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17話【ロギンス】

 ――男は肩に乗せた鳥へ丸めた紙を括りつけると、月明かりの空へと飛び立たせた。

 浅黒い肌、宵闇の中に溶け込むような黒いマントに身を包んではいるが顔を隠していた覆面は今は着けていない。


「ふい~、やっぱり何も被ってない方がスッとして楽だな~」


 男――レンは呑気にそんなことを口にしながら建物の内部へと引っ込んだ。朽ちた石壁の隙間から微かに差し込む月明かりを頼りに通路を歩いて行く。


「隊長~、村で待機している奴らには連絡しておきました。明日には必要物資とともにこちちへ合流すると思いま――って……レイ姉だけ? 隊長はどこに行ったのさ」

「眠ってるお嬢様のところ。ところで、あんたまさか全員こっちに来るように言ってないでしょうね」

「いやいや、ちゃんと数人は残っておくように指示したってば」


 レンとレイ……双子で顔立ちは似ているのだが、姉であるレイが立場的に優位であることは会話からして明白だ。


「にしても、もうあの孤児院に用は無いんだから人を残しておく必要無いんじゃない? 脅しをかけておけば作戦終了まで奴らも大人しくしてると思うし」

「念のためでしょ。仮にあいつらが騒いでもこの場所が知られることは無いだろうけど。それと……あいつが変なことしないようにまだ首輪は着けとかないと」

「はぁ、殺しちゃ駄目ってのも大変だよね」

「人質を殺したら意味ないでしょ。遊びでやってんじゃないのよ」

「うわぁ。それってレイ姉に言われたくないな~。襲撃の際、殺意剥き出しにして怒ってたくせにさ」

「……黙りな」

「いやいや、あれって砂糖菓子落とした恨みも含んでたんじゃないの? レイ姉ってば昔っから執念深いもん。そんなだからいつまで経っても――あ、嘘ですごめんなさい。鞭は許してください肉が裂けます」


 レイが腰の鞭に手をやった辺りで慌ててレンが頭を下げる。話題を逸らそうと姉の方へと視線を向け、拳に注目した。


「あっ! もう手は完全に治ったんだ? 良かったじゃんか」

「治癒魔法使えるからね……あんまり得意じゃないけど」

「ですよね~……あ、ごめん。でもさ、最初に戦った……オイラ達と同じ髪の色した奴、あいつ強過ぎじゃなかった? 二人がかりで押し負けるとか何者だよ」

「ワタシだって知らないわよ。風貌は同郷の人間に似てた気はするけど、肌の色とかは薄かったし。トグル出身じゃないと思う」


 スーヴェン帝国は領土を拡大するために他国を侵略してきたという歴史を持っている。トグルというのは元々帝国の東方にあった小さな国であるが、何十年も前に帝国へ吸収されてしまい、今や地名の一つに成り果てていた。レンとレイはトグル出身であり、帝都中央付近に住まう人間とはやや容貌が異なっている。


「同郷ならあんまり争いたくはないよね」

「……関係ないわよ」

「ん~、その相手を不意打ちとはいえ倒したあいつも……やっぱ相当なんだろうな」

「だからこそ、さっき言ったように首輪が要るんでしょうが」


 そこで、ポリポリと頭を掻きながら改めてレンが疑問を口にする。


「で、あいつ――執事はなんで一緒に付いてきたわけ? もう用は無いのに」

「知らないわよ。起きてた護衛二人にあんな現場を見られたんだから、領主館に居るわけにもいかないんじゃないの? かといって殺そうとするのは止めようとするし……訳分かんない」

「隊長って、あいつのこと詳しくは教えてくれてないもんね」

「気になるのなら、後で直接隊長に訊いてみれば?」

「――――レイ姉……そこは一緒に訊こうよ」




「ん……ぅ……ここ、は?」


 眠りから覚めたマリータは目尻から頬にかけて違和感を感じて指を伸ばした。

 それは涙が乾いた痕でこわばっているのだと知り、すぐさま記憶が蘇ってくる。


「――目が覚めたようですね」

「ロギンスッ……」


 聞き慣れた声に、ホッとすること無く警戒心を顕わにしたマリータが傍にいた人物へと怒りを孕んだ声を上げた。

 見慣れた執事服に身を包み、優しげな眼差しも普段と何ら変わらない。


「説明してもらえるんでしょうね。いえ、その前に……セイジやリムは無事なの?」

「おそらくは。あの二人については予定外でしたもので」

「なぜ……あんなことをしたのよ」

「私はマリータ様が無事に解放されれば姿を消します。ですからこのまま――「いいから、全部説明しなさいっ」


 小さな肩を震わせながら叫んだ少女の声が、室内に木霊した。


「……畏まりました。ただ一つ約束していただけますか」

「なによ」

「お話する内容を聞いて……どう思われようとも、解放されるまで私が傍にいることを許していただきたいのです」

「なに……を言っているの」

「よろしいですか?」


 しばし黙考するもマリータはそれに小さく頷く。ロギンスは返事を受け、静かに口を開いた。


「館を襲撃した者達についてですが、彼らはある国で特殊な訓練を受けた兵隊です。主な任務は他国での諜報活動、時に暗殺や要人誘拐など……今回はリシェイルと西方群島諸国との条約締結の中止が目的のようです」

