19話【どっちを選ぶ?】
――さて、どうしたもんか。
ラナ村とやらに辿り着き、何か手がかりはないかと探し始めてしばらく。
小さな宿や酒場で話を聞いたりしたのだが、特に有力な情報は無かった。
だが、村に入って二分で幼女……いや二刻ほど歩き回った頃に村外れで泣いている女の子を発見したのだ。
尋常ではない雰囲気だったため、最低限の事情だけ聞いて現場に駆けつけたところが狙ったようなタイミングだったわけである。
つい調子に乗って恥ずかしい台詞を口走ってしまったが、場の雰囲気というやつだ。
「よくも……よくも僕の腕をぉぉぉぉ」
黒ずくめの服装に顔を隠している男……この村に来たのは無駄足ではなかったようだ。
声からすると領主館を襲撃したあいつら本人じゃない。別の奴か。
ともあれ詳しい事情は分からないので、こいつは直ぐに黙らせるべきだな。
残った左腕にナイフを構えた相手へと、俺は容赦無く追撃を開始する。
ナイフを弾き飛ばし、怯んだ瞬間に軸足となっていた膝部分へと剣の背を叩きつける。
「ぐ……ぁ、お前一体――」
立つことが困難となった相手が倒れ込むと同時に《地縛錠》を発動させた。
これは捕縛用に開発した土魔法であるが、文字通り相手を土の鎖で縛りつけておくものだ。
素早い相手を捕えることは困難だが、捕えてしまえばちょっとやそっとでは抜け出せない。
イメージしたのはドラム缶へコンクリ詰めにされる可哀想な人達。
……ちょっと怖い魔法である。
なおも騒ごうとする男を肉体言語で大人しくさせた後、俺は満身創痍の少年に治癒魔法を施して事情を聞くことにした。
ちなみに捕えた男の方も右手首の出血だけは止めてやった。後で色々と情報を訊き出す必要もあるので、死なれたら困る。
――ふむ……ロイの話だと、まだこいつらの仲間が一人いるらしい。
「じゃあ、まずはそっちを片づけないとな。にしても……下手に助けようとしたら子供達に何されるか分かんないな……」
相手は一人、か。
それなら、ほんのちょっと油断させれば何とかなるか。
「ロイ君、ちょっと手伝ってくれないか?」
「え、お……ボクで何かお手伝いできることがあれば」
「よし。じゃあ、そこに転がっている奴の服を……脱がそう」
「は、はい……でもどうするんですか?」
「まあ……ものすごーく古典的な手だけど、ね」
「――本当に、ありがとうございました。何とお礼を言ってよいか」
俺に礼の言葉を述べたのはエレノアさんである。孤児院の子供達の面倒をみている女性だそうだ。
結果として、俺の試みはとても上手くいったといえる。
奪い取った覆面や黒マントで変装して油断させる――声や雰囲気、仕草ですぐにバレてしまうだろうとは思ったが、一定距離まで近づいてしまえば後は楽勝だった。
ボッコボコにした後、もう一人も下種野郎と仲良く《地縛錠》でぐるぐる巻きにさせてもらっている。
「お兄ちゃん、ホントにありがとう。あの……あたしにできることなら何でもしますから」
「それならミニィが笑えばいいんだよ。あん時のセイジさんの言葉、格好良かったなぁ。えっと……依頼報酬はぷらいすれす……? ミニィのえがおが――」
やめろぉぉぉぉぉぉっ! エレノアさんみたいな大人の美人さんがいる場所で繰り返すんじゃないよ、この子は。
「ロイ君。あれはあの場の雰囲気というかね……」
「こう、ですか?」
ミニィがよく分からないままに、俺の前でとびっきりの笑顔を披露してくれる。
あ……うん。これが報酬で結構でございます。
とまあそんなやり取りも楽しいのだが、そろそろ真面目な話をしなければなるまい。
エレノアさんに真剣な顔で向き直ると、あちらも軽く頷いて子供達に寝室へ行っておくように促してくれた。
「子供に聞かせるような話では、ないのでしょう?」
「そうですね」
俺はある程度こちらの事情を話した後、エレノアさんからも襲撃された件についてを訊く。
……なるほど。推測するに、この人達は誰かを脅迫するために人質にされたっぽいな。
隊長と思われる奴が領主館で遭遇したアイツだったとすると、脅迫されたのはやっぱり……
「あの、エレノアさんはロギンスっていう人物を知ってますか?」
「ロギンス……いえ、知り合いにそんな名前の人はおりませんが」
あれ、違うのか?
