16話【花の行く先】
※14話で女の覆面を切り裂く描写がありましたが、その部分は修正しました。確かに顔を見られると色々とアレかなと思いましたので。
一夜明け。
俺は宿の一室で目を覚ました。いつもならば湧いてくるはずの食欲も、今日ばかりは顔を引っ込めている。
「……俺の馬鹿野郎……」
自然と喉から込み上げてくる言葉が室内に木霊した。
襲撃の後――気が付いた頃には館の中は騒ぎになっていた。
マリータの部屋で倒れていた俺は当然ながら事情聴取されることとなり、知っている限りの情報を伝えたものの事態が好転したとはいえない。
相手がリムのことを侮蔑するような口調だったことからも、襲撃犯がスーヴェン帝国の人間だろうと推測できるのだが……そんなものは別段有益な情報ではなかったのだ。どうやらこういった凶行は今回が初めてというわけではないらしい。
犯行の規模は様々だが、頻繁にスーヴェン帝国がちょっかいを出してくることは周知の事実だそうだ。マリータを連れ去った犯人が西方群島諸国とリシェイルの条約締結を中止するようにと脅迫する文書を残していったことから、隠す気も更々無いといえるかもしれない。
条約が締結されることで不利となるのは、スーヴェン帝国しかあり得ないのだから。
ロギンスさんのことについては……あったことをそのまま話した。例えあの人に何か理由があったとしても……隠しておける内容ではない。使用人や衛兵が何らかの薬物を盛られたことは明白で、そのようなことが可能だった人物は限られてくるだろう。
一通りの事情聴取が終わってすぐさま捜索が開始されるのかと思いきや、俺に告げられたのは「帰っていい」の一言。
今回の事件については領主のアルベルトさんに早急に連絡を取り、今後の対応を検討するとのことだ。不用意に他の者へ今回の件を話さぬよう念を押され、館を出された。
領主の娘が誘拐されるという繊細な事件のため、対応も慎重にならざるを得ないのだろう。
俺にできたのは外傷は治癒したものの、気を失ったままのリムを背負って宿へと連れ帰るぐらいのものだ。一人でマリータの行方を追うにも辺りは既に暗く、何の手がかりも無く探して見つかるはずもない。
「リム……目を覚ましたかな」
あまり眠れていないからか目にゴワゴワした違和感を感じるが、やや強引に擦ることで振り払う。獣人親子の泊まっている部屋の扉をノックした。
「――セイジか。目が赤いが大丈夫なのか?」
「や……あんまり眠れなくて」
ベッドに横たわっている少女の隣に居る人物がそんな言葉を掛けてくれた。リムがこんな状態であったため、アーノルドさんには大体の事情を説明してある。この人は無暗に他人へ情報を漏らすような人物ではない。
「あの、リムの様子は……」
「大丈夫だ。今は眠っているがさっき一度目を覚ました。意識はしっかりしていたから、もう少し休めば問題ないだろう」
俺は安堵の息を漏らしつつ、謝罪の言葉を述べる。
「すいません。俺が付いてながら」
「……リムが自分で依頼を受けると決めたんだ。セイジが謝ることではないだろう」
リムがマリータを逃がそうと頑張っていた時に俺は何をしていた? ……情けなく床に這いつくばっていただけだ。情けないにも程がある。
そしてもっと情けないのは、こんな事態になったというのにまだ俺はロギンスさんを憎みきれていないということだ。
あの場で眠らなかった俺達は殺されても不思議ではなかった。むしろ相手にしてみれば殺すべきだったろう……現に覆面の女はリムを殺そうとしたのだから。
それを止めてくれたのは、ロギンスさんだ。
……余程情けない顔をしていたのか、アーノルドさんが大きな掌で俺の背中をバシンと叩いた。いきなりだったので軽く咳き込む。
「少し昔話に付き合ってくれ」
「え……?」
アーノルドさんが語ってくれた内容は、過去の話。
まだリムが幼い頃の話だ。
「――そんなことがあったんですね」
リムも随分と無茶なことをする。下手すれば死んでただろうに、母親のミレイさんもさぞかし心配だったろう。