「そんな……ぁ、ロギンスも……ロギンスも誰か大切な人を人質に取られたのね? それで無理やりあんなことを――」

「そう……ですね。ですが根本の原因は別にあります」


 ロギンスの表情が微かに歪む。少女へ真実を告げることにわずかながら恐怖を感じたのかもしれない。


「――――私は、元々その部隊に在籍していた人間です」


 その言葉をマリータはすぐには理解することができず、静寂が辺りに浸透していく。


「――ぇ……だってロギンスは、もうずっと前から執事として働いていたじゃない」

「はい。もう十年と少しになりますか。誠心誠意お仕え致しました」

「全部……全部嘘だったっていうの……?」

「いいえ。部隊が所属している国はもうお分かりでしょう? 私は、その国をずっと昔に捨てたのです。十年以上前の……あの時に」

「詳しく……教えて」


 ロギンスは座りながら両手の指を組み、俯いた状態で言葉を紡ぎだす。


「マリータ様は母上であるフィリア様の死について、事故死だと教えられたかと思います」

「そう聞いているわ」

「ですが実際は、今のマリータ様と同じように誘拐され……命を落としたのです」

「……本当なの?」

「そのことが公になれば国同士で戦争に発展する可能性もありましたから、秘匿されることになったのでしょう」

「誰が……そんなこと」


 その質問にはすぐに答えず、ロギンスが宙に視線を漂わせて呟いた。


「フィリア様はとても明るく真っすぐな方で、誘拐されたというのに見張りの者へ平気な顔で話しかけていました。孤児院で育ったこと、夫であるアルベルト様や生まれたばかりの赤ん坊の話など、緊張感に欠けた話題ばかりでしたが」

「ロギンス、あなたは……」

「相手と価値観を共有できる話をすることで情に訴えて油断を引きだす――そんな手法があるのは知っていましたが、どうもあの方はそういった駆け引きとは無縁のようで……逆に毒気が抜かれるといった具合でしたね」


 一度だけ小さく息を吐き、言葉を区切るようにしてからロギンスは話を再開する。


「――そうです。私は……フィリア様を誘拐した実行部隊の一人でした」


 ロギンスはそう述べた後、フィリアが死に際に取った行動を語り聞かせた。

 夫が言いなりにならぬように自ら命を断った母親の行動を、マリータはどのように受け取ったのか……泣き叫ぶこともなく静かに聞いていた。


「過去にもっと酷いことに手を染めてきたというのに何がそうさせたのか、その後私は国を捨ててリシェイルへと向かいました――私と同じく孤児だったという境遇に情が移ったのか、それともフィリア様の人間性に惹かれるところがあったのか……今でも分かりません。ただ、あの方の死に際の表情が脳裏に焼き付いて離れなかったのです」


 掌で顔を覆うようにして、ロギンスが頭を振る。


「身分を偽り、名前を変えてアルベルト様の下で働くということに罪悪感を覚えつつも、私にはそれしか思い付けませんでした」


 ――もう私の家族をこんなことに巻き込まないで――


「……それで何かの償いになると思っていたわけではありません。ですがお仕えした月日が嘘だったわけではないと、信じていただきたい」

「……じゃあ、なぜこんなことを」

「マリータ様はエレノアという女性をご存じですか?」


 その問いに、マリータはふるふると首を横に振る。


「孤児院でフィリア様と一緒に育った女性で、妹のように可愛がっていたそうです。彼女もまた家族だと……そう言っておられました」


 ロギンスは周囲に知られぬよう商人を通じて孤児院へ寄付金を送っていたのだが、嗅ぎつけられて逆に今回の事件に巻き込むこととなってしまったのだ。


「……因果応報というのでしょうね」

「なによ……全部自分が悪いんだって言ってるように聞こえるわ。母様が死んだのも、今こんな状況になっているのも……元々はロギンスのせいだって思えばいいわけ?」

「……」

「あなた……こんな子供相手に卑怯よ。私は母様のことをほとんど覚えてない……けど、幼い頃から世話をしてくれたあなたのことは良く覚えてる。こんなの……怒るに怒れないじゃないの」


 マリータは目の端に薄っすらと涙を浮かべながらも、それが頬を流れることのないように耐えていた。


「――泣いて怒られるものかと思っておりました」

「……死んで詫びなさいとでも言うと思った?」

「そうしろと言われるのなら従います。但し、マリータ様が無事に解放されるまでは待っていただきたい」

「私が母様のような行動を取らないか心配しているの? でも要求が通らなかった場合は私はどのみち殺されることになるんでしょう」

「何故、過去にフィリア様が標的となったのか……長年お仕えして改めて実感致しました。アルベルト様は……決してマリータ様を見捨てることができない。あの方は甘過ぎるのです。そういった冷徹な判断ができないお人だからこそ――」


 言い終える前に、頬を張る乾いた音が室内に響き渡った。


「……だから何? 大切な人に死んでほしくないと思うのは当たり前でしょう。父様は何も悪くないわ」

「全く……その通りですね」


 振り抜いた掌を震わせ、マリータがポロポロと涙をこぼし始める。

 その様子を――目の前にいる執事はただ黙って見ていることしかできなかった。




 ――しばらく経ち、マリータは泣き疲れてふたたび眠ってしまった。

 その様子を見たロギンスが小さく息を漏らしたところで、部屋の隅にある暗がりから男の声が響く。


「孤児院の奴らを見捨てられなかったあんたも……十分に甘過ぎだろう」


 姿を現したのは、黒ずくめの男――セルディオである。


「あなたは……私が教えたことを忠実に守っているようですね」

「利用できるものはさせてもらうさ……それがかつての恩師でもな。それでも随分とあんたの意向は尊重してやってるつもりなんだが? まあ、せいぜい大人しくお嬢様のお守りを続けてくださいよ」


次回――『小さな勇気(仮)』

お楽しみに。

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