爺さんか。呼んでくるからちょっと待っててくれ」


 研究員であろう男性が廊下の向こうへと消えてゆく姿を見つめながら、俺は袋の中からマナトレントの花冠を取り出した。

 黄色の花びらが連なった大きなそれは、両腕で抱えるぐらいのサイズである。色味も強く、観賞用としては不適といえるだろう。

 俺はまじまじと花冠を観察しつつ、先程の男性が『ウォム爺さん』と口にしたのを思い出していた。

 きっと高齢の方なのだろう。

 気難しそうな人であれば、手短に納品を済ませて帰ってしまうが吉かもしれない。



「――おおっ、それじゃよ、それっ」


 そんな俺の思考に割って入ってきた声は、ややしわがれているといった印象だった。声質からも相手が若くはないことがわかる。


「マナトレントはなかなか厄介な魔物じゃと思ったが……こうも早くに持ってきてもらえるとはのう」


 先程の男性と同じくローブを纏った老人は、顔に刻まれた皺を深くして喜びの表情をつくっていた。

 歳のせいか白くなったアゴひげに、杖を持っている外見は『魔法使い』というイメージがぴったり当てはまる。身長は俺よりもちょっと低いぐらいか。


「さてさて、これで研究を進めることができるわい」


 花冠を手渡した後、依頼書に署名をしてもらえば依頼は完了なのだが、俺はちょっとだけ会話を試みようとする。

 そこまで厳しそうな老人には見えなかったからだ。


「その花冠って普通のと何か違うんですか? 俺にはよくわからないんですけど」

「ん? 興味があるのかの?」


 ウォム爺さんは澄んだ青い瞳をこちらへ向けると、とても残念そうに首を振った。


「じゃが、わしも暇ではなくてのぉ。すまんがここで失礼させてもらうぞい。あまり外部の人間に研究内容を話すわけにもいかんでな」


 至極真っ当な意見だ。

 どうやら研究部屋へ戻ろうとするウォム爺さんを引き止める術はなさそうである。

 仕方ない……か。元々興味本位の質問だったことだし、忙しいのなら尚更だ。


「――そう言わずに、少しぐらい見学させてあげても良いんじゃないですか?」

「え……」


 突然背後から掛けられた声には、覚えがあった。

 鈴を転がすような声は耳に優しく、されど人の心を見透かすような発言には終始ビクビクさせていただいた記憶が色濃く残っている。


 若草色のローブの裾から覗く手足は相変わらず雪のように白く、透明感のある肌は異性を魅了する武器となるだろう。

 整い過ぎた顔立ちは同性に嫉妬の念すら抱かせずに敗北の味を知らしめ、翡翠の瞳は映した者の人間性を正確に見極める。チャームポイントとなる尖った耳はまさにエルフの存在証明に他ならない。


「い……イリィさん!?」

「はい。またお会いしましたね。セイジさん」


 俺が振り向いた先にいらっしゃるエルフのイリィさんは、先日リシェイル国王ハーディンの側近としてメルベイルを訪問していたのだ。

 マリータ救出の際に少し面識ができた程度だが、俺はこの人をよく覚えている。


 なにしろエルフ特有の綺麗な瞳は、相手がどのような人間か大体わかってしまうという恐ろしい代物なのだ。

 深層心理を覗かれるような辱めを受けて忘れられるはずがない。

 きちんと責任を取っていただきたいものだ。


「な、なんでここに!?」

「それはこちらの台詞ですよ。ここは王立魔法研究所で、私は宮廷魔術師です。研究に協力するために訪れても何ら不思議はないでしょう?」


 ……そうですね。言われてみるとその通りだ。


「セイジさんこそ、どうしてホルンへ?」

「えーと、王様に一度来てみて損はないって言われたので……色々と旅するのも良いかなと思った次第でして」


 俺の返答に、イリィさんは口元を緩めて小さく笑った。

 何か変なことを言っただろうか……?