「じゃあ、子供達の関係者でそんな名前の人とか?」
「いえ、ここの子供達に身寄りは居ないはずですし……」
どういうことだってばよ。いや待て。
「この孤児院に行商人が訪れたことは? 花と一緒にお金が届いたり……」
「ええ、それならあります。決まった時期に孤児院へ寄付と一緒に花を添えて行商人の方が」
「送り主って分かりますか」
「それが……全く心当たりも無く」
「ちょっと見せてもらっても?」
その言葉に、エレノアさんが棚にしまってあった袋を持って来てくれる。
そこには俺の期待通り、萎れかけてはいるがフィリアの花が添えてあった。
「これってやっぱり、ロギンスさんがフィリアの花を――?」
俺の独り言に対し、エレノアさんが何かを思い出したように反応する。
「そうだったわ。これフィリアの花よっ……懐かしいなぁ、姉さんがハシャいでたっけ」
「エレノアさんのお姉さん……ですか?」
「本当の姉ではないのですが、この孤児院で一緒に育ったもので姉のように慕っていたんですよ」
「……お名前は?」
「――フィリア姉さんです。メルベイルの領主様と結婚したんですがもう十年以上前に亡くなりました。ああ、もしかしたらこの寄付金は亡き姉と関係のあったどなたかが送ってくれていたのかもしれませんね」
マジか!? フィリアさんってここの孤児院出身だったの?
館に居たお喋りメイドさん曰く、フィリアさんも元々はメイドだったって話してたから奉公先で見初められたってことか。
……え、でもなんでそれでロギンスさんが孤児院に寄付を送るわけ?
仮にこの寄付を送ってたのが本当にロギンスさんだったとして、フィリアさんとロギンスさんってどういう関係よ。
フィリアさんを姉のように慕っていたエレノアさんが人質にされて脅迫……? それって成り立つの?
え……ちょっ……いや、まさか。
俺ってば、随分と下世話な想像を頭の中で考えてしまっているのだが。
――もしや二人はそういう関係だったのか?
だとすれば、それとなく辻褄が合いそうな気はしないでもない。仕える資格が無いとか言ってた意味深な言葉も分かるような気がするぞ。
許されざる恋をした二人。
執事として愛した女性の娘を見守ることを決意。
そして愛した女性が育った孤児院へと寄付を。
確かに、アルベルトさんに仕える資格という意味ではちょっとこれは……無いな。
――って、馬鹿か俺はっ!
