23話【不思議な鼓動】
続きです。
ちなみに22話の方も5/3に加筆修正しています。
大まかな流れは変わりませんが、よろしければどうぞ。
気付いた時には――駆けていた。
相手との距離を最速で詰めることだけを考え、前へ。
間合いに捉えると同時に大きく右足を踏み出し、腰溜めの状態から敵の胴を真一文字に両断する剣撃を繰り出す。
この一撃で片がつくなどと思ってはいなかったが、相手をどかすには十分だったようだ。
セルディオは後方へと跳躍し、こちらへとガンを飛ばしてくる。
足元に倒れているロギンスさんに治療を施したいが……まずはこいつを無力化しないと無理そうだ。
覆面は先程の闘いで脱げたのだろう……いわゆる三白眼というやつで、可愛いくない灰褐色の小さな瞳が射るように俺へ向けられている。
が、そのおかげで相手のステータスを把握することができるってもんだ。
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名前:セルディオ・キース
種族:ヒューマン
年齢:33
職業:特務隊隊長
スキル
・剣術Lv3(21/150)
・体術Lv3(15/150)
・闇魔法Lv2(42/50)
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……予想はしていたが、武芸スキルは俺と同程度か。
魔法スキルの属性は闇。
闇……ね。一応俺だって扱えるが、いまいち闇魔法はピンとこない。
俺にとっての闇は、それこそ夜の暗闇ぐらいしかイメージが浮かばないのだ。発想が貧困であるが、他の属性の方がイメージしやすい。
「――まさか、お前みたいなガキにこうも計画を邪魔されるとはな。そこに転がってる奴の意向なんぞ無視して殺しておくべきだったか」
ああ……やっぱり。俺やリムが命を奪われなかったのはロギンスさんのおかげだったのか。
「はは……あなたも――――十分に甘かったんじゃないですか?」
「ほざ――けっ!!」
顔が露わになるということは、感情の発露に繋がる。
言葉以外で相手に感情を伝える最も有効な手段は――表情。
声の雰囲気や喋り方でも相手がどのような感情を抱いているか推測することはできるが、それに表情が加われば相手の感情を汲み取るのは容易なこと。
怒りの感情を撒き散らし、セルディオが一足飛びに間合いを詰めてくる。
武芸スキルに差がないのであれば、スキルを奪うことや魔法を駆使してアドバンテージを取るべきだろう。ただ、相手は体術スキルも鍛えているために接近時には注意しなければならない。
容赦無く首を斬り飛ばそうとしてくる水平軌道の剣閃を弾き、俺は膝を屈曲させた低姿勢から相手の上腕部を肩から切断するべく一撃を放とうとした――
――が、セルディオは防ぐどころか更に身体を接近させた状態から掌底を俺の顎めがけて繰り出してくる。
上体を反らす動作でなんとか回避するも、反撃を中断させられて一歩後退した。
「……俺はな、お前みたいなのが一番嫌いなんだ。綺麗事ばかり言いやがって……正義の味方でも気取ってるのか? ガキが憧れるだけならまだ可愛げもあるが、なまじ強いと余計に腹が立ってくるぜ」
正義の味方……? 俺が?
正義の味方って……悪を挫き、弱きを助けるってアレか。
いやいや、違う。全然違うな。
「なんか、勘違いをしてるみたいなので言っときますが、俺は正義の味方なんかじゃありませんよ。見知らぬ人が遠くで助けを求めているから駆けつける……みたいな真似して全てを救うとか無理ですし」
孤児院のロイやミニィについては、本当に運が良かっただけだ。
「そちらにも国の事情とかあるんでしょうし、簡単な善悪論を述べるつもりはありません。ただ……俺は、俺が楽しく笑いながら生きていけるようにしたいだけです。自分の周りの人間に危害を加えられて楽しいと思いますか? 泣いてるのを放っておいて、自分だけ笑っていられると思いますか?」
そんなわけ、ないだろうが。
「少なくとも、俺には無理ですね。だから……相手が善人とか悪人とか、正直どうでもいいんですよ。仮にあなたが自国の人間から慕われていようと、今回の件がスーヴェン帝国にとって必要なことだったとしても……どうでもいいんです」
「……なるほど」
「言うなれば、俺がやりたいようにやってるだけです。そういう意味で――ガキってのは同意できますが、ねっ!!」
