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22話【激昂】

5/3に加筆修正。

 どうにかマリータを助けることができた。

 正直なところ……焦ったのだ。

 俺が立てた作戦というのは、災害ともいえるアルバ……さん(※世話になったから今後さん付け)を敵の潜伏場所へ突っ込ませるというもの。

 万人の敵ともいえる存在が襲ってきた場合、人が取れる行動はかなり制限される。

 俺の持つ古い感覚で言い換えるならば、人質立て籠もり事件現場へ獰猛な虎……いや白熊、いやいや恐竜が飛び込んで来るようなものだ。

 まさに、人質? なにそれ? 美味しいの? 状態である。

 マリータを盾にすることが何ら意味の無いことだと相手が瞬時に悟れる。

 よって、犯人は恐竜と戦うか……もしくは大事な人質を連れて逃げるしか手は無くなる。


 もし前者を選択された場合……可能ならばアルバさんにお任せする予定だった。下手に俺が出て行くと厄介なことに成り兼ねないからだ。勿論、マリータの人相は教えて危害を加えないようお願いはしていた。ロギンスさんについてもだが、こちらは抵抗するようなら動けなくなる程度で止めてほしいとも付け加えた。


 そして後者が選ばれた場合の対応として、俺は今だけグリフォンのルナを借り受け(※アルバさん公認)上空にて待機していたわけである。

 アルバさん相手に相当数の人員を割く必要があるため、逃げるとすれば少数。

 エレノアさんから聴取した奴らの人数はそう多くない。一個小隊といったところだ。

 良好な間柄とはいえない他国へそれ以上の兵をこっそりと送ることは難しいのだろう。


 逃げて来た何人かを空から強襲してマリータをかっさらうのが俺の役目だったわけだ。何も全員を一瞬で倒す必要は無い。

 マリータを空へと引き上げてしまえばこちらの勝利である。

 待機中に奴らの騎獣を確認したが、空を飛べるような騎獣は居なかった。飛行騎獣は驚くほどに高額で、王族とかが所有するもんだから当然っちゃあ当然。


 しかしマリータがイレギュラーな行動を取ったために肝を冷やした。会話などは聞き取れなかったが、あの場が尋常ではないと遠目で知れたのだ。

 飛び降りてくれて良かった……とは言わないが、何かの拍子に短剣で自傷する可能性もあったため、大人しく待っている他なかった。


 ともあれこうして助けることができたのだ。万事OKである。

 後はこのままマリータを連れて逃げてしまっても良い。この場で俺の顔は敵に知られていないし、一番怖いのはスーヴェンの奴らに知れて逃げられた場合に後で色々と報復されることだ。

 アルバさんへと合図を出して殲滅活動を中止していただいた上、予定している場所で落ち合ってルナを返却――いや、ルークと交換すれば全て終わり。


 ――なのだが。

 マリータの無事を確保した今、俺にはまだ心残りがいくつかある。

 容姿端麗な顔をくしゃくしゃにして泣きじゃくっているマリータへと、優しく問い掛けてみた。


「あのさ……ロギンスさんは、脅されて仕方なく奴らに従ってる認識で合ってる?」


 色々と詳しい話を聞きたいところだが、あまりのんびりしている時間は無い。ロギンスさんがどうこうはあくまで俺の推測なわけだから「心の底から敵でした、寄付? 知らんね」とかいう人物ならばちょっと方針を変えないといけない。


「ロギ……は、わた……し、かあ……さ、でも……やっぱぃ……」

「ごめん。何言ってるのか全然分からない」


 しゃくりあげて泣いているマリータの言葉は、一部のモンスターの言葉すら解する俺にも理解できなかった。


「分かった。じゃあ頷くだけで良いから。ロギンスさんは――――今も、マリータにとって大切な人?」


 ――ほんの少しだけ間があったが、マリータは確かにこくりと頷きを返してくれた。


「……ん、それを聞ければ十分だ。あっ……そうそう、これはマリータに返しとくな」


 俺は袋から虹色に輝くペンダントを取り出す。白魔水晶をあしらった例のものだ。


「ロギンスさんが、無事にマリータが帰ってきた時に渡せって言ってたんだけどな。今返しとくことにする。こっからは俺の個人的な思いで行動するからどうなるか分かんないし。でも、マリータはもう大丈夫だから」


 そう口にして、俺はマリータの首にペンダントを通して軽く頭を撫でる。小さな身体が一瞬ぴくりと動き、わずかに泣き声が小さくなった気がする。


「……何があっても、こいつから落ちたりだけはしないでくれな」


 ルナから降りた俺は、その身体を撫でてからポンと叩いてやった。するとマリータを乗せたままゆっくりと空中へと上昇していく。

 さすがご主人様公認だと違うな。今日会ったばかりの時は噛みつかれそうだったのに。

 いつかあれぐらいの魔物をテイムしたいものだ……多分Lv3……いやLv4は必要かもしれない。




 そんなことを考えつつ、俺はこちらへと駆けてくる人物達に視線を向けた。


 ロギンスさんに、後は……黒いのが三人。


「お前は……魔族、か……?」


 フードを被り直している俺にそんな質問をした男の声を、俺は良く覚えている。館が襲撃された際にリムへ暴行を加えた隊長と思われる男――セルディオと呼ばれていたっけか。

 ビンゴだ。

 俺はローブごと脱ぎ捨てて、その男へと挨拶した。


「どうも。あなたは確かセルディオさんですよね。お久しぶりです」

「お前は……あの時の……!?」

「せ、セイジさん……だったのですか」

「ぅわっ……あん時の」

「……あんたは黙っときなさい。さっきのミスは洒落になんないのよ」


 それぞれの反応を見ると……残りの黒二人もあの時に居た奴らかもしれない。なお都合が良い。


「お前は魔族……ではないな。あの魔族とどのような繋がりだ?」

「はて? 仰る意味が分かり兼ねますが。魔族って誰のことです? 俺はただマリータを助けに来ただけですよ」

「ふざけるなっ! このような偶然があってたまるものか。魔族と繋がりがあるなど……汚らわしい下種がっ」

「……ま、どう喚こうがあなた達の負けなんですけどね。マリータには上空へ避難してもらいましたから。魔法や矢だって届きませんよ。万が一届いてもあいつは余裕で回避するでしょうし」

「あれはグリフォンだな。あのような魔物を騎獣として扱うとは……お前は一体……?」


 質問ばかりだな。そろそろこちらの問いにも答えてもらいたい。


「ところでロギンスさん。俺の勘違いならアレですけど……孤児院の皆は無事に助け出しましたよ。もうそいつらに従う必要は無いと思います」

「ほ、本当ですか? しかし、一体どのように……」


 ……良かった。ロギンスさんはちゃんとロギンスさんだった。


「あそこには部下が残っていたはずだ。そう簡単には――」

「ああ、なんなら証拠を見せましょうか?」


 俺が指笛を鳴らしてしばらくすると――クロ子が肩へと舞い降りる。


「――なっ!?」

「こいつには見覚えがあるでしょう。なんでか知りませんが俺に懐いちゃったみたいで。いやはや困りました。元の主人が泣きそうになってましたね」

「――貴ッ様ぁ……!」

「もしかして怒ってますか? ええ、こっちはさっきからずっと挑発してるんです。あんたが怒ってるよりも……万倍こっちは怒ってんだよ――下種野郎がっ!」


 俺がわざわざここで待っていたのは『いくつか』の心残りがあったからだ。

 勿論、一つはロギンスさんのことである。

 それ以外の心残りといえば――


「――きっちりと借りを返してやんよ。お前ら全員ボッコボコにして豚箱行きだ」


 強く握りしめた拳を緩め、愛剣ノワールの柄を掴んでからふたたび力を込める。やや湾曲した刀身がシャリッと心地よい音を鳴らせて鞘から滑り出した。薄暗くなってきた辺りに同化しそうな刃を、眼前の三人へと突き付ける。

 マリータを助け出せた今、俺は俺のやりたいようにやらせてもらう。無事に救出できたからさっさと連れて帰る……? それは確かに一つの方法だが、犯人を一人も逃がさないというのも一つの方法だ……借りは返す。


「ロギンスさん、今回はこっちを手伝ってくださいね。また背後からやられるのだけは二度とご免ですよ」

「しかし、私は……」

「アルベルトさんなら今回の事だってきっと分かってくれますって」


 どこか歯切れの悪いロギンスさんを不思議に思っていると、セルディオが嘲笑するような声を発する。


「ふっ……そいつはお前が思っているほど善人じゃないぞ。領主がそいつのことを分かってくれる? そんなはずがないだろう……愛する妻を殺した男だぞ?」

「……は? ちょっと言ってる意味が分からないんですけど」


 動揺させてこちらの戦力を削ぐつもりか? それとも時間を稼いでルナを何とかする方法でも考えるつもりか……? 残念ながら例え俺が死んだとしても悲しきかなルナには何の影響も無いけどな。


「話したければご自由に。俺はそんなハッタリで動揺したりしませんよ――」




 ――――結論、割りと動揺しました。

 え……これって本当の話? お、俺が想像してた昼ドラの影なんて微塵もないじゃないか。

 いや、セルディオが述べた内容が本当かどうかロギンスさんに確認して初めて……


「確かに、本当のことです。フィリア様は……私が殺したようなものですから」


 ――ロギンスさんからも、その時のことを一部始終聞かされる。

 どうしよう……なかなかに重たい。


「結局、あんたが何かを守るなんてことは無理なんだよ。さっきも肝心な時に何もできなかった男が……さんざん手を汚しておいて今更綺麗面をするからそうなる。だけどな、俺はあんたの腕を高く評価してる。何せ俺を鍛えて仕事を教えてくれたのは……あんただ」

「ええ……」

「……こっちへ戻ってくる気はないか? あんたには執事なんて向いてないだろう。あの娘を利用するのが嫌なら別の手段を考えてもいい。まずはこいつを始末して――」


 よく喋るな。こんな饒舌な男だったか? こいつは。

 万が一、ロギンスさんが敵側につけば四対一。ちょっと無理があるかもしれない。

 が、それが困るからこんなことを言う……わけではない。ただ単に思ったことを口にしたいだけだ。


「――話の途中ですが、あんたは何様ですか? 何も守れないって……ロギンスさんは十年以上も守ってきたわけでしょう? フィリアさんが大切にしてたものを。甘いかもしれませんが、そういうの良いじゃないですか。今回の件の元凶が偉そうに言わないでくださいよ」


 そりゃあ、それで過去が全て清算されるってわけではないだろうが……


「フィリアさんのことは驚きましたが、それを知ってどう受け取るかは家族であるアルベルトさんやマリータでしょう。あんたが口を挟むことじゃない。執事に向いてない? ロギンスさんの執事っぷりを目に刻みこんどけ、この野郎」

「っく……」

「マリータにとって――今でもロギンスさんは大切な人なんだよ。そう本人が言ってんだから黙っとけ」

「……マリータ様が……」


 そして完全に人様の受け売りであり、俺も全く他人のことを言えたものではないが……自然と口から言葉が漏れた。


「守ろうと思ったのなら、ロギンスさん自身が納得できるまで貫いてください。もし背負うとしたら、その責任だと思います」


 やや気恥かしいが間違ったことを言ったつもりはない。青臭いと言われればそれまでだが、しばしの沈黙の後――ロギンスさんがゆっくりと口を開く。


「セイジさんはお若い……とても真っすぐです。あなたの言うことが全て正しいとは思えない私は、きっと頭が堅くなってしまっているのでしょうね」


 そう述べてから、細剣を抜き放ち――セルディオに向けて構えた。


「あなたと剣を交えるのは随分と久しぶりです。どれほど腕を上げたのか見せてもらいましょうか。それと……嘘を織り交ぜて話す際に語調が速くなる癖は直した方が良いと、教えた筈ですよ」

「……引退――いや、逃げ出したあんたが……偉そうに」


 歯噛みするように怒気を孕んだ声を発したセルディオが、構える。

 正直なところ、俺が最も借りを返したい相手はこいつなのだが――……わずかに向けた視線を受け止めたロギンスさんが、短く「この男の相手は私が」とだけ述べた。

 前はその台詞の後にガツンとやられたが、今回は大丈夫だろう。

 あいつとロギンスさんの間にはしがらみがあるようだし、ロギンスさんだって今回の件には怒ってるはずだ。譲るのもやぶさかではない。

 セルディオのステータスは覆面のせいで把握できないが、ロギンスさんの所持スキルは《剣術Lv3》に《体術Lv3》、そして《土魔法Lv2》という高ランク冒険者にも劣らぬ鍛え具合である。さすがにアルバさんと比べれば見劣りするが、簡単に負けるはずがない。


「……分かりました。でも、こっちが終われば加勢しますからね」


 ――そうすると、俺の相手は残りの二人か。


「ちょっ……なんかヤバくない? この流れ」

「仕方ないでしょ……ワタシ達でこいつをなんとかしないと」


 対峙する二人が構える武器は鞭と剣。男の方は前回双剣だったような気がするが、何故か一本だけ……ああ、マリータが手に持ってたのはこいつの剣か。

 それじゃ……始めます――かっ!

 地面を踏みしめる足へと力を込める。身体の重心がブレぬように剣を正眼に構え、一気に踏み込んだ。


 魔法で攻撃するという手もあるが、距離があると避けられる可能性もある。小規模戦闘の場合には少々痛めつけてから魔法を喰らわせると効果的なのだと、アルバさんに肉体言語で教えていただいた。この二人はさほど脅威の存在ではなかったと思うが、油断は禁物だ。

 初撃で狙うのは剣を持った男の方。全力の一撃を叩き込むことで相手の剣が大きく軋む。

 後方へ下がることで距離を取った男を追撃しようとしたところで、横合いから鞭が襲いかかってきた。前回と同じく連携の取れた動きだ。

 俺は足の指へと体重をかけ、小さくバックステップすることで鞭の連撃を躱していく。

 鞭の攻撃範囲から逃れ、わずかに態勢を崩した俺へと――今度は二人が同時に魔法を放とうとしてくる。なかなかに……厄介だな。

 確か女の方は水魔法を扱っていたはず――ならばこちらは火魔法で対抗すべきだが、男の方は……?

 俺は《火の盾(ファイヤーシールド)》の発動を念じながら男を見やった。翳された掌の周りにいくつもの炎の粒が形を成していく。あっちは火魔法……か。


 次の瞬間――氷の散弾と炎の散弾が同時にこちらへと放たれた。

 回避が可能ならばそれが最善だが、散弾の攻撃範囲がかなり広い。この場は魔法で対抗すべきだろう。

 俺は剣を地面へと突き刺し、両手で魔法を発動させる。

火の盾(ファイヤーシールド)》で氷の散弾を、《水の盾(ウォーターシールド)》で炎の散弾をそれぞれ打ち消した。氷の粒は炎の壁に呑まれ、炎の粒は水の壁に阻まれてともに蒸気が舞い上がる。


「嘘……こいつ複数の魔法を扱えるの……? 本当に何なのよっ」

「オイラ……ちょっと逃げたくなってきたかも」


 ……今度はこちらの番だ。

 多重属性の魔法を練り上げるのも良いが……あれは少々時間がかかる。剣と魔法の一体化は単一魔法でも可能……二人はやや気後れしている様子ではあるが、威力よりも発動時間を優先すべきだろう。

 炎を極限まで薄く、されど密度は極限まで高く……それは硬質化された刃のように――そのようなイメージで創り出した炎を剣へと纏わせる。


「……喰らえっ」――豪炎爆斬(イグニートブレイバー)!!


 名称付けによって、イメージがより明確化された炎の刃がうねりを上げて二人へと襲いかかる。それを防ごうと前に進み出たのは女の方……水魔法で防御するつもりなのだろう。回避されることも念頭に置いて技を放つと同時に俺自身も駆け出したが、対抗可能な属性で相殺できると踏んだようだ。

 水壁が空中に出現し、俺が放った炎撃を押し戻そうとするも――


「こ、こんな……もの――こん、な――――」


 ボンっという小爆発とともに女が後ろへと吹き飛ばされ、地面へと転がった。


「れ、レイ姉っ!!」


 焦燥の色を混ぜた声で叫ぶ男。その機を逃さずに男へと駆け寄り、俺は逆袈裟から大きく剣を斬り上げる。

 相手の剣を弾き飛ばし、返す剣の背で横腹を強打。骨が何本か砕ける感触が伝わり、地面へと崩れ落ちた男はそれきり動かなくなった。

 確認のため、俺は吹き飛ばされた女へと近寄る。

 爆発の衝撃で女の覆面は脱げてしまっており、素顔が露わになっていた。黒髪に黒眼……顔つきは西洋ではなく東洋チックといえる。


「やっぱり、あの時の……」

「ぅ……く、なによ……?」

「いえ、もう一度ちゃんと謝っておこうかと思いまして。砂糖菓子のこと」

「ああ……そのこと」

「お詫びに牢屋へ砂糖菓子を差し入れしてあげましょうか?」

「十倍にして弁償しなさいよ……ばぁ、か――……」


 女は捨て台詞とともに気を失ったようだ。最後のやり取りはリムの件の溜飲を下げさせてくれたが、これ以上は慢心というものだ。スキルを把握して盗むなどの行為は後回し。

 すぐさまロギンスさんの加勢に行くべきだろう。

 俺は踵を返し、やや離れた位置で闘いを繰り広げている二人の姿を視界に捉えた――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐◆◆◆


 ――ロギンスが振るう細剣が、しなるように相手の剣撃を退ける。

 刺突に適した形状ではあるが、斬ることも可能な刀身がセルディオの身体を掠めて空を裂いた。


「……腕は衰えていないようだな」

「あなたは、随分と腕を上げましたね」

「当たり前だ。あんたと違って、こっちは呑気な暮らしなんぞ送ってなかったから……なっ」


 セルディオが突き出した直剣がロギンスの左肩をわずかに裂き、鮮血が宙へと散る。そうして怯んだ左半身を追い立てるように、中段から上段に変化する鋭い蹴りが放たれた。

 ロギンスは相手の蹴りの変化を見極め、防御すると同時に受け止めた脚の膝――膝蓋骨を砕くよう剣の柄を迷うことなく振り下ろす。

 刀身で斬るよりも素早い一動作――をセルディオはすんでのところで躱し、一歩分だけ後退した。


「――まさか、あんな奴の言ったことを真に受けたのか?」

「……セイジさんのことですか」

「胸糞悪い綺麗事ばかり並べやがって。あの娘がどう思っているのかは知らんが、領主があんたのことを許すとでも思っているのか」

「いいえ。全てをアルベルト様にお伝えしたとして、許していただけるとは思いません。もし許していただけたとしても、お傍に居ることでまたご迷惑をお掛けすることになるでしょうからね……」


 ロギンスの言葉に、嗤いを含んだ返答の声が響く。


「それは残念だな。あんたが今後も自己満足に浸った生活を続けるようなら、定期的に協力を願おうかと考えていたのに。次は――」


 紡がれようとしていた言葉が強制的に遮断された。細剣による瞬撃がセルディオの覆面を斬り裂いたからである。

 短く刈り込まれた金髪、白眼が大部分を占めるギョロリとした灰褐色の瞳が露わになり、頬からの流血を手の甲で乱暴に拭いながらセルディオは眼前の相手を睨みつけた。


「あなたに……次はありませんよ」

「く……くっく……怒ったのか?」

「……」

「――何事も効率良く……利用できるものは全て利用しろ……そう俺に教えてくれたのは誰だったかな」

「私、ですね」

「野垂れ死に寸前のクソみたいな俺を拾い上げてくれたことは、本当に感謝しているさ。そして色々なことを教えてもらった……それこそ剣の扱いから――――人の殺し方までな」


