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2話【王都ホルン】

「おぉ……すごいな。これは王様が言ってたように、一度は来てみるべきっていうのも納得だ」


 七月四週、土の日。


 メルベイルを出立してから二日という行程でリシェイルの王都ホルンに到着した。

 乗り合い馬車ならばこの倍以上の日数を要したはずだが、ルークの健脚のおかげで快適な旅を程良く楽しめたのだ。メルベイルの騎獣屋で大金をはたいて購入した鱗竜のルークだが、その判断は間違っていなかったといえるだろう。


 メルベイルから王都へと続く北へ延びる街道を走っていると、周囲には多くの農村が見受けられ、そこそこの規模の街もいくつか確認できた。

 だが、現在俺の視界に収まっている王都は、それら全ての村と街を合わせても足りないほどに規模が大きいかもしれない。


 ――数十万の人間が暮らす大都市。


 俺の第一印象はそんな感じだった。

 人口的に考えると前世の感覚でいえば大都市とまではいかないかもしれないが、土地面積あたりにおける人口密度が少ないせいか、余計に規模が大きく見える。

 それとも俺の感覚がこちらの世界に馴染んできたのか、大都市といって間違いないだろう。

 海沿いに広がる都は、海に流れ込む河を中心にして発展していったようで、街中にはいくつもの水路が縦横無尽に存在していた。

 煉瓦造りの民家を繋ぐ橋の下には、小船が数隻通れるほどの水路が見受けられ、物資や人を乗せて移動している。


 水の都……といったところか。ロマン溢れる光景だ。

 俺はといえば、その水路上をルークに乗ったまま移動中である。

 街中での騎乗は別に禁止されていないし、問題ない。

 というか、歩行者用の通路はわりと人混みが多く、ルークに騎乗していると逆に時間が掛かりそうだったため、水路にダイブしたのだ。


 ルークが水陸両用であるメリットがここでも活きるとは思わなかった。

 少し身体が濡れてしまうが、水の臭いは気にならないため、生活排水などの管理はきちんとされているものと推測される。



 ……一安心だ。

 のんびりと水路内を泳ぎつつ、街を見学しながら宿へ向かうとしようか。

 教会と思われる荘厳な建物もあれば、遠くには王宮であろう建物も見えた。他にも闘技場のような円形状の建物などなど――興味を惹く建造物が絶えない。


「おぉ……」


 途中――水平線に夕陽が沈み始め、海を赤く燃え上がらせていく。

 太陽が没して薄暗くなった周囲に、しかし不安を感じることはなかった。

 一定間隔を空けて、ポワッと燐光のような柔らかい光が街中を照らし始めたからだ。

 一体どのような仕組みなのか気になるところである。

『眩しい』とまではいかず、されど安心感を与えてくれる照明は油によるものではない。メルベイルでは見られなかったものだ。


「なんだか、こういった光景を見れただけでも来た価値があったかもしれないな」




 ――道に迷いそうになりながらも、なんとか目的地まで辿り着き、ルークに水路から出るように命じた。

 バシャッ! っと勢いよく水面を飛び出したルークは、俺を降ろしてから身体を震わせるようにして水滴を散らす。


「お前……わざとだな」

「クゥゥ」


 ……水に濡れた服は後で乾かすとして、とりあえずは宿の確保だ。

 今、俺の前に建っている宿が教えてもらった場所のはずである。

 看板に彫り込まれている名称は――『味満ぽんぽこ亭』。


 うん……どうやら間違いない。

 この宿を教えてくれたのは、何を隠そうダリオさんだ。

 メルベイルを発つ際にお世話になった人達へ挨拶をして回ったのだが、王都ホルンに行くのなら宿はここにしてはどうかとダリオさんに教えてもらった。

 理由を訊くと何故か照れるように頭を掻いているだけだったが……なかなかに立派な宿である。


 メルベイルでお世話になった『満腹オヤジ亭』と同じく三階建てだが、建物の規模はこちらのほうが大きい。

 一つ一つの部屋が広めに設計されているのだろうか?

 ……宿を見上げてボーッとしていた俺は、何かが身体にボンッとぶつかる衝撃で我に返った。


「おわっと。すみません。怪我してませんか?」

「あ、大丈夫です。俺、邪魔でしたよね」


 宿の入口前で突っ立ってるのは邪魔でしかない。大きな樽を両肩に抱えた男性は、この宿の従業員だろうか。


「いやぁ、よかった。えっと……もしかして泊まる予定のお客さんですか?」

「ええ、そのつも……りぃぃ!?」

「な、なんです? おれの顔に何か付いて……?」


 樽に隠れていた男性の顔が露わになった瞬間、俺は驚きの声を漏らしてしまった。

 相手も何事かと疑問の声を上げる。

 男性の背格好は、俺よりも十センチ以上高い身長にガッチリとした身体つき。重そうな樽を二つも同時に抱えてる時点で相当な筋力を有しているとわかる。


 だが、驚いたのはそこではない。

 口ヒゲこそないものの、厳めしい顔つき。されど口調は全く威圧感を与えないジェントル風味。


 ……これと似たようなギャップを俺に味あわせてくれた男を、いや……オヤジを俺は知っている。

 もし眼前の男性の髪を剃ってしまえば、あの人の若かりし頃の姿を再現できるのではないかと思えるほどに、そっくりだ。

盗賊の眼(ライオットアイズ)》を使うまでもない。

 が、一応確認してみたい。


 この眼は俺がこの世界――イーリスに転生した際に特別に付与されたものであるが、簡単なアイテムの識別や対象のステータスを把握できるという便利な特殊能力だ。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

