4話【満腹オヤジ亭】
盗賊の神技の※に
失敗時に同対象の同スキルには永続的に発動不能と書いてたのを思い出し、2話の一部を改稿しています。
身体能力強化は一発で盗れたということで。
Lv1での一日の発動可能回数もこれから判明します。
「だからっ! 期限までに残りを倒してくりゃいいんだろうがっ」
「はい、ですが怪我をされていますし、ご無理はなさらない方が……」
「んな判断は俺がするっ、ガタガタぬかすな」
受付嬢に怒鳴っているのは思った通り、昼間の冒険者だった。
バルとザックだっけか?
バルの方は腕に怪我をしているようで、どうやら依頼を完遂できなかった……?
そんな雰囲気が漂っている。
ちなみにこの世界にも曜日の感覚はある。
日本では曜日の由来が惑星と関係してたけど、こっちじゃ精霊を由来としてるらしい。
順に、火、水、風、土、闇、光、元――という七つが日を表している。一年は十二の月と生誕月から成っており、364日周期とのことだ。
生誕月には一年の終わりとして様々な催しが盛大に開かれるらしいが、残念ながら今は五月だ。まだまだ先である。
今日の依頼を受ける際、達成期限という話とともに受付嬢に教わった概念だが、俺の依頼は明日――風の日までだった。
――鼻息を荒くして踵を返したバル達が歩いてくる。
俺はというと、壁に背をつけて目を合わせないように直立不動。
これ以上、こいつらに関わりたくない。
俺が他人のスキルを盗めるというのは絶対に知られるわけにはいかないしな。今思うとテーブルを殴り壊したのは軽率としか言えないが、まさかスキルを盗られたとは思うまい。
自分がどんなスキルを所持してるのかも分からないなら、疑う術もないんだから。
それでも、何かイチャモンをつけられたら抵抗はするつもりだ。
スキルを返す? んな馬鹿な。
…………
……
ほっ。
どうやら、余裕のない冒険者様は俺みたいなペーペーにかまっている暇はないらしく、こちらを一瞥しただけで出て行った。
バルからはもう盗れるものはないし、ザックとやらも剣術スキル持ってないから、からまれるだけ損だ。
「……どうかしたんですか?」
俺は見知った受付嬢――もといシエーナさんに声をかける。
依頼を受ける際に名前は教えてもらったが……ステータスについては女性なので思い返すのは控えよう。
いや、別にそんな大した意味は何もないけどね。年齢は20歳。色白で栗色の髪をポニテにしている美人さんということの方が余程重要だ。
「あ、セイジさん、どうでしたか初依頼の方は?」
「ばっちり達成です。これで今夜は暖かいところで寝れそうですよ。ところでさっきの人達って……」
「ええ、昼間セイジさんにからんだ方々ですね。他の冒険者について詳しいことは申し上げられないのですが、あれだけ騒げば周りに宣伝しているようなものです」
「依頼……失敗ですか?」
「いえ、討伐対象の魔物を何匹か逃がしてしまったそうです。まだ期限まで日はありますから失敗ではないのですが、怪我もされているようなので、キャンセルしてはどうかと申し上げました」
それであの剣幕だったのか。
ギルドとしては極力依頼者からの信用を裏切らないように配慮すべきだろうから、無理そうなら別の冒険者に受けてもらう方がいいんだろう。
「とても腕の立つ方ではあるのですが、一体何が……」
「不思議ですね」
何も聞こえない。
「え、と……依頼達成の報告はここでいいんですか?」
「あ、はい。承ります」
シエーナさんは気を取り直し、俺の依頼処理を開始した。
今回の依頼報酬は300ダラ。
依頼書にある署名を確認後、支払われたのは大きめの銅貨3枚だった。
なるほど、この大きな銅貨一枚が100ダラなわけだ。
「あの、あんまり高額貨幣は見たことないんですけど、他にはどんな貨幣があるんですか?」
そんな初心者バリバリの俺の問いにも、シエーナさんは嫌な顔一つせずに丁寧に教えてくれた。シエーナさんマジ神。
流通しているのは半銅貨、銅貨、大銅貨、半銀貨、銀貨、半金貨、金貨、白金貨らしい。
それぞれ、5、10、100、500、1000、5000、10000、100000ダラの価値があるそうだ。
この世界で最も多く産出されるのが銅なので、幾分銅貨の価値は低いとかなんとか。
「それじゃあ、俺はこれで」
俺は一礼してからギルドを後にした。
暗くなる前に宿に行かなくては。
宿の名前って何だっけ?
まあ、昼間っから何も食べていない俺の空腹は絶頂なわけで、たとえ変な名詞がくっついてるとしても今の俺には魅力的な名前ですよ?
