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3話【森に潜む魔物】

 味満ぽんぽこ亭の一室にて、俺は快適な朝を迎えた。

 王都でも朝を告げる鐘の音は変わりないようだが、俺自身が早起きに慣れてきたのだ。


 朝食を済ませてから、ステラさんに冒険者ギルドの場所を教えてもらい宿を出る。

 有事の際には防衛にも役立つだろう水路だが、ルークのおかげで迂回せずに強引に目的地へと突き進んでいけるのは爽快だ。


 ……今後の予定として、とりあえず王様のところへ顔を出すのは保留としておきたい。

 王様から直々に部下になるよう勧誘されるだなんて光栄の極みなんだろうが、まだまだ自由に世界を巡ってみたいのだ。

 それにもしかすると全てが冗談で、マリータを助けた功績を褒めるためにノリで言っただけかもしれない。門前払いされる可能性だってあり得る。

 社交辞令を本気にした一介の冒険者が王宮に訪問し、王に選ばれたなどと妄言を吐いて兵士に捕縛される――など、とても笑えない。


 しばらくはギルドの依頼を受けつつ、魔法の創造やスキル強化をしていきたい。

 現在の俺のステータスは――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:セイジ・アガツマ

種族:ヒューマン

年齢:18

職業:冒険者(ランクC-)

特殊:盗賊の眼(ライオットアイズ)

スキル

盗賊の神技(ライオットグラスパー)Lv3(24/150)

・身体能力強化Lv3(14/150)

・剣術Lv3(97/150)

・状態異常耐性Lv3(1/150)

・生命力強化Lv2(34/50)

・光魔法Lv3(2/150)

・元魔法Lv2(20/150)

・モンスターテイムLv2(14/50)

・体術Lv3(15/150)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 という状態である。

 剣術のLvを上げるのも良いが……現時点で少しだけ身体に負担があると感じている。


 技術に身体能力が追いつかないという現象が、まさに起こってしまったのだろう。

 剣術をLv4にするには、その前に身体能力強化スキルも底上げしたほうが良いのかもしれない。


 そして現状の所持スキル数は九個。スキル枠の限界が一○なので、そろそろ余裕がなくなってきた。破棄するのは勿体ないので、どこかの機会でスキル譲渡を試してみたくもある。


 メルベイルを拠点に修行していた際、盗賊の神技がLv3に上がって使用可能になったものの、他者へのスキル譲渡は……まだ実行していないのだ。


「――まあ、気長にいきますか」


 水路を進むルークへと合図をし、俺達は石畳の通路上へと身体を弾ませる。

 目の前の建物には、冒険者ギルドの印となる剣と盾が交差している看板がぶら下げられていた。


 ギルド内部は……メルベイルのギルドとさほど変わりはない。

 冒険者ギルドとして、ある程度統一化されているのだろう。依頼掲示板や受付、素材買取カウンターに……おそらく奥には修練場もある。


 依頼掲示板に貼ってある依頼書の数は、やはり多い。

 人口が増えればそれだけ依頼件数も増えてくるのだろう。高ランクの依頼もそこそこ見受けられる。

 その中で俺が受けられそうな依頼を物色していくと――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

マナトレントの花冠を王立魔法研究所へ納品。

報酬:五○○○ダラ。

期限:至急。

依頼主:ウォーム。

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 王立魔法研究所……? なにやらとても面白そうな響きである。

 マナトレントはおそらく魔物だろうが、報酬額も悪くない。

 ……これにするか。



 ――俺は受付で依頼手続きを済ませ、マナトレントの特徴と生息地について教えてもらう。

 依頼書ランクはC+と俺の冒険者ランクよりも上だが、一応ランクCの範囲内だ。至急の依頼であり、マナトレントの弱点とされる火魔法を扱えるという点も考慮されて許可が下りたのだった。