言葉を口から吐き出すと同時に、足裏で地面を踏み締め、蹴りつける。
ふたたび間合いへと潜り込んだ俺は、相手の剣撃を受け流して肉迫する。右脚による中段蹴りを左腕で防御し、その隙に剣を前に突き出して脇腹をわずかにだが斬り裂いた。
鮮血が月明かりに照らされ、宙に舞う。
相手の地肌に触れられる箇所は……顔や首周りの部分だけ。その他の部分は黒づくめの外装で覆われており、盗賊の神技の発動には不適。なかなかに面倒である。
だが、剣術と体術については視認させてもらった。
蹴りを防御した左腕はかなりの激痛を伴ったが、折れてはおらず生命力強化スキルですぐさま治癒。軽く腕を振ってみるが、既に痛みもない。
向こうの脇腹も大した傷ではなく、セルディオが呟くように声を漏らす。
「やりたいようにやる……か。そっちの方が俺も共感できる」
こいつに共感してもらっても嬉しくないな。
「が……そうしたいのなら、それ相応の力が必要なんだよっ」
叫んだセルディオの身体が、突然闇に溶けるようにして原形を失った。
一瞬、何が起こったのか分からずに身体が強張ってしまう。
――それが相手の魔法なのだと気付いた瞬間、光魔法を発動させるべく意識を集中させようとしたが、右側から地面の草が擦れるような音を感じて防御姿勢を取った。
「……セイジッ! 左よっ」
上空からの声に、咄嗟に意識を左側に切り替えて構え直す。
刹那、鈍く光沢を放つ刃が振り下ろされて眼下の頬が縦に斬り裂かれた。
「痛っつぅ……」
「くっく……惜しいな。もう少しで真っ二つにできていたんだが」
……マリータが教えてくれなければ確かに危なかった。右の物音は陽動か。
闇に身体を溶け込ませるようにして身を隠す――暗殺者なんかには打ってつけの魔法だな。
俺の《光学迷彩》と同様、かなりイメージが難しそうではあるが。
「レイから聞いているぞ。お前も魔法を扱えるとな。だが……お前の属性では闇に対抗できまい」
ああ……確かに襲撃時に双子の前で火魔法を使用した記憶がある。それに、先程の戦闘でも火魔法と水魔法で防御したっけか。
火でも水でも――闇の反属性には成り得ない。
「次で終わりだ……せいぜい闇の中で恐怖するといい」
そんな台詞とともに、ふたたびセルディオの姿が闇へと消える。
そうだよな。相手が魔法でどのようなイメージを具現化するか、どんな属性魔法を扱えるかなんて……見ないと分からないもんな。
――俺は準備しておいた魔法を発動させ、白光する球を宙に放り投げた。
開いていた掌に力を込め、握り拳をつくる。
――――《閃光衝撃》
次の瞬間――暗闇に満ちた空間が、真昼の明るさを取り戻したかのように白光した。
闇を拭い去り、辺り一帯を光が蹂躙していく。
「ぐ……ぁ、これ、は……光魔法……か!?」
光が落ち着きを取り戻し、辺りが暗闇に戻っていく中で、呻き声を上げる男の姿が滑稽なほどに顕わになっていた。
眩んだ眼を手で覆いながら怯んでいる状態を見逃すほど、俺は甘くない。
「――一体いつから、俺が光魔法を使えないと錯覚していた?」
セルディオの姿を確認した直後に駆け出した俺は、手を伸ばせば届く位置にまで肉迫していた。当てずっぽうに振るわれる剣を受け止め、左腕で相手の顔面を掴み込むようにして押さえつける。
「――いただきますよ」
こいつが所持しているスキルは全て視認した。剣術、体術、闇魔法――全てだ。
成功確率は五割程度。
――俺は、盗賊の神技を発動させた。
発動の感覚は予定通りに三回。そして身体を満たすような充足感を味わえたのは二回。
すぐさま相手のステータスを確認すると……残っているのは闇魔法のみだった。
念願の体術を奪えたことや、剣術を大幅に強化できたのは嬉しいが、こいつのスキルを俺のと混ぜるのはやや抵抗がある。
まあ、贅沢言っちゃいかんのだろうけども。
「こ……の、離せっ!!」
暴れながら俺の手を振りほどいたセルディオが、剣を構える。
その時点で何か違和感を感じたのか、剣を持つ手がわずかに震え出した。
「な……んだ? 俺に、何をしたぁっ!」
問い質す声に怯えの色が入り混じり、先程までの覇気が感じられない。
見る影もない剣筋は素人同然で、腕の力で振り回すだけの無様なものだ。
俺は油断せずに相手が振るう剣の軌道を見極め、円を描くようにして打ち払った。
