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1話【旅立ち】

3章開始です。更新速度などは活動報告にて書きます^^

あと、本章を読む前に【お知らせ】を読んでいただければと思います。

「――どういうことか、もう一度言ってみなさい」


 普段は俺に対してこんな口調ではないはずなのに、とても紳士的な言葉遣いでリピートリクエストをしたのは、狼の獣人であるアーノルドさんだ。分厚い筋肉に覆われた身体が普段より大きく見えるのは気のせいだろうが、金色の眼光がこちらを窺っているのは間違いない。


 アーノルドさんの対面に座っている俺の横には、猫の獣人リムが座っている。真横にいる少女の表情は確認できないが、さっき俺が渡した髪飾りで栗色の髪をショートポニテにしてくれていたら嬉しいなどと考えてしまう。

 そして犬の獣人のドーレさんは、不思議と面白そうな表情でアーノルドさんの傍に立っているのだった。


 ――どうしてこうなった。

 昨晩の深酒により、アーノルドさんが起床するであろう昼過ぎを見計らって宿へ戻ってきてみれば、三人が明日の出立に向けての相談をしていた。

 そこへ勇気を出して話があると割って入ったのが、数分前。



『そ……その、王都ホルンへ行ってみようと思うんですけど』

『ふむ、それは昨日聞いたぞ。色々な場所へ行ってみるのは良いことだ』

『――リムも一緒に来ないかな……なんて』

『ふむ、すまんが明日には西方群島諸国へと発つ予定なので……時間的に難しいだろう』

『いえっ、俺が言いたいのはそういう意味ではなくてですね』

『ふむ……? ――どういうことか、もう一度言ってみなさい』



 ――そして現在に至る。

 なるべくしてこうなったのである。

 正直、泣きそうである。


「アーノルド、そう怖い顔をしなさんな。リムちゃんと仲良くしてやってほしいと頼んだのは、お前さんだろう? 気の合った冒険者とパーティーを組もうとするのは当然じゃないか」


 助け舟を出してくれたのは、愛玩犬マルチーズをオヤジと足して2で割ったような外見をしているドーレさんである。

 恰幅の良い腹肉が商人服のベルト上にちょこんと盛られているが、今はそれが頼もしいとさえ思えた。


「……まあ、当の本人であるリムちゃんがどうしたいか、だけどな」


 三人の視線が向いた先には、蜂蜜色の瞳を有する少女。

 俺が話を切り出してから今まで、何かを考えるようにして黙りこんでいた。

 どのような返答をされようと、覚悟はできている……つもりだ。


「ごめんね、セイジ」


 ……謝らないでいただきたい。

 あ、どうしよう。心臓がキュッとなったのがわかる。何かが弾けそうだ。

 そうだ。明日から俺、魔王になろう。


「――あたし、行きたいところがあるの」


 ところが、リムの口から発せられたのは意外な言葉だった。

 西方群島諸国でお魚パラダイスといった路線とは異なるベクトルの答え。

 当然ながら『あたしを王都に連れてって』という展開では断じてない。


「スーヴェン帝国に、行ってみようと思う」


 なん……だと?

 スーヴェン帝国――正直、良い印象は全くない。

 獣人やドワーフ、エルフといった亜人を毛嫌いするヒューマン至上主義の思考を持つ者が多く、つい先日にメルベイル領主の娘マリータを誘拐するという人道にもとる行為をやらかした連中も、帝国の人間達だった。


 加えて言うならば、俺が初めて出会ったスーヴェン帝国の人間はバルという冒険者で、こちらも印象はよろしくない。ならず者のような外見で、リム達をケモノと称して蔑むような奴だ。

 そのような国に、何故行きたいと言い出したのか?

 疑問を持ったのは俺だけではなく、リムへと質問の声が上がる。


「……どういう……? リム、お前まさか……」


 どうやら、アーノルドさんは何かに思い至ったようだ。

 ドーレさんは静かに事の成り行きを見守っている。


「お願い……捜しに行かせて」


 リムが何を捜しに行こうとしているのか、父親にどのようなお願いをしているのか。

 残念ながら、そこに俺は一切関係していないようだ。

 ……ちょっと寂しい。


「あの後、どれだけ捜しても見つけることはできなかったろう。オレとて、無駄だと言いたいわけではない」

「あの、捜すって何を……?」


 会話内容についていけず、俺は素朴な疑問を口にした。

 アーノルドさんは、そんな俺の空気を読めてない問いにも答えてくれる。



 ――そういう……ことか。

 リムが捜したいという物――ではなく人物は、一応俺が知っている人だった。

 とはいっても、俺の認識では亡くなったはずの人物である。

 すぐにその可能性が思い浮かばなかったのも仕方ない。


 ……その人物とは、リムの母親――ミレイさん。


 魔族の襲撃から散り散りになって逃げたそうだが、途中で魔族に追いつかれてしまい、ミレイさんは村の者を逃がそうと魔族と対峙して――

 という話は、以前アーノルドさんが語ってくれた。


「まだ、死んだって決まったわけじゃない……から」


 ミレイさんの最後を獣人親子に伝えた村人も、その目で殺される瞬間を見たわけではないらしい。命懸けで時間を稼ごうとした行動に応えるべく、振り返ることはしなかったのだろう。

 奇跡的に逃げのびていてほしいと希望を胸にしたのは、アーノルドさんも同じ。


「オレもそう願って、どれほど捜索したかわからん。だが――」


 リムの瞳は、父親を捉えたまま動かない。

 やや困った表情でアーノルドさんが溜息をついた。


「ドーレからの依頼はどうする? 前に相談した際、お前も一度は頷いただろう」

「ごめんなさい。でも、村があった場所からどんどん離れちゃう気がして……」


 ドーレさんが交易の拠点としている西方群島諸国は、ここよりもさらに西である。

 襲撃された獣人の村から遠ざかることになるのは確かだ……というか、アーノルドさんはむしろ辛い過去から娘を遠ざけようと考えていたのかもしれない。


「まあ落ち着こう、リムちゃん。捜すとしても、どうやって捜すつもりだい? 仮に……ミレイさんが生きていたとして、スーヴェン帝国のどこかに居るという保証もない。獣人の村から近いとはいっても、あの国は亜人には居心地が悪いからね。ひょっとしたらミレイさんもアーノルドとリムちゃんを追ってリシェイルに来ている……可能性だってある」


 言葉を選ぶようにして慎重に話すドーレさんは、自らの言葉が指す可能性の低さからか、一瞬だけ顔を伏せた。


 リム達がここメルベイルに滞在してしばらく経つが、もしかするとそういった期待も込めて待っていたのだろうか。

 ドーレさんの意見にも耳を傾けてはいるが、どうやらリムの意思は変わらないようだ。


「うーん、それなら別口で護衛を探さないといけないな」


 考え込むドーレさんは、そうなると必然的にアーノルドさんも護衛の依頼を受けられないと判断したのだろう。


「……あたし、一人で行ってきます。父さんはドーレさんと一緒に行ってあげて」

「一人でか? いや、しかし……」


 躊躇いの声を漏らしたアーノルドさんの気持ちは理解できる。

 最近は明るさを取り戻してきたが、大切な娘に一人旅をさせるのは不安だろうし、行き先も少々問題だからだ。


 帝国の人間は亜人を嫌う傾向が強いというが、バルのような奴らに囲まれて因縁をつけられる少女という構図は、もはや犯罪である。

 さすがに国民があんなのばかりだと国として終わりだと思うので、そこまで酷くはないと思いたいのだが、心配には違いない。


「あの、もし良かったら俺が一緒に――」


 ほんのちょっとの勇気。

 人生では、これが一番大事なのだ。


「でも、セイジは王都に行くんでしょ?」

「いや……絶対に行かないといけないわけじゃないから」


 目的地を王都ホルンにしたのは、そろそろメルベイルを離れようと思っていたところで、王様から直々に『王都はいいとこ一度はおいで』と言われたからだ。

 部下にならねば捕えるなどと冗談も言っていたが、まさか顔を出さなければ『捕えよ』なんて命令はしないだろう。

 ……と思う。


「ありがとう。でもあたしは大丈夫だから、気にしないで」


 笑顔で断るという高等テクニックを披露した後、リムはアーノルドさんの説得を再開した。

 現実とは非情なもので、『本当にいいの?』とかモジモジしながら少女が上目遣いでこちらを窺うなんて事態は発生しないようだ。


「危険なことはしないし、納得できるまで捜したら戻ってくるから」


 娘の言葉を受けた父親は、あまり過保護なのもよろしくないと判断したのか、最終的にはリムの願いを受け入れたのだった。


「――おいおい、いいのかアーノルド? リムちゃん一人で行かせて」

「……ずっとオレが一緒にいてやれるわけではないからな。良い経験になるかもしれん」

「ありがとう、父さん」


 話が一段落した後、リムがややしょんぼり気味な俺へと歩み寄ってくる。

 差し出されたのは――少女のか弱い手。小さな掌だ。

 ……このような華奢な指を握りしめ、拳で魔物を相手にしているのが信じられないほどに。 


「――セイジも本当にありがとう。迷惑をかけっぱなしだったかもしれないけど、本当に楽しかったよ。今は足を引っ張るだけだろうけど、あたし――きっと強くなるから」


 あ……なんだろう。目頭が熱くなってきた。

 こういうの、慣れてないんだよ……俺。


「そしたら――また一緒に冒険しようね」


 リムの手を握り返そうと伸ばした自分の手が、ほんの少し滲んで見えた。

 もしかして、これは俺の誘いへの精一杯の返事だったのだろうか。

 先程までは強引にでもリムへ付いていこうかと考えていたが、不思議と無事に送り出してあげたい気持ちになってしまう。


「ああ……マリータへ話す冒険譚は多いほうがいいもんな」

「うんっ、そうだね」


 少女の体温を自らの掌に感じながら、俺はゆっくりと手を離したのだった。




 ――そこからのリムの行動は、実に素早かった。

 最低限の準備を済ませた後、アーノルドさんと持ち金を半分にして路銀とする。お世話になった人々に簡単に挨拶を済ませると、もう出発準備は終わっていた。

 そうしてメルベイルより出ている乗り合い馬車に揺られながら、リムは次の街へと出発して行ったのだった。


「……行ってしまったな」

「……ええ」

「オレも明日には、ドーレと発つ。最後にもう一杯、付き合ってくれるか?」


 見送りを済ませた俺は、娘を見送ったアーノルドさんからの誘いに首を縦にして応じ、後で行くとだけ伝えた。

 アーノルドさんの姿が見えなくなってから、俺は空高く聞こえるように指笛を鳴らす。



 ――しばしの静寂。

 段々と、空気を裂くような風切り音が大きく響き渡る。

 俺の肩へと舞い降りたのは、漆黒の羽に覆われた鳥型の魔物――ブラッドレーベン。


 通称――『クロ子』である。


 理由あって俺が手懐けた魔物だが、彼女は戦闘力こそ期待できないものの、偵察や情報収集には大いに力を発揮する。夜間飛行もお手のもの。入手した情報を素早くお届けしてくれるのだ。

 さて、今ここで俺がクロ子を呼んだのは他でもない。

 緊急特別任務発令。


 ――リムを、尾行せよ。


「……え? ストーカー? いやいや違う、違うよ、クロ子。リムの意思は尊重してあげたいけど、心配だからね。何かあった場合に駆けつけるなんて奇跡は、こういった地道な努力あってこそだよ」


 また一緒に冒険しようね……と言ってくれたのは嬉しかったが、こんな世の中だ。

 再会の機会だって訪れるかはわからない。ならばいっそ――


「え? そういうところが危ない人? クロ子とは一度話し合う必要があるな――……いや、わかってるよ。頑張るのはクロ子なんだから感謝してます。はい」

「クェェェッ!」

「うん……怖いからやめて。悪かった、謝る。ごめんなさい」


 威嚇するような鳴き声とともに、クロ子は大空へと飛び立った。

 ちゃんと馬車が向かった方角へと風を切っているため、大丈夫だろう。


「――それにしても、ルークといい、クロ子といい……なんで俺が仲間にした魔物は……いや、言うまい」


 呟きそうになった言葉を強引に喉へと送り込み、メルベイルの街中へと足を向けた。




 ――その夜。

 アーノルドさんとドーレさんの両名と酒を酌み交わすことになったのだが、将来的にリムと一緒に冒険をするという件について、アーノルドさんに問い詰められたのは言うまでもない。


 なかなかに悪酔いをしていたアーノルドさんだったが、ドーレさんが不思議と少しご機嫌だったのはなんでだろうか?


「ん? いや……俺はちょっと溜飲が下がったというか」

「はぁ」

「アーノルドも、たまにはこういった辛さを味わうべきだな、うん」


 ドーレさんが一体何に対して溜飲が下げたのかは定かではないが、こうして――俺はこの世界でお世話になったメルベイルを発つ前日の夜を、喧騒に包まれて終えたのだった。

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