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20話【決意と覚悟】

 ラナ村からメルベイルまで戻るのに、行きよりも時間を食ってしまった。

 捕えた二人を運んでくれている馬はルークほどには体力が無い。一定時間毎に休憩させる必要があったからだ。

 メルベイルまで帰り着いた頃には、空に浮かぶ月はとうに真上を通り越して傾いていた。

 思えばあまり眠れないままに朝から動きっぱなしである。さすがに少し疲れが目立つか。

 街の門は当然ながら閉まっていたが、誰も居ないというわけではない。呼びかけに応えるように外壁の上から顔を覗かせたのは見知った顔――ニコラスさんだった。


「……ん? おお、セイジじゃねぇか。どうしたんだこんな時間に? その後ろの奴らは……」


 そう問われて、どう説明したものかとちょっと戸惑ってしまう。今回の件についてニコラスさんは知っているのだろうか……? ある程度の情報規制をしているとはいえ、ニコラスさんは衛兵だ。街への入出管理を担う立場の者に何も情報が下りてきていないということもあるまい。少しばかり探りを入れると案の定「……なんでお前がそのことを知ってんだ?」と返された。


「――……なるほどな。お前、その現場に居合わてたのか」


 館が襲撃された際のこと、何か手がかりはないかと向かった先のラナ村で起こった出来事を簡単にだけ話す。


「なので、この二人をアルベルトさんのところへ連れて行こうと思いまして」


 拘束されている男達を指差すと、ニコラスさんは「分かった」と頷いてくれた。

 ただ、素性の分からぬ者を街に入れるわけなので念のために領主館へと連行するまで一緒に付いて来てくれるそうだ。


 ――領主館の門前に居る衛兵に縛っている二人を引き渡してから、アルベルトさんに謁見したいと申し出た。

 どうやってクロ子(※ブラッドレーベンの名前)を懐柔したかは説明に困るところではあるが……監禁場所はクロ子が知っている。マリータを無事に救出できるよう協力をお願い……いや、この場合は俺が協力させてもらうことになるのか。


 よくよく考えればマリータとの繋がりが無ければ一介の冒険者に過ぎない俺が、領主様との謁見を望むというのは不遜な話だ。が、意外にもすんなり要求は受け入れられた。ひょっとすると向こうの捜索は手詰まりだったのかもしれない。

 館の内部に案内され、一室で待っているように言われる。

 ……こんな深夜に突然の来訪なわけだから仕方ないか。

 俺は室内にあったソファへと腰を落とし、身を沈めた。

 疲労のせいか、それとも質の良い柔らかな家具のせいか……身体が溶けていくような感覚だ。

 ……眠い。


 さて、クロ子のことをどう言い繕うべきか。

 現在は館の外にルーク共々待機してもらっているが……魔物は基本的に人間には懐かないものだ。だが、モンスターテイムのスキルが存在するように特定の人間には従うこともある……というのが今のところ認識している内容である。

 俺が元々そういった特殊技能(※モンスターテイム)の素質を持っていたと言い張ることは簡単だが、あの黒づくめの男から魔物を奪い取ったというのは説明しづらい。

 実際のところは盗賊の神技で相手のスキルを盗ったため、眼前の下種野郎を主人として認識できなくなったクロ子が困惑し、そこを俺が再テイムした……ことになるのだと思う。

 幾らスキルが無くなったとはいえ直ぐに乗り換えるなんて、クロ子……恐ろしい子。

 最後のは冗談としても……実にクロ子自身もよく分からないらしいのだ。

 つい先程まで主人だった男が一瞬でその根本となっていたスキルを失うという、本来ならばあり得ないことが目の前で起こったのだ。混乱するのも無理はない。

 下種野郎が自信満々だったことを思えば、おそらく他人が従えている魔物をテイムし直すというのは基本的に不可なのだろう。


 そういった普通あり得ないことが起こって仲間になったクロ子に道案内を願うのだ。どうやって説明したものか……


 笑えない話だが、騎獣屋に馴らした魔物を売ることを生業としている人間からスキルを盗ったら、全てリセットされて魔物が野生に戻ったりするのだろうか。手元に居ない魔物にまで直ちに影響が出るとは思えないが……調べるのも難しそうだ。