 マナトレントは古木が生命を宿した魔物で、木に化けて人を襲うらしい。

 ホルン近辺で目撃されているのは……フェルマーの森か。

 林業が盛んな森だそうだが、森の奥は危険であまり人は近づかないとのこと。

 距離的にもルークに騎乗すればそう遠くはない。

 準備を整え、早速出掛けるとしよう。




 ――色味を増した木々の葉が茂る深緑の森へと足を踏み入れたのは、王都を出発して数時間が経った頃。

 フェルマーの森入口付近では、カコーン、カコーンと、遠くで(きこり)が木を切り倒すべく斧を打ちつけている音が響いていた。


 それじゃあ……こちらも負けずに大木を狩りにいきますか。

 どこかで木が倒れた振動を肌に感じながら、俺は気を引き締めるように頬をパシンと叩き、ルークとともに森の奥へと進んで行った。



 ――どれぐらい奥に来ただろうか。

 頭上を仰いでも森の木々が邪魔で空が見れないため、時間の間隔が鈍くなってきている。

 それでも腹時計は正確なもので、俺は素直に自らの欲求に従って荷物から昼飯を取り出した。


 味満ぽんぽこ亭では弁当提供はしていないらしく、適当な店で包んでもらったものだ。


「そうだ……ルークも何か食べたいよな?」


 騎乗したまま昼飯を胃袋に放り込んでいく俺の問いに、ルークは地面へと鼻を近づけてひくつかせる。どうやら、獲物を発見したようだ。

 ルークの自由にさせてやり、しばらくすると――木陰で動く影を見つけた。


 こげ茶色の毛皮に身体が覆われた姿は、どこから見ても猪である。

 この世界における野性動物と魔物との区別方法。

 大雑把にいうと人間に危害を与える可能性が高いものが『魔物』らしい。

 ある程度強い魔物になると、かなり戦闘訓練を積んだ人間しか相手にならない。

 それこそ、何か戦闘系スキルを所持していないと勝つのが困難なのだろう。


 勿論、ただの猪とて無防備で突っ立っていれば体当たりを喰らうが、所詮は野性の獣。

 鱗竜という魔物のルークからすれば、餌としてしか映らないようだ。

 身動きしやすいよう、俺がルークの背から降りた瞬間――全速力で猪へと駆け出した。


「クォォォッ」

「ブギィィィィィッ!!」


 ――そうして猪さんは天へと召され、ルークの腹へと収まっていく。

 だが、突如食事中のルークが顔を上げて辺りを見回した。

 自給自足していただけると食費が浮いて非常に助かると傍で様子を見守っていた俺も、つられて周囲に視線を向ける。


「――ウオォォォォォン」


 ……確かに、普通の人にとっては危険な森だな。

 おそらく声の発生源は狼と思われる。漂う血の臭いを察知したのか、近くまで来ているのだろう。

 だが、野性動物に過ぎない狼がルークに喧嘩を売るという事態は起こり得ないはずだ。

 そのはずなのに……ルークはやや警戒の意を示していた。


「どういうことだ……ただの狼じゃないのか?」


 俺の疑問に応えるかのように、荒い吐息が周囲から漏れ始める。


「これは……囲まれてる、かも」


 狼は集団で狩りを行う習性があり、獲物を確実に仕留められるような配置を取ろうとする。

 視認はできないが、茂みの中に相当数の狼が潜んでいるようだ。

 が、だからといって焦ってはいけない。

 こういう時こそ落ち着いて対処するべきだ。


「グアルルッ」


 こちらへと襲いかかろうと茂みから飛び出した狼は、普通の狼だった。灰褐色の毛皮に、つぶらな瞳。牙と爪は少々危険だが、俺が着こんでいる鎧には傷一つ付けられまい。

 ……襲ってくるのなら、仕方ないか。

 シュラリ――と硬質な刃と鞘が擦れる小気味良い音を響かせ、俺は漆黒の剣を引き抜いた。


「ルークッ、自分の身は自分で守れるな?」

「クォッ」


 この程度の相手ならば、俺が守る必要もない。

 跳躍してこちらの首元に噛みつこうとしてくる狼の首へと、一閃。

 続いて地を駆けてくる一匹には、顎を砕き割るよう全力の前蹴りをお見舞いしてやった。

 動かなくなった二匹を見ても怯えずに襲撃してくる獣達。

 俺は身体を停止させぬように足運びに注意し、襲いくる獣へと剣を振り下ろしていく。


「ふぅ……」


 合計で――十匹ちょっと。