《満腹オヤジ亭》
うん、美味い飯は期待できそうな名前だとは思う。
宿屋などの施設は商業区に多く存在し、教えてもらったこの宿屋もギルドからそう遠くない場所に居を構えていた。
外観はこざっぱりとした三階建て。
綺麗とはいえないが清潔感は感じられる。悪くはない。
中に入り、一階部分を見渡す。
薄い乳白色を基調とした壁はどこか落ち着いた印象を与えてくれる。
どうやら一階は酒場兼食堂となっているようで、既にぽつぽつと人の姿も見受けられた。
「いらっしゃいっ。飯かい? 泊まりかい?」
その快活な声は接客に向いているだろう。こちらへと視線を向けているのは、オヤジではなく女性だ。
といっても、年齢はそう若くはない。
もしかしたら夫婦で宿屋をやっているのかもしれないな。
「泊まりでお願いします……良い匂いですね。もうお腹がペコペコでして」
「はっは、そうかい。旦那の料理は期待しといてもらっていいと思うよ。美味いモンを食べてもらいたいってんで宿屋を始めたようなもんだからね」
厨房から流れてくる香りが、腹の虫をさらに増長させていく。
「一泊250ダラになるよ。朝晩の飯も込みでこの値段さ」
良心的だろ? と笑いかけてくるのだが、正直ギリギリで冷やっとした。
ズボンに捻じ込んである大銅貨を取り出し、支払いを済ませて部屋の鍵を受け取る。
「部屋は二階にある205号室だよ。朝飯は鐘六つから八つの間にここで済ませとくれ。晩飯も同じく鐘六つからだけど竈の火を落とすまでは大丈夫だよ。あんまり遅すぎると食いっぱぐれるから気をつけな」
鐘というのは、この街で時間を知るためのものだ。
電子時計なんて便利なものは存在しないので、人々は鐘の音で時間を把握しているらしい。
午前は六時から十二時まで対応する回数だけ鐘を鳴らし、午後は一時から六時までといった具合だ。
依頼で街を走り回っていると鳴りだしたので、何事かと思った。
ちなみに、もう六時の鐘は鳴っている。
「じゃあ早速、食事したいんですけど」
「今すぐかい? 部屋に荷物とか……って、あんまり荷物ないみたいだね。おや、あんた冒険者かい? 若いのに頑張るね~」
一体、俺は何歳に見られてるんだろうか?
荷物といえるものは無く、あるとすれば腰に提げてる剣ぐらい。食事する際に物騒かと思ったけども、周りの人達もちょくちょく武装したままだから、構わないだろう。
「まだ成り立てですけどね。今日初めて依頼を受けました」
「へー、そりゃあ疲れただろうね。旦那にも腕をふるってもらわなくちゃ、ねぇアンタっ」
それに厨房の方から返事があり、のそりと出てきたのは禿頭の大男だった。
第一印象はスキンヘッドの厳ついオッサンだったが、話す口調は穏やかであり、これはもしやギャップ萌えを狙っているんじゃないだろうか。
「ほぉ、冒険者かい。もしこの街に長く滞在するようなら、是非ともウチをご贔屓願いたいもんだな。俺はこの宿屋を経営してるダリオ、こっちは妻のフロワだ」
「あ、はい、セイジっていいます」
ついつい、覗いてしまった。
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名前:ダリオ・フォート
種族:ヒューマン
年齢:43
職業:宿屋
スキル
・料理Lv3(145/150)
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まさに天職じゃないですかっ!
しかもそろそろLv上がりそうだし。
これは晩飯期待できそうだ。
「よし、じゃあ適当に座っててくれ。すぐに飯を用意するからな」
――その後に運ばれてきたのは、野菜の旨みが凝縮され、とろっとろに煮込まれた肉と絶妙に調和している熱々のミルクシチュー。具材の下味である黒胡椒の香りがなんとも食欲を掻き立てる。
そして丁寧にふっくらと焼き上げられたパンの味は今まで食べたどんなものより――
とまあ食事の描写はこのぐらいでいいだろう。
もしダリオさんのLvが4に上がったら、どうなるんだろうか? 達人級か?
しばらくこの宿に泊まることは決定事項ですな。
食後に果実水で喉を潤し、幸せな時間に浸る。
改めて……生きてて良かったなぁ。
と感慨に耽ってみた。
まあ、一度死んだんだよな。
むしろ転生したんだよな。
街中で見た窓に映った自分の姿は、全くそのままだった。
しかし不思議なのは、転生前の事について一切気になっていないということだ
家族であるとか、その他全ての事柄において全く未練も何もないってのはどうよ。
普通は、やっぱ元の世界が良いっ! とか、家族が心配とかあるもんじゃないの?
おそらく転生したことが原因だろうが、今の俺はこの世界で生きていくしかないのだと明確に認識している。
命を危険に晒すつもりはないのだが、魔物と戦ってみようと本気で思える自分は、どこか違った存在に生まれ変わったのかもしれない。
元々は赤ん坊に転生するはずのところを無理やりこの姿のまま転生したから、そうとう異端な存在なんだろうな。
フロワさんに挨拶してから、二階へと上がって自分の部屋へと入る。
剣は壁に立てかけ、そのままベッドに向け全身を投げ出してボフンっと寝転がった。
なんていうか、色々あって疲れました。
今日はもう寝たい。
この世界でどう生きていくか……全然決めれてないけども。
――異世界転生も、悪くないよ。
睡魔が襲ってくるままに身を委ね、繋ぎとめていた意識をゆるやかに手離していく。
異世界での初めての一日は、こうして幕を閉じたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます。