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24話【エピローグ】

 ――七月四週、元の日。


 マリータが連れ去られるという事件が起きてから、今日で一週間が経ったことになる。

 解決に至るまでの数日は短いようで長く、緊張しっぱなしだった。

 今は完全に緊張の糸が切れ、のんびりとした生活を送っているといえるだろう。


 さて、どこでのんびりしているか?

 これでも最近は少しばかり手持ちの金に余裕が生まれてきた。冒険者というのは危険な職業だが見返りも大きいのだ。

 豊富な財源に物を言わせ、豪華な食事やサービスを堪能して疲れを癒す……なんていうのも有りかもしれない。

 今後もランクが上がれば、発想が貧困な俺には想像もできないような生活が待っていることだろう。


 ……話を元に戻そう。

 今、俺が、どこに居るか。

 ――牢屋の中である。


 メルベイルの外壁には警備を担当する衛兵の詰所が存在しており、地下には牢屋といった施設も用意されている。

 薄暗い石造りの階段を下りて行くと地下からは囚人が呻く声が響き渡り……といったことはなく、少なくとも俺が収監されている牢屋は清潔感があり、そこそこの快適さを伴っていた。

 実のところ、扉に鍵も掛けられていない。

『監禁』ではなく『軟禁』に近いかもしれない。


「今日ぐらいかな……」


 ベッドに寝転がりながら天井を見つめ、呟く。

 さすがにこの天井は見飽きた。

 そろそろ知らない天井を見たいものだと思い耽りつつ、意識を数日前に遡らせる。




 あの後――全てが終わって脱力気味だった俺は、まずロギンスさんの治療を開始した。

 傷は浅くなかったが、なんとか治療を終えた頃――建物の影からアルバさんがひょこりと顔を出したのだ。

『できるだけ殺さずに我慢したつもり』

 とだけ控えめに報告した彼女は、そそくさとグリフォン――ルナの背に跨り、周囲を見回して自分の役目を終えたと判断したようだ。

 無言で飛び去ろうとする背中に俺が声を掛けたのは……一言だけ伝えたかったから。

 ありがとう、と。

『……言ったはずだ。これ以降に馴れ合うつもりはない、とな』


 空へと消えた魔族の女性はそんな厳しい別れの挨拶を述べたが、俺へと貸してくれていた笛を返せとは言わなかった。

 これはきっと彼女の無言のメッセージであり、人間も捨てたものじゃない、また何かあれば呼んでも構わないぞ、という意思の表れと受け取れる。


 ……ほど俺の頭はボケていない。


 下手に呼ぼうものなら出会い頭に槍で腹を貫かれるか、魔物の餌にされる光景しか思い浮かばない。絶対、ただ単に忘れていただけだ。

 一応道具袋に笛は入ったままだが、使用する機会は訪れないだろう。


 アルバさんが去った後――入れ替わりにやって来たのは兵士の集団。

 先頭には見知った顔――ケインさんとイリィさんの姿があった。

 リシェイル国王ハーディンが信頼を置く部下を救出部隊に組み込んだのだろう。

 俺が引き渡した二人から情報を得て現場付近まで来ていた部隊が、闇を照らす眩い光を確認して駆けつけたということらしい。


 黒づくめの集団は連行され、ロギンスさんも捕えられそうになったが、マリータがそれを庇った。

 そんなマリータの行動に胸をほっこりと暖めていた俺であったが、他人事ではない。

 連行されていく連中の一人が、魔族の襲撃に遭ったと喚き散らしたのだ。

 ……当然ながら、事情を訊かれる羽目になった。

 あの場で魔族が偶然にも襲撃してくるなど、都合が良過ぎるにも程がある。

 マリータやロギンスさんは沈黙を守りつつ、俺が口を開くのを待ってくれていた。


「――どういった形にせよ、好ましくない事態になるとは思ってたけどさ……」


 俺はベッドの上で身体をゴロゴロと転がしながら、暇なので牢屋の天井にある染みを数え始める。

 マリータ救出へ向かう際、もしかしたらこの国に居られなくなるかもしれないと考えていたのはそういうことだ。

 魔族と関わりがあると知れれば、ちょっとどうなるか分からない。