 ――そんなことを座りながら考えていたのだが、睡魔が襲ってくるせいで思考が途切れ途切れだ。あまり時間に余裕が無いのは理解しているが……ちょっとだけ目を瞑ろう。



「――ん……ぉ?」


 扉がノックされる音で俺は目を覚ました。入室してきたのはメイドさんである。

 窓から外を窺うと微かに空が白やんできているのが確認できる。

 どうやら少しばかり寝入ってしまったようだ。そのおかげか身体の方は幾許か楽になったような気がする。


 ――メイドさんに執務室とやらに案内され、入口で衛兵に武器の類を預けることに。

 ……まあ当然っちゃあ当然の配慮か。


「失礼します」


 俺はやや緊張しながら扉を開いた。

 何故緊張するのか? 実にアルベルトさんと直接会うのはこれが初めてだからだ。マリータに会いに訪れた際もアルベルトさんは多忙で顔を合わせる機会が無かった。

 だが「友達ができたことを話したら喜んでくれていた」というのはマリータの談。俺の名前ぐらいは知ってくれているかもしれない。

 ――執務室には、俺を除いて四人の人間が居た。


 まずは執務机の前に座っている人物――金髪碧眼で柔和な顔つきをしている壮年男性だ。白布に金糸で刺繍が施されている衣服に身を包み、肘を執務机の上に置いて両手を組んでいる。心なしか憔悴しているように見えるのは気のせいではないと思う。

 年齢は四十と少し。この人がアルベルトさん……か。

 マリータと目元がよく似ている。やはりマリータの父親はちゃんとこの人だ……などという思考はコンマ一秒で捨て去り、残り三人の方にもわずかに視線を向けた。

 一人は窓際のソファに座っていて顔は見えないが、後の二人は白銀の鎧を身に付けた男の騎士に……エルフの女性である。


 おお、エルフだ。基本的に森から出てくることはないと図書館の本に書いてあったが、なんでこんなところに。若草色のローブの裾から覗く手足は陶器のように白く、整い過ぎた顔立ちに金砂のようなサラサラな髪、尖った耳はまさにエルフの存在証明に他ならない。

 その外見に目を引かれていると、翡翠色の瞳もこちらを窺っていたようで……目が合った。


「彼は……大丈夫だと思います」


 執務室に響く鈴を転がすような声。エルフの女性がそんな言葉を口にしたのだ。一体どういう意味だろうか……?

 俺のそんな疑問は置き去りに、続いてアルベルトさんが口を開く。


「君がセイジ君か。娘が世話になっていたようだね」

「その、今回の件は本当に申し訳なく……」

「いや……いい。それを言うなら君ともう一人の友達以外は眠りこけてしまっていたわけだからね。ところで君が捕えてきた二人についてなんだが……詳しい話を聞かせてもらえるかな」


 俺はラナ村へ向かった経緯や、そこでエレノアさんから聞いた話を全て話した。ロギンスさんが人質を盾に脅迫された可能性も全部だ。クロ子についてはどう伝えるか考え中。


「フィリアが育った孤児院が……? しかし何故ロギンスが……ああ、これは君に言ってもしょうがないか」


 捜索の進展を聞いたアルベルトさんの表情は、どこか暗いままである。


「あの……俺、余計なことをしたんでしょうか?」


 もしかして極秘裏に進めていた奪還計画の邪魔でもしたんだろうか……? などという俺の心配とは裏腹に、アルベルトさんが驚きの言葉を口にした。


「そんなことはない。ただ……私は相手の言い分を呑もうと思っているんだよ」

「なっ……なんでですか!? せっかく……」

「そちらのほうがマリータが無事に戻って来る可能性が高い……と言ったら、情けなく思えるだろうね」


 言ってる意味は……分かる。奪還するために奇襲をかけるなり包囲したとすれば、あいつらがマリータに危害を加える可能性は確かにあるだろう。

 だからこそ、そうならぬよう協力してなんとかする必要があると思うのだが……娘を想う親の気持ちってやつなんだろうか。身代金目当ての誘拐事件などで警察に知らせることなく親が金を払ってしまうケースは意外と多い……とどこかで読んだ気はする。独り身の俺には深く共感することはできないが、親の気持ちはどこの世界でも同じなのだろう。