さすがに色々と強引過ぎるだろ。それだと襲撃してきたセルディオがロギンスさんと知り合いっぽかったのが説明できないし。昼ドラじゃねぇんだよ。
思いきりテーブルに頭を打ちつけた俺を見て、エレノアさんが驚きの声を上げた。
「すいません。ちょっと妄想癖がありまして、気にしないでください」
改めて思考を再開するが、結局真相なんてものは本人から聞かないと分からないし、そこは重要ではない。
重要なのはロギンスさんが脅迫されていたであろう可能性が高いこと、そして人質となっていた人達を解放することができたこと……この二点だ。
それ以上のことはここで考えるべきではないし、情報不足だろう。
さて――エレノアさんからの話で分かったのはそんなところなわけで。
次は最も重要な……マリータがどこに連れて行かれたのか、だ。
ここに居ないのだから、どこか別の場所に監禁されているんだろう。
尋問するため、俺は土の鎖でぐるぐる巻きにしている二人に近づく。
そもそも、こいつらがペラペラと喋ってくれれば何も問題は無いのだ。ロギンスさんのことについても確信が持てる。
が、さっきも少し話をしようとしたのだが、一向に何も話そうとしやがらない。
黙秘権を行使してそれっきりだ。
こんな生意気な犯人へは拷問するなり首を斬り落とすなり然るべき処置が適当なのだろうが、生憎と俺は拷問なんてしたことはない。それなりの訓練を積んでるだろう奴らの口を割らせることは難しそうだ。
せっかくの手がかりを殺すのは問題外。
大人しくメルベイルに連行するしかないか……
「何か話す気になりました? そうすれば切断された手首をくっつける……努力ぐらいはしてあげますけど」
さすがに千切れた手首が治癒魔法でくっつくかは分からないが、やってみる価値はありそうだ。
「……お前が斬り落としたんだろうが」
「そう言われちゃうとそうなんですけどね」
……人間を斬ったのは初めてだ。思い出すと少しばかり気持ち悪い感覚が手を伝ってくるような錯覚に襲われる。
だがあの状況だと四の五の言っている余裕は無かったし、後悔や罪悪感はあまり無い。
他に何か利用できるものはないかと、覆面を剥いである二人へと意識を集中させることにする。それぞれ適当な武芸スキルを所持しているが、興味を惹くのは目つきの悪い男――下種野郎が所持している《モンスターテイムLv2(14/50)》だ。
是非とも盗っておきたいが、緊迫した状況のため残り回数は温存しておくべきだろうか。
しかし魔物が仲間になるとか、これはもうワクワクである。魔族のアルバが従えていたグリフォンなんかも格好良かったし。
将来的には仲間にした魔物を盗賊の神技を駆使することで強化し、最強のモンスター軍団で世界を我が手に――
待った……それはもはや魔王じゃないか。いかんいかん。
今はそんな妄想をしてる場合じゃない。
いや……待てよ。そういえば――
「ロイ君から聞きましたけど……あなたロイ君達に嘘ついたそうですね。逃げろって言った後に殺そうとしたとか」
下種野郎の横で、もう一人の男がわずかに身じろぎした。
「まあ別にそれ自体は追及しませんよ。用済みになった皆を秘密裏に始末しろとか隊長さんに言われたのかもしれないですし……そうじゃないかもしれない。ところでそういった連絡ってどのようにやり取りしてたんですかね? エレノアさんの話だと時折大型の鳥みたいなのが飛んで来てたらしいですけど」
「……あいつから辿ろうとしても無駄だ。あいつは僕の言うことしか聞かない」
おお、良い反応するじゃないか。
「ロイ君のことをペットの餌にしてやるとか言ったそうですね。もしかしてペットってその鳥のことですか?」
「だったら何だ」
「今ここへ呼んでくれませんか?」
「断る。大方あいつを利用して僕から情報を訊き出すつもりだろうが――」
「誓ってそのペットさんに手荒な真似はしませんよ。まあ襲ってきたら話は別ですけど」
言って、俺は鞘から剣を抜いて下種野郎の喉元へと突きつける。
「それに――あなたから情報を訊き出すつもりならあなた自身を拷問しますよ。俺は拷問なんてしたことないので手元が狂う可能性は大ですが。正直なところ二人も要らないんですよね。メルベイルに連行するのも手間ですし……ここで数を減らすのも一興です」
「……いいだろう。どうせ無駄だからな」
できるだけ感情を込めずに淡々と告げるなど、拙いなりに頑張ったつもりである。
が、何より相手が折れたのはペットが自分にしか懐かないと信じているからだろう。
それにしても子供達が寝室へ引っ込んでいて幸いだった。こんな酷いことをしてる現場は知り合いや子供に見られたくない。
エレノアさんは今の光景を見ていたわけだが、彼女ならこれが俺の精一杯の演技だと理解してくれ――