何かを成す時は自分の力で責任を持てるようになってから……か。そういえば魔族のアルバと闘った際、俺がアルバを殺さないと決めたのならそうするべきとリムは言ってたっけ。
もしかすると、あれはそういった教えから発せられた言葉だったのかな。リム一人ではまだまだ魔族を倒せない。あの場でそうすることが可能だった――ある意味責任を取ることができたのは俺だけだったのだから。
それにしても――
「なんで、いきなりそんな話を?」
「なぁに、今回の依頼を受けようとしたリムに言われたのだ――あたしは、友達のマリータを守ってあげたい――とな。俺はそれを了承した。このような結果になってしまったが、これはリムが自分で成そうとしたことだ。繰り返すがセイジが謝る必要はない」
ああ、なるほど……アーノルドさんは俺を励まそうとしてくれてるんだ。
でも……
「俺……俺が、あの場で犯人を捕えることができれば――……」
「そうしようと行動したのだろう?」
「それは、そう、ですけど……」
あの場で躊躇うこと無く剣を振るうことができていれば誘拐を阻止できたか? それは分からない。が、今このような気持ちに悩まされることは無かっただろう。
「……誰だって失敗や後悔をすることはある。だが生きていれば何度でもやり直せるものだ」
少しばかり顔に苦みが走ったのは、亡くなってしまったミレイさんを想ってのことだろうか。
「もし自分の行動に納得できないのなら、納得できるまでやり直せばいい。ここで立ち止まらずに足を動かせ。頭の中で悩んでいるだけでは何も解決すまいよ」
俺は腕を掴まれ、そのまま部屋の外へと引っ張り出される。
そう……だ。
確かに宿で悶々としてても何も解決しない。
一人でも、捜索する手は多い方がいいだろう。
俺だって……自分の意思でマリータからの依頼を受けることに決めたんだ。その責任は取らないと。
ギルドに依頼失敗の違約金を支払う? ……そんなのは責任じゃないだろう。
――盗られたのなら、盗り返す。
ロギンスさんについても、納得できる理由を知りたい。
「アーノルドさん……ありがとうございます。俺、ちょっと出掛けてきます」
「ああ。但し、無茶はするなよ」
振り返り様に礼を言ってから、俺は階段を駆け降りて行く。
「――どうしたんだ、そんなに急いで。朝飯は食べて行かないのか?」
そんな言葉に、ついさっきまで全然無かったはずの食欲がひょこりと顔を出した。
随分と単純なものだと自分に呆れてしまいそうになるが『飯を食わねば戦はできぬ』だ。
「ダリオさん。朝飯大盛りでお願いします」
「おう、任しとけ」
戦、か。
もしもマリータの身に何かあれば――いつか国ごと滅ぼしてやる。
などというフラグを建てるつもりはない。無事に助けてやんよ。
ああ……少しいつもの調子が戻って来た。
今の俺にできることを――やってやるさ。
――とまあ、そんな感じで気持ちを奮い立たせて格好良く宿を飛び出したものの……
どうしよう。泣きそうだ。
大っぴらにマリータが誘拐されたことを言えない以上、聞き込みするのにも限度がある。
誘拐して身代金――いや身代条件を突き付けて来る奴は、一応人質を返すつもりはあるはずだ。どこか監禁できる場所へ運んだのだろうが……
全く手がかりが見つからない。
スーヴェン帝国へ連れて行かれた……? いや、さすがにそれは無いか。隠す気があまり無いとはいえ、それじゃ『私がやりました』と公言するようなもんだ。ベルニカ城塞都市だってそう簡単に通り抜けられないだろうし。
北方面には王都イリスがあるから……普通こっち方面には行かない……と思う。
となると西か南? 移動には馬車とかが必要だよな。いやもしかしたらまだメルベイルに隠れてたりとか……
やべぇ、時間だけが過ぎてく。
門の警備を担当するニコラスさんや、門付近の騎獣屋で最近馬車を買った人について聞いてもみたが、やはり何も実りが無かった。
肩を落として騎獣屋から出てきたところを、誰かに呼び止められる。
「お、セイジ君じゃないか」
「あ――ドーレさん」
「なんか元気無さそうな顔してるな。どうかしたのかい?」
「いえ、別にそんなことは」
ドーレさんに今回の件を話すことは躊躇われる。基本的に館の人に口止めされていることだし、何よりこの人は商人だ。下手に情報を漏らしてマリータの身に危険が迫る可能性は否定できない。
「そうかい。ところで……こないだ満腹オヤジ亭に立ち寄った際、食堂に綺麗な花が飾られてたと思うんだが」
「えっと、フィリアの花のことでしょうか」
「そうそう。あれって宿の主人が買って来た物かい? この辺ではあまり売られてないと思うんだけど」
「あれは領主館でリムが貰ったものですよ。それを持ち帰って食堂に飾らせてもらったんです。でも……何故そんなことを?」
ドーレさんの奇妙な質問の意図を測ることができず、首を傾げながら問い返す。
「その……少し前に知り合いの商人が亡くなってね。いや、殺されたというべきか」
「なんか、物騒な話ですね」
「そいつは口の堅い奴で仕事にも熱心だった。人から恨まれるような人間じゃない。なのに遺体は暴行を受けた痕があったらしい」
「盗賊の仕業……とか?」
「いや、そうでもないみたいなんだよ」
何それ、怖い。
「街と村を往復する行商人だったんだが、そういった行商人はついでに荷物の運搬を依頼されることもある。手紙とか故郷への仕送りとかだな。そいつが……持ってるのを見たんだ」
「何をです?」
「――フィリアの花をさ。後はおそらく金が詰まった袋……かな。誰に依頼されたかは教えてくれなかったんだが、どうもそれが気にかかってね」
フィリアの花を……?
「だから、さっきの質問ですか」
「この辺じゃ珍しいからね。その商人とはそこそこ仲も良かったから……何か有益な情報があればと思ったんだが、まさか領主館の人間を疑う訳にはいかないよ。この話は忘れてくれ」
それが原因で厄介事に巻き込まれたのだろうか……?
「同じ様に切り口を湿った布で包んだ状態の物だったから、もしかしたらと思ったんだけど」
「……今、何て言いました?」
「ああ、ひょっとしてセイジ君の周囲の人間を疑うようなかたちに聞こえたかな? すまない」
「ではなく、その前――」
フィリアの花には水を与え過ぎず、湿った布でくるんでおく程度がいい――そう教えてくれたのは……誰だったか?
いや、まさかそんな……
「ドーレさんっ! その行商人が往復してた村の名前は!?」
「ど、どうしたんだい、いきなり。確か……ラナ村だったはずだ」
「ラナ……村?」
「ほら、前に君に砂糖菓子をあげた事があったろう。あれを特産品にしている村さ」
「あの時の……」
ドーレさんが指で示す先には多くの屋台が並んでいる。
商業都市だけあってメルベイルには様々な商品が溢れているのだ。話に挙がった砂糖菓子も例外ではない。ラナ村でなくとも買うことはできる。
だというのに、俺の頭の中ではある記憶が浮かび上がってくる。
あの時……リムがぶつかった――双子。
妙に連携の取れた動きをしていた――襲撃犯。
……こんなのは、こじ付けだ。
俺がそうであって欲しいと願う――都合の良いただの願望。
だけど……少しでも可能性があるのなら、納得できるまで――
――動け。
「ドーレさん。俺今からラナ村に行って来ますっ!」
「今から? どうしてまた突然……」
「すみませんが、俺がラナ村へ向かうことをアーノルドさんへ伝えておいてもらえますか」
「それは構わないが……」
もしも今回の件にラナ村が関係しているとすれば……それはそれでヤバい。
一人でそこまで無茶をするつもりはないが、万が一ということもある。俺がラナ村へ行って帰って来ないとなれば不審に思ったアーノルドさんが領主館へ報告してくれるだろう。
露天に売られていた丈の長いローブを一着購入し、すぐさまルークを預けている騎獣屋へと駆ける。
顔を知られてしまっているだろうから、念のためだ。
南門から駆け出したルークの背の上で、俺は腰にある剣を握りしめた。
ロギンスさんの真意は知りたい。
だが、優先順位だけは決めておくべきだ。
マリータを助けることが第一。
今度また邪魔をするようなら――その時は。
――同種族を斬り殺せば切れ味が上昇する剣……か。
それでも……ギリギリまで信じたいっていう俺は、甘過ぎるんだろうなぁ……
次回――『ロギンス』
お楽しみに。