 あいつらと比べたら正直バルなんかが可愛く思えてくる。今度会ったらもうちょっと優しく可愛がってやろう。


「妻を亡くしてから今まで、私は商業の発展に……国を豊かにするよう努めてきたつもりだ。あの時に誓った言葉通りに……。だが――もう娘まで失いたくはないのだよ」


 フィリアさんが亡くなった経緯は詳しく知らないが……アルベルトさんの言葉には有無を言わさぬ迫力がある。そう言われてしまうと……俺には何も言い返せない。


 ――そこへ割って入ってきたのは、ソファに座っていた男性だった。


「まだそんなこと言うつもりか。今さら調印式を中止するなどできるわけなかろうが」


 やや怒気を孕んだ声を発した男は、偉丈夫ともいえる大男。

 逆立った赤褐色の髪がモミアゲと繋がることで顔をグルリと覆ってしまっている。獅子の鬣のような中央には、これまた厳めしいパーツが揃ってらっしゃる。だがそんな顔つきとは真逆……といっては失礼だが、お召しになっている服はかなり高価なものと思われる。


「……この場は大人しくしていると言ったはずでは? そちらとの話の続きはセイジ君が帰った後で――」

「なに。ちょっとこの坊主のことが気になったもんでな」


 え? 何だろうこの人。アルベルトさんにタメ口? 領主様にタメ口なの?

 俺は会話に割り込んできた男の顔を見やり、意識を集中させ――ぇ……嘘だぁ……


「坊主、冒険者なんだってなぁ……なかなか見所がありそうだ。どうだ、ワシの下で働いてみる気はないか? ん?」

「……あなたは……」


 大男がこちらを向いて、にかりと笑った。


「ワシか? ワシの名前はハーディン……ハーディン・テュオ・ベラド――ここリシェイル王国で王をやっている」




 ――数瞬の静寂の後、声を発したのは傍に控えていた騎士の男だった。俺はといえば半開きになった口を閉じる作業を実行中である。


「陛下、気軽にそういうことを仰らないでください。この少年の素性だってまだ――」

「イリィが大丈夫だと言ったろうが」


 待ってほしい。眼前にいるこの大男が国王様……!? ってことはアルベルトさんのお兄さんってことか。どことなく似て……ないな。一体なんでこんなところに。


「や、いきなりそんなこと言われても……」

「うむ。決心したらいつでも王都の門を叩きに来い。それにしても……こんな坊主が頑張ったというのに考えを変えないつもりか? アルベルト」

「……ええ」

「このままでは平行線だな……ならば好きにするがいい、ワシも好きに動かせてもらうとするか――ケインッ! イリィッ! ついてこいっ……そこの坊主もだっ」

「兄上っ! どうされるおつもりだ!?」

「……お前は、自分の判断がいかに愚かなものかを考え直すのだな」


 その言葉に反論するかのようにアルベルトさんが何かを言いかけたところで――執務室の扉が勢いよく閉じられた。俺は王様の雰囲気に呑まれて一緒に部屋を出てしまったわけだが……いまいち状況が掴めない。


「あの、質問して……よろしいでしょうか。何で王様がここに居られるんです?」

「西方群島諸国との条約締結の話は知っているな? ワシとアルベルトは調印式へ出席するためにパスクムから船に乗る予定だったのだ」


 そこへ今回の事件の報を受け、アルベルトさんと一緒に戻って対応を検討していたということらしい。廊下を歩きながらふむふむと頷くが、まだ訊きたいことがいくつかある。


「先程、こちらのエルフの女性が言ったことって……」

「イリィ、説明してやれ」


 俺の問いに、イリィと呼ばれたエルフが代わりに言葉を紡ぐ。この人がイリィってことは、ケインというのがもう一人の騎士の名前ということか。


「外見からお分かりだと思いますが私はエルフです。あまり知られていませんが、エルフには少しばかり相手の心を読む……いえ、相手の雰囲気を読み取る力があるのですよ」


 ……ぇ? ど、どどどどういうことですか?