名前:ウラン・フォート

種族:ヒューマン

年齢:22

職業:宿屋従業員

スキル

・料理Lv3(12/150)

・釣りLv2(42/50)

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ……やはり。

 ファミリーネームはフォート……この人はダリオさんの息子で間違いないだろう。

 この宿を勧める理由を尋ねると恥ずかしそうにしていたのは、こういうことか。

 しっかりと料理スキルを所持しているところも親子だね。


「あの、本当に大丈夫ですか?」

「ふぁっ!? あ……ちょっと驚いたもので。ところで、宿の部屋って空いてますか?」

「……ええっと、おれは厨房担当なもので、ちょっと待ってくださいね――ステラッ、ちょっといいか?」


 味満ぽんぽこ亭の扉を開けて中へと進むウランさんは、樽を壁際に置いてから誰かの名前を呼んだ。

 どうやらこの宿も一階は食堂兼酒場となっているようで、給仕をしていた女性がこちらを振り返る。


「はぁい。あらお客様? 少しだけあちらで待っていただけますか。すぐに宿泊の手続きをしますので」


 日暮れ時という時分のため、食堂は宿泊客や食事に来た客で賑わっている。ステラと呼ばれた女性も忙しく動き回っていた。ウランさんも厨房へと引っ込んでしまったし、ここは大人しく待つとしよう。


 ……ふむ。食事を喉に落とし込んでいく客達は――満ち足りた顔をしている。ウランさんが厨房担当だと言っていたので、これは期待できそうだ。

 料理スキルもダリオさんには及ばないものの、かなり高かった。

 じゅるり。


「――お待たせしましたぁ。それではこの用紙に記入をお願いしますね」


 受付にて宿泊の手続きを済ませた俺は、ステラさんをちらりと窺う。

 薄桃色の髪をお団子状にして動きやすくしており、常に笑顔を崩さない鉄壁のスマイル、小綺麗な格好にエプロン姿で働く彼女は、まさに看板娘といって差し支えない。


 宿泊価格はわりと高めで、一泊六○○ダラ。

 王都という立地や風呂などの設備面も充実していることを踏まえると、妥当だろう。


「この宿は、お二人で経営してるんですか?」

「まさか。経営してるのは女将さんですよ。さっきの怖い顔の料理人――ウランっていうんですけど、わたしもウランも雇ってもらってるんです。あ、ちなみにわたしはステラっていいます」


 どうやら、女将さんは現在宿泊客の部屋でベッドメイキング中だそうだ。

 給仕するのは看板娘のほうが客受けが良いだろうとの判断らしく、ステラさんは照れるように頬をポリポリとかいている。

 年齢は二十歳。年上だが、美人というよりは可愛いという形容詞が似合う女性かもしれない。


「そんなこともないと思うんですが……っと、お客様は騎獣を連れてるんですね。当宿には別料金となりますが、騎獣を預けていただくこともできますよ」


 用紙を確認したステラさんが、騎獣有りにチェックしたのを見つけたようだ。


「あ、お願いします。今は外に繋いであるんですけど」


 頷いたステラさんは、厨房へと声を掛けた。


「ウランッ、わたしちょっと騎獣舎のほうへ行ってくるから、少しの間だけ給仕もお願いね」




 ――ルークを宿に併設されている騎獣舎へと預けに行った後、俺は食堂にて晩飯をいただくことにした。

 料理を運んできてくれたステラさんが、


「ウランの料理の腕はちょっとしたものですよ」


 と言ってテーブルに皿を並べていく。

 まず、スープを口にふくんでみた。

 これは……ジャガイモの冷製スープだ。


 土中の栄養を吸収し、たっぷりと肥えたジャガイモが農村から王都の市場へ送られてくるのだろう。加えてこの甘み。ジャガイモが適切に調理され絶妙な甘みとなって溶け込んでいる。

 肉と野菜を煮込んだブイヨンで整えられた味も申し分なし。塩加減にしても一分の乱れさえない。最後の冷却行程で全体の味も引き締まっている。

 この冷製スープに熱々の焼き立てパンを浸してしまうという、ひたパン行為も癖になりそうで困ったものだ。お腹が膨らんでしまうじゃないか。


 ……まだメインのトマトベースのパスタが控えているというのに。

 無論、こちらもただのトマトパスタではない。

 海沿いにある都の特徴を活かし、様々な海産物――イカ、エビ、貝などを塩とにんにく、香草で炒め合わせ、トマトソースで煮込む。ワインの酸味も感じられるため、きっと隠し味に使われているのだろう。