「セイジさん……割りと怖い人なんですね」
はい、誤解されました~。
拘束している二人を孤児院の外へと引っ張り出し、下種野郎にペットとやらを呼ばせることに。
しばらく経った後――夜の闇の中から風切り音が響き、やや大きめの鳥が降り立った。
《ブラッドレーベン》――鳥のようだが、闇に溶けるような黒い羽に嘴の内部にはギザギザの鋭い歯が見え隠れしている。思った通り魔物の一種だ。
大したスキルは持ってないが、そこは問題ではない。
黒鳥が縛られている下種野郎の肩へと飛び乗ったところで俺は手を近づけてみる。
途端、グギャアという鳴き声を上げて指を喰い千切られそうになった。
「くひゃはは。だから言ったろ。僕の言うことしか聞かないんだ」
なるほどね。いやはやモンスターテイムってのは凄いもんだ。
――良いものを視させてもらったよ。
さて、物は試しだ。
俺は下種野郎の右手首を掴み取る。
「なんのつもりだ」
「……いえ、我ながら遠慮なく斬ったものだなぁと」
愛想笑いを浮かべつつ、俺は身体を伝わってくる充足感を味わった。
成功である。
《モンスターテイム》――特定の魔物と意思の疎通が可能になる、か……ワクワクするが今は落ち着け俺。
このスキルがどのように実感できるのか不明だったが、すぐに効果は表れた。
下種野郎の肩に乗っている黒鳥が急に戸惑い出した――いや、それを外見から感じ取ることはできないが、戸惑っているのが俺に伝わって来るのだ。
外見的に焦りが見られたのは、下種野郎の方である。
「なん……だ。そんな馬鹿なっ! 何か言ってくれ。どうしたんだよ!?」
スキルを失って意思疎通が不可能になったのだろう。必死に呼びかけても何も感じることができなくなったことで軽くパニック状態だ。
「随分と大きな口を叩いてましたけど――」
革袋から干し肉を取り出し、黒鳥に向かって優しく手招きする。
――微かな逡巡の後、翼をはためかせて黒鳥は静かに俺の肩へと舞い降りた。
さすがに、これはダリオさんの特製干し肉のおかげではなくスキルの恩恵だと思いたい。でないとダリオさんが最強じゃんか。
「――どうやら、こいつは俺を選んだようですよ」
「ふっ……ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! そいつは僕のだ。なんでお前なんかにっ!」
俺が黒鳥の頭を撫でてやるのを見て、下種野郎が発狂したように喚く。
ちょっと悪い気もするが……悪人に人権は必要無いという考え方に概ね賛成であるからして、無視することに努める。
五月蝿いので《地縛錠》を強めにかけ直して圧迫してやるとクタリと大人しくなった。
ともあれ、これで黒鳥に案内させてマリータが監禁されてる場所へ辿り着けるってわけだ。成功するか不安だったが上手くいって良かった。
しかし……さすがに俺一人で特攻をかけるというのは無理があるか。
こいつらも引き渡す必要があるし、一度メルベイルに戻ってアルベルトさんに協力を願おう。
――捕えた二人は村で借りた馬に乗せて運ぶこととして、エレノアさん達に別れを告げてすぐさま村を出ることにした。
「孤児院が襲撃された件についてはアルベルトさんに報告しておきますね。あと……今回の件が落ち着くまでは安全な場所に避難した方がいいかもしれませんよ。まだ安心はできないですから」
「……そうですね。セイジさんもお気をつけて。助けていただき本当にありがとうございました」
俺はルークの背に跨り、肩に黒鳥を乗せた状態で手綱を握る。
ルークが「クォォ」と鳴き声を上げたため、耳を傾けてみると……やはり何を言いたいのかが伝わってきた。
対話しようという意思を持つ魔物となら、話すことができるのだろうか……?
「――え? ……いやそういうわけじゃなくて――これは必要だったからで――いつも感謝してるよホントに――うん……うん」
ちょっと驚きだ。
「ルーク、お前……メスだったんだ――……」
ちなみにセイジのステは今こんな感じ。
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名前:セイジ・アガツマ
種族:ヒューマン
年齢:18
職業:冒険者(ランクC-)
特殊:識者の心得
スキル
・盗賊の神技Lv3(27/150)
・身体能力強化Lv3(14/150)
・剣術Lv3(32/150)
・状態異常耐性Lv3(1/150)
・生命力強化Lv2(33/50)
・光魔法Lv3(2/150)
・元魔法Lv2(20/150)
・モンスターテイムLv2(14/50)
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