「口では説明しづらいですが、あなたの場合だと……澄んだ川の流れを眺めているような気持ちになります。穏やかで、それでいて力強い。ですがどこか子供っぽい純粋さを残している故に脆さも内包している……そんな感じでしょうか」


 らめぇぇぇぇぇぇっ! なんか超恥ずかしい。人様の深層心理みたいなものを覗かないでぇぇぇぇっ! 俺が言えたものじゃないけどさ!

 ぐぬぅ……つまりアレか。危険な人物かどうかを最初にチェックされてたってことか。

 くそぅ。


「そういうことだ。こっちの男は近衛騎士隊長のケイン、イリィは宮廷魔術師だな。二人ともワシが直々に引っ張ってきた人材だ」


 そう言われると全員のステータスを覗いてしまいたくなるが……今は質問の方が先か。


「これからどうするつもりなんですか?」

「知れた事。坊主が捕えてきた二人の口を割らせて犯人の居場所を突き止める。アルベルトはああ言ってたが、ワシは大人しく従うつもりなどない。今回の条約は確かにあいつが主導で進めてきたものだが、国同士の繋がりを深める重要なものだ」


 むう、大人しく従ったとしてもマリータが必ず無事に戻って来る保証は無いってか。アルベルトさんが動かないならば、俺が協力すべきなのは王様の方……なのだろうか。

 クロ子の案内があれば二人の口を割らせる必要もない。直ぐにでも救出部隊を――


「そう……ですよね。なんとしてもマリータを無事に助け出さないと」


 だが、そんな俺の言葉を聞いた王様が立ち止まってこちらを向いた。


「……もしかすると認識に差があるかもしれんから先に言っておこう。坊主が最も優先すべきだと考えていることは何だ?」

「その……マリータを無事に取り返すことです」

「嬉しいことだ。が……ワシはそう考えていない。勿論可能な限り助けたいとは思うが……それが叶わぬ場合――条約の締結を優先する」


 ……ぇ?


「そういった考えに納得できないのなら、坊主の仕事はここまでにしておくんだな」


 つまりこの王様は……マリータを盾にされた場合――構わずに敵を殲滅すると言っているのか? その後に西方と条約を結びに行く……と。

 それは……どうよ。王様にとってマリータは姪にあたるはずなのに。

 俺は少なからず動揺し、かなり失礼な事を口走ってしまう。


「でも……もし王様の家族が同じ状況に陥ったら……」

「――同じように行動するとも。そこがアルベルトと異なるところだろうな。それで、どうするのだ?」


 場違いな質問だったかもしれない。そんなのはあくまで俺の価値観に基づいた話だ。

 だが――


「友達を……大人の事情で切り捨てられるほど俺は大人じゃありません。それにギルドで受けた依頼は、マリータを守るっていう内容ですから」

「ほぅ……」


 俺は、俺の価値観に基づいて動かせてもらおう。

 そんなことをキリッと発言したのだが、王様はどこか笑むような表情で俺の頭をガシリと掴み、グリグリと掻き回す。


「若いな……だがそれも悪くはない。好きにしろ。一緒に来るも良し、それが嫌ならば納得できるように動けば良い。但し……さっきの言葉が口だけで終わるものならば、見所のある奴と言ったのは取り消すぞ」


 王様はそう言って歩みを再開する。ついて行くべきか一瞬迷ったが、俺はその場を動けずにいた。協力すればマリータを無事に助け出せると考えていた俺が甘かったんだろうか。

 こういった展開はあまり考えていなかった。

 言い分を呑むつもりだったアルベルトさんからすれば、俺は本当に余計なことをしてしまったのかもしれない。


「――気にすることはないですよ。もしあなたが来なければ、ハーディン様は強引に調印式に出席されていたかもしれません」


 不意に心中を見抜かれるような言葉に顔を上げると、翡翠玉のような瞳がこちらに向けられていた。エルフのイリィさんである。


「それって、マリータが見捨てられていただろうってことですか? ……というか、本当に心は読めないんですよね?」

「ハーディン様のお考えも間違ってはいないと思います。アルベルト様は強く反対していましたけど。それでは――」


 イリィさんはそれだけ述べてさっさと行ってしまった。

 無駄ではなかったとフォローしてくれたのだろうか……?