「ああ、ごめんなさい。私も退屈なエルフの里から飛び出した変わり者ですから、色々なところへ行ってみたい気持ちが少しわかる気がして」


 完璧に整った顔がほんの少し崩れると、とても……グッドです。

 などとけしからん感想を頭に浮かべていると、イリィさんがにこりと笑って、


「それだと、セイジさんが王都に来ていることはハーディン様にお伝えしないほうがいいですね」


 と口にした。


「えと、それって……?」

「ふふ……ハーディン様は、たいそうあなたを気に入っておられましたから。知ればまた強引に勧誘されますよ。拉致されるかもしれませんね」


 なんだろう……

 イリィさんは冗談っぽく言ってくれているのだが、あの王様の顔を思い出すとあまり冗談に聞こえないのだから不思議だ。

 大人になっても子供の心を忘れない……といえば格好良く聞こえるが、あの人は欲しい玩具はどんなことをしても手に入れる子供といった感じである。


「そ、そうしてもらえると嬉しいです」


 俺がイリィさんとの再会の挨拶を終えると、突如視界の端を黒い影のようなものが横切ってイリィさんへと接近していく。


「イリィ~~~~ちゃぁぁぁぁぁんっ!!」


 しわがれた声には違いないが、明らかに先程と声の張りが異なる叫びとともにエルフの女性へと飛び掛かったのは、ローブに身を包んだ老人――ウォム爺さんだった。

 一体どのような理由で杖をついていたのか問いたくなるほどに、軽快な動きである。

 対してイリィさんは半ば呆れたような顔をしつつも、慣れた体捌きでウォム爺さんのセクハラもどき(※むしろ訴えられるレベル)の攻撃を躱していく。


「ふ……ふう、はあ……ひい」

「あまり無理をすると、本当に倒れてしまいますよ」


 イリィさんは相手を心配する余裕さえみせた発言をするが、ウォム爺さんのほうはさすがに年齢による体力の衰えを隠せないようだ。

 しばらくすると荒い息遣いとともに動かなくなってしまった。

 当然ながらイリィさんに呼吸の乱れは感じられない。


「……ふう、はぁ――――……なるほど。この少年はイリィちゃんの知り合いじゃったのか。ならば少しぐらい研究について教えてやらんでもないぞい」


 まるで何事もなかったかのように話の続きを喋り出したウォム爺さんだったが……『高齢な魔法使い』という威厳はもはや欠片も残っていなかった。

 澄んだ瞳といったのも撤回したいと思う。


 まあ、せっかくなので話だけは聞いてみようかな。

 もう半分ほど帰りたい気持ちになっていたが、イリィさんも同行してくれるようで、断りづらかったというのが正直なところである。




 ――研究所の一室にて。


「多少散らかってはいるが、気にせんでくれ」


 確かに、案内された部屋はお世辞にも片付いているとはいえなかった。

 乱雑に置かれた書物の他にも、何かの金属片や骨のような物体が散らかり、ところどころ床へ色彩豊かな液体がぶちまけられている。


「それで、マナトレントの花冠を何に使うか? ……という質問じゃったな」


 ウォム爺さんがガラクタの山から何かを探し始め、取り出したのは――街で見かけた覚えのある街灯の先っちょ。

 もう片方の手に持った綺麗な石コロは……俺がスライムから収集していた核玉によく似ている。


 ……マナの結晶体かな?


 一体何をするつもりなのかと様子を窺っていると、ウォム爺さんは街灯の蓋を開けて石コロを放り込んでしまった。

 しばらくすると――燐光のような温かみのある光が宿って辺りを照らし始める。


「――わしがここでやっておるのは、魔道具の開発なんじゃよ」


 魔道具……?

 魔法と似た力を発揮する道具のことかな?


「ウォームさんはこう見えて優れた技術者なんですよ。この街灯の他にも、生活排水を浄化する魔道具なんかも開発していますから」


 イリィさんも仕事面ではウォム爺さんを評価しているようだ。

 なるほど……水路内を流れる水が綺麗だったのは、そういった魔道具の恩恵があったからなのだろう。

 生活排水がそのまま流れ込む水路をルークと泳ぐのは、ちょっと勘弁したいところである。


 街灯に……排水浄化の魔道具、か。

 どうやらウォム爺さんが開発している魔道具は市民の生活に沿ったもののようだ。


「わし自身は恵まれていたが、この世界で魔法を扱える者は少ないからのぉ。もし魔法の素養がなくとも、道具一つで魔法と同じ恩恵を授かれるとすれば……素晴らしいことじゃと思わんか?」


 両手を後ろに組んだウォム爺さんは、自らの夢を語るようにして言葉を続けた。


「そのためならば、わしは命すら投げ出しても構わんと思っておる」


 たぶん、この台詞だけを聞けば格好良いと思えたかもしれないが……ちらっとイリィさんへと視線を向ける仕草が露骨すぎる。

 なにより先程のイリィさんへのセクハラ行動で、もう全てが台無しなわけだが。


「しかし……ちょっと困っておってな」


 ひげを擦りながら皺を深めた老人は、街灯からマナの結晶体を取り出した。

 すると――灯っていた明かりは力を無くして消え失せてしまう。


「ご覧の通りじゃ。今のところ魔道具を起動させるにはマナの結晶体が必要なんじゃよ」

「王都ではハーディン様が普及を進めていますが、費用面を考えると少し苦しいものがあるのは事実ですね」


 ふーむ。

 イリィさんの言わんとしているのは……つまり燃料代がかかってしょうがない、と。

 実際、俺がスライムから収集していた核玉もそこそこの値段で納品してたものな。


「でも……マナって大気中に存在するものですよね?」


 俺のイメージだと、そこら辺の空気中に燃料が浮遊しているような感覚なのだ。

 燃料不足というのも不思議な話である。


「ほっほう、もしや少年も魔法を扱えるのかな? じゃが……大気に存在するマナを魔道具にどうやって閉じ込める?」


 ああ……そういうことか。

 喩えるならば、車の燃料タンクに気化したガソリンを入れて蓋を閉めても動きません、といった感じだろう。

 もっと密度の高い状態――この場合だと、マナが固形化した結晶体が必要だということか。


「理解できたかの。そこで……この花冠の出番なわけじゃ」


 ウォム爺さんが取り出したのは、俺が納品させていただいた黄色い花冠。


「マナトレントは古木が魔物に変化したものじゃと言われておるが、その原因はこの花冠にあると文献に記されておった。なんでも……大気中のマナを集める性質を持っており、集約された過剰なマナが変異の原因となっておるらしい。もし大気中からマナを集める機構が解明できれば、魔道具へと応用することも可能かもしれんじゃろ?」


 おお、仕事面ではやっぱり立派な人のようだ。


「なるほど……以前、私に精霊魔法で研究へ協力してほしいといって身体を不必要に触ろうとしていたことを思えば、良いかもしれませんね」

「な、なななななな何を言い出すんじゃ!? 確かに常日頃からイリィちゃんへ捧げる愛の言葉を考えてはおるが、研究については真面目一筋じゃよっ」


 駄目だこの爺さん。早くなんとかしないと。

 まあ、イリィさんのような美人に触りたい気持ちは……俺とて理解はできる。

 ローブ越しでも腰まわりのくびれや胸の膨らみが浮きでているラインを、自然と目で追ってしまいそうになるからだ。


「あ……」


 というか、目で追っていたら本人と目が合ってしまった。

 美しい微笑をたたえた表情で真っすぐとこちらへ視線を向けるイリィさん。

 反射的に首が一八○度回転しそうになったが、もう遅い。

 イリィさんはゆっくりと近づいてくると、そっと俺の頬に手を添えて耳元で呟く。


「――興味があるのなら……王宮にいらっしゃい」


 艶やかさを感じさせる声色は、先程までのイリィさんの声じゃない。

 どうしよう……鼻血が出そうです。

 こういった強引な勧誘は、ちょっとアリかもしれない。


「さて……私はそろそろお暇することにします。ウォームさんも研究頑張ってくださいね。やっぱりマナ結晶体の代わりに精霊そのものを魔道具に詰め込むなんて言い出したら、怒りますから」

「あ、あれは半分冗談みたいなもので……」

「……半分?」

「……全部じゃ」


 イリィさんは、ウォム爺さんにそんな激励の言葉を掛けてから研究室を後にしたのだった。


 静寂に包まれた空間で、俺はどうするか考える。

 知りたかったことは教えてもらったわけだから、もう帰ってしまうべきだろう。

 続けて俺も部屋を出ようとしたところで――背後から呼び止める声が掛けられたのだった。


「――ちょっと、相談に乗ってもらえんかのう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