 殺気が充満した瞳の奥に、わずかに異なる色合いが顔を覗かせる。

 相対するロギンスは、顔色を変えることなく短く返答の声を発した。


「ええ」

「だが、当の本人は情にほだされてリタイアだ」

「……何が言いたいのですか?」

「なぁに、さっきあいつが言っていただろう。責任がどうたらと……俺をこんな人間に育て上げたのはあんただ。なら……その責任を取るべきなんじゃないか、となっ……!!」


 突き出すように繰り出した一撃は、しかしロギンスによって弾かれる。


「責任を取って大人しく殺されろ、ということですか?」


 ロギンスの声から柔らかみが消え去り、後に残ったのは淡々とした冷たさを宿す低音。


「――……調子に乗るなよ。その責任は取ってやる。セルディオ……お前をこの場で殺してな」

「ふ……はは、俺からすればあんたは昔の口調の方がしっくりくる」


 ――二人は互いの命を奪わんとする攻防を繰り返す……が、どちらも致命傷を与えるには至らない。

 所持している剣の形状さえ違えど、二人の体捌き――身体の動かし方が酷似しているのだ。

 似ているからこそ決定打に欠ける。

 セルディオに戦闘技術を教えたのは――ロギンスなのだから。


 幾度か剣を交え、ロギンスが肩で相手の身体を押し飛ばしてわずかに距離を空けた。

 その隙に意識を集中させ、魔法を繰り出そうとする。剣や体術で勝負が決しないのなら、異なる要素を織り交ぜれば良い。

 ロギンスが手を翳した先――セルディオが危険を察知して横に跳躍した。

 セルディオもまた、ヒューマンにしては珍しく魔法の才に恵まれた人間であるが、魔法は個人のイメージによって具現化されるものである。詠唱なども不要なため、通常は相手がどのような魔法を繰り出すかは見て初めて把握できるのだ。

 だが、セルディオは眼前の相手が使用すると思われる魔法を予測した。

 先程まで自らが立っていた場所に、足首を拘束するような石柱が姿を現す様子を確認する。


「はっ! 今更そんなものに捕まるはずが――」

「――そうですね」

「くっ……!!」


 相手が回避することを想定して傍まで詰め寄っていたロギンスが、剣を突き出した。

 しかし喉を貫こうとする一撃が到達する直前――セルディオの身体が闇に溶けるようにして掻き消える。


「魔法……ですか」


 呟く声に、反応はない。

 姿を隠したセルディオが自らの位置を知らせるような真似をするはずもなかった。

 ゆっくりと息を吐き出したロギンスは、目を閉じて静かに剣を構える。


 ――ロギンスの背後に無音で現れたセルディオが剣を振り上げた次の瞬間――まるでそこに現われることを予測していたかのように、今度こそ喉元に細剣が突き付けられた。


「馬鹿なっ。何故……」

「強いて言えば……なんとなくでしょうか。これで……終わりです」


 二人の距離は近く、互いに相手の顔をはっきりと見ることができる位置にある。

 ふとロギンスの脳裏に、眼前の男がまだ少年だった頃の姿が蘇った。

 富裕層と貧民層が明確に区別されているスーヴェン帝国において、貧民の一人がどのような場所で野垂れ死のうが誰も気にはしない。

 気まぐれで拾い上げた少年だったが、才能には恵まれていたため様々なことを教えたのだ。

 ――ロギンスは当時の記憶が浮かび上がるのを抑え込み、剣を握る拳に力を込める。


「……ローラン、さん」


 セルディオが囁いたのは――十年以上も前にロギンスが捨てた名前。

 そして……決して愛想が良いとはいえなかった少年が、背後から呼びかけてくる際に口にしていた名前だった。


 ――――思考の停止は、ほんの一瞬。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐◆◆◆


 俺は闘っている二人へと視線をやり、状況を確かめる。

 どうやら戦闘は終局を迎えたようで、ロギンスさんが細剣を男へ突き付けているところだった。

 人相の悪い……としかいえない男は、セルディオと見て間違いないだろう。

 終わってみれば、何とも呆気ないものだ。


 これで……アルバさんの方が片付けば全部終わりか。

 マリータにも一度下りて来てもらうことにしよう。

 俺は上空へと大きく手を振ることでルナへと呼びかける。


 だが、ゆっくりと高度を下げてくるルナの背でマリータが突如叫び声を上げたのだった。

 マリータが見据える方向へと振り返った先には――地面へと倒れ込むロギンスさんの姿。

 薄暗くなってきた空の下、セルディオが握っている剣だけが赤く濡れていた。

 あの状況から……なんで……だよ。


「……だから言ったろう。あんたは甘過ぎるってな」


 セルディオがそんな言葉とともにロギンスさんの身体を踏みつけた。胸の辺りから出血しているのか、小さく呻き声が上がる。


「――すぐにその汚ない足をどけろ。さもなきゃお前の役立たずな耳を斬り刻んでやんよ」

「さて……お前も同じ目に遭わせればお嬢様は心配して下りて来てくれるか?」

「悪いけど……俺はあんたに甘くできそうもないですよ」


 ああ……駄目だ。俺――たぶん、こいつ、殺す。


お楽しみに。

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