 黒づくめ集団を皆殺しにして口を封じた上で、マリータ達には魔族の事を黙っててもらうようお願いする……といった方法もあるにはあった。

 が、皆殺しにするという選択ができなかったのは完全に俺の甘さだ。

 砂糖菓子より、甘いかもしれない。


 ――どう説明したものかと黙りこんでいると、近衛騎士隊長であるケインさんの顔が険しさを増していった。紳士的であった口調が荒くなり、剣呑な空気が漂い始める。

 正直なところ、あそこまで態度が豹変するとは思っていなかった。ひょっとすると魔族に対して個人的に何かしらの遺恨があるのかもしれない。

 そこへ割って入って来てくれたのが、イリィさんである。

『彼に悪意は感じられないわ』

 といったエルフの言葉には、確かな重みがあった。


 完全には納得しないまでも、マリータを救った事実も鑑みて一旦保留にすると口にしたケインさんは謝罪の意を述べてくれたのだ。


 そんなこんなで、メルベイルへ辿り着いたかと思えば、すぐさま牢屋にぶち込まれたのである。

 語弊があるかもしれないが、門の傍にある詰所の地下へと案内された先が牢屋だった。


『申し訳ないが、調印式まで時間が無い。私は急ぎ出立される陛下とアルベルト様の護衛の任に就くため、詳細は帰り次第伺いたい』


 ――そういった経緯で、この状態が構築されているわけである。

 マリータは顔を真っ赤にして怒ってくれていたが、ケインさんは譲らなかった。

 まあ、あくまで便宜上なために扱いは悪くなく、三食昼寝付きの宿屋だと割り切ってしまえば数日はあっという間だった。

 満腹オヤジ亭に居るはずのリムへは伝言を頼んだし、問題ない。さすがに牢屋にインしている姿を見られたくはないので、来ないでくれと念を押しておいたが。


 捕えられた黒づくめの連中は、どうやら王都へと連れて行かれたらしく……ロギンスさんについては情報が入ってこない。


「――おう、元気にしてっか? やっとご指名だぞ」


 皮肉めいた言い方ではなく、そんな言葉を掛けてくれたのは――衛兵のニコラスさんだ。

 彼は俺がこの世界で初めて出会った人間で、メルベイルでの生活基盤を整える手助けをしてくれた。そういった縁もあり、今回の件についても心配してくれているようだ。


「にしても、一体どうなってんだ? マリータ様が無事にお戻りになったかと思えば、今度はお前が牢屋に入れられ……かといって、囚人扱いはするなと上からは指示されるし。もう訳が分からん」

「まあ……色々あるんですよ」


 魔族の件については情報を伏せてくれているようで、あの場に居た者のみが知り得ているようだ。こういった配慮は非常に嬉しい。


「お前と会うのがこれで最後になるなんて、勘弁してくれよ?」

「……ちょ、怖いこと言わないでください。大丈夫ですよ……たぶん」


 この世界で初めて会った人間が、最後に見送る人間になるなんて粋なもんだ……なんてことを考える程には、まだ余裕がある。




 ――どこに連れて行かれるのかと思っていたが、久方ぶりに太陽の下を気持ち良く歩いて到着したのは領主館だった。

 入口でニコラスさんとお別れし、別の衛兵に案内されて執務室へ。

 入室して辺りを見回すと……前に訪れた際とメンバーは一緒だった。

 執務机の前にはアルベルトさんが座っており、騎士のケインさんとエルフであるイリィさんを傍に置いた状態で仁王立ちしているのが……王様だ。

 相も変わらずの大男で、赤褐色の髪とモミアゲが野性味を感じさせてくれる。

 が……こうなるかもしれないと予想はしていたので、それほど驚くには値しない。


 今回の件は当然ながら王様に報告がいっているだろうから、ケインさんへ事情を説明するだけで無罪放免とはいかないようだ。


「……坊主、何か言いたいことはあるか?」


 王様の問いは、その一言。

 自分に非がある場合などに、思わず余計なことまで口走ってしまいそうになる質問だ。

 王様――ハーディンさんは特殊欄に《カリスマ》を所持していることをステータス確認で把握しているが、そんなものが無くともこの人は王という威圧感を伴っているように感じる。

 ……しかし、俺の答えはごく単純なもの。


「マリータを助けるために、自分で納得できるよう動きました」


 視線を王様から逸らさずに、真っすぐに相手の反応を待つ。

 時間にすれば数秒……俺にとってはやや長く感じたが、室内の静寂を破ったのは王様の笑い声だった。

 上品とはいえないが、快活な声が響き渡る。


「――あはっはっはっっはっは……なるほど。確かにワシは坊主に納得できるように動けと言ったな。助けると言ったのは口だけではなかったというわけだ。おかげで調印式も無事に執り行うことができた……益々気に入ったぞ」

「陛下っ、まずはこの少年に事情を訊かなければなりません」

「ああ、そうだったな。が……その前に、だ。坊主……名前は確かセイジといったか」


 ケインさんに窘められた王様が、真剣な面持ちでこちらに向き直る。

 加えてアルベルトさんまでが椅子から立ち上がり、二人が揃ってこちらへと声を発した。

 ――マリータを救ってくれて、ありがとう、と。


 その後は、自分でもスムーズに考えていた内容を述べることができたと思う。

 何も無駄に牢屋で天井の染みを数えていたわけではないのだ。

 何故あの場を魔族が襲撃したのか、という内容説明に嘘はない。

 俺のスキルについては触れず、前にアルバさんと交戦した際にリムが一緒に居たことは伏せて話したが、基本的に嘘は言っていない。

 既に俺が魔族と何らかの繋がりがあると認識されている以上、下手に嘘を織り交ぜると危険だからだ。


「なるほど、な」

「信じられません。殺されそうになったというのにトドメを刺すのを躊躇うなど。それに魔族に援助を求める行為は、どのような理由があろうと――」

「――ケイン、少し黙れ」


 興奮気味のケインさんを遮ったのは、王様である。

 続きの言葉が口から漏れ出そうになりながらも、ケインさんは直立不動の姿勢に戻った。


「確かに良い手だ。あちらも魔族に襲撃されるとは夢にも思っていなかったろうからな」


 王様は髭を弄りながら何度か頷く仕草をしつつ、言葉を続ける。


「一つ訊きたい。報告によれば坊主は隊長と思われる男と、他数名と交戦したとあったが……何故、全員を殺さなかった? 建物内部で魔族と交戦した者達も多くは瀕死ではあるが生かされている状態だったらしいではないか」

「それは……」

「全員殺しておけば、魔族と協力した行為が露見する可能性も減ったように思うぞ。マリータが坊主に不利となるような発言はしそうにないからな」


 王様は笑いを含んだ口調で話しているが、目つきは真剣だ。


「……許せない奴はいましたが、できるなら生かして捕えようと思うのが普通ではないでしょうか」

「……甘いな。そのような考えでは、いつか足元を掬われることになるかもしれんぞ」

「気を……つけます」

「それと――」


 王様の顔から笑みが消えた。

 続く言葉には、先程までと比べ物にならないほどの威圧感が込められている。


「――今後、話にあった魔族と接触するのはやめておくのだな。もし同意できないようなら、ワシは坊主を捕えるよう命令しなくてはならん」

「……分かりました」


 有無を言わさぬ雰囲気とは、まさにこのことだ。

 首を縦に動かす筋肉しか動いてくれない。


「うむ。話は以上だ」


 室内に充満した威圧感が嘘のように薄れ、王様が笑みを浮かべながら俺へと歩み寄ってくる。途端、両肩にバシンと手を置いて顔をググイと近づけてきた。


「ところで、だ。もう一度問おう。ワシの下で働いてみるつもりはないか? 色々と言いはしたが、ワシは気に入った者を放っておけるほど無欲ではないのだ」

「えっと……か、考えさせていただきます」

「ふむ。もし同意できないようなら……ワシは坊主を捕えるよう命令しなくてはならん」


 嘘だっ!!


「ハーディン様。お戯れはその辺で。彼……困ってますよ」


 王様を諫めてくれたのは、翡翠色の瞳でこちらを見やるイリィさんである。


「軽い冗談ではないか。だが、一度は王都を訪ねてみよ。メルベイルとはまた一風変わった活気があるからな。来て損はないぞ」


 そんな王様への返答に悩んでいると、今度はアルベルトさんが俺の前にやってきた。


「セイジ君。もう一度、君に感謝の言葉を伝えたい……ありがとう。後でマリータにも会ってやってほしい。随分と心配していたからね」

「あ、はい。分かりました」


 そう口にして握手を求めるアルベルトさんの拳には、包帯が巻かれていた。どこか怪我でもしたのだろうか? ちょっと痛そうだ。


「その手、どうかされたんですか?」

「ん? ああ……慣れないことはするものじゃないね。業務に差し支えがあったら大変だ」

「――軟弱者めが」

「兄上こそ、もう少し王様らしく礼義礼節を重んじてください。そうだ……セイジ君にはロギンスから手紙を預かっていてね」

「え……俺宛て、ですか?」


 アルベルトさんは執務机に置かれていた一通の手紙をこちらへと渡してくれた。

 ロギンスさんは……結局どういった選択を取ったのだろうか。

 この場で読んでしまいたくもあるが、さすがに時と場所をわきまえたいと思う。




 俺は礼とともに退出し、まずはマリータの部屋へと向かった。

 心配していたとのことだし、顔を見せてあげるべきだろう。

 扉を開けると、機敏な動きでこちらへと駆けてくる小さな影。身体が密着する距離まで侵入を許してしまい、首に回された腕のせいで全く身動きができなくなってしまう。

 つまりは……抱きしめられたのだ。

 金砂のような髪から香るほのかな甘い匂い、俺よりもかなり低い身長であるのに無理をして抱きついた状態なため、半分ぶら下がっているようなものだ。

 ちょっ……成長途中とはいえ、さすがにこの体勢だとアレが……その……

 おかしいぞ。俺はそんな属性を持ち合わせていなかったはずなのに――


「――お帰り。無事で良かったね」


 とても馴染みのある声が、目の前の少女からではなく……横から聞こえた。

 ゆっくりと視線を向けると、そこには笑顔を浮かべるリムの姿。

 俺は努めて冷静にマリータを床へと下ろし、獣人の少女へと向き直る。


「――ただいま」


 マリータとともに心配してくれていたリムは、俺が戻るのを一緒に待っていたそうだ。

 一頻り心配をかけたことを謝ってから事情を説明したが、大部分はマリータから聞いているようで、頷くに留まっていた。


「ところでマリータ……ロギンスさんはどうなったんだ?」


 その言葉にマリータは一瞬だけ顔を曇らせたが、すぐさま明るい表情を取り戻す。

 曰く――ロギンスさんはアルベルトさんに全てを話したらしい。

 大人二人の間でどのようなやり取りがあったのか詳細は判然としないが、結果がどうあろうとここを出て行くことは最初から決めていたそうだ。

 マリータにとって大切な人が居なくなった……寂しいに違いないだろうに、少女は気丈に振る舞っていた。


「いいの。ロギンスとはちゃんとお別れの挨拶をしたから。それに……私は一人じゃない。父様だっているし、セイジやリムっていうお友達もできたんだもの。ちっとも寂しくなんかないわ」


 小さな胸を張って笑う少女の頭を撫でてあげようと手を伸ばし、あることを思い出す。


「あ、そうだ忘れてた……これ、ありがとう」


 道具袋から取り出したのは、白魔水晶のペンダント。

 危機一髪の場面でマリータが上空から投げ渡してくれた物だ。中に内包していた魔法は俺が使用したため、現在は空っぽである。

 それを返そうとしたのだが、どういう理由かマリータは受け取ろうとしない。

 何故だ……?

 あ……もしかして借りた物は借りた時の状態で返せということだろうか。

 そう思い至った俺は、意識を集中して――白魔水晶に虹の輝きをふたたび灯らせた。

 これで文句は無いだろうと渡そうとすると、今度は首に通すようお願いされる。


「えへへ」


 珍しく歳相応の子供のような喜びの声とともに、マリータが首元のペンダントを眺めながらクルリと一回転した。


「ありがとう。大事にするわ」

「ん? いや、借りた物を返しただけだって。それが無ければ危なかったし、お礼を言うのはこっちだと思うけど」

「いいの」


 ――その後も上機嫌なマリータと少し話をしてから、俺とリムは席を立った。


「もう行くの?」

「ああ、泊まってる宿の方にも早く無事な顔を見せたいしな」

「二人とも……きっとまた会いに来てね。私はいつでも歓迎するから」

「そう頻繁には来れないかもしれないけど、新しい冒険譚でも土産に寄らせてもらうよ」

「うん……きっとよ」




 ――――領主館を後にしてから、俺達は宿に帰る前に冒険者ギルドへと寄り道した。

 今回の依頼について、どうなったのかを知りたかったからだ。

 マリータが一度誘拐された時点で依頼失敗と見なされても仕方無いが、その辺がギルドにはどう伝わっているのか。


 受付カウンターに居られるシエーナ嬢の姿を確認し、久方ぶりに声を掛ける。

 相変わらず品の良い服に身を包んだ女性は、にこりと微笑みながら落ち着いた声で対応してくれた。


「お久しぶりです。つい先程、セイジさん達が受けていた依頼の件で報告に来た方が居られましたよ」


 ……そうか。俺が一応ながら無罪放免となったために、ギルドの方へも依頼の成否連絡がきているのだろう。

 待てよ……この依頼をギルドに持ってきたのは確か……


「あの、シエーナさん。その人ってもしかして執事服を着てたり……?」

「いえ、立派な鎧を纏った騎士様でした。とても真面目そうな方でしたが」


 そっか……そうだよな。

 となると、報告に来たのはケインさん……だろうか。


「依頼を達成されたとのことでしたので報酬をお渡しします。最初に提示されていた額よりも多くなっていますが……余程成果を上げたのでしょうね」


 ああ……シエーナさんってば、本当に人をおだてるのが上手と言うか何と言うか……


「もう一つ、セイジさんにはこちらもお渡しするように頼まれています」


 驚かせようとしたのか、シエーナさんはカウンター下から取り出した何かを頭上に掲げるようにして……顔を赤らめた。


「……申し訳ありません。少し気分が高揚しておりまして」


 目の前に置かれたのは、かなりの大きさを有する白魔水晶。

 なるほど、この前にアルバさんから譲ってもらった白魔水晶を見た際にも目を輝かせていたシエーナさんだ。

 テンションがややアゲポヨな状態になるのは致し方ないといえるだろう。


 にしても、このサイズ……もしや。


「なんでも……『検分は終わったため、君に渡しておく』と伝えてほしいと仰ってました」


 やっぱりか。これは……セルディオが所持していた白魔水晶だ。

 調べ終わったから、追加報酬として貰えると考えて良いのだろうか。


「それじゃあ、有難くいただきます」


 これだけのサイズの白魔水晶だ。売れば前より高額になるのは間違いないが、できれば自分用に持っておきたい。

 緊急の場合、瞬時に魔法を発動できるというのは心強いし、俺が扱える属性魔法とは別の特殊な魔法なんかも込めておけるならば、有用性はかなり高い。


「それにしても、本当に凄いですね……セイジさん」

「い、いきなりどうしたんですか?」

「冒険者になってまだ日が浅いですが既にランクCに昇格されましたし、貴重なサイズの白魔水晶を短期間で二度も入手されていますから」

「真正面から褒められると……なんか照れますね」

「覚えておられますか? 白魔水晶をあしらったアクセサリなどを恋人にお守りとして渡すといった風習があるとお伝えしたこと……」

「あ……え……」


 清楚な笑みとともに、こちらへ向けられる眼差しの綺麗なこと。

 危うく貰った白魔水晶をそのまま目の前の女性に渡してしまいそうになるが……そうはいかん。


「……シエーナさんは、俺のこと――どう思ってるんですか……?」

「弟です」


 はい。完全に玩ばれていることが明らかになった瞬間です。

 困らせてやろうと思ったのに、バッサリと切り返されました。

 でも俺、泣かない。


「ですよね」

「……必要以上に冒険者の方を詮索してはならないと存じ上げておりますが、セイジさんが何者かというのは本当に興味が湧いてしまいますけど、ね」


 そう片目でウインクすると、至極真面目な表情に戻ったシエーナさんは依頼達成の手続きに戻ったのだった。




 ギルドからの帰り道。

 満腹オヤジ亭へと向かってリムと並んで歩いていると、横でリムが何か頷くようにして呟いているのが聞こえた。

 

「そっか。それで――リータが――……」

「……どうかした?」

「ううん、何でもないよ」


 尻尾をピンと垂直に逆立てつつ、プルプルと顔を横に振るリムだったが、何故か耳だけはペタンと横に伏せてしまっていた。


「ところで、今って……訊いてもいいのかな?」

「え……」


 何を? と俺が問う前に、リムが続けて口を開く。


「……帰ってきたら話すかもって……言ってたでしょ。深刻な雰囲気だったから、あんまり他の人が居たら話せない内容なのかなって」


 そういう……ことか。リムなりに気を遣ってくれていたんだろう。

 こちらも忘れていたわけではない。

 マリータ救出へ向かう前、無力さに嘆くリムに全てを話してしまいたいと思ったのだ。


 無駄に牢屋の天井の染みを数えていたわけではなく、それについてもずっと考えていた。

 正直なところ……話すのが怖くなったというのが本音である。

 このようなネガティブな気持ちになっているのには、いくつか理由があった。


 切っ掛けは、ケインさんの豹変。

 紳士的だった人間がある事柄によって怒りの感情を隠しきれないほどに膨らませる。魔族が他種族と相容れないと分かってはいたはずなのに、俺の価値観の甘さというものを思い知らされたのだ。


 では、スキルを奪うという行為はどうなのか?