 これで美味しくないはずがない。

 ……というか俺って、ダリオさんの料理のおかげでかなり味覚を鍛えられた気がするな。



 ――ウランさんの料理の腕は、俺の胃袋を歓喜させてくれるに十分だったようだ。


「ぷはぁぁっ、美味しかった」


 食事を終えた俺は、素直な感想を述べる。

 ゆっくりと味わって食事を楽しんだせいか、周囲を見渡すと客はまばらになってきていた。


「そう言ってもらえると、おれも嬉しいです」

「ウランって料理の腕だけはすごいものね」


 厨房で忙しそうにしていたウランさんも、こうしてステラさんと一緒に顔を見せる余裕が出てきたようである。


「だけってのは酷いな。釣りだって得意なんだぞ。今日のメインだっておれが釣った海の幸をふんだんに――」

「はいはーい。食器を下げるんだから、邪魔しないでね」


 ウランさんの話を強引に遮り、ステラさんは空になった食器をひょいひょいと纏めていく。


「まったく……、あ、ところでお客さんは、おれの何に驚いてたんですか? どこかで会った記憶も……ないと思うんですが」

「ウランの外見に驚いたんじゃない? あ、襲われる――って」

「そんなわけないだろう。ステラは少し黙ってろよ」

「そう? わたしは最初ウランに会った時、そう思ったけど? 顔怖いもん」

「お前なぁ」


 ……仲が良いな、この二人。

 ウランさんが一歩踏み出すと、ステラさんは素早い動きで洗い場へと食器を持っていった。


「――いえ、似てたんですよ。俺が知ってる人物と、ウランさんが」

「え、それって、まさか……」


 俺は簡単にだが、満腹オヤジ亭でダリオさんの世話になった日々を話す。


「そっか。親父もお袋も元気にやってるんですね。おれは四年前に料理修行も兼ねて王都に来たんですが、親父達には年に数回手紙を送るぐらいなので……こうして話を聞けると嬉しいですよ」


 子供の頃からダリオさんに料理を仕込まれたウランさんは、いつの日か自分の店を出すのが夢らしい。

 まだ若いのにこれだけの腕だ。

 宿を開くにしても、料理専門のレストランにしても、きっと夢は叶うだろう。


「まだ親父と比べたら未熟かもしれませんが、ホルンに滞在するならウチの宿でゆっくりと疲れをとっていってください」


 くっ……親子揃って本当に外見と中身のギャップが激しいな。

 しばらくは味満ぽんぽこ亭に滞在することに決定か……


「ふぅん、でもウランが給仕をしてたらお客様が逃げちゃいそうだね。ウチに来てくれてる人達はだいぶ慣れてるみたいだけど」


 いつの間にか洗い場から戻ってきていたステラさんが、ボソッと呟く。


「おれは厨房専門だよ。愛想担当はステラみたいな女の子にさせるに決まってるだろう。なんなら、めでたく店を開いた暁には雇ってやろうか?」

「……考えときまーす」


 素っ気ない言葉で誘いを流したステラさんは、くるりと踵を返す。

 それを追うようにして、ウランさんも厨房へと戻っていった。

 客が少なくなってきたとはいえ、まだ仕事が終わったわけではないのだ。


 果実水で喉を潤わせながら、吹き抜け構造となっている宿の天井を仰ぐ。

 ……それにしても――


「――わかりやすい二人だ……って思ったでしょう」


 な……んだと。

 不意に横で囁かれた声に、俺は勢いよく振り向く。

 そこには、恰幅の良い女性が微笑むようにして立っていた。

 白い頭巾で髪を覆い、腰から下にはステラさんと同じくエプロンを付けている。


「驚かせちゃったかい? 私はこの宿を経営してるマグダレーナ。あんたは初めて見る顔だけど……冒険者さんかい?」


 俺の首に提がっているプレートを目に留めた女将さんが尋ねてきたため、素直に頷く。


「そうかい。無茶し過ぎちゃいけないよ。もうウランあたりが言ったかもしれないけど、ウチでゆっくりしておいき」

「はい。その、さっきのは……」

「ああ、あんたも気付いたろ? 傍から見てるとバレバレさね。あの子も素直になればいいのに……まあ、ウランが独立する時に二人一緒に辞められると、こちらとしては大損害なんだけどね」


 快活な笑い声とともに去っていく女将さん。

 まあ……ね。

 先程のウランさんの発言で、ステラさんの頬は薄っすらと赤く染まっていたわけですよ。

 あれを見てしまうと、いくらお子様な俺でもわかってしまうというものだ。


 しかし、不思議である。

 普通あのような光景を見せられた瞬間、最大まで魔法強度を高めた爆裂魔法――《嫉妬の炎(エクスプロージョン)》(※使えません)を発動させるのも(やぶさ)かではないのだが、あまりそういった気持ちにならないのだ。


 美味しい料理を堪能した直後は、気持ちが寛大になるのかもしれない。

 ふっ……見逃すのは、今回だけだ。

 とまあ、実際のところ俺が口を出す権利は皆無のため、優しく見守らせていただきたい。

 ホルン地方特産の大粒葡萄に練乳をかけたデザートを舌の上で転がしながら、俺は明日の予定を考えようと席を立った。


 ――新しい生活の始まりである。

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