キィンという甲高い音が静かな空間に響き渡り、地面へと相手の剣が転がっていく。
「くそっ……!! どういうことだ。何故……」
苦し紛れに突き出された拳を回避すると同時に掴んで捻り上げ、自分へと引き寄せるようにして肘関節部を上向きにし――垂直に脚で蹴り上げる。
本来の関節可動域から逸脱した方向へ折れ曲がった右腕は、完全に骨が砕けたことだろう。
「ぐあああああぁぁぁ……き、貴様……」
「リムに、随分と暴行を加えてくれましたね。これはそのお返しです……っ!」
こいつが倒れ込んだリムに拳を振り下ろした行為は、忘れていない。
俺は固く握りしめた拳を、セルディオの腹部へと容赦無く突き入れる。
鍛えられた腹筋を貫通し、衝撃が内臓にまで届くよう……速く、力強く、正確に、拳を奥へ奥へとめり込ませた。
「げ……はぁっ」
「次は……ロギンスさんの分です」
「ぐ……お前は……随分とあいつを気にかけてるみたいだがな。あの男が過去にしてきたことは、俺と……大差はないぞ」
蹲るように膝を着いていたセルディオがゆらりと立ち上がる。
「十年前の件だけじゃない。それ以前に奴がどんなことを――……」
「――――で?」
俺は、相手の会話を一言で中断させた。
「そりゃ先程の話は驚きましたよ。正直、動揺しました。でも、それって――俺が今あんたを許せない事と関係ありますか?」
「は……」
「言ったでしょう……俺は俺のやりたいようにするだけだって。人の過去を裁くなんて偉そうな真似、できませんよ」
話は終わりだ。
俺は剣を片手に相手へと一歩踏み出す。
が、敵はまだ戦意を失っていないのか、折れた腕を庇うようにして走り出した。
砕いた利き腕とは逆の腕で転がった剣を拾い上げるのかとも思ったが、どうやら違う。
「くっく……はーっはっはっは!! ……まさかこんなガキにこれを使うことになるとは」
狂ったような嗤い声とともに、セルディオが懐から取り出したのは――見覚えのある宝玉。
白魔水晶――それも特大だ。
マリータのペンダントにあしらってある物よりも更に大きい。
「許せないというのなら、問答せずにさっさと殺しておくべきだったな。俺が扱う闇属性魔法に対抗できるのは光属性……そういった魔法を扱う連中と戦闘することも考慮していたさ」
セルディオが掌に掴み込んでいる白魔水晶は、内部に白光するような輝きを纏っている。
察するに内包されているのは光魔法。宝玉の大きさから予想するに魔法強度はLv3……いや、Lv4に達するかもしれない。
難敵と成り得る光魔法の使い手を、更に上回る高火力で葬ることを想定した切り札といったところか。
俺の光魔法Lvだと対抗するのは困難……ならば、現在の俺に可能な最大最強の一撃で迎撃するか――回避するという二択になる。
例の必殺技は確かに威力は高いが時間がかかる。
幸い、馬鹿みたいに相手がベラベラとお喋りしてくれている間に準備は着々と進めているのだが、果たしてこれでも打ち勝てるかは不安なところだ。
無理に対抗せずに躱してしまえば―――
「怖いなら逃げたっていいんだぞ。その代わり……お前の後ろに転がってる奴は消し飛ぶことになるがなぁ」
……そういうことか。俺の後ろには、ロギンスさんが倒れたままなのだ。
俺が回避すればどうなるか、答えは明白である。
「……ぅ……く、私は大丈夫です。構わずに……避けてくだ……」
掠れるような声に一瞬だけ視線を割くと、後方で明らかに大丈夫ではないロギンスさんが身体を起こそうとしていた。
……なんつーか、俺ってばこういう状況によくよく縁があるみたいだ。
「理解したようだな。ならばまず武装を解除し、グリフォンに下りてくるように指示しろ。それが終われば次に――――」
「――撃てよ」
「なん……だと?」
「いいから……その白魔水晶に込められてる魔法を撃てって言ったんだよ。それとも何か? 高威力の魔法をこんなガキに使うのは勿体無いってか」
「き……さま」
「いやはや『隊長』が聞いて呆れますよ――結局最後にはそんな物に頼るなんて……ね」
「黙れぇぇぇぇっ!! クソガキがぁぁぁっ!!」
憤怒の表情とともに、掲げられていた白魔水晶が閃光を放った。
宝玉から瞬時に姿を現したのは、輝く巨大な光槍。
その大きさたるや、まるで体長十メートルを超す巨人が振るうような超大さである。