 この世界ではスキルを所持していなくとも普通に生活するには困らない。

 が、スキルというのは生まれ持った才能のようなもので、人生の中でゆっくりと磨き上げていくものだ。


 それを――奪う。


 勿論、誰彼構わずに奪っているわけではない。

 ただ、仮にそれを理解してもらったとして……他人や魔物から奪ったスキルで強くなった人間に、この世界で生きる者がどういった反応を示すのだろうか。

 リムの態度が豹変し、今の関係が一瞬で崩れ去ってしまうのではないかという不安を完全には拭えない。

 そうはならないと思う……思いたいが、じゃあ俺とリムの間に絶対的な信頼関係が築かれているかといえば……残念ながら頷けないのだ。

 俺とリムは別に……なんというか、その……まだちゃんとアレな感じではない。


 付け加えるならば、パウダル湿地帯で俺がアルバさんに殺されそうに……いや殺されたと偽装した際に、リムの狂化スキルは発動しなかった。

 発動条件はおそらく大切な人が危機に陥った時。アーノルドさんが命の危険に晒された際に発動したのだから、つまりはそういうことだ。

 無論……アルバさんに襲いかからなくて良かったのだが。


 このような言い訳ばかり浮かび上がってくる自分の頭を殴りつけたいが、俺の口からは情けない言葉が漏れる。


「やっぱり……話せない、かも……」


 そんな返答に、リムが蜂蜜色の瞳をほんの一瞬だけ伏せた。

 が、すぐさま笑顔で俺を見上げて一声。


「そっか。うん……でも、皆が無事で本当に良かったね」


 ――ごめん。

 そんな謝罪の言葉を、俺は声にすることができなかった。




 満腹オヤジ亭へと久しぶりに帰り着くと、ダリオさんが出迎えてくれた。

 特に深い事情を訊くことなどはせず、ただ一言だけ――


「――ちゃんと美味い飯を食ってたのか?」


 と質問され、美味い飯をたらふく食いたいと所望した。


 既に日が暮れているため、これまた久しぶりにアーノルドさんも交えてリムと三人で晩の食事を取ることに。

 アーノルドさんも、今回の件については多くを訊こうとしなかった。

 いつもの日常に戻って来れたという安息感を噛みしめながら、唾液の分泌腺が壊れるほどの極上料理の味を噛みしめる。

 が、そういった日常にも変化は必ず訪れるものだ。


「――え……パスクムを越えて西方群島諸国に……?」

「ああ。ドーレの奴が必死に商品を買い集めていただろう。無事に条約が締結されたこともあって、そろそろ普段の交易ルートで商売をすると言っていてな。護衛としてオレ達を誘ってくれたわけだ」

「メルベイルを発つ……んですか? 二人、とも?」

「ああ、二日後だ。セイジはメルベイルに留まるのだろうから、寂しくなるな……」


 グイっと麦芽酒を飲み干しながら、そんな言葉が告げられる。


「俺は……もしかすると、王都方面に行くかもしれないですけど」

「そうなのか? ……ふむ、他の街や国を見て回るのも得るものが多いだろうからな。西方は綺麗な海に面した島国の集まりで、海産物が豊富だという。リムが好きな魚料理も豊富だろうよ」

「……うん」

「セイジには随分と世話になったからな。今日はその礼にオレが奢ろう。好きなだけ飲み食いするといいっ」


 なみなみと注がれる酒を、俺は一気に胃へと落とし込んだ。


「いい飲みっぷりだな。よし……今夜はとことん飲むぞっ!」


 ――なんだろう……酔いたい時に酔えないというのは、不便だ。

 俺はこの時に初めて……状態異常耐性スキルが邪魔だと感じたのだった。




 どれぐらいの量を飲んだろうか。

 頭は至極クリアな状態のまま、夜中に自分の部屋へと戻ってきた。

 酔ってはいないが疲れてはいるため、ベッドに全体重を投げ出して横たわる。

 久々の感触に思わず意識を手放しそうになったが、なんとも言い難い感情が眠りを妨げている状態だ。


「なんだよ……結局一人の方が動きやすいだろ。それに、言わないって決めたのは自分だろうに。その上で一緒にとか……都合が良過ぎだっての」


 独り言をブツブツと繰り返し、ふとある事を思い出して身体を起こす。

 道具袋に手を突っ込み、取り出したのは……ロギンスさんからの手紙。

 後で一人の時に読もうと思っていたのだ。

 周囲は窓からの月明かりでほんのりと明るいが、文字を読むには辛い。

 掌で生成した光球を光源にして、俺は手紙に目を通し始めた。


 内容は……別れの挨拶。

 アルベルトさんに全てを伝えれば、その場で処刑されても不思議ではないために事前に綴ったものらしい。

 処刑はされなかったものの……さすがに平和的な場ではなかったと思われる。

 あ、もしかしてアルベルトさんが拳を痛めていた理由って――

 ……そういうことか。


 手紙の中には、ロギンスさんとセルディオの関係も簡単に記述されていた。

 一言で例えるなら、師匠と弟子みたいなもの。

 だからこそ、最後は自らの手でケリをつけたかったのだろう。


『――セイジさんには本当にお世話になりました。最後に一つ、私からも言葉を送らせていただきます。あなたはお強い。失礼な物言いかもしれませんが、精神的にではなく、物理的な意味で歳相応のヒューマンの能力を遥かに凌駕しておられます』