 ともあれこうなってしまった以上……そしてさっきあんな大口を叩いたからには動かなければ。

 ――実のところ一つだけ考えはある。

 ある人物の手を借りることになるが、それをやってしまうと俺はこの国に居られなくなるかもしれない。

 ……構うもんか。さっきマリータを助けると言ったばかりじゃないか。




 ――俺は領主館を後にして、一度満腹オヤジ亭に戻った。

 既に朝日は昇っており、いつも通りの良い香りが建物内部を満たしている。

 ああ……癒されるわぁ。なんか最近殺伐とした空気の連続だし、こういった日常の風景が心に沁み渡る。

 これからまたルークで遠出することになるのだから、質の良い栄養だけは取っておかなければなるまい。もしかしたら……ここでの食事も最後になるかもしれないし。


「おう、セイジか。何の依頼かは知らんが、お前が帰って来ないとリムちゃんが心配してたぞ」


 ダリオさんにそう言われたところで、階段からリムが下りて来るのが目に入った。


「……良かった。無事に目を覚ましたんだな」

「――セイジッ」


 そんな言葉とともに俺はリムにぎゅむっと抱きしめられるかたちとなった。柔らかな感触を頬に感じるがきっと気のせいである。

 リムがエルフではなく獣人で本当に良かった。いや、心が読めるわけではないらしいが。


 リムになら近況を報告して問題ないと判断した俺は、朝食を胃に運びながら一通りの説明を終えた。俺がこれからしようとしていることも含めて、だ。


「あたしも……行きたい」

「悪いけど、今回は連れて行けない」

「あたしが弱いから……? だよね」

「……」

「これでも一生懸命強くなれるよう努力してるつもりなのに……あたしセイジに全然追いつけないね」


 耳がしゅんと垂れてしまい、わずかに涙ぐむリムの姿に俺はやや後ろめたい気持ちになってしまった。俺の強さは盗んで得た物がほとんどだ。真面目に鍛錬しているリムが自分を卑下することなんて全く無い。マリータを助けたい気持ちは……リムも同じだろうに。

 いっそのこと、リムに俺のスキルのことを話して強化してあげられたら……という気持ちに駆られる。


「あのさ、リム……」

「……うん?」

「いや……やっぱり何でもない。無事帰って来られたら……話す、かも」

「……うん。わかった」


 ――リムとの会話を終え、最後の朝餉を堪能した俺はメルベイルを発った。

 できるならば、王様達が行動を起こす前に全てを終わらせてしまうのがベスト。

 クロ子が案内する方角は南。

 方角は奇しくも一緒だが、まずはひたすら南に下り続けなければ――


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 ――人気の無い森の中――やや開けた場所で俺は目的の人物を待っていた。

 さすがに、飛行する騎獣は脚が速い。

 空の黒点が次第に大きくなり、眼前に目的の人物が舞い降りる。

 会った途端に殺される心配はほんのちょっとしていたが、それは杞憂で済んだようだ。

 手短に、機嫌を損ねないように必要なことだけを伝え、その人物にやってほしいことを述べる。


「確かに、一度だけ何でも言うことを聞く……とは言ったが、本当にそれで良いのか?」

「ええ、敵の敵は味方……いや、ちょっと違いますね――誰もが敵と認識せざるを得ない災害を渦中に放り込むといった感じでしょうか」

「私は……災害か?」

「実際、あの時の俺にとっては災害でした……っとすいません。やめてください」

「……別に構わんが、私と関わりがあると周りに知られて困るのはお前じゃないのか?」

「その時はその時です……ってうおわぁぁぁぁ」

「何をしている?」

「いや、ははは。もしかしたらこいつとも話せるかな~と、まだ俺には早かったみたいですけど」

「どういう……ん? お前の肩に乗ってるそいつは――ふむ……はっは、これは面白い」

「おいクロ子……そういうのやめろって」

「いやいや、どのようなことをお願いされるのかと少し興味はあったが……今回の事といい、お前はやはりなかなかに面白いな」

「どうも。ところで先程からお前お前と呼ばれてますが、自己紹介はしたような気が……あ、もしかして忘れちゃいましたか?」

「セイジ……アガツマだったか」

「よかった。覚えててくれたんですね。よろしくお願いします――アルバさん」


次回――『楔、断つ』

お楽しみに。

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