 どうやら、狼達は全て撃退できたようである。


「これで終わりかな――……お前を除いて」


 剣を収めずに、切っ先を狼達が潜んでいた茂みへと向ける。

 しばらくすると……のそり、と赤茶色の毛皮で覆われた大型の狼が姿を現した。


 熊ほどもある巨体は明らかに狼とは別種の生物である。

 普通の狼がルークという存在を無視して襲撃してくるということは、同じく格上の何かに強制的に動かされているのだろうと推測したのだが……正解だったようだ。

 俺は眼前の魔物へと意識を集中させる。

《ギーグヴォルグ》……どこかで聞いた名前だ。

 確か……俺が初めて購入したレザーアーマーの素材が、こいつの皮だった気がする。


 所持スキルは――《身体能力強化Lv1(9/10)》か。


「グワォォッ」


 四肢へと力を溜め、高い身体能力を極限まで活かした噛みつき攻撃。

 否、噛みつきなどと可愛らしいものではなく、自らの身体を回転させ、敵を喰い散らかす強撃である。

 相手の動きをしっかりと確認し、回避した後方へ目をやると――俺の胴体ぐらいある樹木の幹が無残にもギーグヴォルグの顎の形に抉られてしまっていた。


 なかなかの威力だ。

 黒鋼糸で編まれた鎧でも、噛まれればちょっと痛いじゃ済まないかもしれない。

 だが、


「……俺達を狩れると思ってた? 残念だけど――」


 狼の血液が付着しようと一向に切れ味が衰えない刀身を、相手へ静かに突き付ける。

 身体能力強化のスキル……ちょうど欲しかったところだ。掌で相手の身体へと触れたいという衝動が抑えられない。


盗賊の神技(ライオットグラスパー)》――これは俺が転生する際に特別に付与してもらったレアスキルであり、簡単にいえば対象からスキルを盗んでしまえるという極悪スキルだ。


 失敗することもあるが、対象が所持しているスキルを把握し、スキル効果を視認してから相手へと直に触れることで発動させられる。


「――……狩るのは、俺のほうだから」

「グ、アアアルアアァァァァッ!!」




 ――――さて、これでひとまずは落ち着いただろうか。

 俺は剣に付着した血液を一振りして払った。血飛沫が飛んだ足元には――赤茶色の毛皮で覆われた魔物が転がっている。身体能力強化のスキルを奪うことに成功した後、苦しませずにトドメを刺してやったのだ。


 ふむ……本来の目的とは異なるが、こいつの毛皮も持って帰ろうと思う。

 確か素材買取リストに載っていたはずだ。そこそこの値段で売れるだろうから、捨て置くには惜しい。

 幸い、アーノルドさん達と一緒に依頼を受けた際に解体作業を一度経験させてもらった。

 今度は一人でもできると思う。



 ――まずは手足の周りをグルリと円を描くように切り込みを入れ、反対側の肢まで毛皮を裂いていく。腹側にも真っすぐに剣を突き入れ、切り込みを入れれば後はひたすら剥いでいく作業だ。

 最初にやった時よりも抵抗は少ない。


「……ふう、これで完了、と」


 一皮むけて成長するという言葉があるが、あれは脱皮して大きくなっていく生物に相応しい。文字通りに一皮剥かれてしまった魔物の姿は、あられもない格好となってしまっていた。

 やだ、恥ずかしい。

 血に濡れた手を水魔法で綺麗にし、毛皮も水洗いしてから袋へと詰め込む。


「うーん、狼達の毛皮も買取はしてもらえると思うけど……持ちきれないな」


 狼の毛皮は安価なため、土魔法で用意した穴へと放り込んでギーグヴォルグとともに埋めてあげた。

 少々勿体ないが、荷物袋の大きさを考えるとかさばる品を入れておく余裕はないのだ。


「にしても、収穫はあったけど肝心の依頼品がまだだなぁ……」


 森の散策を再開するのもいいが、さすがにちょっと疲れてしまった。至急納品と依頼書にあったため、可能ならば今日中にお届けすべきなんだろうけど……明日でも許してもらえるだろうか。

 俺は一服しようと大木の根元へと腰を下ろして水筒を傾けた。


 ……マナトレント。きっと森の中に隠れているんだろう。そこら辺の木々に擬態していたら発見するのは難しいかもしれない。木々の一本一本に意識を集中させていたら永遠に森から出られそうにないからだ。


 さっさと姿を見せればいいのに……ってあれ?

 そういえば……さっきまでこんな大木あったっけ? 絶妙のもたれかかり具合なんだけど。

 もうちょっとした高級クッションに背中を預けてるような錯覚に――


「はは、そんな……まさか……なぁぁぁぁっ」


 俺は身体をよじりながら地面を転がって移動した。

 さっきまで座っていた箇所に何本もの枝が突き刺さり、地面を掘り返すほどに削られてしまっている。


 おおぅ、危ない。

 危機一髪じゃないか。

 解体作業で手を洗った際にできた水溜まりに、俺を貫こうとする異形の化け物の姿が映っていたのだ。

 動き出す瞬間まで、ルークも察知できなかったようである。


「ボォォ、ボォォォォォ」


 改めて眼前の魔物へと意識を向ける。

 なるほど……こいつが《マナトレント》か。

 大木の幹に人間の顔が浮き出たような不気味な成りをした魔物だが、頭のてっぺんには可愛らしく黄色の花が一輪咲いていた。

 いや……総合的にはとても可愛くはないけども。

 あれがマナトレントの花冠だろう。


「それじゃ早速、いただきますかっ――てアブなっ」


 突如、地面から突き出た根っこが俺を串刺しにしようとしたのだ。

 まともに喰らえば無事では済まない。

 ……おもに俺の尻が。

 いや、実際怖い。


 なら空中から――伐採してやる。

 と勢いよく跳躍した俺へと、今度は枝で打ち払う攻撃が襲いかかる。それらを斬り裂いて相手の胴体へと肉迫せんとした瞬間――さらに大粒の土の弾丸が降り注いだ。


「痛って、てててて」


 優れた防御力を持つ鎧のおかげで、痛い程度で済んだのは幸いか。

 相手の所持スキルは土魔法Lv2。俺にとってはあまり魅力的でないスキルだが、あのタイミングで使ってくるとは。


 やるじゃない。

 根っこの串刺し攻撃、枝の打ち払い攻撃、土魔法――と手数が多くて厄介だ。

 近づくのが手間なら燃やしちゃえば良いじゃない。

 という考えも浮かんだが、依頼品の花冠まで燃えればここまで来た意味がない。


 ならば――


 燃え盛る炎よ。風を纏いて膨れあがれ。全てを焦土と化すまで消えること許さず。

火炎嵐流(ファイヤーストーム)》!!


 心の中だけでイメージを具現化する詠唱を終えた俺は、無言で炎の渦を発生させた。

 元魔法はLv2といえど、火と風の合成魔法は勢いよく燃え盛り、敵の――目前でとぐろを巻いている。

 事前情報の通り、火が苦手なマナトレントは怯んでいるようだ。

 狙い通り。


「そこだあぁぁぁぁっ!」


 俺は自らの身体を炎の渦へと突っ込ませた。

 勿論、身体が燃えないように水魔法で薄い膜を形成してコーティング済みである。

 炎の渦は――相手へと接近するための最短路。

 ただ、それだけのこと。

 炎の道をくぐり抜けた先、戸惑うマナトレントの胴体――大木の幹を至近距離で捉えた。


「ボォォ!? ボオォォォォォォォォォォッ」


 ――両断。

 すると同時に一応相手の土魔法へと盗賊の神技を発動させたが、こちらは失敗。

 もし奪えたならルークへとスキル譲渡を試すのも悪くなかったのだが……残念である。


「……なかなか手強い相手だったな。依頼品が花冠じゃなかったら、もう少し楽な戦い方もあっただろうけど」


 真っ二つに切断された状態で絶命しているマナトレントから花冠を回収し、袋へとしまう。

 一見すると何の変哲もない花のような気がするが、魔法研究所が依頼したのだから何か意味があるのだろう。

 どのように使用するのか、少し興味が湧いてきた。


 面白い話が聞ければ良いなと考えつつ、俺はルークに騎乗して森を出るべく駆け出したのだった。

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