だが、こちらとて既に準備は完了している。
練り上げたイメージを一気に現象へと昇華させ、出現した虹の魔法球を剣に纏わせた。
大上段に構え、より洗練された剣術スキルを体現するように意識を限界まで研ぎ澄ます。
「ぉぉぉぉおおおおおおおおおおおっ!!」
――気勢とともに打ち下ろした一撃は、虹の剣閃となって光の槍と激突した。
虹色の光が白光する槍に削られることで、空中へと美しい火花のような魔法塵が飛散していく。
綺麗ではあるが、削られるということは押し負けているということ。
大気を振動させるかのような響きが身体を伝わり、ジリジリと剣閃が押され始めた。
ヤバい――と思考するよりも早くに次撃を放つべく意識を集中させるが、六属性の合成は間に合いそうにない。
ならば光魔法で後押しすべきかと判断した刹那――ギ、ギギと悲鳴を上げて虹色の光が蹂躙されていく光景が目に映った。
霧散する直前。
あ――これは――――……ヤバい。
今度こそ脳内で警鐘が鳴り響く。
が、上空から俺を呼ぶ声が耳に入ってきたのは奇しくも同時だった。
返事をする余裕はなく、仰いだ空から降って来たのは虹色に輝く宝玉をあしらったペンダント。
内包している魔法は言わずもがな。
礼を言っている時間は無いが……心の底から感謝だ。
キーワードは――《多重属性》
ただそう念じるだけで、ノータイムで暖かみのある光球が解き放たれる。
なるほど……これは心強い。
恋人がお守り代わりに相手へ渡す風習があるとかシエーナさんが言ってたが、頷ける話だ。
……などという他愛もない思考を働かせつつも、身体は次撃を放つべく準備を終えている。
ふたたび剣を構え直し――深呼吸を一度。
「――――連撃だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
霧散しかけていた初撃に二撃目が加わり、形勢を変化させた。
巨大な光槍を押し戻し、激しい明滅が暗闇を支配していく。
――途端、目が眩むような閃光と鼓膜を突き破らんばかりの衝撃音が辺りに響き渡ったのだった。
「――あ……ぁ……そん、な。あの方の魔法が……相殺された、だと……?」
静寂を取り戻した宵闇の中、セルディオが戦意を喪失したかのように項垂れて言葉を漏らす。
「お、お前……何者だ……?」
と言われても、答えに困る。
冒険者は冒険者だが、この場でそれも何か変だ。
正義の味方? いやいやさっき否定したばかりだろう。
……こいつらはマリータを誘拐し、国を脅迫しようとした賊である。
対する俺は、個人的な感情で盗られたものを盗り返しに来ただけの一個人。
スキルを奪い盗り、喚き叫ぶ男から魔物を奪い去り、あまつさえ魔族の助けまで借りている。そして今もスキルを失って無力化した男を前にして、暴行を加えようとしているのだ。
行為だけを並べれば、こいつらと良い勝負かもしれない。
思い耽り、俺は一つ面白い返答に思い至る。
自らが所持するスキルに冠されている名称が……ピッタリかもしれない、と。
「―――盗賊」
「な……に?」
怪訝な顔でこちらを見上げるセルディオ。もっともな反応だ。
「俺はこの世界で――盗賊をやってるんですよ。奪う対象はちょっと普通と違いますがね」
「どう……いう……」
「理解する必要はありません。あなたは――ここで死ぬんですから」
俺は昂ぶった感情のままに剣を振り上げる。躊躇う気持ちは今のところ湧いてこない。
後悔するつもりも……ない。
自分でも、不思議なほどに感情の波が落ち着いている。
そのまま相手の首を斬り飛ばそうとしたところで――俺の腕を掴む者があった。
振り返ると……胸を押さえながら佇むロギンスさんの姿。
立つのがやっとの状態に思えるのだが、剣を渡すようにお願いされた。
――しばし黙考した後、俺は自分の剣をロギンスさんに手渡す。
「セイジさん……ありがとう、ございます」
そう口にしたロギンスさんは、一度だけセルディオの名前を呼んだ後――
――迷わずにその首を断ち斬ったのだった。
戻ってきた剣には血液が付着していたが、一振りすることで刀身は輝きを取り戻した。
剣柄を握り込んだ掌へと、不思議な鼓動が一度だけトクンと伝わってきたような気がする。
それが張り詰めていた俺の緊張を緩める切っ掛けとなったのか……これで全て終わったのだという実感が身体へと浸透していった。