 俺は読み進めていた目を止める。


『そういった特殊な人間も稀に存在することは存じています。力の使い方を間違えるな……などという発言を私がする資格はありませんが、得てして突出した能力を有する者は孤独に成りがちです』


 ……なんというか、随分とタイムリーな話だ。


『ですので――人との繋がりは大切にしてください』


 その一行を目で追っていく内に、文字がやや滲んで見えた。


『過去に名も知らぬ少年を拾い上げたのは、私のような人間でさえ、孤独には耐えられなかった故の行動だったのかもしれません。それが……あのような結果に繋がったのは非常に心苦しくありますが』


 人は一人では生きられない……か。


『勿論、セイジさんにはそのような心配は不要かもしれません。その場合は年寄りの戯言だと思っていただければと思います。それでは』


 そこで文章は途切れていたが、最後にもう数行だけ小さく文字が書き込んであった。


『昔、ある人に花言葉を教わりました。まるで自分のことのように嬉しげに――――』


 ――俺は手紙を読み終えた後、しばらくはベッドの上で固まっていた。

 喉の渇きを覚え、大きく深呼吸をしてから部屋を出て階下へ向かう。


「……おお、セイジか。てっきりもう寝たものだと思ってたが」

「ちょっと、喉が乾いちゃって」


 食堂の後片付けをしているダリオさんとフロワさんに挨拶をし、井戸に向かう。

 戻ってきた食堂の長テーブルの上には、完全に枯れてしまっているフィリアの花が飾ってあった。

 ダリオさん達からすれば、貰い物の花を捨ててしまうというのは気が引けるのかもしれない。


「――……人との繋がり、か」

「……ん? 何か言ったか?」


 まだ片付け作業中のダリオさんが、俺が呟いた言葉に反応して振り返った。


「いえ、おやすみなさい」


 自分の部屋へと戻り、見知った天井を眺めながらぼんやりと考える。

 何も……今の時点で話さないといけないわけじゃない。

 話せるような関係になるまで、彼女と一緒にいたいと思うのは我儘なのだろうか。

 相手に全てを伝えなければ一緒に居られないなんて……俺が勝手に悩んでいるだけだ。

 

 ……不思議と今度は気持ち良く眠れそうな気がしてきた。

 俺は、随分と単純な人間らしい。


 とにかく、明日だ。

 早朝に……いや、かなり飲んでいたから昼間になるだろうか。


 ――俺も、アーノルドさんに殴られることになるかもしれないな。

 いや、リムの反応次第ではお話にもならないだろう。


 それでも俺は、この世界で築いた繋がりを深めたいと思ったのだ。


 ――――それはきっと、間違っていないから。







読んでいただき、ありがとうございました。

ここまでが2章となります。

いかがだったでしょうかm(--)m


2章全体を見直すと、最初に思っていたよりも随分と文量が増えてしまいました。

それでもまだ描写不足な箇所もあるように感じるので、今後はより精進致します。

温かい目で見守っていただければ幸いです。


そろそろ夏に突入し、暑い日々が続くと思いますが、

皆さま夏バテや熱中症には十分にお気をつけください。


最後に……

書籍化との兼ね合いで3章開始まで少しお時間をいただければと思っております。

詳しくは活動報告にてお知らせする予定です。

また書籍化についても詳細が決まり次第、活動報告にてお知らせします。

興味のある方はちらりと見ていただければ嬉しいです。


それでは、読んでいただいた方に重ねて感謝をっ!!

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